令和 7年 4月10日(木):初稿 |
○「中国人妻から日本人夫への養育費請求を日本での算定方法認めた家裁審判紹介」の続きで、その抗告審令和4年9月8日東京高裁決定(判時2616号○頁、判タ1526号119頁)関連を紹介します。 ○中国に居住する元妻(原審申立人)が日本に住所を有する元夫(原審相手方)に対し、当事者間の子の養育費の支払を求め、原審令和4年4月28日横浜家裁小田原支部審判(判タ1526号123頁)が、準拠法である中国法において法的効力が認められている最高人民法院による司法解釈に関する意見書に基づいて養育費を算定することは相当でないとして、日本における算定方法を参考にして養育費を算定したのに対し、上記意見書に基づいて養育費を算定するのが相当であるとした上で、結論において原審判は相当であるとして抗告を棄却しました。 ○高裁決定では、意見書7項が,固定収入がある場合,養育費は一般的にその月の総収入の20から30%の比率に基づいて支払う旨定めており、抗告人の総収入は,令和2年が1041万1092円,令和3年が1033万6916円であるのに対し,相手方は,平成31年1月以降稼働しておらず,収入がないことが認められ,仮に抗告人の固定収入の20から30%の比率を基準とすると,抗告人が支払うべき養育費の額は,年額200万円から300万円程度となるとして、意見書に基づいても同じ結論としました。 ********************************************* 主 文 1 本件抗告を棄却する。 2 抗告費用は,抗告人の負担とする。 理 由 第1 本件抗告の趣旨及び理由 本件抗告の趣旨及び理由は,別紙「抗告」と題する書面,同主張書面1及び同主張書面2に記載のとおりであり,これに対する相手方の意見は,別紙答弁書に記載のとおりである。 第2 事案の概要(略称は,新たに定義しない限り,原審判のものを用いる。) 1 本件は,平成20年に抗告人と婚姻し,抗告人との間で,平成23年*月に長男である未成年者を,平成26年*月に長女をもうけたものの,平成29年11月30日にされた離婚判決(以下「本件離婚判決」という。)により抗告人と離婚し,未成年者を扶養するものと定められた相手方が,抗告人に対し,未成年者の養育費の支払を求めた事案である。 2 原審は,抗告人が支払うべき未成年者の養育費を月額10万円とし,抗告人に対し,令和2年8月から令和4年3月までの未払養育費の合計である200万円を直ちに,同年4月から未成年者が満18歳に達する日の属する月まで月額10万円を毎月末日限り,それぞれ相手方に支払うよう命じる旨の審判(原審判)をした。これに対し,抗告人は,原審判を不服として即時抗告した。 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所も,抗告人に対し,令和2年8月から令和4年3月までの未払養育費200万円を直ちに,令和4年4月から未成年者が満18歳に達する日の属する月まで月額10万円を毎月末日限り,それぞれ相手方に支払うよう命じるのが相当であると判断する。その理由は,原審判を後記2のとおり補正し,当審における抗告人の主張に対する判断を後記3のとおり付加するほかは,原審判「理由」第2の1ないし5(原審判1頁21行目冒頭から同6頁22行目末尾まで)に記載のとおりであるので,これを引用する。 2 原審判の補正 (1)原審判2頁25行目冒頭から同3頁1行目末尾までを以下のとおり改める。 (中略) (6)原審判3頁16行目末尾に行を改めて以下のとおり加える。 「(2)中華人民共和国民法典(2021年1月1日施行)には,以下の規定がある。 ア 1084条 父母と子の間の関係は,父母の離婚によって解消しない。離婚後,子が父又は母のいずれが直接に撫養しているかを問わず,依然として父母双方の子である。 離婚後,父母は子に対し依然として撫養・教育・保護の権利を有し,義務を負う。(以下略) イ 1085条 離婚後,一方が子を直接撫養するとき,他方は一部又は全部の撫養費を負担しなければならない。