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取締役退任者を従業員兼務取締役として退職金請求認容地裁判決紹介

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令和 3年 8月31日(火):初稿
○原告は、被告会社に入社し、14年後に取締役に就任し、その後取締役を退任しましたが、被告に対し、雇用契約に基づき、主位的に、入社以降、被告から原告の従業員の地位を否定する通知が到着した日である日まで被告の従業員の地位にあったと主張して、退職金規定による退職金及び遅延損害金の支払を、予備的に、原告が取締役に就任した時点で従業員の地位を失ったとしても、被告との間で従業員退職金の支払期日を取締役退任日とする合意をしたと主張して、退職金規定による退職金及び遅延損害金の支払を求めました。

○これに対し、原告の業務内容が取締役就任前後で異ならなかったことや、原告は、当時代表取締役であったBの指揮監督下で業務を行っていて、自身で経営者としての業務執行を行っていた事実は認められないこと、報酬額の増額は、従業員と役員を兼ねることによる増額と考えても矛盾はない程度のものにとどまることに加え、原告は、取締役就任と同時に原料部及び海外事業部の事業部長に就任したことも考慮すると、原告は、被告において従業員と取締役を兼務するいわゆる従業員兼務取締役であったと認めるのが相当であり、原告は、被告の取締役に就任後も、従業員としての地位を有していたと認められるとして、原告の主位的請求を認容した令和2年3月11日東京地裁判決(判時2486号89頁)理由文を紹介します。

○名目は取締役でも、実質は従業員で従業員としての雇用契約上の権利の有無が争いになることは良くあり、従業員兼務取締役の要件を考えるのに参考になります。

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主   文
1 被告は,原告に対し,468万9990円及びこれに対する平成25年12月12日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求

1 主位的請求
 主文同旨

2 予備的請求
 被告は,原告に対し,314万8678円及びこれに対する平成25年10月19日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要等
1 事案の概要

 本件は,平成6年2月26日に被告に入社し,平成20年1月28日に被告の取締役に就任し,平成25年10月18日に取締役を退任した原告が,被告に対し,雇用契約に基づき,主位的に,入社以降,被告から原告の従業員の地位を否定する通知が到着した日である平成25年11月26日まで被告の従業員の地位にあったと主張して,退職金規定による退職金468万9990円及びこれに対する退職金規定による退職金の支払期日の翌日である平成25年12月12日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払を,予備的に,原告が平成20年1月28日に取締役に就任した時点で従業員の地位を失ったとしても,平成20年4月頃,被告との間で従業員退職金の支払期日を取締役退任日とする合意をしたと主張して,退職金規定による退職金314万8678円及びこれに対する原告の取締役退任日の翌日である平成25年10月19日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)当事者
 被告は,昭和25年6月19日に設立された蜂蜜の精製や販売等を目的とする取締役会を設置する株式会社である。
 原告は,被告の創業者であるA(以下「A」という。)の長男であるB(以下「B」という。)の長男であり,平成6年2月26日,被告に入社し,平成20年1月28日,被告の取締役に就任し,平成25年10月18日,任期満了により取締役を退任した。


         (中略)


第3 当裁判所の判断
1 認定事実

 前提事実,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1)原告の業務遂行状況等
 原告は,平成6年2月26日に被告に入社後,すぐに中国の北京対外経済貿易大学に留学し,中国国内の蜂蜜輸出業者を訪問したり,工場を見学するなどした。原告は,平成8年1月26日に帰国し,被告本社で勤務した後,同年3月5日から同月24日まで,アメリカ及びアルゼンチンで現地の蜂蜜生産者及び蜂蜜取引業者のもとを訪れる等の研修を行った。原告は,平成8年4月から住友商事株式会社の農水産本部に出向し,平成10年4月に被告に復帰した。(甲18,19,21,原告本人)

 原告は,被告へ復帰後,原料蜂蜜の購買に関する業務を,担当取締役であったBの補助をする形で遂行し,平成12年頃には,仕入先に一人で出向いて交渉を行うことも多くなった。原告は,平成18年頃からは,一人で原料蜂蜜の購買計画を立てたり,原料蜂蜜の輸出入作業の進捗状況の管理を行うようになったが,原告が策定した購買計画の採否や原料蜂蜜の売買契約締結の可否については,Bが判断して行っていた。(甲21,原告本人)

