令和 5年 9月23日(土):初稿 |
○「子の意思に反する引渡申立に間接強制金支払を認めた家裁決定紹介」の続きで、その抗告審令和3年10月8日大阪高裁決定(LEX/DB)全文を紹介します。 ○抗告相手方と抗告人の離婚に伴い、長男A及び二男Bの監護者を抗告相手方と定め、抗告人に本件子及び二男を抗告相手方へ引き渡すよう命じる旨の審判がされたことから、抗告相手方が、本件審判に基づき、子の引渡しの間接強制決定を申し立て、原審が本件申立てを認容し、間接強制金は遅滞1日につき2万円とし、任意履行のための猶予期間は7日とするのが相当であるとされました。 ○これに対し、抗告人が即時抗告を申し立てたところ、大阪高裁決定は、本件審判を債務名義とする間接強制決定により、抗告人に対して金銭の支払を命じることで心理的に圧迫を加えて長男の引渡しを強制することは、過酷な執行として許されないと解するのが相当であるから、このような決定を求める本件申立ては、権利の濫用に当たるものであって認められず、長男の引渡しを実現するために合理的に必要と考えられる抗告人だけがすべき行為を具体的に想定することは、極めて困難であり、本件申立ては、過酷執行を求めるもので権利の濫用に当たるとして、原決定を取り消し、相手方の本件間接強制の申立てを却下しました。 ○この大阪高裁決定は、「子の意思に反する引渡申立に間接強制金支払を認めた最高裁決定紹介」の通り、最高裁で覆されています。 ********************************************* 主 文 1 原決定を取り消す。 2 相手方の本件間接強制の申立てを却下する。 3 手続費用は、原審及び当審を通じ、相手方の負担とする。 理 由 第1 事案の概要 1 事案の要旨 抗告人と相手方との間では、抗告人が監護する両者間の長男(平成25年〈略〉生)及び二男(平成27年〈略〉生)の監護者をいずれも相手方と定め、抗告人に長男及び二男をいずれも相手方に引き渡すよう命じる内容の審判が確定している(以下、この審判を「本件審判」という。)。 本件審判後、二男は、相手方に任意に引き渡された。 相手方は、抗告人に対し、本件審判に基づき長男を抗告人に引き渡すよう求めるとともに、その不履行1日当たり5万円の支払を求めて間接強制を申し立てた(以下、この申立てを「本件申立て」という。)。 原審は、抗告人に対し、本件審判に基づき相手方に長男を引き渡すよう命じるとともに、その決定が抗告人に送達された日から7日以内に上記引渡義務を履行しないときは、上記期限経過の日の翌日から履行済みまで1日につき2万円を支払うよう命じる決定をした(原決定)。 本件は、抗告人が原決定を不服として即時抗告を申し立てた事案である。 2 抗告の趣旨及び理由の要旨 間接強制の申立てが認められるためには、債務者に債務不履行があること、債務者の意思により当該債務の履行が可能であることが必要であるが、本件申立ては、これらの要件をいずれも満たさない。すなわち、抗告人は、本件審判の確定後、長男が相手方のもとでの生活に不安を抱かないように長男に話をした上、任意の引渡しの機会を1度設けたほか、これが不奏功に終わった後も任意の引渡しに向けた準備として長男と相手方との面会交流の場を2度設けるなどし、さらに、相手方に対しその希望する長男の具体的な引渡方法を提案するよう求めている。 これらによれば、長男の引渡債務につき抗告人に債務不履行があるとはいえない。また、長男は、任意の引渡しが試みられた場面で長男を抱きかかえようとする相手方を押しのけたりその手を振り払ったりして相手方に引き取られることを強く拒否したことからすると、相手方に引き取られることを拒絶する強固な意志を有していると認められるところ、長男が8歳5か月になり自身の置かれている状況等を判断することが可能であることからすると、こうした長男の意思は尊重されるべきである。 そうすると、抗告人の長男の引渡債務は、抗告人の意思のみにより履行可能であるとはいえない。以上のとおり、長男の引渡しについては、抗告人に債務不履行はない上、抗告人の意思のみで履行が可能であるともいえないのであるから、本件申立ては、間接強制が認められるための要件を満たしていない。 