令和 5年 3月28日(火):初稿 |
○当事者双方とも年金収入がある婚姻費用分担請求事件において、いわゆる標準的算定方式の適用にあたって、年金収入を給与収入に換算する場合には、職業費がかかっていないことから修正計算をした一方で、事業収入に換算する場合には、事業収入は既に職業費に相当する費用を控除済みであるとして、修正計算は必要ないとした令和4年3月17日東京高裁決定(判時2540号5頁)を紹介します。 ○事案概要 ・X(妻,抗告人)・Y(夫、相手方)いずれも60代で婚姻、監護すべき子がないまま別居 ・XがYに対し月額8万円の婚姻費用分担調停、不成立で審判へ移行 ・原審千葉家裁審判は、 令和2年6月から令和3年11月までの未払婚姻費用として131万5500円を直ちに、同年12月以降月額3万8500円の支払命ずる ・Xが不服として抗告 ・Y収入は、令和3年8月までは年金収入144万円と石材業収入令和2年売上382万円・所得金額32万円 ・Y収入は、令和3年9月以降は年金収入144万円のみ ・X収入は年金収入39万円を給与収入換算で46万円と評価 ○抗告審の判断は、抗告人Xの年金収入年額39万円は、職業費の支出を考慮する必要がないため、職業費15%を採用して給与収入に換算し、年額46万円と評価しているところ、Yび事業収入と年金収入の合算評価額検討にあたっては、事業収入は、既に職業費に相当する費用を控除済みのものであるから、年金収入を事業収入に換算するに当たっては、給与収入に換算する場合のような修正計算は必要ないとするのがポイントのようですが、いまいち、よく理解できないところです。 ********************************************** 主 文 1 原審判を次のとおり変更する。 相手方は、抗告人に対し、婚姻費用の分担金として、113万1000円及び令和4年3月1日から当事者の離婚又は別居解消に至るまで、毎月末日限り月額3万8500円を支払え。 2 手続費用は、第1、2審を通じ、各自の負担とする。 理 由 第1 事案の概要 1 本件は、妻である抗告人(原審申立人)、別居中の夫である相手方(原審相手方)に対し、相当額の婚姻費用を支払うよう求めた事案である(当事者間に、監護を要する子はいない。)。 2 原審判は、相手方に対し、令和2年6月から令和3年11月までの未払婚姻費用として131万5500円を直ちに、同年12月から当事者の離婚又は別居解消に至るまで婚姻費用として毎月末日限り月額3万8500円を抗告人へ支払うよう命じた。抗告人は、原審判を不服として即時抗告をした。 抗告の趣旨及び理由は、別紙抗告状《略》(写し)に記載のとおりであり、相手方の主張は、別紙「附帯抗告状」と題する書面《略》(写し)記載のとおりである。 第2 当裁判所の判断 1 当裁判所は、相手方に対し、令和4年2月までの婚姻費用合計113万1000円を直ちに、同年3月から当事者が離婚又は別居解消に至るまで、婚姻費用として毎月末日限り月額3万8500円を抗告人へ支払うよう命ずるのが相当であると判断する。その理由は、次のとおりである。 2 認定事実 一件記録によれば、以下の事実が認められる。 (1)抗告人(昭和21年×月×日生)と相手方(昭和24年×月×日生)とは、平成25年6月5日、婚姻したが、令和2年6月2日頃、別居した。 (2)抗告人は、前夫との間の長女であるCに依頼して、令和2年6月18日頃、相手方に対し、生活費として月額最低10万円を抗告人名義の預金口座に振り込むよう請求する書簡を送付した。なお、同書簡には、「本来、これは母(抗告人)が自分で書く手紙だと思いますが、母に頼まれましたので、母の意向に沿い私(C)が書きました。」と記載されている。 (3)抗告人は、令和3年3月27日、千葉家庭裁判所に対し、相手方に対し婚姻費用の支払を求める調停(同裁判所令和3年(家イ)第353号)を申し立てた。 (4)上記(3)の調停事件は、令和3年8月18日不成立により終局し、本件の審判手続に移行した。 (5)抗告人は、別居当時から無職であり、老齢基礎年金が唯一の収入である。その額は、令和2年10月支払分から令和3年4月支払分まで(8か月分)の合計が26万1440円であり、これを年額に換算すると39万2160円(261,440÷8×12=392,160)となる。 (6)相手方は、年額144万4315円の公的年金を受給しているほか、石材業を自営して事業収入を得ていたが、令和3年8月19日、石材業を廃業した。 3 相手方が負担する婚姻費用の額について 相手方が負担する婚姻費用についての当裁判所の判断は、次のとおり原審判を補正し、抗告理由に鑑みて後記4のとおり補足的判断を加えるほかは、原審判「理由」第2の1及び2に記載のとおりであるから、これを引用する。 (1)同3頁4行目の「法曹会」を「(司法研究報告書第70輯第2号。以下「本件報告書」という。)」に改める。 (2)同3頁5行目から同5頁3行目までを以下のとおり改める。 「(2)そこで、権利者である抗告人と義務者である相手方の収入について検討するに、前記認定事実によれば、抗告人の年金収入は年額39万2160円に相当するところ、年金収入については給与収入と異なり職業費の支出を考慮する必要がないため、近時の統計資料に基づく総収入に占める職業費の割合(おおむね18~13%であり、高額所得者の方が割合が小さい。本件報告書参照)のうち15%を採用して給与収入に換算すると、おおむね年額46万円(392,160÷(1-0.15)=461,364)となる。 (3)他方、前記認定事実によれば、相手方は、令和3年8月までは石材業による事業収入と、年額144万4315円の年金収入とを得ていたことが認められ、一件記録中の令和2年確定申告書によれば、相手方の同年中の売上は382万6925円、差し引くべき売上原価及び経費の合計は285万7804円(うち減価償却費は63万2913円)、差引後の残額は96万9121円であり、同額から青色申告特別控除額65万円を控除した「所得金額」は31万9121円であり、同額から社会保険料控除12万0400円のほか、生命保険料控除、配偶者控除、基礎控除を控除して算出される「課税される所得金額」は0円であったことが認められる。 