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製造物責任法の基礎の基礎-”欠陥”の主張立証に関する地裁判例紹介

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平成31年 4月15日(月):初稿
○「製造物責任法の基礎の基礎-条文・関連判例確認1」の続きです。
携帯電話による低温熱傷の発症が主張された事故につき、製造物責任に基づく損害賠償を請求した事案において、本件携帯電話及びこれに装備されたリチウムイオン電池が本件熱傷の原因であるとは認められない以上、本件携帯電話に本件熱傷事故を生じさせる設計上、製造上又は警告表示上の欠陥があったとは認められないとして、製造業者の製造物責任を否定した平成19年7月10日仙台地裁判決(判時1981号66頁)の関連部分を紹介します。

○この判決は、「欠陥」の主張・立証責任について請求する側に厳しく判断しましたが、この控訴審平成22年4月22日高裁判決では覆されており、別コンテンツで紹介します。

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主  文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第一 請求

 被告は、原告に対し、545万7370円及びこれに対する平成17年6月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二 事案の概要
一 本件は、原告が、被告製造の携帯電話をズボンのポケット内に収納していたところ、同携帯電話又はこれに装備されたリチウムイオン電池が発熱して足に熱傷を負ったと主張して、被告に対し、製造物責任法三条又は民法709条に基づく損害賠償請求として、治療費1万2370円、調査費用150万円、慰謝料300万円及び弁護士費用94万5000円の合計545万7370円並びにこれに対する訴状送達日の翌日である平成17年6月14日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

二 前提となる事実

         (中略)

第三 当裁判所の判断
一 判断の順序

 前記のとおり、原告は、本件熱傷は本件携帯電話又は本件リチウムイオン電池の発熱を原因として生じた低温熱傷であると主張している。
 そこで、以下では、低温熱傷の概念及び発症条件(後記二)、本件携帯電話の異常の有無(後記三)、正常作動時の携帯電話の発熱状況(後記四)、本件熱傷跡と本件携帯電話の形状等との一致又は符合の有無(後記五)、携帯電話及びリチウムイオン電池の異常発熱の危険性(後記六)、こたつが本件携帯電話の温度上昇に与える影響(後記七)、本件熱傷事故の状況に関する原告の主張の信頼性(後記八)の順に検討した上で、本件熱傷の原因、すなわち本件熱傷が本件携帯電話又は本件リチウムイオン電池の発熱により生じたと認められるかどうか(争点(1))について判断し(後記九(1))、更にこれを前提として本件携帯電話の欠陥の有無(争点(2))及び被告の過失の有無(争点(3))について判断することとする(後記九(2))。

二 低温熱傷の概念及び発症条件

         (中略)

イ 熱源温度と接触時間の関係についてのまとめ
 以上によれば、低温熱傷を生じ得る熱源温度と接触時間の関係については、モリッツらの実験報告のデータを基本としつつ、接触圧や皮膚の血流状態などによっては、より低温・短時間でも低温熱傷を発症し得るものと考えるのが相当である。

三 本件携帯電話の異常の有無

         (中略)

(5) 本件携帯電話の異常の有無についてのまとめ
 以上のとおり、原告が本件熱傷事故の前後を通じ本件携帯電話を継続的かつ日常的に通話等に使用していたこと、本件熱傷事故の約3週間後に行われた解析等でも本件携帯電話に何らの異常も確認されなかったこと、本件携帯電話の故障が具体的に確認されたのは本件熱傷事故から約3年も経過した後であることなどからすれば、本件熱傷事故当時、本件携帯電話は正常に作動していたものと認められる。

四 正常作動時の携帯電話の発熱状況

         (中略)

(5) 正常作動時の携帯電話の発熱状況についてのまとめ
ア 待ち受け状態における温度上昇
 原告は本件熱傷事故当時の本件携帯電話の動作モードを明らかにしていないが、こたつで飲食しながら本件携帯電話をポケットに収納していたという本件熱傷事故の状況によれば、本件携帯電話は電源が入っていたとしても待ち受け状態であったと合理的に推認される。
 本件実証実験Ⅰによれば、待ち受け状態時の本件型携帯電話の最高温度は、自由空間では周囲温度(26・9℃)を0・2℃上回る27・1℃にすぎず、ズボンのポケット収納時でも被験者の体温(36・5℃)を0・1℃上回る36・6℃にすぎなかった。
 以上によれば、正常作動時の本件型携帯電話の待ち受け状態における温度上昇はほとんどなく、外部からの加熱などがない限り、本件型携帯電話は低温熱傷を生じ得る最低温度には達しないと認められる。

イ 最大送信電力での連続通話状態における温度上昇
 本件実証実験ⅠからⅢでは、本件型携帯電話において考え得る最大の温度上昇を測定するため、ふたを閉じてズボンのポケットに収納しながら最大送信電力での通話状態を長時間維持するという人為的に設定した極めて特異な条件の下で実証実験を行っているが、その場合でも、最高温度は41・8℃(電池パック部、本件実証実験Ⅰ)、39・8℃(本体(電池フック部)部分、本件実証実験Ⅱ)、41・7℃(電池パック部、本件実証実験Ⅲ)にすぎず、最も温度が低いアンテナ部分の最高温度はいずれも体温程度にとどまった。

