令和 6年 7月19日(金):初稿 |
○「別居期間9年でも有責配偶者離婚請求を権利濫用とした地裁判決紹介」の続きで、その控訴審令和6年2月14日東京高裁判決(LEX/DB)関連部分を紹介します。 ○控訴人妻(原告)が、被控訴人夫(被告)に対し、被控訴人による暴力等の婚姻を継続し難い重大な事由(民法770条1項5号)があると主張して、離婚及び両者の間の長女及び長男の親権者をいずれも控訴人と定めることを求め、被控訴人が、控訴人は有責配偶者であるから控訴人からの離婚請求は許されないと主張して、控訴人の請求を争ったところ、原審が控訴人の請求を棄却し、妻が控訴しました。 ○控訴人が控訴し、東京高裁判決は、次のとおり控訴人妻の主張を認めました。 ・控訴人と被控訴人の婚姻関係は完全に破綻して形骸化しており、これ以上の期間、上記婚姻関係に控訴人を拘束し続けるとすれば、控訴人の自由や幸福追求権(憲法13条)を著しく侵害し、本件離婚請求は、有責配偶者からの離婚請求ではあるが、これを認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情はないというべき ・離婚と面会交流は次元の異なる問題であるから、離婚請求の当否の判断において、面会交流に関する将来の交渉状況についての予測を直接の理由とすることは相当でない ・被控訴人が子らとの父子関係を本来あるべき姿に戻したいと願う痛切な心情は十分に理解できるが、その思いは、離婚をいわば人質に取る形で控訴人に圧力をかけて実現されるべきものではなく、控訴人による本質的な理解と最大限の協力を得つつ、実の父親としての包容力を始めとする人格の発露によって、一歩ずつ地道に、子らとの間の信頼関係を回復させ絆を太くしていくことで再構築していくほかない ○極めて妥当な判決です。 ********************************************* 主 文 1 原判決を取り消す。 2 控訴人と被控訴人とを離婚する。 3 控訴人と被控訴人の長女C(平成22年○月○○日生)及び長男D(平成24年○月○○日生)の親権者をいずれも控訴人と定める。 4 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 主文と同旨 第2 事実関係 1 事案の概要 本件は、妻である控訴人が、夫である被控訴人に対し、被控訴人による暴力等の婚姻を継続し難い重大な事由(民法770条1項5号)があると主張して、離婚及び両者の間の長女及び長男(以下、併せて「子ら」という。)の親権者をいずれも控訴人と定めることを求め、附帯処分として子らの養育費の支払を求めたのに対し、被控訴人が、控訴人は有責配偶者であるから控訴人からの離婚請求は許されないと主張して、控訴人の請求を争った事案である。 原審が控訴人の請求を棄却したところ、控訴人は、これを不服として、控訴を提起した。 なお、控訴人は、当審における口頭弁論終結後、子らの養育費の支払申立てを取り下げた。 2 前提事実、争点及び当事者の主張 前提事実、争点及び当事者の主張は、後記第3の4のとおり当審における被控訴人の主張を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の2及び3(1)、(2)に記載のとおりであるから、これを引用する。 ただし、原判決3頁11行目の「有責配偶者による離婚請求を」を「,本件離婚請求は有責配偶者によるものであると」に、14行目の「妻である母親」を「母親である妻」にそれぞれ改める。 第3 当裁判所の判断 1 控訴人の請求についての判断の結論 当裁判所は、原審と異なり、控訴人の離婚請求は理由があり、子らの親権者は控訴人と定めるのが相当であると判断する。 その理由は次のとおりである。 2 認定事実 (中略) 3 争点についての判断 (1)離婚原因について 前記認定事実によれば、控訴人と被控訴人は、平成17年1月に出会い、平成18年1月に婚姻し、平成22年○月に長女を、平成24年○月に長男をそれぞれもうけ、同年には自宅の建築を計画して土地を購入し、また、各地に家族旅行をするなどして円満に生活していたが、控訴人において、平成22年、かねて性的関係のあったEと連絡を取るようになり、平成25年夏、Eと再会して不貞の関係となり、同年11月、子らを連れて被控訴人との別居を開始し、その後、別居を継続する一方で、遅くとも令和4年3月までには子らとともにEとの同居を開始し、さらに、令和5年○月にはEの子を出産したものであって、控訴人と被控訴人の別居期間は10年を超えており、その間、いずれからも婚姻関係を修復するための特段の努力はされていない。 