令和 5年 7月14日(金):初稿 |
○「非親権者母の子連れ別居肯定助言弁護士に損害賠償を認めた地裁判決紹介」の続きで、令和4年3月25日東京地裁判決(判時2554号81頁)の子連れ別居した非親権者母の責任部分について紹介します。 ○事案を再論すると、離婚後に元配偶者父及び子らと同居していた者(母)が、親権を有しないにもかかわらず親権者である元配偶者父に無断で子らを連れて別居したことが、元配偶者父に対する不法行為を構成するとして、元配偶者父が、母とその別居について肯定のアドバイスをした弁護士2名に対し、慰謝料1000万円・弁護士費用100万円合計1100万円の損害賠償請求をしました。 ○判決は、非親権者母が、親権者父に無断で、子らを連れて別居したことは、親権者父に対する不法行為を構成するとして、子連れ別居について肯定する助言をした弁護士と連帯して慰謝料等110万円の支払が命じられました。 ******************************************* 主 文 (中略) 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(被告P4による本件別居が原告に対する不法行為となるか)について (1)認定事実 前記前提事実に後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。 ア 原告と被告P4は、婚姻中、子らと埼玉県入間市の自宅に同居していたが、原告は、平成26年12月下旬から平成27年1月6日までの間、子らを連れ、東京都世田谷区の親族宅に身を寄せていた(甲13)。 イ 原告と被告P4は、平成27年1月3日及び同月4日に離婚に向けた協議(以下、2回の協議をまとめて「本件協議」という。)を行い、同月4日の協議において子らの親権者をいずれも原告と定めて協議離婚することを合意した。同月3日の協議には、原告、被告P4、原告の父及び兄、被告P5、子が通っている公文塾の先生であるP9氏、P8及びP6が参加しており、同月4日の協議には、同月3日の協議の参加者のうち被告P5以外の者が参加していた。(乙34、35、原告本人、被告P4本人) ウ 平成27年1月7日の本件離婚後、同年5月に本件同居に至るまでの間、原告は、埼玉県入間市の自宅において子らを単独監護していた(前提事実(4)、(5)、甲13)。 エ 原告、被告P4及び子らは、本件同居開始後1か月程度は、埼玉県入間市の自宅において生活していたが、平成27年6月、名古屋市に転居し、本件別居に至るまで同市での生活を続けていた。この間、子らの監護に当たっては、被告P4が家事を主に分担していたものの、原告も勤務先の配慮により定時帰宅が可能な状況となっており、休日は原告が食事の支度等をすることも多く、被告P4が同年8月31日に名古屋市で働き始めて以降は、P7の登園準備は原告と被告P4が半々ぐらいで行い、被告P4が先に出勤し、その後原告が子らを連れて家を出てP7を保育園に送る、学校や保育園の行事、保護者面談等は主に原告が行うなど、双方がそれぞれ相応の役割を担い、協力しながら子らを監護しており、専ら被告P4が監護を担っていたという状況にはなかった。(前提事実(5)、甲13) オ 本件別居に際し、被告P4は、子らに対し、原告と別居することを秘し、P8に会いに被告P4の実家(被告P5宅)に行くとのみ告げて子らを連れ出した(甲13、乙6)。 カ 被告P4は、本件別居後、子らと、被告P4の実家(被告P5宅)で生活を始めた(前提事実(6)、甲13、14、被告P4本人)。 キ 親権者指定等事件における家庭裁判所調査官の調査において、子らは、原告に対し否定的感情を示すことはなく、前記ウの父子3人での生活についても特段の不満を述べていない(前提事実(9)、(10)、甲13)。 ク 親権者指定等事件における家庭裁判所調査官は、調査報告書において、子らは、原告との生活と比較して積極的に被告P4との生活を希望しているわけではなく、従前のとおり、父母双方との同居を強く願っていること、調査結果からは、原告に子らの監護を委ねられなかった事情や、原告に断りなく子らを連れ出さざるを得なかった事情があったとは認め難い旨の意見を述べている(甲13)。 