(2)原告が被告の取締役に就任した経緯等
 A,B及び被告代表者は,平成14年10月28日から被告の代表取締役を務めていたが,Aが亡くなる平成19年前後頃から,Bと被告代表者の折り合いが悪くなり,被告の意思決定に支障を生ずるようになった。
 Bは,平成19年秋頃,原告に対し,被告の取締役になるよう打診し,原告はこれを承諾した。Bは,臨時株主総会を開き,同株主総会で,新たに原告らが取締役に選任され,Bのみが代表取締役となった。これにより,B側の株主グループにより被告の経営権が掌握されることとなった。(甲21,証人B,証人E,原告本人)

(3)原告の取締役就任後の業務遂行状況等
 原告の取締役就任と同時期に,被告には,原料蜂蜜の購買業務を担当する原料部及び海外事業部が設置され,原告はその事業部長に就任した。
 原告は,取締役就任前と同様,原料蜂蜜の購買計画の策定や,原料蜂蜜の輸出入作業の進捗状況の管理を業務として行い,原料蜂蜜の売買契約締結の可否については,Bに承認を得た上で行っていた。(甲6,21,原告本人)

(4)原告の取締役就任後の各種取扱い等
 原告は,被告の取締役に就任するに当たり,従業員を退職する旨の退職届を提出しておらず,退職金は支払われていない(弁論の全趣旨)。
 原告の給与は,取締役就任直前(平成19年12月分)は,基本給45万5560円,職能給5万4800円,住宅手当8000円,地域手当4000円,皆勤手当5000円,通勤手当1万3550円の合計54万0910円であったが,取締役就任後には,基本給78万円,通勤手当1万3550円のほかは,職能給,住宅手当,地域手当及び皆勤手当の支給はなくなり,雇用保険料の控除はなくなった(甲8の1,8の5)。

 原告に対して支払われた賞与は,第61期(平成20年8月1日から平成21年7月31日まで)には損金不算入とされていたが,第63期(平成22年8月1日から平成23年7月31日まで)には損金処理されていた(乙10,12,18)。
 原告に関して,兼務役員雇用実態証明書は提出されていない(乙17)。

(5)その他の事情
 原告と同時期に取締役に就任した従業員には,E,D,Cがいたところ,従業員の定年を迎えていたD及びCに対しては,退職金規定に基づく退職金が支払われた(証人B,原告本人)。
 原告の取締役就任後,被告の取締役会は開催されていなかった。

(6)原告の取締役退任後の状況等
 原告は,平成25年10月18日,被告の取締役を退任した。
 原告は,被告に対し,平成25年11月14日付けの通知書において,原告と被告との間に雇用関係が存在する旨の主張をしたが,被告は,原告に対し,同月25日付けで,原告と被告との関係は,原告の取締役就任により雇用契約から委任契約に変わった結果,雇用関係は終了したこと,平成25年10月18日の任期満了により委任関係も終了した旨を通知し,同通知は,同年11月26日に原告に到達した(甲9,弁論の全趣旨)。

2 検討
(1)争点1(原告は,平成20年1月28日の取締役就任時に,従業員の地位を失ったか)について

 前記前提事実及び認定事実によれば,被告の就業規則には,取締役就任に伴い従業員の地位を失う旨の定めはなく,原告が取締役に就任するに当たって,退職届の提出や従業員退職金の支払等の,従業員の地位の清算に関する手続は行われなかったこと,従業員としての定年を迎えてから,原告と同時期に取締役に就任したC及びDには従業員退職金が支給され,原告と異なる取扱いがされたことが認められ,これに加えて,原告が,取締役就任前後で変わることなく,原料蜂蜜の購買計画の策定や進捗状況の確認等の業務をBの指示の下で行っていた事実は,原告が,被告の取締役就任後も,Bの指揮監督下で業務を行っていたことを意味するから,これらの事実は,原告が取締役就任後も従業員としての地位を失っていないことを強く推認させる。

また,被告において,平成19年頃に被告代表者とBとの確執が大きくなり,平成20年1月28日に原告らが取締役に就任したことでB側の株主グループが経営の支配権を握ることとなった事実や,以後,Bが被告代表者を務めていた期間には,取締役会が開催されていなかったことも,原告の従業員性が取締役就任前後で変化していないことをうかがわせる事情である。

