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アルバイト内定者の自殺について業務起因性を否認した地裁判決紹介

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令和 6年 9月19日(木):初稿
○いわゆる内定者アルバイトとして入社前に内定先から雇用されていた新卒採用内定者が自殺したことについて、業務起因性が否定された令和4年10月14日東京地裁判決(判時2595号○頁)関連部分を紹介します。

○原告の子Bが、a社で内定アルバイトとして勤務中、ICD-10のF3「気分(感情)障害」(本件疾病)を発病し自殺したことについて、労災補償保険法による葬祭料(葬祭給付、31万5000円に給付基礎日額の30日分を加えた額)を請求したところ、処分行政庁から、Bの精神障害の発病は業務に起因するものとは認められないとして、これを支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)を受けたことから、国に対し本件処分の取消しを求めて提訴しました。

○しかし東京地裁判決は、平成23年12月26日基発代1226号第1号「心理的負荷による精神障害の認定基準について」と題する通達に照らして、本件疾病に業務起因性は認められないと判断して、原告の請求を棄却しました。原告としては到底納得出来ない判決と思われます。

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主    文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
 
事実及び理由
第1 請求

 中央労働基準監督署長が原告に対して平成30年7月3日付けでした労働者災害補償保険法による葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。

第2 事案の概要等
 本件は、原告の子であるB(以下「B」という。)が、経営コンサルティング業を営む株式会社a(以下「本件会社」という。)の東京本社(以下「本件事業場」という。)において、平成27年10月6日から内定者アルバイトとしてコンサルティング補助業務に従事していたところ、同年11月14日頃、自宅にて自殺したことから、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)12条の8に規定する葬祭を行う者に当たる原告が、Bの自殺は本件事業場における業務に起因するとして、中央労働基準監督署長(以下「処分行政庁」という。)に対して労災保険法に基づく葬祭料を請求したところ、処分行政庁から、Bの精神障害の発病は業務に起因するものとは認められないとして、これを支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)を受けたことから、本件処分の取消しを求める事案である。

1 前提事実

     (中略)

(5) 行政通達における心理的負荷による精神障害の業務起因性の認定基準
 厚生労働省は、専門家によって構成された「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会」を設置し、審査の迅速化や効率化を図るための労災認定の在り方に関する検討を依頼し、同検討会は、平成23年11月8日付で、「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書」(以下「平成23年報告書」という。)を取りまとめた。
 厚生労働省労働基準局長は、平成23年報告書の内容を踏まえ、平成23年12月26日付けで「心理的負荷による精神障害の認定基準について」と題する通達(同日基発第1226第1号。乙3。以下「認定基準」という。)を発出した。

 認定基準の内容は別紙のとおりであるが、要旨、①認定基準で対象とする疾病(対象疾病)を発病していること(以下「認定要件①」という。)、②対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること(以下「認定要件②」という。)、③業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと(以下「認定要件③」という。)のいずれの要件も満たす場合には、当該疾病は、労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該当する業務上の疾病として取り扱うというものである。

そして、上記②の要件の業務による心理的負荷の強度の判断に当たっては、精神障害発病前おおむね6か月の間に、対象疾病の発病に関与したと考えられる業務によるどのような出来事があり、また、その後の状況がどのようなものであったのかを具体的に把握し、それらによる心理的負荷の強度はどの程度であるかについて、認定基準別表1「業務による心理的負荷評価表」を指標とし、同別表1の「特別な出来事」以外の出来事を、同別表1の「(具体的出来事)」以下の表のとおり「強」、「中」、「弱」の3段階に区分し、その総合評価が「強」と判断される場合には、上記②の要件を満たすものとしている。

2 本件の争点及びこれに関する当事者の主張
 本件の争点は、Bの自殺の原因となった精神障害(本件疾病)に業務起因性が認められるかであり、これに関する当事者の主張は次のとおりである。
 【原告の主張】
 Bは、自殺直前の平成27年11月頃に、対象疾病に該当するICD-10のF3「気分(感情)障害」(本件疾病)を発病したものであり(認定要件①)、次のとおり認定要件②及び③も満たすから、業務起因性が認められる。

