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パチンコ店隣接建物内歯科診療所が風営法保護対象になるとした判例紹介

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平成28年 4月15日(金):初稿
○パチンコ店に隣接する建物内にある歯科診療所が、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律施行令6条に定める保護対象施設に該当するとされた平成5年1月26日東京地裁判決(判例地方自治115号65頁)を紹介します。

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事実及び理由
第二 事案の概要
二 本件の争点

 本件においては、本件パチンコ店に隣接する本件建物内に存する本件診療所が、患者収容施設を有する診療所として保護対象施設に該当するか否かが争点となっている。この点に関する当事者の主張の要旨は次のとおりである。

1 被告の主張
(一) 本件診療所は、歯科医師Aが入院設備を有する歯科診療所において24時間態勢の診療を行う目的で、昭和63年11月18日に本件建物二階に開設し、同月26日に入院設備(二室二床の患者収容施設)の使用許可を得て経営するものであり、開設後の入院実績もあるから、保護対象施設に該当するものと認められる。

(二) 本件診療所が保護対象施設に該当しないとする原告の主張は、次のとおり理由がない。
(1) 法令等が学校、病院、診療所等の保護対象施設から一定の距離にある地域を制限地域として、右地域内における風俗営業を許可しないこととした趣旨は、保護対象施設を利用する公衆の利益を念頭に置き、保護対象施設周辺の静穏や清浄な環境を維持することにあって、保護対象施設それ自体の直接的な利益のみを保護することを目的とするものではない。右の趣旨からすれば、既に風俗営業が営まれている地域に病院、診療所等の施設が開設されたという事実だけで、右施設が法令等の保護の対象とならないということはできないし、また、右施設を利用する公衆の利益も併せて考慮する必要があるから、右施設自体が保護対象としての利益を放棄するということもあり得ない。
 本件診療所は既にパチンコ店が存する本件建物内に開設されたものであるが、このことによって保護対象施設に当たらないということはできない。

(2) また、本件診療所が、本件パチンコ店の開業を妨害するために開設されたことをうかがわせる事情も認められない。

2 原告の主張
(一) 本件診療所は、その開設の経緯に照らすと、入院に関する機能を喪失し、診療所としての実体もない「幽霊診療所」というべきであって、保護対象施設たる診療所に該当しない。

(1) A医師は、昭和63年11月に本件診療所を「A歯科医院」という名称で本件建物の二階に開設したが、それまで本件建物三階に開設していた歯科診療所「鶴川駅前歯科診療所」(以下「旧診療所」という。)の経営を妻のBに形式的に委ねたものの、本件診療所の実質的活動は旧診療所で行っていた、平成3年3月31日に旧診療所は閉鎖されたが、その人的物的施設等はそのまま本件診療所に譲渡され、本件診療所の名称も「鶴川駅前歯科診療所」と変更された。
 右のとおり、本件診療所の設立形態等は医療機関としては著しく不自然であって、本件診療所は、設立当初から形骸化した実体のないものであり、保護対象施設たる診療所に該当しないものというべきである。

(2) また、都条例が患者収容施設を有しない単なる診療所を保護対象施設としていないことからすると、保護対象施設たる診療所といえるためには、物的施設としてのベッド以外に患者収容施設を円滑に機能させるための有機的な人的物的施設の恒常的な存在があることを前提としているものと解される。
 しかし、本件診療所にはベッド以外の人的物的施設が存在しないし、入院実績は無に等しく、本件診療所は、患者収容施設の存在が形骸化し、有機的かつ継続的な患者収容施設としての機能を喪失しているから、保護対象施設たる診療所に該当しないものというべきである。