 一方で,原告の月額報酬が約54万円から約79万円に増額し,支給名目も,職能給及び各種手当から基本給名目に統一され,税務上は役員報酬として申告されていたことは,原告の従業員性を否定する方向に働く事実であるけれども,原告の業務内容が取締役就任前後で異ならなかったことや,被告において取締役会が開催されておらず,原告は,当時代表取締役であったBの指揮監督下で業務を行っていて,自身で経営者としての業務執行を行っていた事実は認められないこと,報酬額の増額は,従業員と役員を兼ねることによる増額と考えても矛盾はない程度のものにとどまることに加え,原告は,取締役就任と同時に原料部及び海外事業部の事業部長に就任したことも考慮すると,原告は,被告において従業員と取締役を兼務するいわゆる従業員兼務取締役であったと認めるのが相当である。

 他方,原告は,平成20年4月以降,雇用保険料を負担しておらず,平成23年4月には雇用保険被保険者としての資格を喪失した旨の届出がされているところ,被告は,主としてこの事実及び原告と当時の代表者であったBとの間に父子関係が存在する事実を,原告の従業員としての地位の清算が行われた根拠として主張している。

 しかし,雇用保険の加入の有無は,当事者において様々な理由で操作することが可能であり,実際に,労働者に支払われる手取額を多くするなどの目的で社会保険等に加入しないことがまま行われていることなどからすると,雇用保険加入の有無によって,取締役の従業員性が決定づけられると考えることは不相当である。また,原告と当時の被告代表者との間に父子関係が存在する事実も,退職届の提出や退職金の支払のないまま,取締役就任時に従業員としての地位を清算する理由や根拠になるものとはいえない。

 また,原告に支払われた賞与の税務上の処理が統一されていない点を考慮すれば,賞与の一部が損金不算入とされている事実をもって,原告の従業員性を否定することも相当でないというべきである。

 したがって,原告は,被告の取締役に就任後も,従業員としての地位を有していたと認められる。

(2)争点3(退職金額)について
 そうすると,争点2について判断の必要はないので,次に,被告が原告に支払うべき退職金額について検討する。
ア 在籍期間
 前記前提事実及び認定事実のとおり,原告は,平成6年2月26日に被告に入社し,平成20年1月28日に取締役に就任し,平成25年10月18日に取締役を退任しており,その後,取締役退任後に従業員としての地位を巡って原告と被告との間で文書のやり取りを行い,被告が原告の従業員としての地位を否定する通知が原告に到達し,原告が従業員としての地位を失うことを受入れた日が平成25年11月26日であるから,原告の在籍期間は平成6年2月26日から平成25年11月26日までである。したがって,退職金規定上の勤続年数は,18年9か月と認められる。

 被告は,原告が被告へ入社直後に中国へ留学していた期間は,私的な留学期間であって在籍期間に含めるべきでないと主張するが,原告は,当時の原料蜂蜜購買担当の取締役であったBの指示で中国へ留学し,現地の取引先との関係を深め,帰国して被告に復帰後,取締役を退任するまで,原料の購買業務に従事していたのであるから,被告の指示によって中国へ留学し,その成果を帰国後の業務に還元して被告に貢献していたというべきであり,私的な留学期間とはいえない。

イ 計算式
 前判示のとおり,原告には,取締役就任後も従業員としての地位が併存していたと認められるところ,原告が取締役を退任後,被告が原告に対し,従業員としての地位を否定する通知を送付したことは,被告の原告に対する解雇と同視できるから,原告の退職金額の算定に当たっては,退職金規定2条が適用される。

 また,原告は,取締役就任後,従業員としての賃金と役員としての報酬の名目を分けることなく報酬を支払われていたことから,同条に定める基本給は,取締役就任直前の基本給である45万5560円と認めるのが相当である。
 そうすると,原告に適用される支給基準率は17となるから,原告に支給されるべき退職金額は,468万9990円{=45万5560円×(17+9/12)×0.58}となる。

ウ 支払時期
 退職金規定8条によれば,被告は,原告の退職後2週間以内に退職金を支払う義務があったから,2週間後である平成25年12月11日が弁済期である。

(3)小括
 したがって,原告は,取締役就任により従業員としての地位を失っていないから,被告に対し,468万9990円の退職金支払請求権を有し,被告は,同債務について,弁済期の翌日である平成25年12月12日から遅滞に陥っていると認められる。

3 結論
 以上によれば,被告は,原告に対し,退職金468万9990円及びこれに対する弁済期の翌日である平成25年12月12日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払義務があり,原告の主位的請求は全部理由がある。
 よって,主文のとおり判決する。東京地方裁判所民事第19部 裁判官 鈴木麻奈美

(別紙)退職金支給基準率表
以上:6,024文字

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