令和 5年 6月28日(水):初稿 |
○マンション内漏水事故によって発生した損害についての賠償義務者如何との相談を受けています。関連判例として原告が居住建物漏水事故について、賃貸人・管理組合・管理業務委託会社等に民法709条又は民法717条1項に基づき損害賠償を求め、いずれの請求も棄却された令和2年9月25日東京地裁判決(ウエストロー・ジャパン)関連部分を紹介します。 ○判決は、被告管理組合又は被告管理業務委託会社が本件配管内の状態を確認する検査を行う義務を負っていたということはできず、本件配管の管理を怠ったということもできないとし、また、被告管理業務委託が清掃の実施や実施の確認を怠ったということもできないとして、被告管理組合らの不法行為責任を否定し、被告管理組合が共用部分を管理していることをもって、これを占有しているということはできないから、被告管理業務委託会社も同共用部分を占有しているとは認められないとして、被告管理組合らの民法717条の責任も否定しました。 ******************************************** 主 文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 被告らは,原告に対し,268万8010円及びこれに対する平成29年1月4日から支払済みまで年5分の割合(ただし,被告株式会社PIMについては年6分の割合)による金員を他の被告らと認容額が重なる限度で連帯して支払え。 第2 事案の概要 本件は,原告が,居住していた建物における漏水事故について,同建物の賃貸人である被告株式会社PIMに対し,債務不履行に基づき,同建物を含む区分所有建物の管理組合である被告Y1管理組合に対し,民法709条又は民法717条1項に基づき,同区分所有建物の管理業務の委託を受けていた被告株式会社ライフポート西洋に対し,民法709条又は民法717条1項に基づき,それぞれ損害賠償及びこれに対する遅延損害金の支払を求め,被告株式会社PIMに対し,予備的に,不当利得返還請求権に基づき,賃料相当額の返還を求める事案である 1 前提事実 (中略) 第3 当裁判所の判断 1 認定事実 (1) 前記前提事実,後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,次の各事実を認めることができる。 ア 本件マンションの201号室及び301号室(本件建物)において,平成29年1月3日未明,排水及び汚水が排水口等(本件建物については洗濯機用の排水口及び浴室の排水溝)からあふれ出る漏水事故(本件事故)が発生した。(乙7,原告本人1,14頁) イ 本件マンションの管理規約上,給排水衛生設備は,専有部分に属さない建物の附属部分として,共用部分に属するものとされていた(8条,別表2)。(乙5) ウ 平成29年1月7日,本件建物の共用配管(本件配管)を調査したところ,本件配管の内部に,長さ約380ミリメートル,幅約50ミリメートル,厚さ約20ミリメートル(ただし,幅及び厚さは,甲27号証の写真からの目算による。)の大きさの角材(本件角材)が,本件配管の断面の相当部分を塞ぐ状態で詰まっており,その周囲に白色の物体が詰まっている様子が確認された。なお,被告管理組合は,同年5月10日,本件角材を本件配管から抜き取る工事を実施した。(甲27,29,30,証人D(以下「証人D」という。)21頁) エ 本件マンションの施工を担当した工務店は,被告管理組合に対し,平成29年6月8日付けで,排水管に混入した本件角材の大きさから,施工時に本件角材が混入した可能性を完全に否定することはできないと考えているとして,汚水管異物撤去工事費用22万3020円並びに漏水補修工事及び配管状況調査に伴う天井点検口取付工事費用3万7800円を負担するとの回答書を発出した。被告管理組合は,同月19日及び平成30年6月25日の各通常総会において,本件マンションの竣工当時から,本件角材が詰まっていたと思われると報告した。(乙7から11まで) オ 被告管理会社は,被告管理組合から,2年に1回,8月に雑排水管清掃を行うよう業務委託を受けており,平成28年8月28日,業者を通じて,共用立管,共用横引管及び専有横引管(台所,浴室,洗面所,洗濯排水口)を対象に,排水管の高圧洗浄を行ったが,本件建物については,実施予定時刻に立ち会う者がいなかったため,高圧洗浄を実施することができなかった。