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業務中事故賠償金を支払った従業員の雇主への逆求償認容簡裁判決紹介

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令和 2年 3月 4日(水):初稿
○業務執行中に交通事故を起こした被用者Xが、事故の相手方に賠償金を支払ったとして支払金38万2299円全額を雇用主Yに対し求償請求しました(本訴)。これに対し、雇用主Yが本件事故により損傷したY所有車両の修理代金8万0698円をXに請求しました(反訴)。

○この事案について、雇い主Yの事業内容、任意の対物損害賠償保険及び車両保険への未加入事実、Xの業務内容と勤務態度及び本件事故におけるXの過失内容等に照らすと、Yが賠償請求し得る範囲は信義則上Yの損害の3割を限度とすべきであるとして反訴請求を一部2万4209円を認容した上、被用者と使用者が対外的には不真正連帯債務関係で責任を負うことによれば、信義則上相当と認められる限度で被用者Xからも求償請求でき、その額はX負担の賠償額の7割程度26万7609円であるとして本訴請求も一部認容した平成27年4月9日鳥栖簡裁判決(判時2293号115頁<参考収録>)を紹介します。

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主   文
1 (本訴)
(1) 被告は,原告に対し,26万7609円を支払え。
(2) 原告のその余の請求を棄却する。
2 (反訴)
(1) 反訴被告は,反訴原告に対し,2万4209円及びこれに対する平成25年5月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 反訴原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,本訴反訴ともに,これを10分し,その7を被告(反訴原告)の負担とし,その余を原告(反訴被告)の負担とする。
4 この判決は,第1項(1)及び第2項(1)に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 本訴

 被告は,原告に対し,38万2299円を支払え。

2 反訴
 反訴被告は,反訴原告に対し,8万0698円及びこれに対する平成25年5月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要(以下,当事者を本訴により表示する。)
 本件は,被告の業務を執行中に,後記1(1)の交通事故(以下,「本件事故」という。)を起こした被告の被用者である原告が,本件事故の相手方に損害賠償金を支払い,その賠償金について,使用者である被告に対し求償請求し,これに対し,被告が,原告に対し,反訴として,本件事故の際,原告が運転して損傷した被告所有車両(以下,「被告車両」という。)の修理代金を請求した事案である。

1 前提事実(当事者間に争いがないか又はかっこ内に掲示した証拠並びに弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 本件事故の発生(甲3,乙1)
ア 日時 平成25年5月4日午後3時30分頃
イ 場所 熊本県上益城郡〈以下省略〉a株式会社熊本営業所南側駐車場
ウ 被告車両 原告運転,被告所有の普通貨物自動車
エ 訴外車両 B運転,有限会社b所有の普通貨物自動車
オ 事故態様 原告が被告車両を後退させる際,後方の確認不十分により,停車中の訴外車両に衝突させた。
カ 損害額 被告車両 8万0698円(乙2)
 訴外車両 38万2299円(甲1)

(2) 原告は,本件事故当時,被告の従業員で,被告の業務執行中であった(甲4の1~3,甲5)。

(3) 本件事故により,訴外車両及び被告車両が損傷した。

(4) 原告は,平成25年7月25日,訴外車両の所有者である有限会社bに対し,訴外車両の修理代金38万2299円を支払った(甲1)。

2 争点
(1) 反訴につき,原告が被告車両の損害について損害賠償責任を負う範囲(信義則上,被告の原告に対する損害賠償請求権を制限すべきことを基礎づける事実の有無。特に原告の過失の程度及び同人の勤務形態について争いがある。)

(2) 本訴につき,原告の逆求償が認められるか(信義則上,原告の被告に対する逆求償を許容すべきことを基礎づける事実の有無。特に原告の過失の程度及び同人の勤務形態について争いがある。)。

第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(原告が損害賠償責任を負う範囲)について
(1) 認定事実

 前記前提事実に加え,証拠(甲2,甲4~6,原告本人尋問の結果)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 被告は,本社を長野県内に置き,主に農産物を仕入れて加工,販売を業とする会社で,農産物の配送用車両を保有する。

イ 被告は,遠隔地の九州において原告を雇い入れ,所有する配送用の車両を送り,雇い入れた原告に当該車両を使用させて,電話やFAXにより指示して農産物の仕入れ・配送を行っていた。ただし,原告が独自に開拓した配送先も半分程度あった。

ウ 本件事故の被告車両については,任意の対物損害賠償保険及び車両保険に加入していなかった。

エ 原告は事故当時,被告車両を駐車させるについて,バックで進行していた際,後方の十分な確認を怠り,停車中の訴外車両に衝突させ本件事故を発生させたものである。その際,原告に飲酒運転,居眠り運転などの事実は認められない。

 これに関連して原告は,被告車両の荷台部分が冷蔵庫のため車内から直接後方を目視確認することができないので,被告車両にはバックモニターが附属されていたが,事故当日は晴れていたところ,同モニターは旧式の白黒のブラウン管画面の上,古いため画面が焼けており,本件事故の際,確認しづらかったと主張するが,原告の供述(甲6,原告本人尋問の結果)以外にそれを認めるに足りる的確な証拠はない。

