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会社契約傷害保険契約に基づく保険金の従業員帰属を認めた地裁判決紹介

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令和 7年 6月24日(火):初稿
○原告が、原告と原告元雇用主で砕石業を営む株式会社である被告の間の神戸地方法務局所属公証人△△△△作成平成28年第×××号債務承認並びに弁済契約公正証書について、公正証書上の債権と原告が被告に対して有する不当利得返還請求権等の債権とを対当額で相殺した旨主張して、異議権に基づき、本件公正証書の執行力の排除を求めました。

○原告の元雇用主被告会社は、全役員及び従業員を被保険者として傷害総合保険契約を締結しており、元従業員の原告に労災事故が発生し、保険会社から元雇用主の被告に保険金が支払われており、原告はこの保険金相当額について、被告は原告に対し、不当利得返還義務があると主張しました。

○これについて、本件においては、被保険者において保険契約者が保険金を保持することを明示又は黙示に承諾していたなどの事情を認めることはできず、被告が取得した本件保険金は、原告との関係において、法律上の原因のないものとして、不当利得に当たるとして、原告は被告に対し、本件保険金114万円につき不当利得返還請求権及びこれに対する法定利息の支払請求権を有するとし、受働債権である本件貸金返還請求権(73万円)は、弁済期が到来したと認めるのが相当であり、他方、自働債権である本件保険金(114万円)の不当利得返還請求権については、本件保険金が被告に支払われた日に弁済期が到来したと認めるのが相当であるから、上記両債権は、相殺適状となったものであり、原告の相殺の意思表示により、遡って相殺の効力を生じたとし、上記相殺により、本件貸金返還請求権(73万円)及びこれに対する遅延損害金2万5530円はすべて消滅したとして、原告の請求を認容し、本件につき、簡易裁判所がした強制執行停止決定を認可した令和4年10月11日神戸地裁社支部判決(判時2621号21頁)関連部分を紹介します。

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主   文
1 原告と被告の間の神戸地方法務局所属公証人△△△△作成平成28年第×××号債務承認並びに弁済契約公正証書に基づく強制執行は、これを許さない。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 本件につき、社簡易裁判所が令和3年4月●日にした強制執行停止決定(同裁判所令和3年(サ)《事件番号略》)は、これを認可する。
4 この判決は、第3項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求

 主文1項と同旨

第2 事案の概要等
1 事案の概要

 本件は、原告が、原告と被告の間の神戸地方法務局所属公証人△△△△作成平成28年第×××号債務承認並びに弁済契約公正証書(以下「本件公正証書」という。)について、公正証書上の債権と原告が被告に対して有する不当利得返還請求権等の債権とを対当額で相殺した旨主張して、異議権に基づき、本件公正証書の執行力の排除を求める事案である。

2 前提事実(証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実)
(1)被告は、砕石業を営む株式会社であり、原告は被告の元従業員である。

(2)被告の原告に対する債務名義として、次のものが存在する(本件公正証書、甲1)。
ア 債務名義の種類
 公正証書
イ 債務名義の成立年月日
 平成28年3月8日

ウ 債務名義にあげられた請求権の内容等
 本件公正証書には、要旨、次の記載がある。
(ア)原告は、被告に対し、平成27年9月1日に原告が被告から借り受けた借入金80万円から既払金7万円を差し引いた残額73万円の支払債務を負う(以下「本件貸金返還請求権」という。)。
(イ)原告は、被告に対し、前記(ア)の金員を、次のとおり15回に分割して支払う。
〔1〕平成28年3月から平成29年4月まで毎月末日限り、5万円
〔2〕平成29年5月末日限り、3万円

(ウ)原告が続けて2回以上前記(イ)の分割金の支払を怠ったとき等は、被告からの催告がなくても当然期限の利益を失い、前記の73万円から既払額を控除した残額を直ちに支払う。
(エ)原告は、被告に対し、期限の利益喪失後、73万円(既払額があれば控除する)に対し完済に至るまで年10.0%の割合による遅延損害金を支払う。
(オ)原告が上記の債務を履行しないときは、直ちに強制執行に服する。

(3)労災事故の発生
 平成27年9月25日、原告が被告のもとで就業中、半月板損傷等の傷害を負う労災事故が発生した。原告は、入院(全38日)及び手術のため、休業を余儀なくされた(甲3)。

(4)保険会社からの保険給付
 被告は、A株式会社(以下「保険会社」という。)との間で、被告を保険契約者、被告の役員、従業員全員を被保険者とする傷害総合保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していた(乙3)。
 原告が前記(3)の労災事故で入院・休業・手術を受けたことを受け、本件保険契約に基づき、入院保険金、休業保険金、手術保険金が支払われることとなり、平成28年9月5日、保険会社から被告名義の金融機関の口座に、入院保険金19万円、休業保険金90万円、手術保険金5万円の合計114万円(以下、これらを併せて「本件保険金」という。)が振込入金された(甲4)。

(5)原告は、本件貸金返還請求権につき、平成28年3月末日及び同年4月末日に支払うべき前記(2)ウ(イ)の分割金の支払を続けて2回怠り、同月末日の経過によって期限の利益を失った。
 被告は、神戸地方裁判所社支部に対し、前記(2)の債務名義に基づいて、本件貸金返還請求権(73万円)及びこれに対する平成28年5月1日から令和3年4月7日までの遅延損害金36万0266円並びに執行費用1万0572円の合計110万0838円を請求債権とし、原告の給与債権を同金額に満つるまで差し押さえる債権差押命令申立事件を申立て(令和3年(ル)《事件番号略》)、令和3年4月9日、債権差押命令が出された(甲2)。

