令和 5年 4月28日(金):初稿 |
○退職する従業員への会社就業規則での退職金額が、中小企業退職金共済退職金より少ないためその差額は会社に返還することで、従業員と合意したが、後になって従業員からその合意は無効なので差額は返さないと言われているが、会社として差額を請求できないかとの相談を受けました。私の感覚としては中小企業退職金は従業員に帰属するのもの就業規則に優先するはずと思っていたのでそのように答えました。 ○念のためこの点を判断した裁判例を探すと先ず平成24年11月8日大阪地裁判決(裁判所ウェブサイト)が見つかりましたので、その関連部分を紹介します。事案は、原告会社が、被告P1において、原告退職後の競業避止義務違反があったとして、被告P1に対し、本件就業規則55条2項に基づき、退職金74万7900円に相当する金員及び遅延損害金の支払を求めたものです。 ○原告会社は、被告らが、原告の営業秘密である顧客情報を使用して本件顧客への営業活動を行うことが、被告P1及び被告P2においては不正競争防止法2条1項7号、被告会社においては同項8号の定める不正競争行為に該当するとして、被告らに対し、本件顧客への営業活動の差し止めを求めるとともに、連帯して、損害賠償及び遅延損害金の支払を求めましたが、この点は省略します。 ○判決は、本件退職金返還規定は、少なくとも、本件のように、返還を請求する退職金が、共済機構から支給された中退共退職金である限り、中小企業退職金共済法10条5項に反し、さらに同様の理由により公序良俗に反するものとして、無効であるから、退職金返還に係る原告の請求は理由がないとして請求を棄却しました。 ******************************************* 第4 当裁判所の判断 1 争点1-3(退職金返還規定の有効性)について 事案に鑑み,争点1-1及び1-2に先立って,争点1-3について検討する。 (1) 問題の所在 本件退職金返還規定は,原告の元従業員が本件就業規則55条1項の規定する退職後の競業避止義務に違反した場合,支払済みの退職金の返還を請求できる旨定めているが,被告は,かかる規定が,労働基準法16条,中小企業退職金共済法10条5項の強行規定に反するものとして無効である旨主張するものである。 この点,本件就業規則及び本件退職金規程において,原告の従業員が受給できるとされている退職金には,中小企業退職金共済法のもと,共済機構から支給される中退共退職金と,在職中特に功労があった者に対して原告から支給される特別功労金とがあるが,本件で原告が被告P1に返還を求めているのは,共済機構から支給済みの中退共退職金であるため,以下この点に絞って検討する。 (2) 中小企業退職金共済法との関係 ア 中退共退職金は,中小企業退職金共済法の下で支給される退職金であるが,同法は,従業員である「被共済者が責めに帰すべき事由により退職し,かつ,」使用者である「共済契約者の申出があつた場合において,厚生労働省令で定める基準に従い厚生労働大臣が相当であると認めたとき」,共済機構は,「厚生労働省令で定めるところにより,退職金の額を減額して支給することができる。」と定める(同法10条5項)一方,他に退職金を減額又は不支給とする事由を定めた規定を置いていない。 そのため,中小企業退職金共済法は,中退共退職金支給額の減額につき,同法10条5項の定める実体上及び手続上の要件を満たす場合のみ許容する趣旨であり,かつ,その趣旨からして強行規定であると解されるが,本件退職金返還規定に基づいて,元従業員に対し,支給済みの中退共退職金の返還を求めることができるとすれば,中小企業退職金共済法の上記趣旨を潜脱することになる。 しかも,中小企業退職金共済法10条5項の規定に従って中退共退職金が減額される場合でさえも,元従業員である被共済者に対する共済機構の支払義務が一部消滅するにとどまり,使用者である共済契約者が減額分につき請求権を取得するわけではない。ところが,本件退職金返還規定に基づいて原告が中退共退職金の返還を請求できるとすれば,元従業員を介して中退供退職金の原告への給付を認めることと同じ結果になるが,このように被共済者である使用者が中退共退職金から利得することは,中小企業退職金共済法10条5項の想定するところではないというべきである。 したがって,本件退職金返還規定は,少なくとも,中小企業退職金共済法10条5項の要件が満たされていない場合に,支給済みの中退共退職金の返還を認め,しかもこれを原告が受領できるとしている限りにおいて,同条項に反しており,無効というべきである。 イ この点,原告は,中小企業退職金共済制度を利用するか否かで,退職金の減額又は不支給の可否が異なるとする理由がない旨主張するが,中退共退職金の額は,月々の掛金額及び掛金納付月数といった客観的な数値に基づき,法の規定に従って機械的に算出されるもので(中小企業退職金共済法10条),使用者が功労報償などの観点から自由に増減させられるものではないのであるから,従業員の帰責事由による減額についても,法所定の範囲に限定し,当事者の自由裁量を認めないとすることには整合性,合理性がある。原告の上記主張は採用できない。 (3) 小括 以上より,本件退職金返還規定は,文言上,原告の元従業員に退職後の競業避止義務違反があった場合,原告からその元従業員に対し,支給済みの退職金であっても,その返還を請求できるとしているが,少なくとも,本件のように,返還を請求する退職金が,共済機構から支給された中退共退職金である限り,中小企業退職金共済法10条5項に反し,さらに同様の理由により公序良俗に反するものとして,無効である。 したがって,仮に本件就業規則55条1項の競業避止義務に係る規定が有効で,かつ,被告P1に同規定に反する行為があったとしても,原告が,本件退職金返還規定に基づき,共済機構から被告P1に対し一旦支給された中退共退職金相当額の支払を求めることはできず,その余の争点について判断するまでもなく,退職金返還に係る原告の請求は理由がない。 以上:2,546文字
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