これらの事実経過に鑑みると、控訴人と被控訴人との婚姻関係は完全に破綻しており、修復の見込みもないから、婚姻を継続し難い重大な事由(民法770条1項5号)がある。 (2)有責配偶者からの離婚請求について ア 前記認定事実によれば、控訴人と被控訴人の婚姻関係が破綻した原因は、控訴人の不貞行為であると認めるのが相当である。控訴人は、被控訴人による長女に対する性的虐待の存在を主張するが、控訴人がその根拠とする司法面接の結果は、長女の年齢、質問方法及び回答内容に照らし、直ちに採用することはできない。また、控訴人が離婚原因として主張する被控訴人による暴力その他の事情については、いずれも、認めるに足りる証拠がないか、あるいは、控訴人がEと不貞関係に入った後の事情であるから、婚姻破綻の直接の原因であるとは認められない。そうすると、控訴人は婚姻破綻に専ら責任がある者と認められるから、本件は有責配偶者からの離婚請求である。 ところで、有責配偶者からされた離婚請求であっても、夫婦がその年齢及び同居期間と対比して相当の長期間別居し、相手方配偶者が離婚によって精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情のない限り、有責配偶者からの請求であるとの一事をもって許されないとすることはできない(最高裁判所昭和61年(オ)第260号同62年9月2日大法廷判決・民集41巻6号1423頁、同平成5年(オ)第950号同6年2月8日第三小法廷判決・集民171号417頁参照)。 イ 本件においては、控訴人と被控訴人の婚姻関係が破綻した原因は控訴人の不貞行為である上、前記認定事実(補正の上引用する原判決第3の1(30)、(34)、(37))及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人において、これまでの面会交流の中で、控訴人の心情や言動の影響を受けた子らの心ない言動に切なくやるせない思いを抱いて疎外感をかみしめており、控訴人の離婚請求が認容された場合、控訴人がEと結婚することによって両者と子らの結び付きが緊密になり一体感が強まる反面、被控訴人と子らの絆が細く脆弱なものになるおそれを感じているという状況にある。このような婚姻破綻の原因や被控訴人の疎外状況に照らし、被控訴人が精神的に苛酷な状態を強いられていることには疑いがなく、当裁判所としても、被控訴人の立場や心情に同情の念を禁じ得ないところである。 しかしながら、現時点において、控訴人の年齢は43歳、被控訴人の年齢は56歳、同居期間は8年弱であるのに対し、別居期間は10年を超えており、夫婦の別居が当事者の年齢及び同居期間と対比して相当の長期間に及んでいる。また、被控訴人は、会社を経営していて生計には余裕があるものと推認され(甲27の2,弁論の全趣旨)、控訴人との離婚によって経済的に極めて苛酷な状態におかれるおそれはない(後記のとおり子らの親権者を控訴人と定めれば、被控訴人が子らの監護養育の直接的な負担を被ることはなく、現在の就労状況を変更する必要もない。)。 さらに、婚姻破綻の原因である控訴人の不貞行為について、控訴人の不貞相手(共同不法行為者)であるEが被控訴人に慰謝料を支払っており、法律上は、婚姻破綻の原因についての慰謝の措置は講じられ完了している。 加えて、被控訴人と子らとの関係については、原則として毎月1回の面会交流が実施されているところ、これは、控訴人が、子どもにとって実の父親がかけがえのない存在であることを学習した上、子らに対し被控訴人との面会交流の意義を諭しこれに応じるよう促し、実現に向けて子らの心情や双方の日程を調整するなどの努力を重ねてきた成果でもあり、この点については今後も変わらないと期待することができる(甲33の1、3、4、7~9、14、17、甲34の1~33、控訴人本人25、26、32頁)。 他方で、控訴人と被控訴人との婚姻関係が継続したとしても、被控訴人と子らとの関係が直ちに劇的に改善される見込みは乏しいばかりか、子らにおいて、被控訴人との離婚及びEとの結婚を希望する控訴人の心情に(無意識的なものも含めて)同調する結果、被控訴人のことを控訴人の上記希望の実現を妨害する存在と捉えかねず、かえってその関係が悪化し、円滑な面会交流の実施を阻害する可能性さえ否定できない(補正の上引用する原判決第3の1(30)、(34)、(37)、甲33の1、3、4、8、甲34の4・3頁、34の17、乙45、控訴人本人9頁)。