令和 6年 3月22日(金):初稿 |
○取締役の退職金請求権支払要件は、株主総会決議ですが、全体の3分の1程度の株式を持っているも、3分の2を持っている株主で代表取締役をしている相手と対立し、退職金不支給決定をされた人から退職金請求ができないかとの相談を受けています。 ○このような事案の裁判例は、相当あるとのことですが、過半数を超える支配的な株主として退職慰労金支給決議を実質的に決定することができる立場にあった者が,みずから内規のとおり退職慰労金を支給する旨を説明したにもかかわらず,故意又は過失によって過半数を超える支配的な立場を利用して不支給決議を主導した場合には,相当といえる特段の事情が認められない限り,退任取締役に対して不法行為責任を負うとした佐賀地裁平成23年1月20日判決(判タ1378号190頁)の概要を紹介します。 ○関係条文は以下の通りです。 会社法第361条(取締役の報酬等) 取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益(以下この章において「報酬等」という。)についての次に掲げる事項は、定款に当該事項を定めていないときは、株主総会の決議によって定める。 一 報酬等のうち額が確定しているものについては、その額 二 報酬等のうち額が確定していないものについては、その具体的な算定方法 (後略) 民法第709条(不法行為による損害賠償) 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。 ○以下、判例タイムズの解説に従って説明します。 事案概要は以下の通りです。 取締役報酬名目で子会社から金銭を横領し,または,それに加担したとして取締役を解任された原告らが,退職慰労金に関する内規にしたがって計算した解任時までの退職慰労金の支払を求めました。 この事案では、 ①たとえ取締役就任の際に内規にしたがって退職慰労金を支払う旨を就任取締役と代表者が合意したとしても,当該合意は効力を有するものとはいえない ②本件会社には,解任された場合にも内規に従って退職慰労金を支払う旨の事実たる慣習も存在しない ③取締役任用契約時に,退職慰労金を内規にしたがって支払う旨を説明した実質支配株主が,故意又は過失によって,過半数を超える支配的な立場を利用して,支給決議に賛成しないことが相当といえる特段の事情が認められないのに,退任後の退職慰労金不支給決議を主導した場合には,会社に対する具体的な退職慰労請求権を取得し得る退任取締役らの法的保護に値する権利又は利益を侵害したものとして,不法行為責任を負うと解すべき ④本件では,原告らが横領した事実もなければ,他に支給約束に反して不支給決議を受けても違法とはいえない特段の事情がなかったとして,実質支配株主と退職慰労金不支給決議を共同して主導した現在の代表取締役個人に対して,不法行為ないし共同不法行為に基づく損害賠償を命じました。 ○判例・学説の対応 退職慰労金請求権の法的性質は、近時の最高裁判例(最二小判平19.11.16裁判集民226号317頁,判タ1258号97頁,最三小判平22.3.16裁判集民233号217頁,判タ1323号114頁)において,退職慰労金を支給することが株主総会で決議されるまでは抽象的な権利にとどまり,必ず支給するとの合意がある場合か事実たる慣習がある場合でない限り具体的権利としては請求しえないものと解釈されています。 それは、 ①同請求権が恩恵的性格を有しており,しばしば対比される労働者の退職金(賃金の後払い的性格が指摘されることがある)とは性格が異なること ②いつでも解任され得る取締役は本来的には在任中の報酬によってその貢献が評価されていると考えても問題がないこと ③取締役に対する報酬である退職慰労金につき具体的請求権としての権利性を認めることが,いわゆるお手盛りの危険を排除し,株主総会の意思決定に委ねた会社法の趣旨にそぐわないと考えられること などによります。 本判決も,基本的には,このほぼ確立された解釈を踏襲しているとされています。 ○退職慰労金支給約束をした取締役が一種の議決権拘束契約を締結したものとして損害賠償責任を負うか否かについては,民法上の契約違反としてこれを肯定する有力な学説があります。当該責任が生じるためには ①持株比率がどの程度であればよいか, ②どのような合意が支給約束として認定され得るのか ③議決権の不当行使と損害発生との因果関係はどのように立証されるのか などの問題が指摘されています。 本判決は,退職慰労金の不支給決議が共同不法行為であるとの法律構成をした上,支給約束時から一貫して過半数の株式を有する株主兼代表取締役であり,退任時に内規に従った退職慰労金を支払う旨の説明をした者と,同じく株主であり,共同して退職慰労金不支給決議を主導した者に,内規に基づく退職慰労金相当額全額につき因果関係を認めて損害賠償を命じたものです。 ○同種の裁判例は数多く、東京地方裁判所商事研究会編「類型別会社訴訟Ⅰ第2版」93頁以下に詳しく解説されているとのことです。 本件の特徴は, ①退職慰労金の支給に関する内規が株主総会(特例有限会社となる前の社員総会)及び取締役会における決議によって定められていたこと, ②退任取締役である原告が,会社を被告とするのではなく,退職慰労金不支給決議を主導したとされる実質支配株主(兼代表取締役)個人を被告とし,したがって,退職慰労金そのものを請求するというのではなく,同相当額の損害賠償を求めたこと ③訴訟係属中に株主総会において退職慰労金を支給しないという積極的な株主総会決議がなされたこと です。②又は③の特徴をもつ事案で請求が認容されることは実務上珍しいものと解説されています。 中小企業では、経営陣の交代や経営権の争いによって排除された取締役が,就任当初に約束されていたはずの退職慰労金を受け取れないという紛争がしばしば発生しているとのことで、参考になる事案です。 以上:2,458文字
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