(二) 本件診療所は、本件パチンコ店の開業を妨害する目的で開設されたものであり、法令等が保護を与える保護対象施設に該当しない。
 本件建物においてパチンコ店を営業している株式会社C会館(以下「C会館」という。)の代表者であるDは、患者収容施設を有する診療所の近接地にはパチンコ店が新規開業できないという風俗営業の制限地域に関する法規制に目をつけ、本件パチンコ店が開業できなくなるようにするため、本件建物三階で旧診療所を開設していたA医師と共謀の上、本件建物において入院用ベッドが設置された本件診療所を開設したものである。

(三) 法令等が風俗営業の制限地域を設けている趣旨は、特定の保護対象施設について善良で静穏な環境の中で円滑に業務を運営するという個人の個別的利益の保護を図ることにあると解される。ところが、本件診療所は既にパチンコ店が営業している本件建物内に開設されており、法令等で保護された右の個別的利益を放棄して開設されたものであるから、保護対象施設には該当しないものというべきである。

(四) 仮に本件診療所が保護対象施設としての診療所に該当するとしても、右の事情に照らすと、権利の濫用として法令等が保護すべき利益が認められないものというべきである。

第三 争点に対する判断
一 本件診療所の実態について

1 本件診療所の運営形態等について、〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。
 A医師は、昭和58年5月から本件建物三階において旧診療所を開業していたが、口腔外科的治療を行うことができる入院設備を備えた施設において歯科診療をすることを目指し、昭和63年11月18日に本件診療所を本件建物二階に開設した。本件診療所は、治療室のほかに独立した病室二室、ベッド二床、手術室、浴室等の設備を有し、同月26日に町田保健所から63町保衛第1520号をもって入院設備(収容施設・二室二床)の使用許可を得た。〔証拠略〕

 本件診療所の開設に伴い、旧診療所の開設者はA医師から妻のBに変更され、本件建物にはA夫妻が経営する歯科診療所が併存することとなった。本件診療所においては、24時間診療態勢が取られ(ただし、平成3年1月初旬から同年3月末までの間は午後10時から午前7時までの夜間に限った診療態勢が取られた。)、昼間は歯科医師二名等が、夜間においては当直の歯科医師一名等が、それぞれ診療に当たっていた。本件建物に二つの診療所が併存していた時期においては、旧診療所が本院、本件診療所が分院と呼称され、A医師が双方の診療所で診療に当たるなどしていたが、平成3年3月31日に旧診療所は閉鎖され、同年4月1日以降はA医師は、本件診療所において右24時間態勢のもとに診療活動をしている。〔証拠略〕
 本件診療所の開設後、1日平均40名ないし50名の患者に対する診療が行われてきたが、入院患者としては異常出血をするなどして1日間程度入院した患者等がおり、その延べ人数は平成元年12名、同2年1名、同3年10名であった。〔証拠略〕

2 右認定事実によれば、本件診療所は、病室二室、入院用ベッド二床等の入院施設、入院患者の診療に当たる歯科医師等を備えた診療所として開設され、本件診療所においては右診療態勢のもとに入院診療を含む歯科診療が現実に行われてきたものと認められる。

 原告は、本件診療所は、設立当初から患者の収容施設の存在が形骸化し、診療所としての実体がない「幽霊診療所」であると主張する。確かに証人Aの証言、乙2号証(雑誌「デンタル・C」1989年7月号の記事)の記載からも認められるように、本件建物三階に旧診療所が併存していた期間には、双方の診療所のスタッフや物的施設が相互に利用されるなどしていたため、本件診療所と旧診療所との間の診療態勢の区分が判然としない面がないではなく、また、本件診療所の入院態勢は、輸血設備等の入院施設に通常備えられているべき治療施設がなく、給食施設、看護スタッフも貧弱であるなど必ずしも十分なものであるとはいえないことも否めない。

 しかし、前記認定のとおり、本件診療施設においては、A医師を中心とする歯科医師らが、旧診療所とは独立して設置された物的診療施設を用いて歯科診療を行い、入院患者数は少ないが前記入院施設を用いて現に入院診療も行っていたものであるから、本件診療所が患者収容施設が形骸化し診療所としての実体がないものであるということはできない。

