平成29年 1月20日(金):初稿 |
○「忘れられる権利とは-ノンフィクション『逆転』訴訟・上告審判決紹介」の続きで、名誉毀損については、当該行為が公共の利害に関する事実に係りもつぱら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、その行為は、違法性を欠いて、不法行為にならないとした有名な昭和41年6月23日最高裁判決(判タ194号83頁、判時453号29頁)全文を紹介します。 ○事案は、衆議院議員の総選挙に立候補したX(原告・上告人)がY(被告・被上告人)の発行する新聞の社会面に掲載されたXに関する記事によりその名誉信用を害されたことを理由として、Yに対し慰謝料および謝罪文の掲載を求めてきたもので、1・2審とも、Xが敗訴し、その理由は、民事上の不法行為たる名誉棄損についても、刑法230条ノ2の規定と同様の法理が認められるところ、Xは公選による公務員の立候補者であるから、Xに関する本件記事は、すべて真実であるかまたはYにおいて真実と信ずるについて相当の理由があるものと認められるから、Yの掲載した本件記事について不法行為は成立しないというものでした。 ○Xは上告して本件記事については刑法230条ノ2の規定の法理を適用すべきでないと争いましたが、昭和41年6月23日最高裁判決はこれを排斥しました。民事上の不法行為たる名誉棄損についても、刑法230条ノ2の規定と同様の法理が適用さるべきであるとするのが多数の下級審の裁判例(福岡高判昭和28年1月16日高民6巻1号1頁、広島高判同29年10月14日高民7巻11号885頁)、多数説(加藤「不法行為」(全集)197頁、幾代「法律時報」29巻六号18頁、四宮「戦後における判例不法行為法」29頁など)で、本件1・2審判決もこれと同様の立場でした。 刑法 第230条(名誉毀損) 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。 2 死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。 第230条の2(公共の利害に関する場合の特例) 前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。 2 前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。 3 前条第1項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。 ******************************************** 主 文 本件上告を棄却する。 上告費用は上告人の負担とする。 理 由 上告代理人○○○○の上告理由第一点について。 民事上の不法行為たる名誉棄損については、その行為が公共の利害に関する事実に係りもつぱら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、右行為には違法性がなく、不法行為は成立しないものと解するのが相当であり、もし、右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには、右行為には故意もしくは過失がなく結局、不法行為は成立しないものと解するのが相当である(このことは、刑法230条の2の規定の趣旨からも十分窺うことができる)。 本件について検討するに、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)によると、上告人は昭和30年2月施行の衆議院議員の総選挙の立候補者であるところ、被上告人は、その経営する新聞に、原判決の判示するように、上告人が学歴および経歴を詐称し、これにより公職選挙法違反の疑いにより警察から追及され、前科があつた旨の本件記事を掲載したが、右記事の内容は、経歴詐称の点を除き、いずれも真実であり、かつ、経歴詐称の点も、真実ではなかつたが、少くとも、被上告人において、これを真実と信ずるについて相当の理由があつたというのであり、右事実の認定および判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、十分これを肯認することができる。 そして、前記の事実関係によると、これらの事実は、上告人が前記衆議院議員の立候補者であつたことから考えれば、公共の利害に関するものであることは明らかであり、しかも、被上告人のした行為は、もつぱら公益を図る目的に出たものであるということは、原判決の判文上十分了解することができるから、被上告人が本件記事をその新聞に掲載したことは、違法性を欠くか、または、故意もしくは過失を欠くものであつて、名誉棄損たる不法行為が成立しないものと解すべきことは、前段説示したところから明らかである。 原判決は、その判文中にこれと異なる説示をした部分がないでもないが、本件記事の新聞の掲載について、被上告人の不法行為の成立を否定しているので、結局、原判決の判断は、正当というべきである。 なお、所論中には、本件記事が公明選挙の啓蒙に名をかりて上告人に対してなされた人身攻撃である旨の主張もあるが、右は原判決の認定しない事実を前提としてこれを非難するものであつて、採るを得ない。 所論は、結局、排斥を免れない。 同第二点について。 原判決は、国会議員ないしその候補者については、その適否の判断にほとんど全人格的な判断を必要とし、所論の事実もその適否の判断に関係のある事項であつて上告人の前科に関する本件記事が真実である以上その事実の公表は許される旨判示しているのであり、当審も上告理由第一点において判示したように、右判断を正当と考える。所論は、独自の見解に立ち、原判決を攻撃するものであつて、採用しがたい。 なお、所論中憲法14条違反をいう点は、違憲に名をかり実質は原判決の法令の解釈の違法を主張するにすぎず、原判決の判断の正当なることは前段説示のとおりであつて、この点の主張も、採用しがたい。 よつて、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(長部謹吾 入江俊郎 松田二郎 岩田誠) 以上:2,582文字
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