     (中略)

第3 当裁判所の判断
1 業務起因性の判断枠組み

(1) 労災保険法に基づく保険給付は、労働者の業務上の災害に対して行われるものであり、業務上の疾病に当たるためには、当該労働者が当該業務に従事しなければ当該結果が発生しなかったという条件関係が認められるだけでは足りず、業務と疾病との間に相当因果関係が認められることが必要である(最高裁昭和51年11月12日第二小法廷判決・裁判集民事119号189頁参照)。

また、労災保険制度が、労働基準法上の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすれば、上記の相当因果関係を認めるためには、当該疾病等の結果が、当該業務に内在又は通常随伴する危険が現実化したものであると評価し得ることが必要である(最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決・裁判集民事178号83頁、同平成8年3月5日第三小法廷判決・裁判集民事178号621頁参照)。


(2) 認定基準は、行政処分の迅速かつ画一的な処理を目的として定められたものであり、裁判所を法的に拘束するものでないものの、専門家による医学的知見に基づく平成23年報告書を踏まえて策定されたものであり、その作成経緯及び内容等に照らしても合理性を有するものといえる。そうすると、精神障害の業務起因性の有無についても、認定基準の内容を参考にして判断するのが相当である。

2 認定事実

     (中略)

3 争点(業務起因性の有無)について
 本件では、Bの本件疾病が認定要件①の対象疾病に当たることに争いはないので、原告の主張する具体的出来事①から④までについて、認定要件②(対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること)を満たすか否かを検討する。なお、以下で言及する事実はいずれも平成27年の出来事であることから、年の表記は省略する。

(1) 具体的出来事①について


     (中略)

オ 以上を前提として、本件発言(具体的出来事①)に係る心理的負荷について検討する。
 前記のとおり、本件発言は、①定時における作業の中止(切り上げ)を強調する趣旨と、②作業の未完成に対する否定的な評価を含むものである。この点、内定者アルバイトは、先輩社員の補助として、残業が生じない範囲で、使用者や依頼者との関係で責任を問われない仕事を与えられ、勤務評定や評価の対象とはされていない(前提事実(1)ア、認定事実(1)ア、イ)。前記①については、残業や業務上の責任が想定されておらず、作業の中止に関する発言自体が、内定者アルバイトに対して心理的に影響を与える内容のものとはいえないが、上記②については、本来想定されていない否定的評価が告知されたものであり、①の強調とあいまって、Bに相応の心理的負荷を与え、解雇等についての誤認の原因となったものと解するのが相当である。

 しかしながら、本件発言は、解雇等に言及したものではなく、Bの本件会社における地位・立場を不安定にするものとはいえない。そして、本件発言の結果生じた解雇等についての誤認は、本件面談により解消し(前記エ(ア))、Bが勤務を再開するに際しては、社員DをBの指導担当から外す措置が講じられたこと(認定事実(3)オ、カ、ク(ア)、(イ))、Bは、社員から励ましや労いの言葉を掛けられたり、指導・助言を受けたりし、これらのことについて感謝の意を記載したメールや業務への意欲をうかがわせるメールを送信していること(認定事実(3)コ、乙1・140~154頁)からすると、その後の業務への支障はなかったと認められる。
 以上を総合すると、本件発言について、認定基準別表1の項番31「上司とのトラブルがあった」に当てはめた場合の心理的負荷は「中」と評価するのが相当である。

(2) 具体的出来事②について
ア 前記第2の2【原告の主張】(1)イのとおり、原告は、Bは、本件会社の社員が実際に取り扱っており、期限のある業務(高齢者住宅の統計グラフ作成、シェアハウスマニュアルの誤字脱字チェック及び画像の元データ探し)について指示されたが、業務を行うための基礎的能力を十分には備えていないことから、客観的に、相当な努力があっても期限を守ることは困難であったとして、認定基準別表1の項番8「達成困難なノルマが課された」に該当し、その心理的負荷の強度は「強」である旨主張する。