ケ 第1人身保護事件における子ら(いずれも被拘束者の地位にあった。)の代理人弁護士は、子らと原告との平成29年7月2日及び同月16日の面会交流に立ち会い、子らが原告と面会した際に甘える様子を見せるなど自然な様子で接していた旨の報告をしている(前提事実(12)、乙6)。 コ 第1人身保護事件における第1回審問において、P6は、原告の親権の取り方がずるいと思った、被告P4の悪い情報ばかり流し、一方的に被告P4を悪者みたいにしたなどと述べる一方で、P6が東京にいたいという理由は、原告や被告P4が嫌いということではなく、友達や兄(P8)たちがいるのでこの環境が良いからである旨を述べた(乙7)。 サ 被告P4が、原告を相手方と、子らをそれぞれ未成年者として申し立てた子の監護者指定調停事件(東京家裁平成29年(家イ)第3859、3861号。以下「本件監護者指定調停事件」という。)における家庭裁判所調査官は、調査報告書において、P6は、現状維持を望む発言をしているものの、その理由として説明しているのはあくまでも生活環境面だけで、原告自体を拒否しているわけではなく、むしろ原告にも親和しているものと考えられる、P7は、原告と被告P4との良好な関係を維持し続けることを望んでいるものと考えられる旨の意見を述べている(甲14)。 (2)子らの親権者をいずれも原告と定めた本件離婚の有効性について ア 被告P4は、親権者指定等事件における審問において、本件協議において、浮気をしていないといくら言っても誰も信じてくれず、その場にいた全員から責め立てられ、何を言っても否定されて、謝るのが精一杯の状況であり、原告の言うことを聞くしかなかった、平成27年1月4日の協議では、原告の父等から、3か月間辛抱しろ、反省しろと言われた上、やり直す気があったら3か月後にこの場のみんなに謝って、許してもらえたらやり直したらよいと言われたので、3か月辛抱しようと思い、子らの親権者を原告として離婚することとなった旨を述べ(乙34)、本人尋問においては、おおむね同趣旨の内容に加え、本件協議において被告P4はずっと泣いて土下座しても許してもらえず追い詰められていた、本件協議において、被告P4の記載欄以外は証人欄も含めて全て記載済みの離婚届を渡されただけであり、離婚届を提出することに応じたのは、離婚に応じないとP6を転校させると原告が言い出したため、P6を転校させないようにもうそうするしかないと思ったからである旨を述べる。 他方で、被告P4は、本人尋問において、原告の父から、とりあえず1回離婚し、反省と辛抱をして、3か月後にもう1回やり直せばよいと繰り返し言われたため、その言葉を信じて納得して離婚届に署名した旨も述べている。同供述に加えて、前記(1)に認定のとおり、本件協議には被告P5、P8(前記前提事実のとおり当時18歳)といった被告P4寄りの人物や、P9氏といった第三者も参加していたこと、本件離婚が、本件協議直後ではなく、それから数日の日をまたいでされており、被告P4において再考する機会があったといえることからすると、被告P4の上記の親権者指定等事件の審問及び本人尋問における各供述内容を踏まえても、被告P4は、責め立てられて本心では不満があったとしても、最終的には自己の意思に基づき子らの親権者をいずれも原告と指定した上で本件離婚に応じたものと認められ、その他、本件全証拠によっても被告P4が脅迫されて本件離婚に応じたなどの、本件離婚が被告P4の意思に基づかないものであって無効であると評価するに足る事実は認められない。 以上からすると、子らの親権者をいずれも原告と定めた本件離婚は有効であるということができ、本件別居時において、子らは、原告の単独親権下にあったものといえる。 イ これに対し、被告らは、本件離婚は、届出後3か月程度での復縁を予定しており、実質的には一時的な別居にすぎず、本件離婚に当たって子らの親権者をいずれも原告と定めて離婚という形を採ったのは、形式的な方便にすぎないから、原告と被告P4との間には、3か月程度で復縁するまでの間の親権者の定めについての協議しか存在せず、本件離婚後3か月程度経過後においては、親権者指定協議は不存在又は無効であるため、子らは原告と被告P4の共同親権、監護権下にあった旨主張する。 