令和 7年 6月18日(水):初稿 |
○原告が、夫である補助参加人と被告との間に不貞行為があったことを理由に、その不貞行為により婚姻関係が破綻し、精神的損害を被ったと主張し、不法行為に基づき損害賠償として慰謝料・調査費用等合計約470万円の損害賠償を求め、原告の夫が被告側の補助参加人として参加し、不貞行為はなかったこと、原告と補助参加人夫との婚姻関係は破綻しており、損害賠償義務はないと答弁しました。 ○これに対し、少なくとも2回の不貞行為の事実を認め、被告の前記不貞行為によって、原告の婚姻共同生活の平和の維持という権利ないし法的保護に値する利益を侵害したことは明らかであり、原告がこれによって被った精神的損害(慰謝料)については80万円、調査費用については20万円、弁護士費用10万円の合計110万円の請求を認めた令和6年3月25日東京地裁判決(LEX/DB)関連部分を紹介します。 ********************************************* 主 文 1 被告は、原告に対し、110万円及びこれに対する令和4年4月20日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用はこれを4分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。 4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 被告は、原告に対し、469万1500円及びこれに対する令和4年4月20日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は、原告が、夫である補助参加人と被告との間に不貞行為があったことを理由に、その不貞行為により婚姻関係が破綻し、精神的損害を被ったと主張して、不法行為に基づく損害賠償請求として、469万1500円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。 1 前提となる事実(認定事実には証拠を掲げる。) (1)原告(昭和50年生まれ)は、平成8年10月16日、補助参加人(昭和50年生まれ)と婚姻し、同人との間に、長男(平成9年生まれ)、長女(平成16年生まれ)の2人の子をもうけた(甲1)。 (2)被告は、ピアニスト兼ピアノ講師であり、既婚者であるが、夫は大阪府に居住し、被告は川崎市のマンションに居住している。被告が住むマンションの間取りは、1K(洋室8畳)である。 被告は、補助参加人が経営する飲食店の10年来の常連客である。(甲20、丙2) (3)原告は、令和3年3月に補助参加人が単身で家を出てから、現在まで別居している。 原告は、本件に先立って、補助参加人に対し、被告との不貞行為を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を横浜地方裁判所川崎支部に提起した(同裁判所川崎支部令和3年(ワ)第436号事件)。(甲18、19、43、丙3) 2 原告の主張 (1)被告は、遅くとも令和2年9月頃から現在まで、補助参加人が婚姻していることを知りながら不貞関係を継続している。 具体的には、被告と補助参加人は、令和2年10月19日、同月26日、同月28日、同月30日、同年11月2日、同年15日の深夜から翌朝まで、二人で被告宅において過ごし、性的関係を持った(以下「本件不貞行為」という。)。 なお、仮に、被告と補助参加人との間で性交渉をもっていなかったとしても、一人暮らしの被告が、補助参加人が既婚者であることを知りながら、複数回にわたり、深夜自宅に招き入れて、長時間密室で過ごし、過度に親密な関係を持ったことは、原告と補助参加人の婚姻共同生活の平和を破壊する違法な行為であり、被告は原告に対する不法行為責任を負う。 (中略) 3 被告の主張 (1)被告は、補助参加人と不貞行為を行ったことはない。被告と補助参加人は、十数年来の友人であり、補助参加人が経営する飲食店の店長と常連客の関係である。被告は、補助参加人を性的対象として見ていない。 (中略) 4 補助参加人の主張 (1)補助参加人が被告と不貞行為に及んだことはない。 