令和 6年 2月25日(日):初稿 |
○妻が夫の暴力・暴言等を理由に離婚に至ったとして慰謝料請求をしたいという相談は結構あります。しかし、夫が暴力・暴言を強く否認し、逆に夫の方が妻から暴力・暴言を受けたと主張する場合も多く、妻が夫から受けた暴力・暴言の立証方法が問題になります。多くの場合、その立証が極めて困難です。 ○原告元妻が、元夫である被告に対し、被告の暴力等により離婚を余儀なくされ、精神的苦痛を受けたとして、不法行為に基づき、離婚による慰謝料及び弁護士費用合計330万円の損害賠償を求めました。これに対し、原告と被告との婚姻関係が破綻した原因は、主に被告の暴力にあり、被告に責任があるなどとして、110万円の支払を命じた令和5年4月21日東京地裁判決(LEX/DB)全文を紹介します。 ○この事案では、元夫が元妻に対し、①今後一切暴力を振るわないこと、②暴力を振るった場合は親権者は母親とすること、③暴力を振るった場合は慰謝料300万円等記載された確認書に署名押印し、離婚届にも署名押印して提出したいたことが決め手になったようです。このような明確な証拠がないと、暴力・暴言の立証はなかなか困難です。 ********************************************* 主 文 1 被告は、原告に対し、110万円及びこれに対する令和3年12月30日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用はこれを3分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。 4 この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 被告は、原告に対し、330万円及びこれに対する令和3年12月30日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 本件は、原告が、元夫である被告に対し、被告の暴力等により離婚を余儀なくされ、精神的苦痛を受けたとして、不法行為に基づき、離婚による慰謝料300万円と弁護士費用30万円、及びこれに対する離婚後の日である令和3年12月30日から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 2 前提事実 原告(平成4年生)と被告(昭和63年生)は、平成22年11月16日に婚姻し、同年○○月○○日に長男をもうけた。平成24年3月から原告が長男を連れて実家へ帰る形で別居したが、平成25年1月に同居を再開し、同年○○月○日に次男をもうけ、平成28年○月○○日に三男をもうけた。 原告と被告は、平成31年1月7日、子らの親権者を原告と定めて離婚した。 3 争点 被告は、離婚について被告のみに責任があるわけではないと主張して原告の請求を争うことから、争点は、(1)婚姻関係破綻の原因が被告にあるか、及びこれが認められるとした場合の(2)損害額である。なお、被告は、平成30年9月以前の不法行為について時効を援用する旨主張するが、本件は,個々の不法行為を原因とする損害賠償請求ではないから、上記主張は失当である。 (1)婚姻関係破綻の原因が被告にあるか (原告の主張) ア 被告は、婚姻中、原告に対し、〔1〕「死ね」、「出て行け」、「気持ち悪い」等の暴言を吐き、物を投げる、殴る、蹴る、押さえつける、髪の毛を引っ張る等の暴力行為を度々行い、〔2〕意に反する性行為を強要し、〔3〕生活費を無断で使用し、原告がそのことを指摘すると腕を振り上げて威嚇し、実際に殴るなどの暴行を加え、〔4〕自宅を飛び出した原告を追跡し、原告を発見して無理やり車内に押し込むという監禁行為を行った(以下、〔1〕から〔4〕を併せて「本件暴力行為等」という。)。本件暴力行為等が原因で、原告と被告との婚姻関係は破綻し、原告は、離婚を余儀なくされた。 イ 特に、平成30年9月10日の暴行は、過去の暴力に比しても度を越して悪質なものであり、被告は、同月11日、原告に対し、原告に対してこれまで繰り返してきた暴力行為全てを詫び、「今後一切暴力を振るわない」ことを約し、その旨記載した書面(甲4。以下「9月11日付け書面」という。)を作成した。 ウ 原告が被告に対して暴言を発したり暴力を振ったりしたことはない。 (被告の主張) ア 本件暴力行為等について否認する。 原告と被告は、同居当初から夫婦喧嘩が絶えず、原告と被告との間の諍いは、被告による一方的な暴行などではなく、原告から被告に対する暴言や暴行も多数存在し、相互に争う状態であったから、被告が一方的に賠償責任を負うものではない。 