令和 4年 9月 5日(月):初稿 |
○飲食店の経営を目的とする有限会社である原告が、原告と雇用契約を締結した被告に対して、被告は全従業員に対する私的交際の絶対的禁止とそれに違反した場合の違約金200万円の支払を内容とする同意書に署名したにも関わらず、他の従業員との交際を行ったと主張して、被告に対し、雇用契約の債務不履行に基づき、違約金等140万円の支払を求めました。 ○これに対し、本件同意書の内容は、労働契約の不履行について違約金を定めたり、損害賠償額を予定する契約をしたりすることを禁じた労働基準法16条に違反し、無効であり、また、本件同意書は、禁止する交際について交際相手以外に限定する文言を置いておらず真摯な交際までも禁止対象に含んでいることや、その私的交際に対して200万円もの高額な違約金を定めている点において、被用者の自由ないし意思に対する介入が著しいから、公序良俗に反し、無効というべきであるとして、原告の請求をいずれも棄却した令和2年10月19日大阪地裁判決(判タ1485号185頁)全文を紹介します。 ○以下、読売新聞記事も紹介します。 ******************************************* 読売新聞2020/10/20 10:42 私的な男女交際を禁じた雇用契約に反して男性と交際したとして、大阪府内のキャバクラ店の元従業員女性に、店の経営会社などが140万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が19日、大阪地裁であり、後藤誠裁判官は「交際は本人の意思が尊重される」とし、店側の請求を棄却した。 判決によると、店は2017年に元従業員女性と雇用契約を締結し、この時、私的交際をすれば違約金200万円を払うとする同意書に署名をさせた。18年にこの女性と系列店に勤める男性との交際が発覚し、店側は「2人で出歩くのを客に見られ、店の売り上げが減った」と主張していた。 判決で後藤裁判官は「真摯しんしな交際も禁じており、自由への介入が著しく、無効」とし、あらかじめ違約金の規定を盛り込んだ契約も労働基準法に違反していると指摘した。 店側は取材に「納得できない部分があり、控訴も検討したい」としている。 ************************************* 主 文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事 実 第1 請求 被告は,原告に対し,140万円及びこれに対する令和元年12月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 当事者の主張 1 請求原因 (1) 原告は飲食店の経営を目的とする有限会社であり,ガールズバーやキャバクラ店を経営しており,a店,b店等の店舗を設置している。 (2) 原告は,平成29年12月,被告と雇用契約を締結した。 原告は,その業務内容の中心が男女間の接待であり,従業員が私的交際を行うと担当する客が離れてしまって1日当たり3~5万円の損失が発生し,当該店舗の風評被害が生じ,当該従業員の友達も退職するなどの被害が予想されることから,全従業員に対し,私的交際の絶対禁止とそれに違反した場合の違約金200万円の支払を内容とする同意書(以下「本件同意書」という。)への署名を求めていた。 しかるに,被告は,これらを納得の上で本件同意書に署名して,これを約した。 (3) 被告は,平成30年9月頃から,本件同意書に記載の私的交際しない旨の約束に違反して,a店の副店長であったB(以下「B」という。)と交際を開始し,被告及びBは,同年12月7日,原告に対して交際の事実を認めた。 (4) 原告は,被告に対し,本件同意書に記載のとおり違約金200万円を徴収することができるものであったが,被告から,Bと同居して互いにその他の者と交際しないように常時監督していくことを誓約するとの申出があったことから,以下の4項目の約束をする旨の始末書(以下「本件始末書」という。)を作成させた上で,違約金の徴収を猶予した。 ア 被告は,二人(被告及びB)の事は他言しない。 イ 被告の平成30年12月の給与の支払を3か月間停止することを承諾する。 ウ 被告は,原告に対し,日常生活におけるBの動向など,細かなことを相談する(報告を含む。)。 エ 被告は,原告の各店舗のある茨木市,高槻市をBと二人で連れ立って,立ち歩かない。 (5) しかし,被告は,①上記(4)アに違反して,a店の他の従業員にBのことを相談して,従業員に動揺が広がり,②上記(4)ウに違反して,Bに関して一度も相談や報告をせず,Bの金遣いが荒く店舗の名前を使ってサラ金等で借金していたことや朝帰りしたことを伝えず,③上記(4)エに違反して,Bと共に茨木市や高槻市で出歩いて,客に目撃された。 そこで,原告は,令和元年11月27日をもって,上記(4)の徴収猶予を撤回し,本件同意書に基づく違約金を請求することにした。 (6) また,被告が本件同意書に違反してBと交際したことは,原告に対する不法行為となるところ,これによって,原告は,被告をb店からa店に異動させざるを得なくなって,後記ア,イのとおり,違約金200万円を100万円超える合計300万円の損害を被った。 ア 被告が勤務していたb店の売上げが減少した。 