平成28年 9月21日(水):初稿 |
○マンション駐車場等の専用使用権を消滅させ、又はこれを有償とする集会決議と建物の区分所有等に関する法律31条1項後段所定の「特別の影響」の有無について、区分所有者の有するマンション駐車場の一部の専用使用権を消滅させる集会決議が無効とされ、区分所有者の有するマンション駐車場等の専用使用権を有償化する集会決議を無効とした原審の判断に違法があるとされた平成10年11月20日最高裁判決(判例タイムズ991号121頁、判例時報1663号102頁)全文を紹介します。 現在相談を受けている事案に参考となる判例で、内容は別コンテンツで私なりの解説をします。 *************************************** 主 文 一 原判決中、上告人の敗訴部分のうち、上告人が被上告人に対し専用使用料として平成4年12月から毎月25日限り18万5000円及びこれに対する各月26日から各支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める請求に関する部分を破棄する。 二 前項の部分につき、本件を東京高等裁判所に差し戻す。 三 上告人のその余の上告を棄却する。 四 前項の部分に関する上告費用は上告人の負担とする。 理 由 上告代理人塙悟、同山上知裕、同中村仁、同中村宏の上告理由第一点ないし第四点について 第一審判決別紙第一物件目録記載三の土地(本件マンション北側土地)について被上告人が専用使用権を有しており、また、被上告人の本件各専用使用権が無償のものとして設定されたとした原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認するに足り、その過程にも所論の違法は認められない。この点に関する論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものであって、採用することができない。 その余の論旨は、原判決の結論に影響を及ぼさない説示部分について、法令解釈の誤り、理由不備等の違法があるというものであって、採用することができない。 同第五点について 一 論旨は、本件マンションについて被上告人の有する専用使用権を消滅させ、又はこれを有償とする規約の設定及び集会決議が、被上告人の右権利に、建物の区分所有等に関する法律(以下「法」という。)31条1項後段所定の「特別の影響」を及ぼすか否かの争点に関するものである。 原審の確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。 1 被上告人は、昭和48年、自己の所有地上に本件マンションを建築し、二階ないし八階の建物専有部分(住居部分)の区分所有権と敷地の共有持分を分譲した。一階店舗部分の区分所有権は、サウナ、理髪店等の営業をする目的で被上告人が取得し、住居部分の一部についても被上告人が区分所有権を取得した、区分所有者の数は、被上告人を含めて35名である。 2 本件マンションの敷地及び屋上、外壁、塔屋等の共用部分は、区分所有者全員がその有する専有部分の床面積の割合に応じて共有している。 3 被上告人は、本件マンションの分譲に際し、他の区分所有者全員の了承を得て、「高島平マンション規約書」(以下「旧規約」という。)を定めた。その六条には、専用使用権に関し、「本建物のうち広告物その他の施設の設置のための外壁の一部、屋上及び塔屋外壁の使用権は被上告人が保有する。」(一項)、「本敷地の使用権は被上告人が保有する。」(二項)と規定されている。 4 被上告人は、一階店舗部分における営業のため、昭和48年以降、(1) 本件マンション屋上の塔屋外壁にネオン看板を、(2) 屋上にサウナ用クーリングタワーを、(3) 二階屋上にサウナ用水槽二個を、(4) 二階ないし四階の非常階段の踊り場に支柱を設けて看板を設置したほか、(5) 来客用及び自家用のため、敷地の南側と南西側にそれぞれ自動車四台が駐車可能な駐車場(以下、「南側駐車場」、「南西側駐車場」という。)を設置し、それぞれ無償で専用使用してきた。なお、(4)の看板が設置されたのは平成4年以降である。 5 上告人は、被上告人を含む本件マンションの区分所有者全員により構成される管理組合であり、平成元年10月29日に第一回総会を開催した。 