そうすると、相手方の事業収入については、上記所得金額31万9121円に、現実に支出されていない青色申告特別控除額65万円及び減価償却費63万2913円(同申告書上、償却資産の取得のための借入金の返済金等、特別経費として考慮すべきものが存在することはうかがわれない。)を加算した160万2034円から、社会保険料12万0400円を控除した額148万1634円と認めるのが相当である。また、上記のように算定した事業収入は、既に職業費に相当する費用を控除済みのものであるから、年金収入を事業収入に換算するに当たっても、上記(2)のような修正計算は必要ない。したがって、相手方の令和3年8月までの収入は、事業収入に換算すると、上記事業収入と年金収入を合算したおおむね年額292万円(1,444,315+1,481,634=2,925,949)に相当するものと認められる。 次に、相手方は、令和3年9月以降、年額にして144万4315円の年金収入のみを得ているところ、これを上記(2)と同様の方法で給与収入に換算すると、おおむね年額169万円となる(1,444,315÷(1-0.15)=1,699,194)。 (4)以上を前提に、双方の収入額を本件報告書別紙の表10(婚姻費用・夫婦のみの表)に当てはめると、令和3年8月までの双方の収入によれば、相当な婚姻費用は4~6万円となる。前記認定事実によれば、抗告人の娘は、抗告人の依頼を受け、令和2年6月18日頃、抗告人の意思であることを明記した上で、相手方に対し、抗告人に婚姻費用を支払うよう求める書簡を送付し、もって、抗告人から相手方に対し、娘を使者として婚姻費用の支払を請求する意思表示があったものであるから、相手方に対しては、同月から令和3年8月までの15か月間、抗告人のために月額6万円の婚姻費用を分担させるのが相当である。その総額は、90万円(60,000×15=900,000)となる。 また、令和3年9月以降の双方の収入額によれば、相当な婚姻費用は2~4万円となるところ、一件記録に現れた諸事情を考慮すると、相手方に対しては、同月以降、抗告人のために月額3万8500円の婚姻費用を分担させるのが相当である。 以上によれば、相手方に対しては、令和3年8月までの婚姻費用90万円及び同年9月から令和4年2月まで(6か月)の婚姻費用合計23万1000円(38,500×6=231,000)の合計113万1000円を直ちに、同年3月から当事者が離婚又は別居解消に至るまでの間、婚姻費用として毎月末日限り月額3万8500円を抗告人へ支払うよう命ずるのが相当である。」 4 補足的判断 (1)抗告人は、原審判が相手方が令和3年8月までに分担すべき婚姻費用を月額9万1666円と試算したものの、抗告人が主張する限度で月額8万円を分担させるのが相当であると判断したことを踏まえ、当審においては、相手方は令和3年8月までの間、月額9万1666円の婚姻費用を分担すべきである旨を主張する。 しかしながら、原審判の判断については、〔1〕相手方の事業収入額の認定において、令和2年確定申告書の「所得金額」に配偶者控除額、基礎控除額及び生命保険控除額を加算して収入額を算定しているが(原審判「理由」第2の2(3))、配偶者控除額、基礎控除額、生命保険料控除額等は「課税される所得金額」を算定する上で税法上「所得金額」から控除される数額であって、これらを控除前の数額である「所得金額」に更に加算して収入額を計算すべき合理的根拠は見いだせないこと、〔2〕抗告人及び相手方の年金収入に係る基礎収入の算定において、公租公課、職業費及び特別経費を控除する合理的理由は認められないとしているが(原審判「理由」第2の2(2)(3))、職業費の負担がないことはさておき、年金収入を得ているとの一事をもって公租公課や特別経費の負担がないとはいい切れず、基礎収入額の算定においてこれらの標準的な額を考慮する必要がないとまではいい難いことなど、原審判が依拠する標準的算定方式に沿わない点や、明らかに不合理な点があり、是認し難いものといわざるを得ない。 そこで、改めて検討すると、令和3年8月までの婚姻費用については、原審判の判断よりも低額である月額6万円(15か月分合計90万円)が相当であることは,前記3で原審判を引用して説示するとおりである。 抗告人の上記主張は、採用することができない。 (2)相手方は、相手方が婚姻費用を分担すべき始期については、調停・審判手続外で婚姻費用を請求した意思表示の時期でなく、調停申立ての時期を基準とすべきであると主張する。しかし、前記認定事実によれば、抗告人は、相手方との別居当時から無職で少額の年金収入のみを得ていたことが認められ、婚姻費用の支払による扶助を要する状態であったことは明らかであること、調停の申立て等によらなくとも、抗告人から婚姻費用を請求する確定した意思表示がされた場合には、相手方においても、その時点からの婚姻費用の支払義務を負担することは予期すべきであり、当該時点を始期として婚姻費用の負担を命じても、当事者間の公平を欠く事態は生じないといえることからすれば、相手方は、抗告人から婚姻費用の請求がされた令和2年6月以降の婚姻費用を支払う義務を負うべきである。 相手方の上記主張は、採用することができない。 第3 結論 よって、原審判は一部相当でないから、上記の趣旨に従って原審判を変更することとして、主文のとおり決定する。 (裁判長裁判官 大竹昭彦 裁判官 原克也 土屋毅) 別紙 抗告状《略》 別紙「附帯抗告状」と題する書面《略》 以上:4,966文字
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