令和 5年11月10日(金):初稿 |
○「高度認知症でも婚姻意思を認めた地裁判決紹介」の続きで、その控訴審令和3年4月27日東京高裁判決(判時2563号5頁)関連部分を紹介します。 ○高度認知症になった兄Aの平成29年2月時点でのY2と婚姻について、Aには意思能力がなく、婚姻意思もなかったとして、被控訴人らに対して無効確認を求めましたが、原審令和2年11月20日東京家裁(判時2563号9頁)が控訴人の請求を棄却し、納得できない弟が控訴しました。 ○控訴審東京高裁判決も、Aに、頭部MRI検査での脳委縮やRIでの脳血流低下の進行が認められるとしても、これらの検査によって認知症の程度まで明らかになるものではないし、むしろ、本件婚姻に近接した時期に、Aが介護担当者や医療関係者とやり取りした際の言動をみると、相応の理解力や意思疎通能力の存在がうかがわれ、これらを総合考慮すれば、上記認知機能検査の結果を踏まえても、本件婚姻時のAに婚姻のための意思能力がなかったとは認め難いというべきであるとして、本件控訴を棄却しました。 ○Aは、平成17年頃からX2と男女関係の交際を継続していながら、12年も経た平成29年2月になってY2と婚姻届をし、且つ、同年9月にY2が、Aについて保佐開始申立をして鑑定の結果、より重い後見相当の意見が出されて、平成30年1月には後見開始決定が出された経緯からは、弟としては、Aの婚姻意思に疑問を感じることは不合理とも言えません。 ○しかし、高裁判決も、婚姻意思とは、「社会通念上夫婦とみられる関係を形成しようとする意思」を指すと解されるところ、当該関係の形成は、同居、協力扶助、相続といった婚姻の基本的な効果を当然に伴うものであるから、婚姻のための意思能力があるといえるためには、これらの基本的な効果を理解する程度の能力は必要といえるが、その法的効果の詳細まで理解する能力を要するものではないものと解され、本件婚姻時のAに、婚姻をするための意思能力がなかったとは認められず、婚姻意思がなかったとも認められないとしました。 ********************************************* 主 文 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は、控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 平成29年2月17日東京都□□区長に対する届出によってされたAと被控訴人Y2との婚姻は無効であることを確認する。 (以下において略称を用いるときは、別途定めるほかは、原判決に同じ。) 第2 事案の概要 1 事案の要旨 本件は、Aの弟である控訴人が、平成29年2月17日東京都□□区長に対する届出によってされたAと被控訴人Y2との婚姻(以下「本件婚姻」という。)について、Aには意思能力がなく、婚姻意思もなかったとして、被控訴人らに対し、無効確認を求めた事案である。 原審が控訴人の請求を棄却したところ、控訴人がこれを不服として本件控訴をした。 2 前提事実等 (中略) 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所も、原審と同様、本件婚姻時のAに、婚姻をするための意思能力がなかったとは認められず、婚姻意思がなかったとも認められないから、本件婚姻の無効確認を求める控訴人の請求は棄却されるべきものと判断する。その理由は、以下のとおり補正し、後記2を加えるほかは、原判決「事実及び理由」第3の1ないし3に記載のとおりであるから、これを引用する。 (1)4頁5行目冒頭から同11行目末尾までを以下のとおり改め,同16行目の「子会社」を「親会社」と改める。 「Aと被控訴人Y2は、平成16年12月ころ、被控訴人Y2が保険の営業のためにAの勤務先を訪問したことをきっかけに知り合った。その後、両名は、交際を始めたが、その交際状況を示すエピソードとして、次のような事実がある。 ア 平成17年8月、Aは被控訴人Y2に対し、「2005・8・12 A to Y2」と刻印されたダイヤモンドの指輪を贈った。 イ 平成17年11月、両名は、秋田県へ旅行し、温泉宿に宿泊した。