イ 被告がa店に異動したことにより,原告は,他の従業員や客への説明,系列店内の顧客管理の調整等のために過分な業務をすることとなり,営業に集中できず,原告全体としての売上げも減少した。 (7) よって,原告は,被告に対し,雇用契約の債務不履行(本件同意書及び本件始末書の違反)に基づき違約金200万円の一部100万円,不法行為に基づく損害賠償として100万円の一部40万円及びこれら合計140万円に対する令和元年12月19日(被告が退職する旨の意思表示をした日の翌日)から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 2 請求原因に対する認否 (1) 請求原因(1)は認める。 (2) 請求原因(2)のうち,被告が本件同意書の内容を約したことは否認し,その余は認める。被告は本件同意書に署名したが,原告において,被告が署名するかどうかの自由は認められていなかった。 (3) 請求原因(3)は認める。 (4) 請求原因(4)のうち,被告が本件始末書を作成したこと,その当時,原告が被告に対して違約金200万円を請求しなかったことは認め,その余は不知又は否認する。 (5) 請求原因(5)は不知又は否認する。 (6) 請求原因(6)は不知又は否認する。 後記3(1)のとおり,被告が私的交際をするかどうか,交際するとして誰と交際するかは,被告が自由に決定することができるのであって,被告に何らの違法もなく,不法行為は成立しない。 また,損害の主張立証は十分でなく,被告の行為との因果関係も存しない。 3 抗弁―雇用契約の債務不履行に基づく違約金請求に対して (1) 公序良俗違反 被告が私的交際をするかどうか,交際するとして誰と交際するかなどを決定する自由は,憲法上保証された幸福追求権として認められる自己決定権そのものである。そのため,この自由を制約する本件同意書に基づく合意は,公序良俗に反し,無効である。 (2) 労働基準法16条違反 被告が私的交際をした場合に原告に対して違約金200万円を支払う旨の本件同意書に基づく合意は,労働基準法16条に違反しており,無効である。 4 抗弁に対する認否 抗弁はいずれも争う。 理 由 1 雇用契約の債務不履行に基づく違約金請求について (1) 請求原因(1),同(2)のうち原告と被告が雇用契約を締結したこと(甲3)及び原告の求めにより被告が本件同意書(甲4)に署名したこと,同(3),同(4)のうち被告が本件始末書(甲5)を作成したこと及びその時点で原告が被告に対する違約金200万円の請求を控えたことは当事者間に争いがない。 (2) しかるに,本件同意書は,使用者である原告が被用者である被告に対して私的交際を禁止し,これに違反した場合には違約金200万円を請求し,被告はこれを支払う旨合意するものであるところ,これは,労働契約の不履行について違約金を定めたり,損害賠償額を予定する契約をしたりすることを禁じた労働基準法16条に違反しており,無効である。 また,人が交際するかどうか,誰と交際するかはその人の自由に決せられるべき事柄であって,その人の意思が最大限尊重されなければならないところ,本件同意書は,禁止する交際について交際相手以外に限定する文言を置いておらず真摯な交際までも禁止対象に含んでいることや,その私的交際に対して200万円もの高額な違約金を定めている点において,被用者の自由ないし意思に対する介入が著しいといえるから,公序良俗に反し,無効というべきである。 よって,抗弁(1),(2)はいずれも認められ,本件同意書は無効であるから,被告がこれに違反して原告の従業員であるBと交際しても,債務不履行とはならない。 (3) 原告は,被告が本件始末書に違反したことを理由に違約金200万円の発生を主張するが(請求原因(5),(7)参照),これは本件同意書が有効であることを前提とするものである。 しかし,本件同意書が無効であることは上記(2)で説示したとおりであるから,被告は本件同意書に基づく違約金200万円の支払義務を負わず,原告の主張はその前提を欠く。 (4) よって,原告の被告に対する雇用契約の債務不履行(本件同意書及び本件始末書の違反)に基づく損害賠償請求は理由がない。 2 不法行為に基づく損害賠償請求について 原告は,被告のBとの私的交際が原告に対する不法行為となると主張する(請求原因(6))。 しかし,上記1で認定説示したとおり,違約金の定めをもって被告の私的交際を禁止した本件同意書は無効であって,被告がBと交際することは本来的に自由である。そして,被告のBとの交際について,男女間の愛情から生じたものでなく原告に対して財産的損害を与える目的で行われたといった特段の事情はうかがえないから,被告に不法行為上の違法は存しない。 よって,原告の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。 3 結論 以上によれば,原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべきである。よって,主文のとおり,判決する。 大阪地方裁判所第11民事部 (裁判官 後藤誠) 以上:4,297文字
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