そして、控訴人は、E及び子らと同居して2年弱の間安定した生活を営んでおり、昨年○月にはEとの間の子(G)が誕生してそこに加わり、新しいメンバーでの家庭生活をスタートさせたところである。 ウ 上記の諸事情を総合的に考察すると、控訴人と被控訴人の婚姻関係は完全に破綻して形骸化しており、これ以上の期間、上記婚姻関係に控訴人を拘束し続けるとすれば、婚姻制度が、婚姻破綻の原因を惹起した有責配偶者に対する制裁としてのみ機能することになって、その本来の意義から大きく逸脱してこれを甚だしく歪めることになるとともに、控訴人の自由や幸福追求権(憲法13条)を著しく侵害することになり、もはや許容できない事態に立ち至ることになるといわざるを得ない。 そうすると、本件離婚請求は、有責配偶者からの離婚請求ではあるが、これを認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情はないというべきである。 エ 以上によれば、控訴人の離婚請求は、これを認容するのが相当である。 (3)親権者の指定 控訴人と被控訴人が別居した後、子らは、一貫して控訴人が同居して監護養育に当たり、その間、心身ともに健やかに成長してきており、経済的な面も含めて控訴人による監護養育状況に特段の問題は見られず、また、子らは被控訴人より控訴人に強く愛着を抱いているなどの事情に鑑みると、子らの親権者は控訴人と指定するのが相当である。 なお、控訴人においては、意識的にせよ無意識的にせよ自らの心情や言動が子らに影響を及ぼして被控訴人に疎外感を抱かせる状況につながったことについては真摯に顧みて反省すべきであり、その上で、これから思春期を迎える子らにとって、実の父親として唯一無二である被控訴人の存在がより一層重要性を増してくることを自身においても十分に理解した上で、母親の義務としてそのことを子らにも諭して理解させ、被控訴人と子らとの交流の機会が可能な限り拡大するよう最大限の努力を尽くす必要があることを肝に銘ずるべきである。 4 当審における被控訴人の主張についての判断 被控訴人は、控訴人の離婚請求が棄却されれば、面会交流に関する交渉において、離婚を求める控訴人が譲歩せざるを得なくなる結果、被控訴人の希望(宿泊付きのものを含む共同監護的な面会交流)が実現することになって、片親疎外の状況が改善され、被控訴人と子らとの本来あるべき父子関係の再構築につながっていくことが想定されるから、被控訴人が被っている過酷事実を緩和するためには、控訴人の離婚請求は棄却される必要がある旨主張する。 しかしながら、まず、法理論的な観点から、離婚と面会交流は次元の異なる問題であるから、離婚請求の当否の判断において、面会交流に関する将来の交渉状況についての予測を直接の理由とすることは相当でなく、まして、控訴人の希望する離婚を子らとの面会交流について譲歩を引き出す誘因や交渉の材料とすることを正当な交渉方法であるとは認め難い。 また、子らは現在13歳と11歳に達し親から独立した意思を有する存在に成長しており、被控訴人と子らとの面会交流について、控訴人と被控訴人の間の交渉のみによって内容が決せられる状況にはなく、両者の交渉により設定される枠組みさえあれば順調に展開していくというものでもないから、被控訴人の想定は短絡的に過ぎるといわざるを得ない。 当裁判所としては、被控訴人が子らとの父子関係を本来あるべき姿に戻したいと願う痛切な心情は十分に理解できるものの、その思いは、離婚をいわば人質に取る形で控訴人に圧力をかけて実現されるべきものではなく、控訴人による本質的な理解と最大限の協力を得つつ、実の父親としての包容力を始めとする人格の発露によって、一歩ずつ地道に、子らとの間の信頼関係を回復させ絆を太くしていくことで再構築していくほかないと考えるものである。 被控訴人の上記主張は採用することができない。 5 まとめ 以上によれば、控訴人の離婚請求はこれを認容すべきであり、子らの親権者は控訴人と定めるべきである。 第4 結論 よって、これと異なる原判決は相当でないから、原判決を取消した上で、控訴人の離婚請求を認容し、子らの親権者は控訴人と定めることとして、主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第17民事部 裁判長裁判官 吉田徹 裁判官 中園浩一郎 裁判官 榮岳夫 以上:5,569文字
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