その際、Aは、被控訴人Y2に対し、「一番大切な人Y2さん」と記載したしおりを贈った。 ウ 平成19年6月、Aが両側下顎隆起の整形術を受けるために口腔外科に入院した際、被控訴人Y2がこれに付き添った。 エ 平成26年3月から5月にかけて、AがMセンター病院を受診した際、被控訴人Y2が妻としてこれに付き添った。 オ 同年7月、被控訴人Y2がその勤務先の旅行で沖縄県を訪れた際、Aがこれに同行した。」 (中略) (7)9頁11行目の「提出されたものであり、」の後に「その時のAには、」を加え、同15行目冒頭から17行目末尾までを以下のとおり改める。 「そこで、本件婚姻時のAに婚姻のための意思能力があったか否かにつき検討するに、婚姻意思とは、「社会通念上夫婦とみられる関係を形成しようとする意思」を指すと解されるところ、当該関係の形成は、同居、協力扶助、相続といった婚姻の基本的な効果を当然に伴うものであるから、婚姻のための意思能力があるといえるためには、これらの基本的な効果を理解する程度の能力は必要といえるが、その法的効果の詳細まで理解する能力を要するものではないものと解される。」 (中略) (9)10頁5行目の「経過」を「事実」と、同行目の「各種検査」を「認知機能検査」と、同6行目の「失語症の影響を否定すること」を「失語症状の影響により、検査者とAとの間で十分な意思疎通が図れなかったことによる可能性を否定すること」とそれぞれ改め、同8行目の「Aに」から9行目末尾までを以下のとおり改め、同17行目から18行目の「《証拠略》」を「《証拠略》」と改める。 「Aに、婚姻の基本的な効果を理解する程度の婚姻のための意思能力がなかったものとは認め難いというべきである。そして、このことは、前記1(2)のとおり、Aについては、診療経過の初期の段階から特に失語症状が目立つ旨を複数の医師が指摘していることに加え、医療センターの主治医であるQ医師が、Aの状態について、「スクリーニングテストの得点としては高度認知症に相当するが、失算、失書、失語、空間認知の障害が当初から目立っているケースであり、全般的な判断力として、完全に失われているわけではない」、「耳で聞いた情報や周囲の状況を理解して、物事を判断する能力が失われてはいなかったが、自らの意思を表出するにあたっては、質問の内容を細分化あるいは選択肢を用意し、不安や緊張が低減されるような環境において、十分な時間と励ましが与えられるといった条件が必要であった」との意見を述べていることからも裏付けられる。」 (10)10頁24行目の「夫婦としての関係の創設を意図して」を「夫婦とみられる関係を形成しようとする意思をもって」と改める。 2 控訴人の当審における補充主張に鑑み補足する。 (1)控訴人は、前記第2の3(1)のとおり、原判決の判断は、Aの医療機関における各種検査の結果を十分考慮していない旨主張する。 しかし、Aに、頭部MRI検査での脳委縮やRIでの脳血流低下の進行が認められるとしても、これらの検査によって認知症の程度まで明らかになるものではないから、Aの認知機能や理解・判断能力が低下していたことを直ちに示すものとはいえない。また、認知機能検査の結果が悪化している点については、引用に係る原判決第3の2(補正後のもの)に判示するとおり、失語症状の影響により、検査者とAとの間で十分な意思疎通が図れなかったことによる可能性が否定できないから、これらの検査結果がAの認知症の程度を直ちに示すものとは断じ難い。 むしろ、本件婚姻に近接した時期に、Aが介護担当者や医療関係者とやり取りした際の言動をみると、相応の理解力や意思疎通能力の存在がうかがわれることは、引用に係る原判決第3の2(補正後のもの)に判示するとおりであり、これらを総合考慮すれば、上記認知機能検査の結果を踏まえても、本件婚姻時のAに婚姻のための意思能力がなかったとは認め難いというべきである。 したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。 (2)控訴人は、Aの失語症について十分な検討をすることなく、その影響があったことを理由に、認知機能検査の結果が低得点であるにもかかわらず意思能力の存在を認めた原判決の判断は不当である旨主張する。 