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業務中事故賠償金を支払った従業員の雇主への逆求償認容地裁判決紹介

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令和 2年 3月 5日(木):初稿
○「業務中事故賠償金を支払った従業員の雇主への逆求償認容簡裁判決紹介」の続きでその控訴審の平成27年9月11日佐賀地裁判決(判時2293号112頁)を紹介します。

○Yの従業員Xが、業務執行中に起こした交通事故につき相手方に賠償金を支払ったから同賠償額につき雇い主Yに対する求償権を取得したとしてその支払を求めた(本訴)のに対し、Yが、本件事故によりY所有の車両が損傷したとして不法行為による損害賠償を求めた(反訴)ところ、原審平成27年4月9日鳥栖簡裁判決は、賠償額の7割の限度で本訴請求を一部認容し、損害額の3割を限度に反訴請求を一部認容しました。

○そこで雇い主Yが控訴しましたが、控訴審佐賀地裁判決も、Yの事業内容、Xの担当業務内容や業務量、本件事故の過失内容やその程度などによれば、本件事故における相手方に対する損害賠償責任につきYとXの各負担部分は7対3と認められ、相手方に損害額全額の賠償をしたXはその7割につきYに対して求償できるなどとして、控訴を棄却しました。

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主   文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨

1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 上記部分につき,被控訴人の本訴請求を棄却する。
3 控訴人の反訴請求に基づき,被控訴人は,控訴人に対し,5万6489円及びこれに対する平成25年5月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
1 請求

(1) 本訴事件
 控訴人(本訴被告)の被用者である被控訴人(本訴原告)が控訴人の業務を執行中に起こした交通事故(以下「本件事故」という。)について,被控訴人は,本件事故の相手方車両の所有者に賠償金38万2299円を支払ったことから同賠償額について控訴人に対する求償権を取得したと主張して,控訴人に対し,同求償権に基づいて同賠償額の支払を求めた。

(2) 反訴事件
 控訴人(反訴原告)は,本件事故により控訴人(反訴原告)が所有する控訴人使用車両(以下「控訴人車両」という。)が損傷したと主張して,被控訴人に対し,不法行為に基づき8万0698円及びこれに対する不法行為の日である平成25年5月4日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。

2 原審判決
(1) 本訴事件
 原審は,本件事故において控訴人と被控訴人は本件事故の相手方に対し不真正連帯債務の関係で責任を負うと解し求償請求を認めるとともに,控訴人の事業の内容,任意の対物損害賠償保険及び車両保険への未加入の事実,被控訴人の業務内容と勤務態度並びに本件事故における被控訴人の過失の内容等の諸事情に照らすと,被控訴人の控訴人に対する求償は,信義則上,賠償額の7割を限度として認めるべきであるとして,26万7609円の支払を求める限度で認容した。

(2) 反訴事件
 原審は,本訴事件における検討と同様の見地から,控訴人の被控訴人に対する損害賠償請求は,信義則上,控訴人が負った損害額の3割を限度として認めるべきであるとして,2万4209円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容した。

(3) 本件控訴
 控訴人が原審判決を不服として本件控訴を提起した。

3 前提事実(争いのない事実及び掲記の証拠により容易に認定できる事実)
(1) 当事者(乙4,6の1,8の1,13の1・2)
ア 控訴人は,長野県内に本店を置き,きのこ類の生産及び販売並びに農産物の加工及び販売を目的とする合同会社である。
イ 被控訴人は,平成24年10月から平成25年7月まで,控訴人の従業員として,福岡県久留米市を拠点として活動していた。

(2) 本件事故の発生(甲3,乙1)
ア 日時 平成25年5月4日午後3時30分頃
イ 場所 熊本県上益城郡〈以下省略〉a株式会社熊本営業所南側駐車場
ウ 控訴人車両 被控訴人運転,控訴人所有の普通貨物自動車
エ 相手方車両 B運転,有限会社b所有の普通貨物自動車
オ 事故態様 被控訴人が控訴人車両を後退させる際,後方確認不十分により,停車中の相手方車両に衝突させた

(3) 本件事故に至る経過(甲4の1~3,6,乙13の1・2)
 被控訴人は,控訴人従業員の指示により野菜を熊本空港から宅配便で送るため,控訴人車両を運転し,本件事故の現場で駐車しようとしたところ,本件事故を惹起した。

