○「裁判所鑑定心因性視力障害で素因減額が否定された例13」でも紹介していますが、本件で私が最も心配していた鑑定結果である「心因性」視力障害について、「心因性」による素因減額の可否及び割合でした。私は、保険会社側が提出してきた素因減額5割から8割に及ぶ10件近い裁判例について、全てつぶさに検討して、本件とは事案が異なり、むしろこれらの裁判例からすれば、本件では心因性減額は不要である旨を強力に主張したつもりでしたが、内心としては2,3割の素因減額は覚悟していました。しかし、判決は、以下の通り、私の主張を全面的に採用して頂きました。5 争点5について(※素因減額の可否及び割合)
(1)身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において、その損害がその加害行為のみによって通常発生する程度、範囲を超えるものであって、かつ、その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているときは、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、その損害の拡大に寄与した被害者の右事情を斟酌することができるものと解される(最高裁判所第一小法廷昭和63年4月21日判決・民集42巻4号243頁参照)。
(2)これを本件について検討すると,本件においては,Xの右眼に障害が生ずるとすれば,その原因は外傷性視神経症であると考えるのが自然であると考えられるにもかかわらず,他覚的検査の結果等が外傷性視神経症についての医学的知見と合致しないこと,しかしXの右眼に障害が存することは認められ,これが心因性によるものと認められることの2点において,特殊な事情の存する例であるとは考えられる。
しかし,そもそも本件事故態様は,上記認定のとおり本件事故の衝撃により右眼窟付近がスチール製のバーに衝突したうえ,車外に放り出され,アスファルト舗装された地面に右顔面を強打したというものであって,その結果Xは,右眉の上下に脂肪が露出するほどの裂傷を負い,右眼は充血し,大きく腫れ上がったものである。このような事故態様及び負傷状況からすれば,Xの右眼に視力障害や視野狭窄等の障害が生じても全く不自然ではないことは上記のとおりであるから,かかる障害という損害は,本件事故という加害行為のみによって通常発生する程度,範囲を超えるものではないというほかはない。
加えて,本件の全証拠を見ても,Xには,本件事故に起因する心的ストレスのほかには,うつ病等の精神的疾患や個人の脆弱性その他の心因的要因は見当たらない(そもそも,被告らもかかる心因的要因については何ら具体的な主張をしていない)。
したがって,本件においては,民法722条2項を類推適用して損害額を減額することは相当でない。 ○この素因減額不要との結論のお陰で元本約5000万円、確定遅延損害金約865万円の請求が認められたのです。私は驚喜しましたが、保険会社側は正に地団駄を踏んで悔しがったものと思われます。そして、お抱えのいつもの顧問医に依頼して驚くべき内容の意見書を提出してきました。その驚くべき内容の一端は以下の通りです。労働能力喪失率・喪失期間
本症例は事故に起因する器質的異常による真の視力低下・視野狭窄ではないため、労働能力喪失はありません。仮に判決通り心因性の視覚障害としても、実際のところは見えているので、日常生活・就労上支障を来すことはありません。(中略)心因性障害であれば、精神科における診療により、比較的早期に回復するのがほとんどで、生涯に亘り永続する後遺障害になることはありません。したがって賠償医学の場においては、真の器質的異常による視力低下・視野狭窄でなければ、自覚的検査により得られた値を用いて眼後遺障害を決め、それから労働能力喪失率を決定するようなことは、決して行われません。また仮に(詐病ではなく)心因性障害(=外傷性神経症)であると認めても、「交通事故に起因する心因性反応であることが明らかであって、精神医学的治療を行っても、治癒しなかったものが初めて第14級に該当する」として取り扱われているのです。 ○私は、この記述を読んで、これが科学者としての医者の書くことかと、愕然としました。
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