補助参加人は、令和2年10月19日及び同月26日に被告宅を訪れたが、周囲に遅くまで影響している店舗が多くなかったこと、お互いの悩み相談を周囲に聞かれたくなかったことから、被告宅で飲酒しながら話をしたものであり、不貞行為はしていない。 (中略) 第3 当裁判所の判断 1 前提となる事実及び証拠(後掲各証拠のほか、甲43、丙2、3)に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。 (1)原告と補助参加人は、平成8年10月16日に婚姻し、長男及び長女をもうけたが、すでに二人とも成人している。 (2)補助参加人は、平成22年頃から、川崎市α区で飲食店を経営しており、被告は、上記飲食店の開店当初からの常連客である。 (3)被告と補助参加人は、令和2年10月12日、二人で、被告が借りたレンタカーで鎌倉へ行き、水族館に行ったり、蕎麦を食べたりした。 (4)原告は、同月頃、補助参加人が休みの日も家にいないことや帰宅時間が極端に遅い日が続いたこと、上記(3)のレシート等を発見したことから、興信所に調査を依頼した。 調査の結果、補助参加人は、令和2年10月19日午前0時40分頃に被告宅に入り、午前10時25分頃まで被告宅で過ごしたこと、同月26日午前0時25分頃に被告宅に入り、午前4時頃まで被告宅で過ごしたことが判明した。(甲4、5) 被告宅のマンションは、8畳一間で、グランドピアノが置いてあり、被告は、普段、その横の空いている床に布団を敷いて寝ていた。 (5)原告は、令和2年10月19日、補助参加人が所持している薬入れに入っていた「TADACIP-20」という勃起不全薬が、4錠のシートのうち一部使用されて、1錠と半錠が残っている状態のものを発見し、同月26日には残り1錠となり、同年11月2日は残り半錠となっているのを確認した(甲9[枝番省略、以下同じ])。 2 原告は、被告と補助参加人との間で本件不貞行為があったと主張し、被告及び補助参加人はこれを否認しているので、以下検討する。 (1)前記認定事実によると、被告と補助参加人は、店主と常連客という関係に止まらず、二人でドライブに出かけたりする関係にあったことが認められる。 このような関係にある二人が、深夜0時過ぎに、被告が一人で暮らしている8畳一間のマンションを原告が訪れて、一週間間隔で二度、二人きりで朝まで約4~10時間を過ごすということは、不貞行為があったものと推認されてもやむを得ないというべきである。 (2)この点、被告及び補助参加人は、被告宅で過ごした二晩について、部屋の空いている床に座って、お酒を飲みながら朝まで仕事の悩みを話したり、世間話をしたりしていただけで、不貞行為はなかった旨供述する(丙2、3)。 しかし、新型コロナウィルスの感染拡大により、深夜に営業している店舗が少なかったという事情があるにしても、お酒を飲んで話をするだけであれば、深夜に一人暮らしの被告の部屋を訪れて、二人きりで朝まで長時間過ごす必要はない。 (3)また、補助参加人は、この頃、所持していた勃起不全薬が減っていたのは、補助参加人が常連客の求めに応じて渡していたためであり、補助参加人自身が使用したことはないと供述する(丙3)。 しかしながら、補助参加人が所持していた勃起不全薬は、使用後の空の包装シートが残っていたり、開封され、半錠に割った状態で残っていたりするから(甲9)、他の人に渡した後の状態としては不自然であり、勃起不全薬に関する補助参加人の上記供述は信用できない。 (4)被告は、平成29年頃から子宮内膜症を患って通院して服薬治療を続けており、医師から性行為を止められているわけではないが、触診でも痛みを伴うため、数年前から性行為を行っていないと供述する(丙2)。 被告が医師から処方されて服薬しているジエノゲスト錠1mgの添付文書(乙10、12)には、同剤が月経時の自覚症状を改善するほか、月経時以外の自覚症状についても有効性が認められ、国内第〈3〉相長期投与試験において、投与52週で84.6%の改善が認められたと記載されている。月経時以外の自覚症状には性交痛を含むことからすると、同剤を長期服用している被告は、月経時以外の自覚症状に改善が認められている可能性もあるから、被告が子宮内膜症で服薬治療を続けていることは、前記認定を左右するものではない。 (5)以上によれば、補助参加人が被告宅に泊まったことに争いがない令和2年10月19日及び同月26日について、被告と補助参加人との間で不貞行為があったものと認められ、同月28日、同月30日、同年11月2日、同年15日については、同人らの間で不貞行為があったと認めるに足りる証拠はない。 3 被告及び補助参加人は、令和2年9月以前に原告と補助参加人の夫婦関係は、破綻していた旨主張するので、以下検討する。 (1)証拠(甲35、43、丙2、3)及び弁論の全趣旨によれば、平成23年頃、補助参加人の女性関係について原告の知るところとなり、補助参加人が不貞行為を認めて謝罪の上、原告と婚姻生活を継続するために誓約書(以下「本件誓約書」という。)を作成したこと、原告は補助参加人を宥恕したものの、令和元年夏頃、原告は補助参加人の態度を改めてもらいたいと考えて、あえて補助参加人と会話をしない時期があったこと、令和元年11月頃に補助参加人が原告に離婚したい旨を申入れ、原告は長女が高校を卒業してからにして欲しいと答えたこと、令和2年6月に補助参加人が自宅を売却したいと原告に話したが、原告が応じなかったこと、補助参加人が令和3年3月に家を出るまで、夫婦や家族で外食をしたり、補助参加人が原告にクリスマスプレゼントを渡したりしたことがあったこと、原告が補助参加人と離婚する意思を固めたのは令和4年7月であったこと、以上の事実が認められる。 (2)そうすると、原告と補助参加人は、令和元年夏以降、必ずしも夫婦円満であったとはいえないが、確定的に離婚が合意されていたとはいい難く、令和2年10月時点では,少なくとも原告は、補助参加人との関係修復を望んでいたから、被告と補助参加人との間の不貞行為以前に、原告と補助参加人の婚姻関係が既に破綻していたとまでは認められない。 したがって、上記不貞行為が、原告と補助参加人の婚姻関係を破綻させた原因であると認められる。 4 以上によれば、被告が前記不貞行為によって、原告の婚姻共同生活の平和の維持という権利ないし法的保護に値する利益を侵害したことは明らかであり、原告がこれによって被った精神的損害等については、被告において賠償すべき義務を負うことが認められる。 5 (1)前記認定によると、被告の不法行為が原告に少なからぬ精神的苦痛を与えたことは容易に認められる。 前記不貞行為によって、原告と補助参加人の約25年間に及ぶ婚姻関係が破綻して家庭が崩壊したこと、ただし令和2年当時の夫婦の状況が前記のとおり必ずしも夫婦円満とはいえなかったこと、証拠上認められる不貞行為は前記認定の二晩であること、被告の対応等本件に顕れた全事情を斟酌すると、原告が被った精神的損害は、80万円をもって慰謝するのが相当である。 (2)証拠(甲5、15、35)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、補助参加人の素行調査を依頼した興信所に対し、調査費用として126万5000円を支払ったこと、その調査結果により、補助参加人が被告宅を深夜に訪れ、朝まで被告宅で過ごしていたことが判明したこと、補助参加人は原告に対し、本件誓約書5条9項において、浮気調査費用が発生した場合には、全額補助参加人において負担することを誓約していることが認められる。 そうすると、原告が興信所に支払った調査費用126万5000円については、全額補助参加人による損害の填補が見込まれる。 もっとも、被告の前記不貞行為につき原告が被告に損害賠償請求をするには、上記の興信所の調査が必要であったことは否定できないから、上記調査費用のうち20万円の限度で、被告の不貞行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。 (3)上記のとおり認定した損害額に加え、本件に現れた一切の事情を勘案すると、被告の前記不貞行為と相当因果関係を有する弁護士費用相当額は、10万円をもって相当と認められる。 (4)以上によれば、被告の不貞行為により原告が被った損害額の合計は、110万円であると認められる。 第4 結論 以上によれば、原告の請求のうち、110万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第30部 裁判官 男澤聡子 以上:5,251文字
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