 原告は、本件診療所において入院診療が行われたことは無に等しいと主張し、証人Eの証言及び甲4号証(F等作成のA歯科医院調査報告書)、甲16号証(G作成の陳述書)等の記載には、原告の関係者が本件診療所の診療状況を監視していたが夜間診療が行われているのを目撃したことがない等の右主張にそう部分がある。しかし、監視時に入院診療行為を目撃しなかったという一事をもって入院診療が全くなかったと断定することができないことはいうまでもない上、これらの証拠中には自己の体験に基づかない推測や伝聞にわたる部分が含まれているから、これらの証拠をもって本件診療所において入院治療が全くなかったとの事実を認定することはできないし、また、入院診療録等の証拠に基づく入院診療に関する前記認定を左右するものではない。さらに、原告は、右入院診療録には虚偽の記載がなされている疑いがあると主張するが、これをうかがわせる証拠はなく、右主張は原告の推測に基づくものにすぎないものといわざるを得ない。

二 本件パチンコ店開業に対する妨害の企図について
 原告は、A医師が安藤と共謀の上、本件パチンコ店の新規開業を妨害するため、本件診療所を開設したものであると主張するので、この点について検討する。
1 本件診療所の開設の経緯等について、〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。
 原告の関連会社である株式会社Sは、昭和62年9月29日、本件土地を購入したが、本件土地がパチンコ店用地に適していることから、関連会社を利用して本件土地においてパチンコ店を営業することを計画した。そして、その関連会社の株式会社Jが平成2年11月2日に本件土地に鉄骨造三階建ての貸店舗用建物を建築し、パチンコ業界の実情に詳しいHに協力を依頼しつつ、同じく関連会社である株式会社Oが平成3年7月29日に被告に対し風俗営業の許可申請をした。しかし、右株式会社Oは、警視庁防犯課係官から本件建物には患者収容施設のある診療所に該当すると思われる本件診療所があるため右申請は不許可にならざるを得ないという見通しを聞いたこともあり、同年10月9日に右申請を取り上げたが、平成4年1月13日、右三社の関連会社であり右Hが代表者となっている原告が本件申請をした。〔証拠略〕

 A医師は、本件建物において旧診療所を開設していたが、昭和63年ころ、入院施設を備えた24時間態勢の歯科診療所という全国でも極めて珍しい形態の本件診療所の開設を計画し、本件建物の所有者であるC会館の代表者Dに対し、右当時入居者がなかった本件建物二階部分の貸借を申し込んだ。C会館は、本件建物一階でパチンコ店を営業しており、本件建物に患者収容設備を有する診療所が開設されると、法の規制により隣接地の本件土地においてパチンコ店を開業できなくなることから、Dは、A医師の右計画を大いに歓迎し、保証金なし、賃料一か月3万円という条件で、右二階部分をA医師に賃貸することとした。ちなみに、A医師がC会館から賃借していた本件建物三階部分の条件は、保証金約2200万円、賃料一か月約80万円というものであった。また、平成3年3月31日に旧診療所が閉鎖された後、A医師は、本件診療所の診療機器を置くなどして右三階部分を使用しているが、C会館に対しその使用料を支払っていない。

2 右認定事実によれば、原告の関連会社が本件土地においてパチンコ店を新規開業することを計画したころ、A医師は本件診療所を開設したが、本件建物においてパチンコ店を営業しているC会館の代表者であるDは、本件建物に患者収容施設を備えた本件診療所が開設されると、法の規制により本件土地にパチンコ店が開業できなくなり、本件パチンコ店の開業計画を阻止できるという好都合な結果を得られることとなるため、本件診療所の開設を歓迎し、本件建物二階部分をほとんどただ同然の賃料で賃貸するなどの便宜をA医師に対して与えたものであり、また、A医師としても、本件診療所の開設により近接地においてパチンコ店が開業できなくなり、それゆえ安藤が多大の便宜を図ってくれているという事情を認識していたものであると認められる。

