令和 2年12月24日(木):初稿 |
○「業務中事故賠償金を支払った従業員の雇主への逆求償認容最高裁判決紹介」の続きで、その原審平成30年4月27日大阪高裁判決(労働判例1224号12頁)を紹介します。 ○「被用者が第三者に損害を加えた場合は,それが使用者の事業の執行についてされたものであっても,不法行為者である被用者が上記損害の全額について賠償し,負担すべきものである。民法715条1項の規定は,損害を被った第三者が被用者から損害賠償金を回収できないという事態に備え,使用者にも損害賠償義務を負わせることとしたものにすぎず,被用者の使用者に対する求償を認める根拠とはならない。」と驚くべき、被用者に厳しい見解でしたが、令和2年2月28日最高裁判決で覆されました。 ******************************************** 主 文 1 原判決中本訴請求に関する控訴人敗訴部分を取り消す。 2 上記部分につき,被控訴人の本訴請求を棄却する。 3 反訴請求についての本件控訴を棄却する。 4 訴訟費用は,第1,2審,本訴反訴を通じてこれを2分し,その1を控訴人の負担とし,その余を被控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。 2 控訴人の反訴請求に基づき,被控訴人は,控訴人に対し,1300万円及びこれに対する平成25年10月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 被控訴人の本訴請求を棄却する。 第2 事案の概要 1 本訴事件は,控訴人に雇用され,控訴人の業務として自動車を運転していた際に被害者を死亡させる交通事故を発生させ,被害者の相続人2人のうちの1人に賠償金を支払った被控訴人が,控訴人に対し,主位的に,上記交通事故によって生じた被害者の損害全額を控訴人が負担するとの合意が成立したと主張して同合意に基づき,予備的に,被用者の使用者に対する求償権があるとして,被控訴人が支払った賠償金のうち弁済供託に基づく支払額1552万2962円及びこれに対する弁済供託の翌日である平成28年6月23日から民法所定の年5分の割合による利息の支払を求める事案である。 反訴事件は,上記交通事故に関し,被害者の別の1人の相続人に対し賠償金を支払った控訴人が,被控訴人に対し,民法715条3項,自動車損害賠償保障法4条に基づき,求償金1300万円及びこれに対する支払日の翌日である平成25年10月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による利息の支払を求める事案である。 原審は,被控訴人の本訴請求における予備的請求に基づき,本訴請求のうち839万2222円及びこれに対する平成28年6月23日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で認容し,控訴人の反訴請求は,棄却した。 控訴人は,敗訴部分を不服として控訴した。 被控訴人の控訴がないので,被控訴人の本訴請求における主位的請求に対する原審の判断の当否は控訴審の審理の対象とはならない。 2 前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,次のとおり原判決を補正するほかは,原判決「事実及び理由」欄の第2の2及び3(同2頁18行目から同6頁22行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。 (中略) 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所は,被控訴人の本訴請求は,理由がなく,控訴人の反訴請求は,理由がないものと判断する。その理由は以下のとおりである。 2 争点1及び争点2に関する判断は,原判決「事実及び理由」欄の第3の1及び2(同6頁25行目から同12頁6行目まで)のとおりであるから,これを引用する。 3 争点3について (1)被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加えた場合,使用者が自己の業務のために被用者を用いることにより事業活動上の利益を上げており,被用者による事業活動の危険も負担すべきであるという報償責任の原理及び使用者が被用者を用いることで新たな危険を創造したり,拡大したりしており,被用者による危険の実現について責任を負担すべきであるとの危険責任の原理から,被用者は,民法709条に基づき不法行為に基づく損害賠償責任を負い,使用者も,民法715条1項ただし書により免責されず,同項本文に基づく損害賠償責任を負う場合,本来損害賠償責任を負うべき被用者に代位して,被害者に対し,直接,損害賠償義務を負うものとされている。 民法715条3項の,使用者の被用者に対する求償権の法的根拠は,両者の間に雇用等の契約関係が存在するときには債務不履行,契約関係が不存在の場合には,不法行為に基づく損害賠償請求権であって,不法行為者である被用者に対し,使用者の求償権の行使を妨げない旨を注意的に規定されているものであり,その権利が行使できることは当然である。 