しかし、Aの失語症状については、診療経過の初期の段階からその症状が目立つ旨が複数の医師により指摘されており、さらに、Mセンターの主治医であるQ医師が、Aの状態について述べている意見(引用に係る原判決第3の2(補正後のもの))も踏まえれば、Aの認知機能検査の結果について失語症状の影響があったものと考えることには十分合理性があるというべきであって、原判決の判断が不当であるなどとはいえない。 したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。 (3)控訴人は、前記第2の3(3)のとおり、Aと被控訴人Y2の関係は単なる知人や友人にすぎなかったから、Aには本件婚姻をする意思はなかった旨主張する。 しかし、Aと被控訴人Y2には、引用に係る原判決第3の1(1)(補正後のもの)のとおり、十数年来の親密な交際状況を示す数々のエピソードが認められるほか、特に、Aが本件施設に入所した平成28年11月22日以降には、Aは、ほぼ毎週末、被控訴人Y2宅への外泊を続け、J病院の受診時には、臨床心理士に対し、被控訴人Y2と一緒に過ごす時間を増やしたいとの心情を述べるなどしているのであり、これらを考慮すれば、Aと被控訴人Y2の関係が、単なる知人や友人等ではなく、親密な男女の関係にあることは、優に認められるものといえる。 したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。 (4)控訴人は、前記第2の3(4)のとおりの事情から、Aが被控訴人Y2と本件婚姻をすることは考えにくい旨主張する。 しかし、上記(3)のとおり、Aと被控訴人Y2は親密な男女の関係にあること、Aは、本件施設への入所前から、入所に消極的な姿勢を示し、入所後は、ほぼ毎週末、被控訴人Y2宅への外泊を続けていること、臨床心理士に対し、控訴人夫婦から外泊を止められていることへの不満を述べたり、被控訴人Y2と一緒に過ごす時間を増やしたいとの心情を述べたりしていることからすると、Aが、本件施設を出て被控訴人Y2と共に生活をするために本件婚姻に至ることは、自然な経過ということができる。 他方、仮に、Aに、○○家の財産を守るため、被控訴人Y2による相続を避けたいという意思があったとしても、そのような事態は将来の不確定な事柄にすぎないから、被控訴人Y2との生活を始めたいとの思いが強いAに対し、婚姻を思い止まらせるまでの理由となり得るかは定かではなく、このことをもって、Aには本件婚姻の意思がなかったなどと断定することはできない。 また、控訴人は、Aに本件婚姻をする意思がなかったことの根拠として、証人Iの供述に基づき、平成29年2月24日、AがIから本件婚姻の届出がされている事実を告げられた際、驚き、動揺し、涙を流して「それはまずいよ。」と述べた事実があると主張する。 しかし、Iは、控訴人が経営する会社の従業員であって、中立的な証人とはいい難い上に、その供述を裏付ける客観的な証拠があるものでもない。加えて、その供述に従うと、Aは、本件婚姻の届出から間もない平成29年2月24日の時点で、本件婚姻の届出がされている事実自体を認識していなかったことになるが、そのようなことは、Aが、本件婚姻の届出に際し、証人から署名、押印をもらう場や区役所への届出に現に同行している事実のほか、本件婚姻の前後に撮影された本件ビデオ映像の中で、「もうすぐ結婚して、本当の夫婦になりますけど、心の準備はできていますか。」との問いに、「はい。」と答えたり、「結婚して10日ぐらい経ちましたけど、結婚して良かった。」との問いに、「良かったです。」と答えたりしていることと明らかに矛盾している。これらの事情を考慮すると、証人Iの上記供述はにわかに信用し難いものというほかない。 したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。 第4 結論 よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 鹿子木康 裁判官 大西勝滋) 裁判官甲良充一郎は、転補のため署名押印することができない。 (裁判長裁判官 鹿子木康) 以上:5,143文字
|