また,被告管理会社は,在宅による立会が難しい住戸に向けた代替措置として,同月31日,上記業者を通じて,本件建物に対し,簡易清掃を実施した。(乙2,3,4の1・2,丙1) カ 被告管理会社の担当者は,平成29年1月4日,原告に対し,本件建物の復旧工事や被害品の調査について,原告の協力を得る必要があることを説明し,被告PIMの担当者も,同月7日,原告に対し,被告管理会社の指示に従って復旧工事に協力するよう要請した。(乙13,証人D・1,2頁,証人E(以下「証人E」という。)1頁) キ 被告管理会社の担当者は,平成29年1月8日以降,復旧工事に向けた原告とのやり取りを中心となって行うようになり,同日頃,原告に対し,被告PIMによる本件建物の被害状況確認作業に併せて,本件建物内で保険鑑定人による調査を実施したいとの連絡をし,原告の協力を求めたところ,原告は,保険鑑定人による調査が入ると,被害額の見積額が低くなるとして,調査を断った。(乙13,証人D・2頁,証人E・3頁,原告本人42頁) ク 被告管理会社の担当者は,原告に対し,その後も平成29年2月6日までに,電話や電子メールにて,本件建物の復旧工事に協力するよう求めたが,原告はこれを受けても保険鑑定人による調査に応じることはしなかった。(甲38,乙13,証人D・6頁) ケ 原告は,平成29年4月6日,被告管理組合の理事長,被告管理会社の担当者らと面談をし,被告管理組合に対し,約185万円の支払を求めたが,被告管理組合の理事長から,室内調査もできていない状況で支払えないと回答したところ,直ちに退席した。(甲39,40,乙13,証人D・7頁,原告本人5,6頁) コ 被告管理組合は,原告に対し,平成29年6月19日付けの通知にて,同通知の到達後30日以内に本件建物の漏水被害調査及び復旧工事に協力することを求めた。これに対し,原告は,同月24日,本件建物の調査に応じる意向を示したことから,本件建物において,同年8月22日,被告管理組合の理事長,被告管理会社及び被告PIMの各担当者並びに保険鑑定人の立会のもと,調査が実施された。(甲28,丁12,証人D・8頁,原告本人11頁) サ 原告は,本件事故の後,ホテルに宿泊し,被告管理組合は,原告に対し,平成29年1月16日,同月分の宿泊費用相当額として20万円を,同年8月15日,同年2月分の宿泊費用相当額として11万5440円をそれぞれ支払った。(原告本人40,41頁) (2) 原告は,前記(1)キのとおり被告会社の担当者から依頼された本件建物内での調査について,保険鑑定人による家財道具の調査のみを拒否したのであって,本件建物の調査は拒絶しなかったと主張し,本人尋問においてもこれに沿う陳述をする。 しかし,前記(1)キのとおり,被告管理会社の担当者は,原告に対し,本件建物内で保険鑑定人による調査を実施したいとの連絡をしているところ,その際に同担当者が調査の対象を家財道具に限定した説明をしたとは考え難い上,同クのとおり,その後,同担当者が電話や電子メールにて本件建物の復旧工事に協力するよう求めても,原告がこれに応じなかったことからすると,原告は,本件建物の調査を含む保険鑑定人による調査全般に協力することを拒絶したものと認められるから,原告の上記主張を採用することはできない。 2 争点1(被告管理組合及び被告管理会社が民法709条に基づく損害賠償責任を負うか)について 前記1(1)ウのとおり,本件事故後,本件配管の内部において,本件配管の断面の相当部分を塞ぐ状態で本件角材が詰まっており,その周囲に白色の物体が詰まっている様子が確認されたこと,他に本件事故の発生に至るような給排水衛生設備の不具合等が見当たらないことを踏まえると,本件事故は,本件配管の内部に本件角材が混入し,その周囲に本件配管の内部を流れる物体が詰まり,これらが本件配管を塞いだことを原因として発生したものと認められる。 そして,原告は,被告管理組合及び被告管理会社は,本件配管内に大型の異物が混入したままとならないよう,本件配管内の状態を確認する検査を行う義務があったのに,長期間にわたり本件配管に本件角材を残したままにした義務違反があると主張する。 