令和 3年 4月25日(日):初稿 |
○「夫の退職等による減収を理由に大幅な婚姻費用減額を認めた家裁審判紹介」の続きで、その抗告審の令和元年12月19日東京高裁決定(判例時報2471号68頁)を紹介します。 ○夫である相手方(原審申立人)が妻である抗告人(原審相手方)に対し、平成30年3月12日成立前件調停で合意した婚姻費用月額20万円の減額を求め、原審令和元年9月6日東京家裁審判(判時2471号72頁)では、別居期間中の婚姻費用の分担として,①平成30年7月から平成31年3月まで月額15万2000円、②平成31年4月から離婚又は別居解消に至るまで月額3万2000円と大幅な減額が認められました。 ○これに対し、妻が抗告した事案ですが、東京高裁は、退職を理由に大幅減額した平成31年4月以降の婚姻費用分担額について、原審の月額3万2000円から9万2000円と6万円も増額を認めました。その理由として、相手方の収入の減少は、具体的に予見されていたものとはいえず、改めて婚姻費用の額を算定するのが相当であるとした上で、その算定の基礎とすべき相手方の収入は、退職月の翌月から離婚又は別居解消に至るまでの期間については、相手方が65歳で年金受給を開始していたとすれば受給できた年金収入を給与収入に換算した額及び配当収入を給与収入に換算した額を合算した額とするのが相当であるとしたものです。 ○相手方夫は,自身の選択として現時点で年金の受給をせず、それは婚姻費用の減額を目的としたものではないと主張しましたが、決定は、固有資産である株式自体とは異なり,同居する夫婦の間では,年金収入はその共同生活の糧とするのが通常であることからすると,これを相手方の独自の判断で受給しないこととしたからといって,その収入がないものとして婚姻費用の算定をするのは相当ではないとして、退けました。 ○ただし、このような取扱いをする以上,今後,実際に相手方が年金の受給を開始し,受給開始時期との関係で前記の金額よりも高額な年金を受給することができたとしても,基本的には,当該高額な年金の受給に基づいて婚姻費用の算定をすることはできず,この事実をもって,婚姻費用を変更すべき事情に当たるものと認めることもできないと付け加えています。 *************************************** 主 文 1 原審判を次のとおり変更する。 2 東京家庭裁判所平成29年(家イ)第7442号婚姻費用分担調停事件において平成30年3月12日に成立した調停の調停条項第1項を,平成30年7月以降,以下のとおり変更する。 「相手方は,抗告人に対し,別居期間中の婚姻費用の分担として,①平成30年7月から平成31年3月まで月額15万2000円を,②平成31年4月から離婚又は別居解消に至るまで月額9万2000円を,それぞれ毎月末日限り,C銀行D支店の抗告人名義の普通預金口座(口座番号○○)に振り込んで支払う。振込手数料は相手方の負担とする。」 3 手続費用は,原審及び抗告審を通じて,各自の負担とする。 理 由 第1 抗告の趣旨 別紙「即時抗告申立書」の「第2 抗告の趣旨」に記載のとおり 第2 事案の概要(略語は,新たに定義しない限り,原審判の例による。以下同じ。) (中略) 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所も,原審と同様,前件調停時に前提とされていた相手方の稼働状況が前件調停後に変化し,これに伴ってその収入状況が大きく変動したことにより,前件調停については,法的安定性の観点を踏まえても,これらを維持することが相当でなくなったものと認められるから,これを変更するのが相当であり,相手方が抗告人に対して婚姻費用として支払うべき金額は,平成30年7月から平成31年3月までは月額15万2000円と定めるのが相当であるが,原審とは異なり,同年4月から離婚又は別居解消に至るまでは月額9万2000円と定めるのが相当であるから,前件調停の調停条項第1項を,上記の金額を毎月末日限り抗告人名義の口座に振り込んで支払う(振込手数料は相手方負担)というものに変更するのが相当であると判断する。 その理由は次のとおりである。 2 認定事実は,次のとおり改めるほかは,原審判の「理由」第2・1(原審判2頁2行目から3頁24行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する(以下,本決定において付加訂正の上で引用する原審判〔以下「原審判」という。〕の「理由」第2・1の各事実について,その「(1)」の事実を「認定事実(1)」などという。)。 (1) 原審判2頁19行目,21行目及び23行目の「同社」をいずれも「F株式会社」と改める。 (2) 原審判2頁20行目の「就任し,」の次に「株式会社Eの取締役を退任していたのでF株式会社から」を加える。 (3) 原審判3頁11行目の「自宅」を「抗告人居住の自宅」と改める。 3 民法880条は,「扶養をすべき者若しくは扶養を受けるべき者の順序又は扶養の程度若しくは方法について協議又は審判があった後事情に変更を生じたときは,家庭裁判所は,その協議又は審判の変更又は取消しをすることができる。」と定めているところ,その法意は,前記協議又は審判の合意又は判断の基礎となった事情に,当該協議又は審判の当時予測できない変更があり,法的安定性の観点を踏まえても,これらを維持することが相当でない場合に,家庭裁判所の審判により,その変更又は取消しをすることができるとしたものである。