オ 原告の勤務態度は真面目なものであった。

カ 原告の労働時間は,本件事故前後,相当程度に長時間であり,休日が取りづらかったことのほか,被告指示の配送業務により自宅に帰れないこともあった。

キ 本件事故日,原告は,午前8時頃,自宅を出て,久留米市の被告事務所に出社し,午前中,熊本市の田崎市場にある野菜を翌日の午前中着で東京方面へ送付するよう被告から指示され,被告車両で久留米市から熊本市の田崎市場へ行き,そして野菜を積み込んで熊本空港へと向かった。本件事故現場には午後3時30分頃到着したが,原告が,駐車場において,被告車両を駐車しようとバックで進行したところ,前記エの認定のとおり後方確認が不十分で,停車していた訴外車両に被告車両を衝突させ,訴外車両及び被告車両に損傷を与えてしまった。

(2) 判断
 使用者が,その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により,直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被った場合には,使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対し損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきであるところ(最高裁昭和51年7月8日第1小法廷判決・民集30巻7号689頁参照),いわゆる危険責任や報償責任の法理に則り,当該被用者に故意又は重大な過失がない場合には,被用者の過失の程度や損害発生に対する使用者の寄与度等の事情を勘案し,信義則(民法1条2項,労働契約法3条4項)上,使用者の被用者に対する損害賠償請求権等の行使は制限することができると解される。

 これを本件についてみると,前記認定事実エでみたとおり,本件事故は原告の一方的な過失により発生したもので,その過失内容は後方確認義務違反というものであって,自動車運転者の過失としては基本的な注意義務に違反するものであるところ,この点,被告は原告の過失は重大であると主張するが,その過失の程度は,後退の際,後方の確認が不十分であったという行為態様から想定される程度,範囲を超えないというべきで,これに加えての飲酒運転,居眠り運転など故意に比肩する重大な過失は認められず,原告の過失はあくまでも通常の過失と評価すべきもので,被告の主張は採用の限りではない。

 この原告の過失の程度に対し,被告は,前記認定事実ウのとおり任意の対物損害賠償保険及び車両保険契約を締結しておらず,それは使用者がその経営から生ずる定型的危険を分散できるにもかかわらず,保険加入による損害の分散措置を講じていないということであり,その点に関する使用者の配慮に欠けるというほかなく,農産物の配送という業務の内容やその事故発生の危険性に鑑みると,保険加入による損害の分散措置を講じないで事故により生じた損害を従業員の負担に帰せしめることは相当でない。

 さらに,被告は,被用者である原告の労働条件等をコントロールできる立場であるにもかかわらず特段の指示等はなく,その配慮を欠いた仕入れ・配送の指示を行っていたと認めることができる。この点について被告は,原告はエリアマネージャーであり,その勤務形態は自由で請負(業務委託)契約に近い勤務形態であったと主張するところ,証拠(原告本人尋問の結果,甲6)によれば,確かに配送先に関しては,原告が独自に開拓した配送先(佐賀市内)も半分程度存在していたことが認められるが,他方,被告からはほとんど毎日「何処に何があるから何処へ運べ。」と電話やFAXによる細かい配送指示があり,原告はそれに従って配送していたこと,そして,本件事故当日の配送業務に関しても,被告の指示によるものであったことが認められ,被告主張のように原告の業務全般が請負(業務委託)的な契約関係に基づくもので,原告に労働条件が任され被告はそれに関与していなかったことを裏付けるものは,被告代表者の陳述書(乙4)以外存在せず,この点の被告の主張は採用できない。

 また,このほか,被告が損害発生に対する有意な回避措置をとったと窺わせる証拠はない。
 そうすると,本件は,被告の事業の内容,任意の対物損害賠償保険及び車両保険への未加入の事実,原告の業務内容と勤務態度及び本件事故における原告の過失の内容等の諸事情に照らすと,被告の損害のうち被告が原告に対して賠償請求しうる範囲は,信義則上その損害額の3割を限度とすべきであり,これを超える部分は信義則に反し,許されないものというべきである。

2 争点(2)(逆求償)について
 被用者が交通事故の相手方に対し損害賠償を履行した場合,逆に使用者に対して求償権を行使することができるかという問題については,被用者と使用者は対外的には不真正連帯債務の関係で責任を負うと考えられることを前提として,前記1(2)記載の使用者から被用者に対する損害の賠償請求(又は求償の請求)を制限することを肯定する理論構成とパラレルに理解されるべきである。本件においては,証拠(甲2,甲4~6,原告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨により,前記1(1)記載の事実が認められるので,前記1(2)の判断と同一趣旨により,原告の過失の程度や損害発生に対する被告の寄与度等の事情を勘案し,損害の公平な分担という見地から,信義則上相当と認められる限度において,被用者である原告から使用者である被告に対し,求償請求することができるものと解すべきである。そして本件の場合その割合は,原告が負担した損害賠償額の7割程度の額を求償できるものと解するのが相当である。

第4 結論
 以上によれば,原告の本訴請求は,主文第1項(1)の限度で,被告の反訴請求は,主文第2項(1)の限度で,各理由があるが,その余は理由がない。
 (裁判官 末松宏之)
以上:4,704文字

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