令和 6年 1月26日(金):初稿 |
○パワハラと訴えられている側の事件を2件扱っていますが、双方の主張が真っ向から対立するパワハラ該当行為の認定は大変難しいと感じています。判例時報令和6年1月中旬号に第三者委員会による各種調査及び検討を経た上で原告の行為がパワーハラスメントに該当する旨記載された調査報告書が作成され、同報告書に基づいてされたパワーハラスメントを理由とする被告による原告の懲戒解雇について、いずれも懲戒事由に該当するとはいえないなどとして無効とされた令和3年5月21日高知地裁判決(判時2574号○頁、参考収録)の要旨を紹介します。 ○判決での事案概要は、以下の通りです。 本件は,被告法人との間で労働契約を締結し,被告法人が運営する高知ハビリテーリングセンターのセンター長の職に就いていた原告が, ①被告法人に対し,被告法人がした原告の懲戒解雇は懲戒事由を欠いた違法なものであると主張して,原告が労働契約上の権利を有する地位にあることの確認と,本件契約に基づく賃金請求権に基づき,未払賃金及び未払賞与並びにこれらに対する商事法定利率(平成29年法律第45号による削除前の商法514条)である年6分の割合による遅延損害金の支払 ②被告法人代表者であるA理事長及びその娘である被告Bらに対し,違法な本件懲戒解雇と,本件懲戒解雇に至る過程におけるによる執拗な嫌がらせによって精神的苦痛を被ったと主張して,被告法人は社会福祉法45条の17,一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(以下「一般社団法人法」という。)78条に基づき,被告A・Bは民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下,特記しない限り改正前の民法を指す。)709条に基づき,慰謝料300万円及びこれに対する最後の不法行為の日である本件懲戒解雇の日(平成30年9月15日)から支払済みまで同法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払 を求めたものです。 ○高知地裁判決の理由要旨は以下の通りです。 1.法人Y1は,本件第三者委員会が本件調査報告書上パワーハラスメントに該当すると認定・評価した元職員の言動が,本件就業規則所定の懲戒事由に該当すると判断して,本件懲戒解雇を行ったものと認められるところ,本件懲戒解雇において懲戒事由とされた言動は,そもそもそのような事実が認められないか,認められるとしても懲戒事由に該当するとはいえないものであるから,本件懲戒解雇は無効である 2.本件では,懲戒解雇事由とされた元職員原告の言動をパワーハラスメント行為であると認定することはできないが ①被告法人らの調査に対して,原告のもとで働いていた本件センター職員の10名以上が,その客観的評価はともかく原告の言動に問題があった旨の申告をしていること,本件第三者委員会が可能な範囲での調査を行った上で作成された本件調査報告書には,原告が管理者であるにもかかわらず,組織上の問題を改善せず,あるいはその問題を認識しないまま放置していた事実があり,本件センターの施設管理者としての適性に問題がある旨の報告がされていること ②原告自身,その考えや業務方針を職員に対して十分に説明ができておらず,そのことが職員の不満となって残っていったと考えている旨供述していることが認められ,法人は,上記のような本件センター職員からの報告に加え,本件第三者委員会が作成した本件調査報告書の記載を踏まえ,最終的に本件懲戒解雇に至っていること ③無効な本件懲戒解雇が行われる結果となった原因には原告の本件懲戒解雇に至るまでの言動も関係していると言わざるを得ない 等を踏まえると,本件懲戒解雇によって原告が被った精神的苦痛は,当該解雇が無効であることが確認され,その間の賃金が支払われることにより慰謝されるものと解するのが相当 3.被告A理事長が原告に対して退職勧奨を行ったものと認められるが,上記退職勧奨は,本件大量退職及びその原因が原告にある旨の投書を受け,被告Bが行った本件事前調査の結果である第1回目の調査報告書を踏まえて行われたものであり,法人において一応の根拠に基づいて行われたものであること,その態様も,辞表の提出や引継ぎを求めるといった程度のものであることからすれば,上記退職勧奨が,社会的相当性を逸脱した態様での半強制的ないしは執拗なものであるとは認められないこと等から,A理事長の行為が不法行為に該当するとは言えず,また,Bが,元職員に対し,もし元職員が自覚のないまま次々と職員を追い詰めているとすれば病気としか思えないためカウンセリングが必要だと思う等の考えを示したこと,元職員に高次脳機能障害があると思っていること,記憶障害があるため一度検査をした方が良いと思っており,みんながそう言っていること等と言ったことが認められるが,Bが原告の主治医を長期間務めており,その間,原告の記憶障害を疑ったことがなかったことや高次脳機能障害の一般的な病態を踏まえても,Bの発言は,嫌がらせ等の不当な動機に基づくものともいえないから,原告が主張するBの言動は,いずれも不法行為に該当しない ○判決の結論は以下の通りです。 第4 結論 1 労働契約に基づく請求 上記第3の2のとおり,本件懲戒解雇は無効であるから,原告は,被告法人に対し,本件契約に基づき,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めることができる。 また,原告が被告法人での労務提供を行えなかったのは,上記のとおり無効な本件懲戒解雇が原因であるから,債権者の責めに帰すべき事由による債務不履行(民法536条2項)であり,原告は反対給付を失わず,本件懲戒解雇の後である平成30年11月分以降毎月25日限り月額36万6869円(前提事実(5))の賃金及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで民法所定の割合による遅延損害金の請求をすることができる。 原告は,遅延損害金について,商事法定利率での請求をするが,被告は社会福祉法人であり,平成29年法律第45号による削除前の商法514条は適用されない。また,賃金請求権は毎月の支払日に発生するものであるから,令和2年3月末日までに生じる賃金債権についての遅延損害金の利率は,平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分となり,令和2年4月以降に生じる賃金債権については,同改正後の民法所定の年3%となる。 原告は,賞与についても支払を求めるが,本件就業規則上,賞与の支払に関する規定が置かれていることを認めるに足りる証拠はないから被告法人における賞与が労働の対償であるとは認められず,また,賞与請求権が具体的な請求権として発生していると認めるに足りる証拠もない。したがって,この点に関する原告の請求には理由がない。 2 不法行為に基づく損害賠償請求 上記3及び4のとおり,原告の被告らに対する不法行為に基づく損害賠償請求は,いずれも理由がない。 主 文 1 原告が,被告法人に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。 2 被告法人は,原告に対し,平成30年11月から令和2年3月まで,毎月25日限り36万6869円及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 被告法人は,原告に対し,令和2年4月から本判決確定の日の属する月まで,毎月25日限り36万6869円及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。 4 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 5 訴訟費用はこれを2分し,その1を原告の負担とし,その余を被告らの負担とする。 6 この判決は,第2項及び第3項に限り,仮に執行することができる。 以上:3,139文字
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