また、上記のとおり抗告人が長男の引渡しに向けた行動をとっている上、相手方も任意の引渡しが試みられた場面で長男が相手方に引き取られることを強く拒絶した状況を実際に見聞きしていること、長男がこのように相手方に引き取られることを拒否し、その後も相手方との面会交流も拒否するなど、相手方を拒絶する意思を明確に示していること、加えて、抗告人が長男の引渡しの具体的方法を提案するよう求めたにもかかわらず、相手方がこれに何ら応じないことといった事情によれば、間接強制によって本件審判による長男の引渡債務の履行を強制することは、過酷な執行として許されず、本件申立ても権利の濫用に当たるものとして却下されるべきである。 よって、本件申立てに基づき抗告人に対し長男の引渡債務につき間接強制を命じた原決定は不当であるから、これを取り消し、本件申立てを却下する内容の裁判を求める。 第2 当裁判所の判断 1 当裁判所は、本件申立ては却下するのが相当であると判断する。 その理由は、以下のとおりである。 2 認定事実 一件記録により認定することができる事実は、次のとおり補正するほか、原決定の理由欄の第2の1から3まで(原決定1頁25行目から3頁6行目まで)のとおりであるから、これを引用する。 (1)原決定2頁15行目の末尾に改行の上、次のとおり加える。 「同日の状況は次のようなものであった。 本件子は、荷物を背負ったまま抗告人宅の玄関付近に相手方に背を向けて座り込み、相手方や抗告人から約2時間にわたって相手方と一緒に行くように説得されたにもかかわらず、相手方のもとに行くと抗告人とは会えなくなってしまうと述べ、抗告人がこれを否定する発言をしても受け入れずに、相手方が抱きかかえようとしても相手方を押しのけたり振り払ったりし、抗告人に対しても同様の対応をするなどして、相手方に引き取られることを泣きながら拒み、最終的には、体調不良を訴えて抗告人の自宅内に引きこもった。」 (2)同3頁3行目の末尾に改行の上、次のとおり加える。 「同日の状況は次のようなものであった。 本件子は、待ち合わせ場所に相手方がいることがわかり、二男だけと遊ぶのならいいが、相手方のことは全部嫌だ、ずっと怒っているから嫌だ、以前は相手方に気を遣って遊んでいただけだなどと述べて、相手方に抱かれることや相手方のほうを見ることまでも拒否するようになり、泣きながら抗告人宅への帰宅を繰り返し強く求めた。相手方も同日に本件子を引き取ることはできないと考えるに至ったことから、本件子は、抗告人と共に、抗告人宅に帰宅した。」 (3)同3頁5行目から6行目にかけての「申立ての趣旨のとおりの間接強制決定を申し立てた」を「上記第1の1に記載した内容の間接強制の申立てを和歌山家庭裁判所にした」と改める。 (4)同3頁6行目の末尾に改行の上、次のとおり加える。 「原審は、同年7月13日、上記第1の1に記載した内容の間接強制決定をした(原決定)。」 3 判断 (1)本件申立ては、家庭裁判所がした子の引渡しを命じる審判(本件審判)を債務名義とする間接強制の申立てである。 子の引渡しを命じる審判は、家庭裁判所が、子の監護に関する処分として、一方の親の監護下にある子を他方の親の監護下に置くことが子の利益にかなうと判断し、当該子を当該他方の親の監護下に移すよう命じるものであり、これにより子の引渡しを命ぜられた親は、子の年齢及び発達の程度その他の事情を踏まえ、子の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ、合理的に必要と考えられる行為を行って、子の引渡しを実現しなければならないものである。このことは、子が引き渡されることを望まない場合であっても異ならない。 したがって、子の引渡しを命じる審判がされた場合、当該子が債権者に引き渡されることを拒絶する意思を表明していることは、直ちに当該審判を債務名義とする間接強制決定をすることを妨げる理由となるものではない(最高裁平成31年4月26日第三小法廷決定・集民261号247頁)。 (2)しかし、本件においては、上記2において原決定を補正の上引用して認定したとおり、本件審判確定後の令和3年4月5日の任意の引渡しの際に、二男は相手方に引き渡されたにもかかわらず、本件子(当時8歳1か月)は、言葉だけでなく相手方に抱きかかえられることに抵抗するなどもして、相手方に引き取られることを明確に拒絶する意思を表示したことが認められるし、同年5月30日にも、抗告人から相手方が同席することを告げられていなかったとの事情はあるものの、同様に相手方に引き取られることを明確に拒絶する意思を表示している。 