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婚姻費用算定に生活保護費は収入ではないとした高裁決定紹介

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令和 5年 1月27日(金):初稿
○「婚姻費用算定に生活保護費は収入ではないとした家裁審判紹介」の続きで、その抗告審令和4年2月4日東京高裁決定(判時2537号12頁)全文を紹介します。

○原審で生活保護を受けている妻に対し過去の婚姻費用221万円と令和3年10月から毎月13万円の婚姻費用支払を命じられた夫が、生活保護費は就労先の代わりに税金から支給される収入として扱われるべきであり、心身ともに就労可能な程度の状態に回復しており就労能力があるので妻の収入は、賃金センサスによる平均賃金(388万円)に障害者手当及び母子手当を加算した金額とすべきであるとして、抗告しました。

○これに対し抗告審東京高裁決定では、婚姻費用分担額の算定に当たっては生活保護費を収入と評価することはできないとし、妻の病歴や障害等級、就労実績、医師の見解、現在の状況等に鑑みて、現時点においては、妻に潜在的稼働能力があるとは認められないとして、抗告人夫に婚姻費用の分担金の支払を命じることは相当としました。

○関係する生活保護法条文は以下の通りです。
第1条(この法律の目的)
 この法律は、日本国憲法第25条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。
第4条(保護の補足性)
 保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。
2 民法(明治29年法律第89号)に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は、すべてこの法律による保護に優先して行われるものとする。
3 前2項の規定は、急迫した事由がある場合に、必要な保護を行うことを妨げるものではない。
第61条(届出の義務)
 被保護者は、収入、支出その他生計の状況について変動があつたとき、又は居住地若しくは世帯の構成に異動があつたときは、すみやかに、保護の実施機関又は福祉事務所長にその旨を届け出なければならない。
第63条(費用返還義務)
 被保護者が、急迫の場合等において資力があるにもかかわらず、保護を受けたときは、保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して、すみやかに、その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない。


○これらの生活保護法規定からは、妻は夫から受けた婚姻費用は第61条で保護実施機関に届け、受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければなりません。本件で「保護の実施機関の定める額」が夫から支払を受けた婚姻費用全額になるかどうかは不明ですが、第4条規定の通り、夫の妻に対する扶助義務は生活保護に優先して履行されるべきことは当然です。

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主   文
1 本件抗告を棄却する。
2 抗告費用は抗告人の負担とする。

理   由
第1 本件抗告の趣旨及び理由

 抗告人の抗告の趣旨及び理由は、別紙「即時抗告申立書」《略》及び同「即時抗告理由書」《略》に記載のとおりであり、これに対する相手方の意見は、別紙「答弁書」《略》に記載のとおりである。

第2 事案の概要(略称は、原審判のものを用いる。)
1 本件は、平成19年に婚姻し、平成21年に長女、平成23年に長男、平成24年に二男をそれぞれもうけた夫婦の一方(妻)である相手方(昭和55年生)が、夫である抗告人(昭和54年生)に対し、婚姻費用分担金の支払を求める事案である。

2 原審は、標準算定方式・算定表(司法研究報告書第70輯第2号「養育費、婚姻費用の算定に関する実証的研究」参照)に基づき、相手方の収入(給与)を153万5529円、抗告人の収入(給与)を612万5256円と認定した上で、令和2年5月以降、抗告人が相手方に対して支払うべき婚姻費用分担金の額を月額13万円とし、このうち221万円については直ちに支払を命じるとともに、令和3年10月から当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまでの間、毎月末日限り、1か月当たり13万円の支払を命じる旨の審判(原審判)をした。抗告人は、これを不服として即時抗告した。

第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も、原審判と同様、抗告人に対し、婚姻費用分担金として、221万円を直ちに、令和3年10月から当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまでの間、毎月末日限り、1か月当たり13万円の支払を命じるのが相当であると判断する。その理由は、原審判を後記2のとおり補正し、当審における抗告人の主張に対する判断を後記3のとおり付加するほかは、原審判「理由」中の「第2 当裁判所の判断」の1、2に記載のとおりであるので、これを引用する。