しかしながら、離婚及びこれに伴う親権者指定においては条件や期限を付すことは許されていないため、仮に、被告らが上記のとおり主張する事情が存在したとしても無効な条件又は期限と解するほかなく、子らは、本件離婚により、再婚、親権者の変更又は子らの成人等の親権を変動させる事実が生じるまで、原告の単独親権下に置かれ続けるものと解するのが相当である。 また、被告P4は、本人尋問において、原告の父から「1回離婚をしなさい」、「やり直したい気持ちがあるんだったら、もう1回3か月後にやり直せばよい」と言われた旨や、本件協議において、もしも3か月後に戻らない場合に親権等をどうするかという話は全くなかった旨を述べ、親権者指定等事件における審問においても、3か月辛抱した上で、当事者双方にやり直す気があり、みんなに許してもらったらもう一度やり直すことを前提として離婚に応じた、4月になって謝っても許してもらえなかった場合はひたすら謝るしかないと考えていた、などと述べている。 上記の被告P4の供述内容を前提とすると、やり直したい気持ちがない場合など、3か月後に復縁しない可能性も想定されていたものといえる上、本件協議において、離婚後3か月が経過した時点で関係修復に向けた再協議が具体的に予定されていたわけではなく修復不可能となった場合の事後処理についても具体的に話合いはされていなかったものであるから、離婚から3か月が経過した時点で当然に復縁することが予定されていたとは認め難い。本件協議で3か月後の復縁が話題となっていたのは、離婚後の状況に応じて、3か月後の復縁の可能性が残されていたにすぎないと認めるのが相当である。 したがって、本件離婚及びこれに伴う親権者指定が条件又は期限を付されたものであると認めることはできず、本件離婚後3か月程度経過後に親権者指定協議は不存在又は無効となったとはいえないから、被告らの上記主張は理由がない。 (3)本件別居の違法性について ア P7は、本件別居時に5歳であり(前提事実(1)、(6))、意思能力がなかったことは明らかである。また、P6は、本件別居時に約11歳6か月であり(前提事実(1)、(6))、意思能力が認められる可能性が高いものの、被告P4は、本件別居時にP6に虚偽を告げて連れ出していること(前記(1)オ)からすると、P6はその自由意思に基づいて被告P4に同行したものとはいえない。 親権者は、その親権の一部として子らとその意に反して不法に引き離されることがないという利益を有し、同利益は法律上保護されると解されるところ、上記に述べたところからすると、被告P4が本件別居時に子らを連れ出した行為は、子らと不法に引き離されることのないという原告の法律上保護される利益を侵害するものであったというべきであり、原告が単独で子らを監護することが明らかに子らの幸福に反するというべき事情が存しない限り、不法行為法上違法となると解すべきである。 イ そこで、原告による子らの単独監護状況についてみるに、親権者指定等事件における家庭裁判所調査官は、調査報告書において、本件離婚後、本件同居に至るまでの原告による子らの単独監護の状況につき、断定的なことはいえないものの、調査した範囲では子らの生活に支障を来していたことをうかがわせる事実は認められなかった旨の意見を述べている(甲13)。 他方で、被告P4は、本人尋問において、原告の上記単独監護状況について認識していた問題として、原告が保育園に迎えに行くのが遅れることが何度かあるとか、P6が発熱したときに原告がP6を置いて仕事に行ったことがあることを述べるのみであり、被告P2も、本人尋問において、同様のことを述べることに加え、子らだけで家で過ごす中で、P6が洗濯物を片づけたり、食器を洗ったりしており、宿題とか遊ぶ時間が十分作れず負担となっている旨を述べるのみである。当時、原告がいわゆる一人親状態であったこと、P6が当時10歳であること(前記前提事実(1)、(4))などを考慮すると、被告P4及び被告P2本人が述べる上記状況は、原告としては子の監護に常識的に可能な範囲での努力を尽くした結果のものといえ、監護状況に大きな問題があるということはできない。 