 しかし、〔証拠略〕によれば、A医師は、大学で口腔外科学を研究し、かねてから入院施設を備えた理想的な歯科診療態勢のもとで歯科診療に当たることを目指していたこと、A医師は、本件建物二階部分を入院施設のある診療所用に改装するため約1億2000万円の工事費用を要したが、自宅を担保に入れて銀行から右工事用の資金を借り入れて調達したこと、A医師は、本件診療所における人件費等の運営費用を全額負担していることが認められ、さらには、前記認定のとおり本件診療所においては診療件数は少ないが現実に入院診療が行われていることからすると、A医師は、C会館ないし安藤から本件建物二階部分の使用について多大の便宜を受けてはいるものの、歯科医師として自ら理想とする歯科診療を実現するという動機のもとに、本件診療所の開設及び運営を自らの負担と責任において行っているものであるということができる。

 確かに、診療所等の保護対象施設となるべき施設が専らその近接地における風俗営業の営業所の開業を妨害する目的で設置されたものであるときには、このような施設が法に定める保護対象施設に当たらないとされる場合もあるものと解することができる。しかし、A医師は、本件パチンコ店の開業を阻止する結果が得られることからDが本件診療所の開設に便宜を図ってくれているという事情を認識してはいたものの、本件診療所開設の動機は右のとおりのものであって、原告が主張するように、A医師がDと共謀の上、専ら本件パチンコ店の開業を妨害する意図のもとに本件診療所を開設したものと認めることはできない。

三 保護法益の放棄について
 法令等は、風俗営業者の資格、営業の場所、時間、営業所の構造設備等について種々の基準や規制を定めているが、その中で、学校、図書館、病院及び診療所等の保護対象施設から一定の距離内にある地域等を風俗営業の制限地域として右地域内における風俗営業を許可しないこととしている趣旨は、保護対象施設がその設置目的を十分に達成できるようにするため、営業所自体から発せられる騒音や享楽的な雰囲気などのみならず、その営業所に出入りする客によって生じる雑踏や喧騒あるいは享楽的な雰囲気などからも、これらの施設を保護することにあると解される。すなわち、法令等の趣旨は、保護対象施設を利用する公衆の利益を考慮して、保護対象施設周辺の静穏や清浄な環境を維持することにあり、保護対象施設自体に属する個別的、直接的な利益のみを保護することを目的とするものではないと解すべきである。

 原告は、法令等が制限地域を設けている趣旨は保護対象施設自体の個別的な利益の保護を目的にしているものであるとし、本件診療所は営業中のパチンコ店が既に存する本件建物内に開設されたものであるから、法令等によって保護されるべき個別的な利益を放棄しており保護対象施設に当たらないと主張するが、法の趣旨は右のとおりに解すべきものであるから、原告の右主張は失当である。また、本件診療所の開設の経緯及びその実態に関する前記認定事実に照らすと、本件診療所が保護対象施設として法令等によって保護されるべき利益をすべて放棄し、又は喪失しているとされる事情を認めることはできない。

四 権利の濫用について
 原告は、本件診療所が保護対象施設に該当するとしても、本件の場合には権利の濫用に当たるから法令等によって保護すべき利益がないと主張する。しかし、前記認定事実に照らすと、本件診療所の開設が権利の濫用に当たるものと認めることはできないし、その他これを認めるに足りる証拠はない。

五 結語
 右のとおり、本件診療所は患者収容施設を備えた診療所として保護対象施設に該当し、本件パチンコ店は本件診療所の存する本件建物の敷地に隣接するものであって法令等が定める制限区域内にあるものであるから、本件申請を許可しないものとした本件処分は適法なものというべきである。
 そうすると、本件請求は理由がないから、これを棄却すべきこととなる。
 (裁判長裁判官 秋山壽延 裁判官 小池裕 近田正晴)
以上:6,788文字

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