負担する費用の額及びその期間の長さは,双方の協議による。協議が調わないときは,人民法院が判決する。 前項の規定する協議書又は判決は,子が必要な場合に,協議書又は判決で決定された額を超える合理的な請求を父母のいずれかに提起することを妨げない。」 (中略) (11)原審判4頁18行目の「中国婚姻法」から同20行目の「解される。」までを以下のとおり改める。 「そのような場合であっても,中華人民共和国民法典1085条は,「子が必要な場合」には,判決で決定された額を超える合理的な請求を父母のいずれかに提起することを妨げない旨規定している。」 (12)原審判4頁21行目の「約1041万円」の後に「ないし約1033万円」を加える。 (13)原審判4頁24行目冒頭から同6頁3行目末尾までを以下のとおり改める。 「(2)この場合,抗告人が支払うべき養育費の額については,法的効力を有する意見書7項をもとに,適切な金額を定めるのが相当である。 そして,意見書7項が,固定収入がある場合,養育費は一般的にその月の総収入の20から30%の比率に基づいて支払う旨定めていることは,前記認定事実のとおりである。さらに,前記認定事実によれば,抗告人の総収入は,令和2年が1041万1092円,令和3年が1033万6916円であるのに対し,相手方は,平成31年1月以降稼働しておらず,収入がないことが認められ,仮に抗告人の固定収入の20から30%の比率を基準とすると,抗告人が支払うべき養育費の額は,年額200万円から300万円程度となる。 しかしながら,他方,意見書7項は,〔1〕子女の養育費の金額は,子女の実際の需要,父母双方の負担能力及び現地の実際の生活水準に基づいて決定することができる,〔2〕特殊な状況の場合,上記の比率を適切に引上げ又は引き下げることができる旨定めていることも,前記認定事実のとおりであり,収入以外の考慮要素として,子女の実際の需要,父母双方の負担能力,現地の実際の生活水準等を挙げているところである。そして,一件記録によれば,〔1〕抗告人はDに,相手方はEに居住しているところ,我が国とEとでは生活に要する費用に少なからず差異があり,Eにおける方が相当程度少額であること,〔2〕抗告人と相手方との間には,未成年者のほかに長女がいるところ,長女の養育費は全て抗告人が負担していること,〔3〕抗告人は,相手方と離婚後,再婚して男児Aをもうけ,長女のほか,無職である再婚相手及び男児Aについても扶養していることがそれぞれ認められる。 以上の事実によれば,本件において,相手方が未成年者のほかに男児Bを養育していること(ただし,男児Bについては,その実父も養育費の一部又は全部を負担する義務を負う。)を勘案しても,抗告人が未成年者について負担すべき養育費については,総収入の20から30%よりも引き下げるべき事情があるというべきであり,さらに,特殊な状況の場合に養育費の比率の引上げ又は引下げを許容する意見書7項の趣旨に照らし,上記で認定した各減額事由に加え,本件記録上認められる諸般の事情を総合的に考慮すると,抗告人が負担すべき養育費は月額10万円と決定するのが相当である。」 (14)原審判6頁4行目の「(4)」を「(3)」に改め,同8行目の「や前記改定標準算定方式」を削除し,同12行目の「(5)」を「(4)」に改める。 3 当審における抗告人の主張に対する判断 (1)抗告人は,〔1〕相手方が無職であることを認めるに足りる資料がないこと,〔2〕相手方は,平成29年の時点で200万人民元(約3600万円)を持っており,少なくともこれに対する年5%の割合による利息収入を得ていたはずであること,〔3〕相手方は,令和元年6月に不動産譲渡所得税として8万5411.78人民元を納税しているところ,不動産売却時の所得税率が約1%であることからすると,不動産売却収入として854万1100人民元(約1億5000万円)を得ているはずであり,少なくともこれに対する年5%の割合による利息収入を得ているはずであること,〔4〕相手方には潜在的稼働能力があること、〔5〕相手方は令和2年8月まで抗告人に対して養育費の請求をしなかったことからすると,本件離婚判決以降,相手方の収入状況が大きく悪化したとは認められず,中華人民共和国婚姻法37条又は中華人民共和国民法典1085条所定の「子が必要な場合」等に該当しない旨主張する。 