しかし,使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対し,求償の請求をすることができるものと解される(最高裁昭和51年7月8日第一小法廷判決・民集30巻7号689頁参照)。 (2)被用者が民法709条に基づき不法行為に基づく損害賠償責任を負い,使用者が民法715条1項本文に基づく損害賠償責任を負う場合,両者の損害賠償債務は不真正連帯債務であると解される。一般に不真正連帯債務の債務者の一方が,自己の負担部分を超えて賠償債務を履行した場合には,超えた部分について,他方に求償することができると解されるところ,民法715条3項の求償権行使が信義則により求償権の行使を制限された部分は,使用者が最終的に負担する部分となるので,この場合には負担部分が存在するのと同じ結果になる。また,被害者が損害賠償請求にあたって,使用者を相手方としたときには,求償が認められ,被用者を相手方としたときには,逆求償を認めないとすると,被害者が損害賠償請求の相手をどちらに選択するかによって,使用者と被用者の最終的な分担割合が異なることが起こることになる。 以上のような事情を踏まえると,逆求償を認める考えもあり得るし,そのことが当事者の公平にかなうとの考えもあり得るところである。また,事案によっては,使用者は,民法715条1項に基づく責任のみならず,要件は異なるものの自動車損害賠償保障法3条に基づく責任を負うこともあるのであって,この場合には,使用者は報償責任あるいは代位責任にとどまらない責任を被害者に対して負う者であるということもできないではない。本件においては,双方当事者から,控訴人が自動車損害賠償保障法3条に基づく責任を負っているかについての特段の主張も立証もない。 民法715条1項は,被害者保護のための規定であって,本来,不法行為者である被用者が被害者に対して全額損害賠償債務を負うべきところ,被害者が資力の乏しいこともある被用者から損害賠償金を回収できない危険に備えて,報償責任や危険責任を根拠にして,使用者にその危険回避の負担を負わせたものであって,本来の損害賠償義務を負うのは,被用者であることが前提とされている。使用者には,本来の損害賠償義務者である被用者に対する求償権を有するものの,信義則上,使用者から被用者に対する権利の行使が制限されることがあると解される。そうすると,民法715条3項の求償権が制限される場合と同じ理由をもって,逆求償という権利が発生する根拠とまですることは困難である。結果が公平に見えることがあるだけでは,理由とはならない。 もっとも,使用者が被用者と共に民法709条の責任を負い,被用者と共同不法行為にある場合には,共同不法行為者間の求償として,これが認められることは別論といえる。 (3)次のとおり改めるほか,原判決13頁20行目から同16頁18行目までを引用する。 原判決16頁6・7行目の「これらを含む」から18行目までを以下のとおり改める。 「上記認定事実からは,本件事故発生に関し,控訴人に共同不法行為者といえる過失があったとは認められず,被控訴人から控訴人に対する求償は認められない。 被控訴人が逆求償の認められるとする根拠として主張する各事情は,信義則上,控訴人から被控訴人に対する求償権を制限すべき考慮要素であって,被控訴人から控訴人に対する逆求償の根拠とはならない。 よって,本件本訴請求は理由がない。」 4 争点4について 控訴人から被控訴人に対する求償権の行使については,前記3(3)の認定事実を総合考慮して,信義則上制限されるべきものである。さらに,本件では,本件事故につき,これまでに,控訴人は損害賠償金(訴訟上の和解金)1300万円及び治療費47万5860円を負担し,被控訴人は損害賠償金52万7909円と本件供託にかかる1552万2962円を負担している。 以上の事情を総合考慮すると,控訴人において,本件反訴で請求している既に負担した1300万円については,信義則上求償権の行使を制限されると解すべきである。なお,控訴人においては,Eとの間で現在訴訟継続中であり,同訴訟で損害賠償債務を負うことになる可能性はないとは言えないのであって,その債務の履行をした場合に求償権を行使できるかについては,その段階での個別事情を判断すべきものである。 よって,本件反訴請求は理由がない。 5 以上の次第で,被控訴人の本訴請求及び控訴人の反訴請求はいずれも理由がないから棄却すべきである。原判決は,本訴請求を一部認容し,反訴請求を棄却したから,本訴請求について一部失当であり,反訴請求については結論において相当である。よって,原判決中,本訴請求の控訴人敗訴部分を取消して,これを棄却し,反訴請求について本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。 大阪高等裁判所第12民事部 裁判長裁判官 稻葉重子 裁判官 小倉真樹 裁判官鈴木紀子は,転補につき,署名押印することができない。 裁判長裁判官 稻葉重子 以上:4,169文字
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