 また、本件実証実験Ⅰにおいて、携帯電話と皮膚の間に布を介在させた場合、皮膚側の温度は携帯電話側の温度よりも最高温度時で0・6~0・9℃、平均で1・1℃低くなり、本件実証実験Ⅱ及びⅢでも、温度が同一であった本件実証実験Ⅱのアンテナ部分を除き、すべての測定位置において携帯電話側より皮膚側の温度の方が低温となった。本件ズボンを用いた本件実証実験Ⅲでも、最高温度41・7℃を示した電池パック部の人体側の温度は39・2℃であった。
 以上によれば、正常に作動する本件型携帯電話について想定し得る温度上昇は最大で四一・八℃であり、その際の人体側の温度は更に一℃前後低温となるから、外部からの加熱などがない限り、本件型携帯電話は低温熱傷を発症し得る最低温度には達しないと認められる。

ウ 電池パック発熱時の本件型携帯電話の温度分布
 本件追加実証実験によれば、電池パックが何らかの異常により発熱した場合でも、携帯電話のきょう体全体の温度を一様に上昇させることはなく、特に最も温度が低いアンテナ部分はほとんど温度が上昇しないことが認められる。

五 本件熱傷跡と本件携帯電話の形状等との一致又は符合の有無

         (中略)

(8) 本件熱傷跡と本件携帯電話の形状等との一致又は符合の有無についてのまとめ
 以上によれば、本件熱傷跡と本件携帯電話の形状等との間には、外見上の類似性は認められるが、本件携帯電話(特にアンテナ部分)の材質及び構造、本件携帯電話が発熱した場合の熱の伝達状況、本件携帯電話と原告の左太ももとの接触状況、本件熱傷跡と本件ズボンのポケット内に収納可能な本件携帯電話の位置関係などを考慮すれば、本件熱傷跡と本件携帯電話の形状等が一致又は符合するとは評価できないというべきである。

六 携帯電話及びリチウムイオン電池の異常発熱の危険性

         (中略)

(4) 携帯電話及びリチウムイオン電池の異常発熱の危険性のまとめ
 以上によれば、原告が主張する携帯電話及びリチウムイオン電池の異常発生の危険性はいずれも一般論の域を出るものではなく、これをもって本件熱傷事故の原因が本件携帯電話又は本件リチウムイオン電池であるとは推認できない。

七 こたつが本件携帯電話の温度上昇に与える影響

         (中略)

(5) こたつが本件携帯電話の温度上昇に与える影響についてのまとめ
 以上のとおり、こたつを使用した本件携帯電話の温度上昇実験は、本件携帯電話が本件熱傷の原因であるとの原告の主張を実証的に裏付けるものではなく、かえって、本件熱傷がこたつのふく射熱又は対流熱を原因として生じた可能性が高いことを示唆するものということができる。

八 本件熱傷事故の状況に関する原告の主張の信頼性

         (中略)

(3) 以上によれば、本件熱傷事故の発生状況に関する原告の主張の変遷は、不自然、不合理であるといわざるを得ず、その内容の信頼性に重大な疑問を抱かせるものというべきである。

九 主な争点についての判断のまとめ
(1) 本件熱傷の原因(争点(1))
 以上のとおり、本件携帯電話は、本件熱傷事故当時、正常に作動していたものであること(前記三)、本件各実証実験によれば、本件熱傷事故当時の動作モードであると合理的に推認される待ち受け状態はもとより、温度上昇が最大となる最大送信電力での連続通話状態でポケットに収納した場合でも、正常作動時の本件型携帯電話は低温熱傷を発症し得る温度に達しなかったこと(前記四)、本件熱傷跡と本件携帯電話の形状等には外見上の類似性は認められるが、両者が一致又は符合しているとは評価できないこと(前記五)、携帯電話又はリチウムイオン電池の異常発熱の危険性に関する大石技術士の意見や事故報告例はいずれもこれらの一般的な危険性を指摘する以上の意味を有するものではないこと(前記六)、こたつを使用した本件携帯電話の温度上昇実験は、本件携帯電話が本件熱傷の原因であることを実証的に裏付けるものではなく、かえって、本件熱傷がこたつのふく射熱等を原因として生じた可能性が高いことを示していること(前記七)、本件熱傷事故の発生状況に関する原告の主張が不自然、不合理に変遷し、その信頼性に重大な疑問があること(前記八)からすれば、本件全証拠によっても、本件熱傷が本件携帯電話又は本件リチウムイオン電池の発熱によって生じたことが高度のがい然性をもって証明されているとは認められないというべきである。

(2) 本件携帯電話の欠陥の有無(争点(2))及び被告の過失の有無(争点(3))
 上記のとおり、本件携帯電話及び本件リチウムイオン電池が本件熱傷の原因であるとは認められない以上、本件携帯電話に本件熱傷事故を生じさせる設計上、製造上又は警告表示上の欠陥があったとは認められず、本件携帯電話を製造、出荷したことについて被告に過失があったとも認められない。

一〇 結論
 よって、原告の請求は、そのほかの点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
 (裁判官 中丸隆)
以上:4,340文字

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