平成25年 8月22日(木):初稿 |
○当事務所では、現在、交通事故で入院した病院で入院6日後に死亡した事案について、交通事故による傷害に医療過誤が競合して死亡したとして病院と保険会社を共同被告として訴えを提起した極めて難しい事案を抱えています。この事故による傷害と病院の医療過誤が競合した同種事案で、病院と加害者側を別々に訴えて、同一事案について二重の損害賠償金を受領した例がありました。平成24年7月9日東京地裁判決(判タ1389号235頁)で、二重請求をした弁護士に対し二重請求分の一部5250万円の返還が命じられて確定しています。 ○私の感覚ではおよそ信じられない事案です。このような交通事故と医療過誤が競合した場合の責任追及は、加害者側と病院の双方を共同被告として請求するのが当然と思っていたからです。死亡によって生じた損害が9000万円とすれば、いずれか一方から支払われた金員は控除するのが当然です。これを控除しないで全額請求することは、およそアンビリーバブルです。既に受領済みで消滅した損害賠償金を受領していないとして請求するのですから、詐欺に等しい行為とも評価出来るからです。 ○本件では、死亡した損害賠償として、先に病院に請求して6600万円を解決金名下に受領しておきながら、次にこの事実を告げず加害者側に約1億円の請求をして最終的に和解金として9000万円を加害者側保険会社から受領しました。後に既に病院から6600万円支払済みであることに気付いた保険会社が、その6600万円と弁護士費用660万円の合計7260万円の返還を遺族代理人である弁護士に対して請求しました。請求原因は、病院からの6600万円受領を告げずに加害者側に請求する行為は「損害の二重請求に該当する不法行為」であると言うものです。 この請求を受けた弁護士が、どのような言い訳をしたのか、大変興味あるところですが、別コンテンツで紹介します。 ********************************************** 主 文 1 被告は,原告に対し,5285万8967円及びこれに対する平成20年2月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は被告の負担とする。 4 この判決の第1項は,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 被告は,原告に対し,7260万円及びこれに対する平成20年2月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 要約 (1)請求原因の要旨 本件は,交通事故で死亡した被害者の相続人らの代理人である弁護士(被告)が,医療過誤に基づく解決金6600万円を事故後に入院した病院から受領していたことを明らかにすべき義務があったにもかかわらず,このような義務に故意又は過失により違反して,交通事故の加害者との間で損害賠償金として9000万円を受領する内容の和解を成立させたことが不法行為に当たるとして,賠償責任保険金として賠償金を支払った加害者の保険会社(原告)が被告に対し,7260万円(支払った賠償金のうち6600万円と弁護士費用660万円)の損害賠償とこれに対する賠償金支払日の翌日である平成20年2月1日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 (2)事実及び争点 弁護士である被告が,被害者の相続人らの訴訟代理人として,医療過誤に基づく解決金の受領を明らかにせずに,交通事故の加害者に対し損害賠償請求訴訟を提起し,訴訟上の和解に基づき賠償金の支払を受けたことは,当事者間に争いがない。 主な争点は,交通事故による損害賠償請求訴訟の和解の際,医療過誤による解決金の受領の事実を告げなかった被告の行為に不法行為としての違法性があるか否か,すなわち受領の事実を明らかにする義務が被告にあったか否かである。 2 争いのない事実 (1)交通事故 平成16年1月5日午前5時35分頃,被害者C(昭和18年○月○日生,当時60歳)は,乗用車を運転して埼玉県川越市大字久木戸2610番地先の片側1車線道路を走行中,センターラインを越えて自車の進行車線に入ってきた加害者D運転の車両と衝突して受傷した。 (2)医療事故 被害者は,川越市〈以下省略〉a医科大学(以下「a医大」という。)総合医療センターに搬入され,右脛腓骨骨折,左大腿骨外顆骨折等と診断のもと入院治療を受けることとなった。被害者には,入院後より腹痛がみられ,麻痺性亜イレウスの出現を思わせたが,理学的にも画像上でも穿孔性汎発性腹膜炎は否定的であったため経過をみる方針とされた。然るに,平成16年1月7日早朝より被害者の容態が急変し,a医大の医師らによって心肺蘇生措置が行われたが反応せず,同日午前6時11分に死亡が確認された。死体検案の結果,被害者の死亡原因は,腹部打撲により腸管穿孔を来し,汎発性化膿性腹膜炎となったことによる多臓器不全であるとされた。 (3)a医大との示談経過 ① 損害賠償請求 弁護士である被告は,平成16年6月,被害者の相続人らの代理人として,a医大に対し,医療過誤に基づく損害賠償請求を行った。内容は次のとおりである。 逸失利益 6044万4423円 慰藉料 3000万0000円 葬儀費用 545万9884円 弁護士費用 959万0431円 合計 1億0549万4738円 ② 示談の成立 平成16年12月10日,相続人らとa医大との間で,a医大が相続人らに一切の解決金として6600万円を支払う旨の示談が成立し,被告は,平成16年12月21日,相続人らの代理人としてa医大から6600万円の支払を受けた。 (4)交通事故訴訟 ① 損害賠償請求 被告は,平成18年12月4日,相続人らの代理人として,加害者に対し,別紙損害計算書のとおり,合計1億0133万6688円の損害賠償を求める損害賠償請求訴訟を提起した(甲6)。 ② 和解の成立 平成19年12月25日,同訴訟において,加害者が相続人らに対し損害賠償金として9000万円を平成20年1月31日限り被告の預金口座に振り込む方法により支払う旨の訴訟上の和解が成立した。 ③ 保険金の支払 保険会社である原告は,平成20年1月31日,加害者との間で締結していた自家用自動車総合保険契約に基づく損害賠償責任保険金の支払として,損害賠償金9000万円を被告の預金口座に振り込んで支払った。 3 原告の主張 被告は, ①a医大から医療過誤に基づく損害賠償金6600万円を受領していたのであるから, ②同一の損害について交通事故の加害者に対して請求してはならず,少なくとも交通事故訴訟の和解成立時までにa医大からの6600万円の受領について明らかにすべき義務があったにもかかわらず, ③このような義務に故意に(又は過失により)違反して,④交通事故の加害者との間で損害賠償金として9000万円を受領する内容の和解を成立させた。 被告の行為は,損害の二重請求に該当する不法行為であり,それによって原告は相続人らに対し損害賠償金9000万円を支払うことになった。原告が支払った賠償金9000万円のうち少なくとも6600万円は,被告の不法行為と因果関係を有する損害である。本件において被告の不法行為と相当因果関係を有する弁護士費用は,660万円を下らない。 以上:3,019文字
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