イ Bが指示された業務(高齢者住宅の統計グラフ作成、シェアハウスマニュアルの誤字脱字チェック及び画像の元データ探し)は、いずれも本件会社の社員が実際に取り扱っている案件であるから、本件会社と依頼者との間で締切りが設定されていたと考えられる。しかし、高齢者住宅の統計グラフ作成については、先輩社員からのメールに期限の記載がなく、Bと先輩社員との間で期限が設定されていたとは認められない。

 他方、誤字脱字チェック及び元データ探しについては、Bと先輩社員との間で期限が設定されていた(認定事実(3)シ)。もっとも、既に述べたように、内定者アルバイトは、先輩社員の補助として、使用者や依頼者との関係で責任を問われない仕事を与えられているにすぎず、本件会社による勤務評価や評定の対象とはされていないのであって(認定事実(1)ア)、社員から設定された期限内に仕事が終わらなかったとしても、内定取消しなどの不利益やペナルティが生じるものではない。現に、本件会社がBの能力不足を理由に内定を取り消すなどの措置を取ろうとした形跡は見当たらず、Bの勤務評価や評定に関する資料自体の存在もうかがわれない。本来、内定者アルバイトに与えられる仕事は、その日のうちに完結するような難易度が低いものである上(認定事実(1)ア、イ)、仕事の出来は求められていないこと(乙1・79、85頁)も併せ考慮すると、内定者アルバイトに対してノルマが課されていたと評価することはできない。

 また、Bと先輩社員との関係性についてみても、社員からは、「失敗するのは当たり前」「Bがa社に入れたのは、Bに長所があり、その長所があればa社で活躍できると役員陣が判断したからだと思います。」「早く一緒に働けるのを楽しみにしています。」(乙1・131頁)、「ちょっとずつレベルアップしてる感じでいいね!」(同141頁)、「調査とか、いろんな仕事を手伝ってくれてチーム、グループとしてもとても助かっています。」(同157頁)、「何もフォーマットが無い状態でここまで作成してくれて助かります。とても分かりやすくなっていると思います。」(同166頁)のように、Bの仕事ぶりを評価し、激励する内容のメールが送られていることからすれば、Bが、先輩社員から仕事の依頼を受ける中で、強い心理的圧迫を受けていたとは考え難い。
 以上によれば、具体的出来事②について、認定基準別表1の項番8「達成困難なノルマが課せられた」に当てはめた場合の心理的負荷は「弱」と評価するのが相当である。

(3) 具体的出来事③について
ア 前記第2の2【原告の主張】(1)ウのとおり、原告は、Bが高齢者住宅の統計グラフ作成の期限を守れなかったことは、認定基準別表1の項番9「ノルマが達成できなかった」に該当し、その心理的負荷の強度は「強」である旨主張する。

イ しかし、前記(2)イで述べたとおり、内定者アルバイトが先輩社員から仕事を依頼されたことについて、ノルマが課せられたと評価することはできない。そもそも、高齢者住宅の統計グラフ作成の作業について、期限は設定されていたとは認められない。なお、シェアハウスマニュアルの誤脱チェック及び物件データ探しの業務については期限が設定されていたが、Bは期限内に仕事を終えている(認定事実(3)シ)。
 以上によれば、具体的出来事③は、認定基準別表1の項番9「ノルマが達成できなかった」に該当するとは認められない。

(4) 具体的出来事④について
ア 前記第2の2【原告の主張】(1)エのとおり、原告は、内定者アルバイトの業務は、Bが学生時代に行ったアルバイトとは質的に異なり、本件会社での将来に直結する業務であり、一定の業務については期限が設定されていたことなどを根拠に、認定基準別表1の項番15「仕事の内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」の「強」になる例である「過去に経験したことがない仕事内容に変更となり、常時緊張を強いられる状態となった」や、項番21「配置転換があった」の「強」になる例である「過去に経験した業務と全く異なる質の業務に従事することとなったため、配置転換後の業務に対応するのに多大な労力を費やした」と同視できる旨主張する。