2 原審判の補正
(1)原審判1頁25行目の「現在8歳」を「現在9歳」に改める。
(2)原審判2頁12行目、同21行目、同22行目、同3頁16行目、同26行目,同4頁5行目、同7行目、同10行目、同16行目、同18行目、同23行目、同5頁5行目、同行目から6行目にかけての各「障害者年金」をいずれも「障害基礎年金」に改める。
(3)原審判2頁13行目の「障害者等級」を「障害等級」に改める。 
(4)原審判2頁25行目、同3頁1行目、同4頁21行目、同22行目、同5頁7行目の各「障害者年金」をいずれも「障害厚生年金」に改める。
(5)原審判5頁10行目「申し立てた」から同11行目「以降となり、」までを「申し立てたのが令和2年4月30日であるから、同年5月以降とするのが相当であり、」に改める。

3 当審における抗告人の主張に対する判断
 抗告人は、〔1〕相手方が受給している生活保護費は、通常の生活保護受給者の場合のような、将来的に就労することを前提とした一時的な生活費の援助ではなく、就労能力のない者にも憲法25条の定める健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるようにするために税金により賄われる生活費の支払であると考えられるため、就労先の代わりに税金から支給される収入として扱われるべきである、〔2〕相手方は、本件調停及び本件審判手続において、心身ともに就労可能な程度の状態に回復しており就労能力がある旨主張していたこと、令和3年6月に1か月間就労した実績があること、相手方に就労能力がないことを示す客観的な証拠が提出されていないことに鑑みると、相手方の収入は、賃金センサスによる平均賃金(388万円)に障害者手当及び母子手当を加算した金額とすべきである旨主張する。

 しかしながら、上記〔1〕については、生活保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われ、民法に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は、すべて生活保護法による保護に優先して行われるものとされている(生活保護法4条1項、2項)のであるから、相手方及び子らの生活を維持するための費用は、まずは相手方及び子らに対して民法上扶養義務を負う抗告人による婚姻費用の分担によって賄われるべきであり、抗告人が負担すべき婚姻費用分担額を算定するに当たっては、相手方が受給している生活保護費を相手方の収入と評価することはできないというべきである。抗告人の主張は、上記生活保護法の趣旨に反する独自の主張であり、採用することはできない。

 上記〔2〕については、一件記録及び手続の全趣旨によれば、相手方は、月1回程度の割合で精神科に通院していること、平成28年11月から精神の障害により障害基礎年金を受給しており、障害等級は2級16号(精神の障害であって、日常生活が著しい制限を受けるか又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度以上のもの(国民年金法施行令4条の6、別表))と認定されていること、令和3年6月、主治医には相談せず、自らの判断で、週3日から4日程度、1日当たり4時間の就労を開始してみたものの、勤務先の人間関係に悩んで体調を崩し、1か月で就労を断念したこと、主治医からはしばらく静養したほうが良いと言われており、今後の就労の見通しも立っていないことが認められる。

 以上のような相手方の病歴や障害等級、就労実績、医師の見解、現在の状況等に鑑みると、相手方は、少なくとも当面は就労することが困難であるというべきであり、現時点においては潜在的稼働能力があるとは認められない。
 そうすると、原審判「理由」中の「第2 当裁判所の判断」の2で認定説示したとおり、相手方の収入は、障害基礎年金を給与収入に換算した153万5529円と算定した上で、抗告人が負担すべき婚姻費用分担額は月額13万円とするのが相当である。

4 結論
 以上によれば、抗告人に対して221万円及び令和3年10月から当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまで、毎月末日限り、1か月当たり13万円の支払を命じた原審判は相当であるので、本件抗告を棄却することとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 木納敏和 裁判官 神野泰一 上原卓也)
以上:3,773文字

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