6 上告人は、右同日、区分所有者及び議決権総数の各四分の三を超える賛成決議により、旧規約に代えて、新たに「高島平マンション管理規約」(以下「新規約」という。)を設定した。 7 新規約の14条には、専用使用権に関し、「店舗部分の区分所有者は、本建物のうち広告物その他の施設の設置のための外壁及び屋上の一部と塔屋外壁、敷地の専用使用権を有することを承認する。」(二項)、「前項の専用使用権を有している者は、総会の決定があった場合は、管理組合に専用使用料を納入しなければならない。」(三項)、「二項の専用使用部分の変更については、管理組合の承認が必要である。また総会の決定によって専用使用部分を変更することができる。」(四項)と規定されている。 8 上告人は、平成4年10月18日開催の平成4年度定期総会において、区分所有者及び議決権総数の各4分の3を超える賛成により、新規約に基づき、被上告人の専用使用権に関して次の決議をした。 (一) 南西側駐車場についての専用使用権は、平成4年12月31日をもって消滅させる(以下「消滅決議」という。)。 (二) その余の専用使用権については、被上告人は、平成5年1月以降、専用使用料として、南側駐車場につき月額10万円、塔屋外壁につき月額4万円、屋上につき月額1万円、二階屋上につき月額2万円、非常階段踊り場につき月額1万5000円を、毎月25日限り翌月分を上告人に支払う(以下「有償化決議」という。)。 二 原審は、消滅決議及び有償化決議ないしその前提となる新規約設定の効力につき、次のとおり判示して、いずれもこれを無効であると判断した。 1 本件各専用使用権は、一階店舗部分で行う被上告人の商業活動が継続される限り効力を有するものとして設定された。したがって、右専用使用権の存続の利益を上回る他の区分所有者の共同生活上の利益が認められないにもかかわらずこれを廃止するのは、専用使用権者である被上告人に特別の不利益を与えるものである。そして、本件マンションは居住者用の駐車場がない前提で分譲され、居住者は分譲直後から他に駐車場を求めている。また、敷地内には自転車を置く余裕があるが、多くの者は盗難等を考慮して自転車を自己の居宅の前に置いている。さらに、特に本件マンションに来る業者用の駐車場を設ける必要もなく、以上の事情には、分譲直後から変化はない。そうすると、上告人の主張する区分所有者の必要性が、商業活動上駐車場を必要とする被上告人の利益を上回るものとはいえず、規約の設定によって南西側駐車場についての専用使用権を消滅させることはできない。したがって、消滅決議は無効である。 2 本件マンションの維持運営に要する費用は、管理費や積立金として徴収する仕組みであり、被上告人の専用使用権は、相応の経済的な負担の下で維持されてきたものである。このような経済的負担の下で認められてきた権利を更に有償化して使用料を徴収することは、被上告人に不利益を与えるものであり、本件専用使用権を有償化する規約の設定には、被上告人の承諾を要する。したがって、有償化決議は無効である。 三 しかし、原審の右判断のうち、消滅決議を無効とした部分は是認することができるが、有償化決議を無効とした部分は是認することができない。その理由は、次のとおりである。 1 法31条1項後段の「規約の設定、変更又は廃止が一部の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすべきとき」とは、規約の設定、変更等の必要性及び合理性とこれによって一部の区分所有者が受ける不利益とを比較衡量し、当該区分所有関係の実態に照らして、その不利益が区分所有者の受忍すべき限度を超えると認められる場合をいうものと解される。そして、直接に規約の設定、変更等による場合だけでなく、規約の定めに基づき、集会決議をもって専用使用権を消滅させ、又はこれを有償化した場合においても、法31条1項後段の規定を類推適用して区分所有者間の利害の調整を図るのが相当である(最高裁平成8年(オ)第258号同10年10月30日第二小法廷判決参照)。 本件においては、前記一のとおり、専用使用権に関する新規約14条が設定された後、その定めに基づき、集会決議をもって被上告人の専用使用権を消滅させ、又はこれを有償化したものであるところ、右新規約の定め自体はいまだ被上告人に現実的、具体的な不利益を及ぼすものではないから、右の「特別の影響」の有無は、消滅決議及び有償化決議について見るべきものである。 