したがって,当該協議又は審判の当時,既に判明していた事情や当然に予見し得た事情はもとより,予見し得た事情がその後現実化したにすぎない場合はこれに当たらないというべきである。 そして,認定事実(4)によれば,相手方は,前件調停時,F株式会社の取締役会長として年額1652万円の給与収入を得ていたところ,平成30年6月にF株式会社の役員から退任して再雇用契約を結び,同年7月から平成31年3月までは月額55万円の給与収入を得ていたが,同月31日に同社を退職し,その後は稼働していないものと認められる。このような相手方の稼働状況及び収入の大きな変更によれば,法的安定性の観点を踏まえても,前件調停における婚姻費用の分担額の合意については,これを維持することが相当でなくなったものと認められるから,これを変更することが相当というべきである。また,相手方による婚姻費用の減額を求める調停の申立てがされたのが平成30年6月28日であることなどからすると,婚姻費用を変更する始期は,平成30年7月からとするのが相当である。 これに対し,抗告人は,前件調停では相手方の収入額についての争いはなく,相手方の減収の額と時期,退職の時期も確定しており,前件調停における婚姻費用の分担額は,これらを前提として定められたものであるとして,上記の減収等によって前件調停の合意を変更すべきではないと主張するようである。 この点,本件記録によれば,前記のような相手方の退職や再雇用,これらに伴う収入の減少は,前件調停の段階でも蓋然性の高いものとして予想されていたものと認められるものの,確実なものとして具体的に予見されていたものではなく,前件調停では,認定事実(4)及び(5)のとおり,婚姻費用の算定の前提となる相手方の収入等について争いがあった中で,当事者の互譲によって相手方が支払うべき婚姻費用の分担額が月額20万円と合意されたものと認められることからすると,仮に抗告人が,上記の婚姻費用の分担額が前記のような予想される事情の変更を踏まえたものであって,後にこれらが生じたとしても変更されることはないと考えていたとしても,相手方において,同様の認識であったとは認められない。そうすると,上記の婚姻費用月額20万円の合意は,相手方の退職や再雇用,これらに伴う収入の減少を前提としたものであったと認めることはできず,これらの事情によって変更されることもやむを得ないといえる。 したがって,抗告人の前記主張を採用することはできない。 4 婚姻費用の分担については,義務者世帯及び権利者世帯が同居していると仮定して,義務者及び権利者の各基礎収入(総収入から税法等に基づく標準的な割合による公租公課並びに統計資料に基づいて推計された標準的な割合による職業費及び特別経費を控除して推計した額)の合計額を世帯収入とみなし,これを,生活保護基準及び教育費に関する統計から導き出される標準的な生活費指数によって推計された権利者世帯及び義務者世帯の各生活費で按分して割り振られる権利者世帯の婚姻費用から,権利者の基礎収入を控除して,義務者が分担すべき婚姻費用を算定するのが相当である(判例タイムズ1111号285頁以下参照。標準算定方式)。 そして,本件においては,前記の事情変更によって変更された婚姻費用の額を,改めて標準算定方式によって算定するのが相当である。 この点,抗告人は,当審において,仮に前件調停で定められた婚姻費用の額を変更すべき事情が認められるとしても,改めて婚姻費用の分担額を算定するのではなく,従前の婚姻費用を踏まえた金額を定めるべきであり,相手方の収入から算定される婚姻費用の月額は33万7869円であったところ,これを月額20万円として合意が成立しているから,少なくとも,その差額である13万7896円(13万7869円の誤記と思われる。)を考慮して婚姻費用の分担額を定めるべきであると主張するが,前記3で説示するとおり,前件調停において合意された婚姻費用の分担額の算定の前提となった相手方の収入等について,当事者双方における共通の認識があったものとは認められず,また,本件においては,婚姻費用の分担額についての当事者間の合意が成立しなかった以上,前記のとおり,改めて客観的に相当と認められる婚姻費用の分担額を算定するのが相当であるから,抗告人の上記主張を採用することはできない。 5 (1) 相手方の収入については,まず,認定事実(4)によれば,相手方は,平成30年7月から平成31年3月までは,年額に換算して660万円の給与収入を得たものと認められる。 (2) 次に,相手方は,平成30年7月から平成31年3月までは給与収入に換算して年額約674万円の,平成31年4月以降は同じく年額約430万円の,各配当収入を得ているものと認めるのが相当である。その理由は,原審判6頁19行目の「相手方は,」を「相手方が,」と,同頁20行目の「争っているほか,」を「争っているという点を措くとしても,」と改めるほか,原審判の「理由」第2・2(4)及び同(5)の第2段落(原審判5頁17行目から6頁8行目まで,同頁17行目から7頁10行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。 