しかし,本件全証拠をもってしても,本件角材が本件配管の内部に混入した経緯は不明であって,少なくとも本件配管が通常どおり使用される過程で長さ約380ミリメートルの本件角材が混入したとは考え難い上,本件事故が発生する以前に本件配管内に異物が混入していることをうかがわせるような不具合が生じた等の事情は認められないから,被告管理組合又は被告管理会社が本件マンションの共用部分の修繕,保守点検等として,本件配管内の状態を確認する検査を行う義務を負っていたということはできず,本件角材を発見することができなかったとしても,このことにより本件配管の管理を怠ったということはできない。 また,原告は,被告管理会社が排水管の清掃の実施の確認を行う義務を負っていたのに,これを履行せず,これにより本件事故が生じたと主張する。 しかし,前記1(1)のとおり,被告管理会社は,業者を通じて,必要に応じて高圧洗浄及びその代替措置としての簡易清掃を実施しており,被告管理会社が清掃の実施や実施の確認を怠ったということはできない。 したがって,被告管理組合又は被告管理会社は,民法709条に基づく損害賠償責任を負わない。 3 争点2(被告管理組合及び被告管理会社が民法717条1項の工作物の占有者に当たるか)について 原告は,本件事故当時,本件配管の設置又は保存に関する瑕疵があったとところ,被告管理組合は,本件配管を管理していた以上,これを占有していたといえるとし,被告管理会社も,被告管理組合から本件配管を含む共用部分の維持管理の委託を受け,本件配管を管理していたから,これを占有していたといえると主張する。 しかし,被告管理組合は,区分所有法3条の管理組合として,本件マンションの共用部分を管理しているものの,上記共用部分は,本件マンションの区分所有者全員の共用に供されるべき部分であるから,本件マンションの区分所有者全員がこれを占有しているというべきであって,被告管理組合が上記共用部分の管理をしていることをもって,これを占有しているということはできない。 同様に,被告管理会社は,被告管理組合から本件マンションの共用部分の管理を委託されているものの,被告管理組合が上記共有部分を占有しているといえない以上,被告管理会社もこれを占有しているということはできない。 したがって,本件配管の設置又は保存に瑕疵があり,これにより本件事故が生じたとしても,被告管理組合や被告管理会社がこれを占有していたということはできない。 4 争点3(被告PIMが債務不履行に基づく損害賠償責任を負うか)について 原告は,被告PIMは,本件建物の賃貸人として,賃借人である原告に対し,本件建物を居住に適した状態で使用させ,必要に応じて修繕を行う義務を負っており,直接又は本件建物の所有者を通じて本件配管を管理することができる以上,原告に本件建物を居住に適した状態で使用させるべく本件配管を管理する義務を負い,本件事故について債務不履行責任を負うと主張する。 しかし,前記2のとおり,本件事故は,本件配管の内部に本件角材が混入し,その周囲に本件配管の内部を流れる物体が詰まり,これらが本件配管を塞いだことを原因として発生したものと認められるところ,本件配管に本件角材が混入した経緯は不明であって,被告管理組合又は被告管理会社が本件配管の管理を怠ったということはできない上,本件配管は共用部分に属し,被告PIMは,本件配管を直接管理し得る立場にはないから,本件事故について債務不履行責任を負うということはできない(なお,原告は,被告PIMが不動産管理の専門的知識を有することも主張するが,上記判断を左右する事情とはいえない。)。 また,前記1(1)のとおり,本件事故が発生した後,本件建物について修繕を行う前提となる本件建物の調査が行われるまでに7か月余りが経過しているところ,原告は,被告PIM及び被告管理会社の各担当者が調査への協力を要請しても,これに応じなかったことが認められ,そのために被告PIMが本件建物の修繕を行うことができなかったものというべきであるから,本件事故の後,直ちに修繕が行われなかったことについても,被告PIMが修繕義務を怠ったということはできない。 したがって,被告PIMは,債務不履行に基づく不法行為責任を負わない。 5 争点5(被告PIMに賃料相当額の不当利得が生じたといえるか)について (中略) 6 結論 以上によれば,その余の争点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第50部 (裁判官 髙橋祐喜) 以上:5,552文字
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