イ しかし、Bが内定者アルバイトとして勤務を開始してから、本件事業場内の配属先や業務内容等に変化はなく、認定基準別表1の項番15「仕事の内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」又は項番21「配置転換があった」に当てはめる事実関係は見当たらない。
 仮に上記項番15における心理的負荷の総合評価の視点に即して検討しても、認定事実(1)イ、ウによれば、内定者アルバイトの業務内容は、基礎的なパソコン作業の域を出るものではなく、Bの仕事内容が特に困難であったような事情もうかがわれない。前記(2)イで述べたとおり、Bは、先輩社員から仕事ぶりを評価されたり激励されたりしているなど、良好な関係性を築けていたと考えられ、仕事をする中で分からないことがあれば先輩社員のサポートを得て仕事をこなしていた(認定事実(3)ケ、シ)。

 仕事量をみても、勤務日は週3日程度、1日の所定労働時間は6時間30分で(前提事実(2)ア)、Bは10月6日から11月12日までの間に合計17日間勤務し、うち10月6日、8日及び23日に各30分の所定時間外労働があったにすぎず、それら以外の日は所定労働時間どおりに勤務しており(認定事実(2))、勤務時間外の作業をほとんど必要としない程度の軽いものであった。

 このような事情からすれば、業務の負荷は軽いものであったと考えられ、「常時緊張を強いられる状態」であったということはできない。なお、原告は、仕事の依頼を断り難く、周囲に質問し難い雰囲気があり、多数の仕事を依頼されて精神的に追い詰められていたなどとも主張するが、上記に述べたことに照らして採用できない。

 以上によれば、具体的出来事④について、仮に認定基準別表1の項番15「仕事の内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」に準じて考えたとしても、心理的負荷は「弱」と評価するのが相当である。

(5) まとめ
 以上のとおり、具体的出来事①については、心理的負荷の強度は「中」であるが、具体的出来事②から④までについては、心理的負荷の強度が「弱」であるか、認定基準別表1の具体的出来事に該当するものとはいえないものであるから、全体評価は「中」と判断するのが相当である。そうすると、本件疾病は、本件事業場における業務が有力な原因となって発病したとは認められない。

 したがって、本件疾病については、業務に内在し、又は通常随伴する危険が現実化したものであると評価し得ないから、業務起因性は認められず、葬祭料を支給しない旨の本件処分に誤りはない。

(6) なお、原告の主張中には、Bと本件会社従業員との間のメール(甲16、乙1・120頁以下)を根拠として、本件会社における教育体制の不備、作業の依頼を断れない状況の存在、作業の輻輳及びこれに伴うミス(業務日報への記載漏れ)等につき主張する部分がある(原告第5準備書面)。しかしながら、上記のメールを通覧しても、個々の作業が困難な内容とはいい難く、メールによる作業依頼に際しては、内容及び実施方法について比較的詳細な説明がされている場合が多い。

一方で、Bは、作業の依頼に対し、他の依頼に関する状況を報告しつつ優先順位につき相談し、作業の困難に直面した場合にも、その内容につき報告しており、相談や質問等が困難な状況があったものとは考え難い。一部、作業の依頼者が出張中で連絡が取りにくく、Bが周囲や上長の助言を得ようとした形跡はあるものの、業務上通常起こり得る事態というほかなく、内定者アルバイトに業務上の責任がないことに照らせば、Bにとって心理的負荷の原因となるものとは認め難い。

さらに、Bが認識したミス(「お部屋探し作戦会議シート」の送信漏れ。乙1・153ページ)については、依頼者から「大丈夫!ありがとう!!」とのフォローがされている一方で、業務日報に関しては、本来、個々の作業やその経過について網羅的な記載が求められるものとは認め難く、個別の作業の記載漏れにつきBがミスとして認識したものとは認め難い。なお、原告の主張中には、業務日報への個々の作業の記載の有無と、当該業務に係るBの心理的負荷等を関連付ける部分があるが、同様の理由により、当該関連性は認め難いというほかない。
 以上によれば、原告の前記主張はいずれも採用できない。

第4 結論
 以上の次第で、原告の請求には理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
 東京地方裁判所民事第11部
 (裁判長裁判官 前澤達朗 裁判官 倉重龍輔 裁判官 鬼頭忠広)
以上:7,452文字

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