(6)相殺の意思表示
 原告は、被告に対し、令和3年4月19日到達の内容証明郵便で、原告の被告に対する本件保険金114万円の不当利得返還請求権及びこれに対する平成28年9月5日から令和3年4月16日までの年5分の割合による法定利息26万2930円を自動債権とし、本件公正証書に基づく債権を受働債権とし、これらを対当額で相殺する旨の意思表示をした(甲5、6)。
 また、原告は、被告に対し、本件の口頭弁論期日において、本件保険金の信義則上の返還請求権を自働債権とし、本件公正証書に基づく債権を受働債権とし、これらを対当額で相殺する旨の意思表示をした。

(7)強制執行停止決定等
 原告は、令和3年4月22日、社簡易裁判所への本件訴えの提起に伴い、前記(2)の債務名義に基づく強制執行の停止を求める申立てをし、同裁判所は、令和3年4月23日、原告に22万円の担保を立てさせた上で、本件訴訟の判決において民事執行法37条1項の裁判があるまで本件債務名義に基づく強制執行を停止する決定をした(社簡易裁判所令和3年(サ)第1号)。
 社簡易裁判所は、本件を神戸地方裁判所社支部に移送した。

3 争点(いずれも相殺の再抗弁の自働債権についてのもの)

     (中略)

第3 当裁判所の判断
1 認定事実

 前記前提事実に加え、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によると、次の事実を認定することができる。
(1)本件保険契約は、損害保険契約であり、保険契約者を被告とし、被保険者を被告の役員・従業員全員とするものであった(乙3)。本件保険契約の保険料は被告が支払っていた。

(2)本件保険契約の約款には、入院保険金・手術保険金等を、被保険者に支払う旨の記載があった(乙4・第6条)。

(3)本件保険契約には、法人を保険契約者とし、その役員・従業員を被保険者とする保険契約において、死亡保険金受取人を保険契約者である法人とした場合に、後遺障害保険金、入院保険金、手術保険金、通院保険金についても死亡保険金受取人に支払うとの特約が付されていた(乙1)。

2 争点に対する判断
(1)争点〔1〕(本件保険金につき不当利得返還請求権が認められるか(被告が本件保険金を取得することにつき法律上の原因がないといえるか))について

(ア)前記1認定事実(1)によると、本件契約は、保険契約者と被保険者が異なる損害保険契約であるから、保険法8条にいう、被保険者が保険契約の当事者以外の者である損害保険契約に該当し、被保険者が民法537条所定の受益の意思表示をするまでもなく、当然に被保険者に保険契約の利益が帰属し、被保険者は、自己固有の権利として保険給付請求権を取得することとなり、他方で、保険契約者には被保険利益がないこととなるものと解される。

 そうである以上、上記のような契約のもとにおいて保険契約者である被告が保険金を受け取った場合、被保険者において保険契約者が保険金を保持することを明示又は黙示に承諾していたなどの事情がなければ、保険契約者が受け取った保険金は、被保険者との関係において、法律上の原因がないものとして不当利得に当たるものと解される。

 そして、本件の証拠等によっては、上記のような事情を認めることはできないから、被告が取得した本件保険金は、原告との関係において、法律上の原因のないものとして、不当利得に当たると認めるのが相当と解される。


(イ)これに対し、被告は、本件保険契約は第三者のためにする保険契約ではない旨主張するが、前記1認定事実(1)によると、本件契約は、保険契約者と被保険者が異なる損害保険契約であるから、第三者のためにする損害保険契約であると認めるほかないものと解される。よって、被告の上記主張は採用することができない。

 また、本件保険契約には前記1(3)の特約が付されていたが、この特約によって、保険会社と保険契約者である被告の間において被告が本件保険金の支払を受けることが合意されていたということはいえても、これを超えて、被保険者である原告が本件保険金を被告が保持することを承諾していたと直ちには認めることができないし、ほかに、そのことを原告が明示又は黙示に承諾していたことを根拠づける証拠や事実も見当たらない(原告が本件保険契約の告知を受けていたというだけでは上記承諾を認めるには足りないと解される。)。

(ウ)以上からすれば、原告は被告に対し、本件保険金114万円につき不当利得返還請求権及びこれに対する法定利息の支払請求権を有するというべきである。

イ 次に、相殺についてみると、相殺の意思表示は双方の債務が互いに相殺をするに適するに至った時点に遡って効力を生ずるものである(民法506条2項)から、その計算をするに当たっては、双方の債務につき弁済期が到来し、相殺適状となった時期を基準として双方の債権額を定め、その対当額において差引計算をすべきである(最高裁昭和54年3月20日判決・集民126号277頁)。これを本件についてみると、受働債権である本件貸金返還請求権(73万円)は、平成28年5月1日に弁済期が到来したと認めるのが相当であり、他方、自働債権である本件保険金(114万円)の不当利得返還請求権については、本件保険金が被告に支払われた平成28年9月5日に弁済期が到来したと認めるのが相当である。

 そうすると、上記両債権は、平成28年9月5日をもって相殺適状となったものであるから、原告の相殺の意思表示により、平成28年9月5日に遡って相殺の効力を生じたものというべきである。そして、上記相殺により、本件貸金返還請求権(73万円)及びこれに対する平成28年5月1日から同年9月5日までの年10%の割合による遅延損害金2万5530円は全て消滅したものといわなければならない。

(2)以上によると、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求には理由がある。

3 結論
 以上によると、原告の請求には理由があるからこれを認容し、民事執行法37条1項に基づき、前提事実(7)の強制執行停止決定を認可することとして、主文のとおり判決する。
裁判官 清水紀一朗
以上:4,938文字

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