これらの事情からすると、本件子は、相手方に引き取られることを拒絶する明確な意思を有していると認められるところ、上記のような本件子の言動がその年齢に相応した判断能力に基づく一連の態度であることからすると、これが現在における本件子の真意であると認めることができる。そして、本件審判確定後のこのような本件子の言動は、相手方においても認識しているところである。 (3)上記(2)でみたところによれば、現時点において、本件子の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ本件子の引渡しを実現するために合理的に必要と考えられる抗告人の行為を具体的に想定することは困難というべきである。本件審判では考慮することができなかった本件審判確定後に明らかとなったこのような事情の下において、本件審判を債務名義とする間接強制決定により、抗告人に対して金銭の支払を命じることで心理的に圧迫を加えて本件子の引渡しを強制することは、過酷な執行として許されないと解するのが相当である。そうすると、このような決定を求める本件申立ては,権利の濫用に当たるものであって認められない(上記最高裁決定参照)。 (4)相手方は、以前には本件子と相手方との面会交流が円滑に行われてきたなど両者の関係が良好であったのであり、このことは本件審判においても考慮されていることからすると、本件子が相手方に引き取られることを拒絶するようになったのは、抗告人の影響によるものであり、抗告人に問題があって本件子を引き渡そうとしない場合であるから、本件申立てが権利の濫用に当たるといえるべき事情はないし、間接強制が本件子の心情に配慮した方法として相当であると主張する。 しかし、以前に本件子が相手方と良好な関係にあったことだけから、現在において本件子が相手方に引き取られることを拒絶していることが抗告人の影響によるものであると判断することはできない。抗告人が上記の任意の引渡しの際に見せた対応や、その後も本件子を相手方に引き渡すための方法を検討し相手方にも協力を求めるなどしていることからすると、抗告人が本件子に相手方による引き取りを拒否するようことさらに働きかけているとは認められない。相手方に引き取られれば抗告人と会えなくなるなどの本件子の発言も、本件子の年齢からすると、本件子が認識しているその置かれた状況を前提にして自らの考えとして発言した可能性は十分にあるといえ、抗告人の発言をまねたものとは即断できない。これらの事情のほか、上記(3)で説示したところによれば、相手方の上記主張は、採用できない。 なお、相手方は、本件においては、上記最高裁決定の事案と異なり、本件子につき引渡しの直接強制がされたり人身保護手続がとられたりしたにもかかわらず引渡しを受けることができなかったといった事情はないとも指摘するが、上記(2)で認定した本件子の言動や対応からすると、本件子が相手方に引き取られることを拒絶する明確な意思を有していることは明らかであって、抗告人において本件子の心身に有害な影響を及ぼすことがないように配慮しつつ本件子の引渡しを実現するために合理的に必要と考えられる行為を想定することが困難と認められることは、上記最高裁決定の事案と何ら異なるところはないから、相手方の上記指摘は当たらない。 本件子が相手方に引き取られることを拒絶する明確な意思を有していることからすると、本件子の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ本件子の引渡しを実現するには、抗告人と相手方が本件子の利益を最も優先して協調する必要があるというべきである。そうすると、本件子の引渡しを実現するために合理的に必要と考えられる抗告人だけがすべき行為を具体的に想定することは極めて困難である。 (5)以上のとおりであって、本件申立ては、過酷執行を求めるもので権利の濫用に当たるから、却下を免れない。 4 よって、上記と異なる原決定は失当であるから、これを取消し、本件申立てを却下することとして、主文のとおり決定する。 裁判長裁判官 永井裕之 裁判官 井川真志 空閑直樹 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