(4) 本件事故による損害の発生及び弁済(甲1,乙2)
 本件事故により,控訴人車両及び相手方車両双方が損傷した。同損傷による修理代金額は,控訴人車両につき8万0698円,相手方車両につき38万2299円であった。
 被控訴人は,有限会社bに対し,平成25年7月25日,相手方車両に係る上記損害額全額を支払ったものの,控訴人車両に係る上記損害金は控訴人に対して支払われていない。

4 争点及び当事者の主張
(1) 争点①(本訴請求における求償権の存否及び範囲)

 (被控訴人の主張)
 被用者が,使用者の業務執行中に惹起した本件事故に関し,これによって生じた第三者に対する損害賠償義務を履行した場合には,当該賠償額全額につき使用者に対する求償権が認められる。

 (控訴人の主張)
 使用者責任は代位責任であるから不法行為に基づく賠償責任の最終的な負担者は不法行為を行った被用者である。被用者の使用者に対するいわゆる逆求償権を認める旨の規定は存在しない。

(2) 争点②(反訴請求に係る損害賠償請求権の信義則による行使制限)
(被控訴人の主張)
 控訴人の依頼業務により,被控訴人には平成25年4月中旬から同年5月15日まで一日の休日もなかったことからすると,控訴人の被控訴人に対する損害賠償請求権の行使は,信義則上相当と認められる限度に制限されるべきである。

(控訴人の主張)
ア 本件当時被控訴人が控訴人の指示により過重な業務を行っていたとの被控訴人の主張は,否認ないし争う。
イ 控訴人と被控訴人との間の雇用形態,被控訴人の本来的業務内容及び被控訴人の活動による損益が赤字であったことに加え,本件事故において被控訴人には重大な過失があったことからすれば,本件は最高裁昭和49年(オ)第1073号同51年7月8日第一小法廷判決・民集30巻7号689頁とは事案を異にしており,控訴人の被控訴人に対する損害賠償請求権の行使が信義則上制限されることはない。

第3 当裁判所の判断
 当裁判所も,原判決のとおり,本訴請求については,賠償額の7割相当額につき控訴人に対する求償権を認めるのが相当であり(争点①),反訴請求については,信義則上,損害額の7割につき損害賠償請求権の行使を制限するのが相当である(争点②)と判断する。その理由は,次のとおりである。

1 前記前提事実,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人の稼働状況に関し以下の事実が認められる。
(1) 控訴人における被控訴人の業務は,福岡県久留米市を拠点とし,九州地方のエリアマネージャーとして,①野菜の購入先である生産農家や購入した野菜の販売先である加工業者等の取引先を開拓し,野菜の購入販売を行うこと及び②控訴人の指示により,野菜を取引先等から運搬し,宅配業者へ引き渡すことであった。被控訴人は,①長野県では調達の難しい季節野菜の調達を期待されていたため,雇用期間中を通して,取引先の開拓を試みており,②宅配業者への引渡業務も特段の問題なくこなしていた。(甲4の1~3,7,乙4,13の1・2,弁論の全趣旨)

(2) 被控訴人は,平成25年4月及び5月において,少なくとも8日間を除き,控訴人の業務について稼働していた。同業務において,被控訴人は,福岡県,佐賀県,長崎県及び熊本県にわたり自動車で移動していた。(甲5,乙13の1・2)

2 争点①(本訴請求における求償権の存否及び範囲)について
(1) 被用者がその事業の執行につき第三者に対して加害行為を行ったことにより被用者(民法709条)及び使用者(民法715条)が損害賠償責任を負担した場合,当該被用者の責任と使用者の責任とは不真正連帯責任の関係にあるといえる。そして,使用者が責任を負う理由としては,被用者・使用者間には雇用契約が存在しており,使用者は被用者の活動によって自己の活動領域を拡張しているという関係に立つこと(いわゆる報償責任)から,被用者がその事業の執行について他人に損害を与えた場合には,被用者及び使用の損害賠償債務については自ずと負担部分が存在することになり,一方が自己の負担部分を超えて相手方に損害を賠償したときは,その者は,自己の負担部分を超えた部分について他方に対し求償することができると解するのが相当である。