以上に加え、前記(1)キないしサに認定のとおり、子らは、原告に親和的な態度を一貫して示しており、原告の上記単独監護状況について特段の不満を述べていないことからすると、原告の上記単独監護状況には、その親権者としての適格性を疑うべき問題があったものとは認められない。本件同居時においても、前記(1)に認定のとおり、原告と被告P4は、双方がそれぞれ相応の役割を担い、協力しながら子らを監護しており、専ら被告P4が監護を担っていたという状況にはなかったことなどをも併せ考慮すると、原告が子らを単独で監護することが明らかに子らの幸福に反するというべき事情を認めることはできない。 なお、被告P4及び被告P2は,それぞれ本人尋問において、原告が、子らに対し、母である被告P4に甘えたりスキンシップを求めたりすることを許さず、厳しく叱っていた旨を述べるが、上記のとおり、子らが原告に親和的な態度を一貫して示していたことからすると、原告が上記のとおり子らを厳しく叱る事実があったとしても、原告と子らとの関係に問題が生じるような程度のものとは認められず、原告が子らを単独で監護することが明らかに子らの幸福に反するというべき事情に当たるものとはいえない。 したがって、被告P4が子らを連れて本件別居に及んだことは、原告の子らに対する親権を違法に侵害するものであったというべきである。 ウ 被告らは、被告P4が子らを置いて単独で別居することは、かえって育児放棄という子らへの虐待となるなどと、本件別居に当たって子らを連れていったことは、子らへの虐待防止のために必要性、緊急性がある行為であった旨を主張するが、前記イで検討したとおり、原告による子らの単独監護状況に親権者としての適格性を疑うべき問題があったものとは認められないのであるから、被告P4が本件別居に当たって子らを連れていかなかったとしても、育児放棄になるとも、その他直ちに子の福祉に大きな問題が生じるとも解されず、子らを連れて本件別居に及ぶことに必要性、緊急性があったとは認められない。したがって、被告らの上記主張は理由がない。 (4)故意、過失について 不法行為法上においては、違法性の意識も故意の要素となると解すべきであり、違法性の意識を欠く行為によって損害が生じた場合には過失が問題となると解すべきところ(大審院明治41年(オ)第92号同年7月8日第二民事部判決・民事判決録14輯847頁参照)、被告P4は、本件別居に当たって弁護士である被告P2らから本件助言等の法的助言を受けており、違法性の意識があったと解するには疑問が残る。 被告P4は、本件協議の参加者であることからすると、前記(2)のとおり本件離婚がその意思に基づいてされたものであることを認識していたといわざるを得ないから、被告P4において、本件別居時、子らが原告と被告P4の共同親権、監護権下にあると判断したことに相当な理由があったとは認め難い。 また、非親権者が親権者のもとから未成年である子を連れ出す行為は、人身保護法上原則として違法となることは判例上確立している(最高裁昭和42年(オ)第1455号同43年7月4日第一小法廷判決・民集22巻7号1441頁、最高裁昭和47年(オ)第460号同年7月25日第三小法廷判決・裁判集民事106号617頁、最高裁昭和61年(オ)第644号同年7月18日第二小法廷判決・民集40巻5号991頁参照)ことからすると、上記行為が対親権者との関係でも違法となり得ることは容易に想定できるのであって、被告P4は、前記(3)イに認定のとおり、原告による子らの監護状況に特段の問題がなかったことも認識していたというべきであることからすると、被告P4において、子らを原告のもとに残して別居することが明らかに子らの幸福に反すると判断したことに相当な理由があったとも認め難い。 そうすると、弁護士の助言を受けていたことを勘案してもなお、被告P4が子らを連れて本件別居に及ぶことに違法性がないと判断したことには過失があるというべきである。 したがって、被告P4が子らを連れて本件別居に及んだことは原告に対する不法行為となる。 (後略) 以上:7,031文字
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