イ 9月11日付け書面は、被告が文章を考えて記載したものでなく、原告及び原告の母から署名押印を迫られ、原告との婚姻関係を円満に継続するべく、それに従ったに過ぎない。 (2)損害額 (原告の主張) 原告が離婚によって被った肉体的・精神的苦痛を慰謝するに足りる金額は、300万円を下らない。また、その1割に相当する30万円を弁護士費用として請求する。 (被告の主張) 争う。 第3 争点に対する判断 1 前提事実に加え、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 (1)当事者 原告は、身長148cmの女性であり、婚姻中は、家事育児のほか、生命保険の営業の仕事をするなどしていた時期もある(甲5、乙1、原告本人、被告本人、弁論の全趣旨)。 被告は、身長約170cmの男性であり、料理人として就業している(乙1、被告本人、弁論の全趣旨)。 (2)離婚に至る経緯 ア 原告と被告は、婚姻中、家事育児や家計のことをめぐって口論となることが度々あり、被告は、口論の際に、原告に対し、物を投げ付ける、髪を引っ張る、身体を押さえつけるといった暴行に及ぶことや、殴る構えを見せて脅すことがあった(甲1、2の1から5、3、5、乙1、原告本人、被告本人)。 イ 原告と被告は、平成30年9月10日、原告が職場の人との食事会に参加する予定であった日に被告の仕事が入ったことをめぐって諍いとなり、その後、被告が入浴中の原告を浴室外に連れ出し、原告の顔面を殴る、身体を押さえつけるといった暴行を加え、これにより、原告の右目の周りにアザができた(甲3、5、原告本人、被告本人)。 原告は、同日、離婚を決意し、翌日、原告の母を同行して被告と話合い、被告に対し、 〔1〕原告に対して今後一切暴力を振るわないこと、 〔2〕暴力を振るった場合は親権者は母親とすること、 〔3〕暴力を振るった場合は慰謝料300万円、 〔4〕長男、次男及び三男が満18歳に達する日まで養育費を支払うことを記載した書面を提示し、 〔3〕慰謝料については、金額部分に二重線を引き、暴力を振るった場合は慰謝料を請求するとの内容に訂正した上で、これに被告の署名押印を得た(9月11日付け書面)(甲4、5、乙1、原告本人、被告本人)。 また、被告は、同日、離婚届を書いて原告に渡した(乙1、原告本人、被告本人)。 ウ 原告は、平成31年1月6日、子らを連れて被告と別居し、同月7日、離婚届を提出した(乙1、原告本人、被告本人)。 2 争点(1)について 上記1で認定した事実経過によれば、原告と被告との婚姻関係が破綻した原因は、主に被告の暴力にあり、被告に責任があるというべきである。 これに対し、被告は、暴力は被告の一方的なものではなく、互いに行われたものであると供述する。この点、時期は不詳であるが、原告が被告から暴行を受けた際に手近にあった包丁を手に取り、構えたことが一度あったことは原告も認めるところであるものの、かかる事実から、原告被告間の暴力が婚姻期間を通じて相互に行われていたことが推認されるとはいえない。他に、原告が被告に暴行を加えたことを認めるに足りる的確な証拠はなく、被告の供述は採用できない。 また、被告は、原告からの暴言が原因でうつ病を発症したなどとも主張するところ、確かに、証拠(甲5、乙1、原告本人、被告本人)によれば、被告が平成24年頃精神の不調を訴えて病院を受診し、うつ病の診断を受けたことが認められるものの、その原因が原告の暴言にあると認めるに足りる的確な証拠はないし、婚姻関係破綻との因果関係も認められない。 3 争点(2)について 上記2で説示したとおり、原告と被告の婚姻関係が破綻した原因は主に被告の暴力にあるというべきであり、前提事実及び認定事実によれば、直接的には平成30年9月の暴行がきっかけとなって離婚に至ったものと認められるが、他方で原告と被告との婚姻関係は婚姻期間を通じて必ずしも円満であったとは言い難いこと、暴力の程度及び未成年の子3名の存在等、本件に現れた一切の事情を総合すると、その支払うべき慰謝料は、100万円と認めるのが相当である。また、その1割に当たる10万円を弁護士費用として損害と認めるのが相当である。 第4 結論 よって、原告の請求は主文1項の限度で理由があるからこれを認め、その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第37部 裁判官 中井彩子 以上:3,708文字
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