(2) 上記前提事実及び認定事実によれば,控訴人は長野県内に本店を置く企業であるところ,被控訴人は,九州地方でのエリアマネージャーとして雇用されており,控訴人の事業拡大を担う立場として業務を行っていたこと,被控訴人の業務は,九州地方における取引先の開拓や野菜の運搬などであり,その性質上,事故発生の危険性を内包する長距離の自動車運転を予定するものであったこと,被控訴人は,本件事故発生時を含む雇用期間中を通して取引先開拓を試みるなどし,本件事故発生前後の平成25年4月及び5月においても少なくとも8日間を除き控訴人の業務について稼働するなど,相応の態度で業務に取り組んでおり,その業務量も少なくなかったこと,本件事故における被控訴人の過失の内容は,車両後退時の後方確認不十分であり,自動車運転に伴って通常予想される事故の範囲を超えるものではないこと等の事情が認められ,これらを総合すると,本件事故における有限会社bに対する損害賠償責任について,控訴人と被控訴人の各負担部分は7対3と認めるのが相当であり,有限会社bに対し損害額全額の賠償をした被控訴人は,その7割について控訴人に対し求償することができる。

(3) ところで,控訴人は,控訴人と被控訴人との間の雇用形態は,実質的には事業者間の請負契約(業務委託)とも評価できる事案であり,被控訴人には広範な裁量権が与えられていた,また,本件事故発生時に被控訴人が行っていた類の宅配便への依頼業務は,被控訴人の本来的業務ではない旨主張する。

 しかしながら,前記のとおり,取引先の開拓等を行う被控訴人の本来的業務が事故発生の危険性を内包する自動車運転を予定するものであることからすれば,開拓先選定や業務時間について被控訴人に裁量権があることを重視することはできない。また,本件事故発生時に被控訴人が従事していた業務は,控訴人従業員の指示によるものであったこと(前提事実(3))からすれば,仮に宅配便への依頼業務が被控訴人の本来的な業務ではないとしても,当該事実の存在が直ちに上記損害額の負担割合を左右するものではない。

 また,控訴人は,被控訴人が独自に開拓した取引先は少なく,被控訴人の活動による損益は毎月数十万円の赤字であって,報償責任の原理を漫然と適用すべき事案ではない旨主張する。しかしながら,前記のとおり,被控訴人の活動により控訴人は九州における事業拡大を図ることが可能となった上,実際にも本件事故当時,被控訴人は取引先の新規開拓を進めているさなかであったと評価できるのであって,当時の損益状況のみを重視することはできない。

 さらに,控訴人は,本件事故において被控訴人は,自動車を後退させるに当たり後方左右を注視すべき自動車運転上の基本的注意義務を怠っており,重大な過失があった旨主張する。しかしながら,被控訴人が怠った後方注視義務が自動車運転上の基本的注意義務に属することはともかく,前記のとおり,その過失の態様が,自動車運転に内在する事故発生の危険性の発現として逸脱するものでないことからすれば,前記判断を覆すものとはいえない。

 その他,控訴人の事業規模等,控訴人が挙げる諸事情を考慮しても,前記判断を覆すに足りない。
 なお,控訴人は,原審における訴訟指揮に重大な違法があるなどと主張するが,当審における証拠調べ結果を踏まえた前記判断を揺るがすものではない。

3 争点②(反訴請求に係る損害賠償請求権の信義則による行使制限)について
(1) 使用者が,その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により,直接損害を被った場合には,使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対し上記損害の賠償を請求することができるものと解するのが相当である(最高裁昭和49年(オ)第1073号同51年7月8日第一小法廷判決・民集30巻7号689頁)。

(2) これを本件についてみるに,前記2(2)及び同(3)で検討したとおり,控訴人が控訴人車両の損傷により直接被った損害のうち被控訴人に対し賠償を請求できる範囲は,信義則上,その損害額の3割を限度とするのが相当である。

4 まとめ
 そうすると,本訴請求については,有限会社bに賠償した損害額38万2299円の7割である26万7609円の支払を求める限度で理由があり,反訴請求については,控訴人に生じた損害額8万0698円の3割である2万4209円及びこれに対する本件事故の発生日である平成25年5月4日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,同様の限度で各請求を認容し,その余を棄却した原判決は相当である。

第4 結論
 以上によれば,控訴人の本件控訴は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 立川毅 裁判官 森山由孝 裁判官 獅子野裕介)
以上:5,700文字

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