なお,抗告人は,当審において,相手方の保有株式を考慮して婚姻費用の分担額を定めるべきであると主張するが,通常,生活費については,その収入が生活費に不足する場合のほかは,資産,特に固有資産についてこれを取り崩してこれに充てるべきものとは認められないから,仮に抗告人が主張するように相手方が自身の判断で稼働しないという選択をしていたとしても,そのことをもって,相手方の固有資産である保有株式を考慮して婚姻費用の分担額を定めるべきであるとは認められず,抗告人の上記主張を採用することはできない。 (3) さらに,認定事実(4)のとおり,相手方は,年金受給資格を有しているものの,70歳までこれを受給するつもりがないとしているところ,資料(甲15)によれば,相手方は,65歳で年金の受給を開始していれば,年額約250万円の年金を受給することができるものと認められることからすると,少なくとも再雇用の期間が満了して相手方が無職となった平成31年4月以降は,上記の年金収入を給与収入に換算した約390万円(年金収入については職業費が不要であることを考慮し,基礎収入割合39パーセントに20パーセントを加えて基礎収入を算定し,基礎収入額を基礎収入割合38パーセントで除したもの)について,相手方が本来であれば得ることができる収入として,婚姻費用の分担額の算定の基礎とするのが相当である。 なお,相手方は,年金の受給開始時期は任意に選択できるものであり,相手方は自身の選択として現時点で年金の受給をしていないのであって,婚姻費用の減額を目的として自身の収入を減らしているわけではないと主張する。 しかしながら,前記のような相手方の固有資産である株式自体とは異なり,同居する夫婦の間では,年金収入はその共同生活の糧とするのが通常であることからすると,これを相手方の独自の判断で受給しないこととしたからといって,その収入がないものとして婚姻費用の算定をするのは相当とはいえない。 そこで,前記のとおり,本件においては,相手方が受給することが可能な年金収入を給与収入に換算した約390万円を,婚姻費用の分担額の算定の基礎とすることとするが,このような取扱いをする以上,今後,実際に相手方が年金の受給を開始し,受給開始時期との関係で前記の金額よりも高額な年金を受給することができたとしても,基本的には,当該高額な年金の受給に基づいて婚姻費用の算定をすることはできず,この事実をもって,婚姻費用を変更すべき事情に当たるものと認めることもできないということになる。 その他,相手方の潜在稼働能力を考慮すべきであるという主張を採用することができない理由は,原審判の「理由」第2・2(5)の第1段落(原審判6頁9行目から同頁16行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。 (4) 以上によれば,相手方については,平成30年7月から平成31年3月までは給与収入660万円と配当収入を給与収入に換算した約674万円を合算した1334万円程度の,同年4月以降は配当収入を給与収入に換算した配当収入約430万円と同じく年金収入390万円を合算した820万円程度の,各収入を得ることができるものとして,婚姻費用の分担額の算定を行うのが相当である。 6 次に,抗告人の収入については,認定事実(5)によれば,抗告人は,給与収入に換算して年額約93万円の年金収入を得ているものと認められる。その理由は,次のとおり補正するほか,原審判の「理由」第2・2(6)(原審判7頁19行目から同頁24行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。 (1) 原審判7頁22行目の「40%」を「42%」と改める。 (2) 原審判7頁23行目の「90万3760円」を「93万3885円」と改める。 (3) 原審判7頁23行目の「0.6」を「0.62」と改める。 7 前記5及び6の当事者双方の収入(配当収入及び年金収入については給与収入に換算したもの)を標準算定方式に基づく算定表〔表10・夫婦のみの表〕に当てはめると,①平成30年7月から平成31年3月までは月額16万円ないし月額18万円,②同年4月以降は月額10万円ないし月額12万円と算定されるところ,その他本件に現れた一切の事情を考慮すると,相手方が負担する婚姻費用分担額は,上記①については月額18万円,上記②については月額12万円と定めるのが相当である。 8 そして,本件記録によれば,相手方は,抗告人の居住する自宅の住宅ローンや管理費等を負担しているものと認められるから,前記7の婚姻費用の分担額から,抗告人の収入に対応する標準的な住居関係費(約2万8000円)を控除するのが相当である。その理由は,原審判の「理由」第2・2(8)(原審判8頁7行目から同頁19行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。 9 以上によれば,前件調停の調停条項第1項については,平成30年7月以降,相手方が抗告人に対し,婚姻費用として,同月から平成31年3月までは月額15万2000円を,同年4月から離婚又は別居解消に至るまで月額9万2000円を,それぞれ支払うべきものと変更するのが相当である。 10 その他,抗告人及び相手方の主張を踏まえ,一件記録を精査しても,前記認定,判断を左右するものはない。 第4 結論 以上によれば,原審判はその一部が相当ではないから,これを変更することとして,主文のとおり決定する。 東京高等裁判所第1民事部 (裁判長裁判官 深見敏正 裁判官 菊池絵理 裁判官 齊藤充洋) 以上:6,727文字
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