しかしながら,上記〔1〕について,資料(相手方の個人所得税納税記録及び就業失業登記証)及び手続の全趣旨によれば,相手方は平成31年1月以降,就労していないことが認められ,一件記録を精査しても,相手方が就労していることを認めるに足りる資料はない。 また,上記〔2〕について,資料(原審で提出された甲1の1・2)によれば,相手方が○○の不動産を売却し,代金として200万人民元を得た(代金額が200万人民元であることについては,当事者間に合意がある。)のは平成28年8月であることが認められるが,相手方がその後もこれを費消せず,金融機関に預金して利息収入を得ていたことを認めるに足りる資料はない。 さらに,上記〔3〕について,資料(相手方の個人所得税納税記録)によれば,相手方は,令和元年6月に不動産譲渡所得税として8万5411.78人民元を納付したことが認められるものの,これについて,相手方は,本件離婚判決により相手方に対して187万9030人民元の債権を取得した抗告人が,相手方所有の不動産について強制執行の申立てをし,当該不動産を抗告人名義に変更することにより上記債務の弁済に充てたことによって生じた納税義務であり,相手方は不動産の売却収入を得ていない旨主張しているところであり(その主張が虚偽であることを窺わせる資料はない。),一件記録を精査しても,相手方が不動産を売却して854万1100人民元を得たことや,これを金融機関に預金して利息収入を得ていることを認めるに足りる資料はない。 加えて,上記〔4〕について,前記認定事実によれば,相手方は,現在10歳の未成年者及び2歳の男児Bを監護養育していることが認められ,当面は育児のため就労が制限されており,潜在的稼働能力があるとまでは認められない。 上記〔5〕については,相手方が令和2年8月まで抗告人に対して養育費の請求をしなかったからといって,未成年者の養育費の額を変更することにつき「子が必要な場合」に当たらないということはできない。 以上によれば,抗告人の上記主張は,いずれも採用することができない。 (2)抗告人は,E民の平均消費支出は年間3万3188人民元(約68万円。月額5万6000円)であるので,特段の事情がない限り,未成年者の養育費は月額5万6000円程度で十分であり,これを超える請求は,中華人民共和国婚姻法37条又は中華人民共和国民法典1085条所定の「合理的な請求」に当たらない旨主張する。 しかしながら,意見書7項は,子女の養育費の金額は,子女の実際の需要,父母双方の負担能力及び現地の実際の生活水準に基づいて決定することができ,固定収入がある場合,養育費は一般的にその月の総収入の20から30%の比率に基づいて支払う等と規定しているのであり,必ずしもE民の平均消費支出額のみが「合理的な請求」の基準になるわけではない。そして,本件において認められる諸般の事情を総合的に考慮すると,抗告人が負担すべき未成年者の養育費を月額10万円とするのが相当であることは,補正の上引用する原審判「理由」第2の4(2)において認定説示したとおりである。 したがって,抗告人の上記主張も採用することができない。 4 以上によれば,抗告人が負担すべき未成年者の養育費は,月額10万円とすることが相当であり,抗告人に対し,令和2年8月から令和4年3月までの養育費である200万円を直ちに,令和4年4月から未成年者が満18歳に達する日の属する月まで月額10万円を毎月末日限り,それぞれ相手方に支払うよう命じるのが相当であるところ,これと同旨の原審判は結論において相当であるので,本件抗告を棄却することとして,主文のとおり決定する。 (裁判長裁判官 大竹昭彦 裁判官 神野泰一 裁判官 土屋毅) 以上:5,102文字
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