2 まず、消滅決議によって、上告人は、南西側駐車場の専用使用権を消滅させることは、区分所有者全体にとって、管理用自動車、緊急自動車の駐車場を設置し、また、全員のための自転車置場を設置するという高度の必要性があると主張している。しかしながら、本件区分所有関係についての前記諸事情、殊に、 (1) 被上告人は、分譲当初から、本件マンションの一階店舗部分においてサウナ、理髪店等を営業しており、来客用及び自家用のため、南側駐車場及び南西側駐車場の専用使用権を取得したものであること、 (2) 南西側駐車場の専用使用権が消滅させられた場合、南側駐車場だけでは被上告人が営業活動を継続するのに支障を生ずる可能性がないとはいえないこと、 (3) 一方、被上告人以外の区分所有者は、駐車場及び自転車置場がないことを前提として本件マンションを購入したものであること等 を考慮すると、被上告人が南西側駐車場の専用使用権を消滅させられることにより受ける不利益は、その受忍すべき限度を超えると認めるべきである。したがって、消滅決議は被上告人の専用使用権に「特別の影響」を及ぼすものであって、被上告人の承諾のないままにされた消滅決議はその効力を有しない。消滅決議を無効とした原審の判断は、結論において是認することができる。 3 次に、有償化決議については、従来無償とされてきた専用使用権を有償化し、専用使用権者に使用料を支払わせることは、一般的に専用使用権者に不利益を及ぼすものであるが、有償化の必要性及び合理性が認められ、かつ、設定された使用料が当該区分所有関係において社会通念上相当な額であると認められる場合には、専用使用権者は専用使用権の有償化を受忍すべきであり、そのような有償化決議は専用使用権者の権利に「特別の影響」を及ぼすものではないというべきである。また、設定された使用料がそのままでは社会通念上相当な額とは認められない場合であっても、その範囲内の一定額をもって社会通念上相当な額と認めることができるときは、特段の事情がない限り、その限度で、有償化決議は、専用使用権者の権利に「特別の影響」を及ぼすものではなく、専用使用権者の承諾を得ていなくとも有効なものであると解するのが相当である(前掲平成10年10月30日第二小法廷判決参照)。 4 しかるに、原審は、被上告人が管理費等をもって相応の経済的な負担をしてきた権利を更に有償化して使用料を徴収することは被上告人に不利益を与えるものであるというだけで、有償化決議により設定された使用料の額が社会通念上相当なものか否か等について検討することなく、有償化決議は、被上告人の承諾がない以上、無効であると判断している。したがって、原審の判断には、「特別の影響」の有無について、法令の解釈適用の誤り、審理不尽の違法があるというべきであり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この趣旨をいう論旨は理由があり、原判決中、上告人の敗訴部分のうち、上告人が被上告人に対し専用使用料として平成4年12月から毎月25日限り18万5000円及びこれに対する各月26日から各支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める請求に関する部分は、破棄を免れない。 5 そして、設定された使用料の額が社会通念上相当なものか否かは、当該区分所有関係における諸事情を総合的に考慮して判断すべきものであるところ(前掲平成10年10月30日第二小法廷判決参照)、有償化決議により設定された南側駐車場月額10万円、塔屋外壁月額4万円、屋上月額1万円、二階屋上月額2万円、非常階段踊り場月額1万5000円という使用料の額が社会通念上相当なものか否か、さらには、もし右の使用料の額が相当な額と認められない場合には幾らであれば相当といえるかについて、所要の審理判断を尽くさせる必要がある。 以上の次第で、原判決中、上告人の敗訴部分のうち本判決主文第一項掲記の部分は、破棄してこれを原審に差し戻すこととし、上告人のその余の上告は理由がないのでこれを棄却することとする。 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官福田博 裁判官根岸重治 裁判官河合伸一) 別紙 上告代理人塙悟、同山上知裕、同中村仁、同中村宏の上告理由〈省略〉 以上:5,340文字
|