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令和 2年11月30日(月):初稿 |
○原告(訴え提起時45歳女性)が、被告(34歳男性、医師)との同棲後、被告の子を妊娠したことを機に婚姻予約が成立したとして、被告が原告に対して一方的に中絶を迫り、婚約を破棄したことが婚姻予約の債務不履行に該当するとして、被告に対し、慰謝料300万円と遅延損害金の支払を求め、被告は婚姻予約成立を否認し、原告の妊娠を知った時から一貫して中絶を求めてきたと主張しました。 ○この事案について、令和元年9月25日東京地裁判決(LEX/DB)は、原告の供述が信用でき、被告の供述が信用できないことに照らし、原告の供述に基づき、原告と被告との間で、婚姻の約束が成立したものと認定するのが相当であり、被告の行為により原告が相当の精神的なショックを受け、また、今後、被告の協力を得ることが困難な状況において独力で子育てを行っていかなければならず、被告は、養育費の負担などを申し入れているが、その点を考慮しても、原告が一人で子育てをしていかなければならない状況に変わりはないとして、慰謝料200万円の支払を命じました。 ○被告は、両親に原告を紹介したときに,原告を嫁とすることについて強く反対されていることから,原告と法的な婚姻関係を結ぶ意思はなく、単に同居するパートナー関係の継続を求めていただけと主張しましたが、判決は、「被告の両親から原告との交際そのものについても反対されていたにもかかわらず交際を継続していたこと,原告と性交渉を行う際にも特に避妊してはいなかったことから本件妊娠に至ったことからすると,原告が被告の子を妊娠・出産した場合には、原告との間で家庭を築くことも考慮していたものと推認するのが相当」として婚姻予約成立を認めました。 ******************************************** 主 文 1 被告は,原告に対し,200万円及びこれに対する平成30年5月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用はこれを3分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 被告は,原告に対し,300万円及びこれに対する平成30年5月20日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 本件は,原告が,被告との同棲後,被告の子を妊娠したことを機に婚姻予約が成立していたところ,被告が原告に対して一方的に中絶を迫り,婚約を破棄したことが婚姻予約の債務不履行に該当するとして,被告に対し,慰謝料300万円及びこれに対する催告の後である平成30年5月20日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 2 前提事実(証拠によって認定した事実については,末尾に証拠を掲記する。) (1)原告は,公立昭和病院に勤務する看護師であり,被告は,同病院に医師として勤務していた。 原告は,昭和48年(1973年)○月○日生まれであり,昭和58年(1983年)○○月○○日生まれの被告よりも10歳年上であり,また,原告には離婚歴があり,前夫との間に子供がいる。(甲7,弁論の全趣旨) (2)原告と被告は,平成25年5月頃から交際を始め,平成27年3月10日から同棲を始めた。 (3)原告は,平成25年12月頃,被告との子を妊娠したが,平成26年1月に稽留流産した。(弁論の全趣旨) (4)原告は,平成29年12月18日,妊娠検査薬を使用して被告との子を妊娠したことが分かり,同月20日,被告も同行したマタニティクリニックにおいて妊娠7週~8週との診断を受けた。(弁論の全趣旨。以下,上記妊娠を「本件妊娠」という。) (5)被告は,平成29年12月24日,原告に対してクリスマスカード(甲3,以下「本件カード」という。)を手渡した。その文面(一部)は次のとおりである。 「今年のクリスマスは,Aの妊娠という一つの奇跡がありました。当初は,様々な心配や不安が先にたち,Aのことも不安にさせたことでしょう。一方で,Aとであれば子を持ち育てていくことが出来る,という確信も自分の中には常に存在していました。その確信は,これまでのAと一緒に重ねてきた時間の中から育まれたものです。 これからの将来,全てが順風満帆ではなく,乗り越えねばならぬ荒波が幾多もあることでしょう。しかし二人で手を取り合っていけば必ずや道は拓けると信じています。これからもAとB,奥様とセバスチャン,として仲良く年月を重ねていきましょう。」 (6)原告は,平成30年1月18日,切迫流産で入院し,同月28日に退院した。(弁論の全趣旨) (7)原告は,平成30年2月20日,被告も同行の上で杏林大学病院にて羊水検査を受け,同月28日,被告も同行の上で,染色体異常はないとの検査結果の報告を受けた。 (8)被告は,平成30年3月3日,原告に対し,手紙(甲2の1ないし3)を渡し,妊娠中絶を強く迫った。同日,原告と被告の交際は終了した。(弁論の全趣旨) (9)原告は,平成30年○月○日,被告との子を出産した。(甲7) 2 争点及び争点に対する当事者の主張 (1)婚姻予約の成否 (原告) (中略) 第3 判断 1 認定事実 前記前提事実に加え,後掲各証拠によれば,次の事実を認めることができる。 (1)被告は,原告との交際を開始する以前から,将来的には海外で感染症や医療的危機の現場で活躍したいという夢を持っており,家族を持つことで自己の行動が制約されると考え,結婚して家庭を持つことに消極的な考えであることを原告に伝えており,原告も被告の考えを理解していた。(原告本人,被告本人) (2)被告は,平成28年2月28日,原告の誕生日に送ったカード(甲15)に,原告が稽留流産をしたことに触れ,「ゆっくり考える時間をもらう中で,“Aと一緒であれば子供を育てよう”,と我ながら驚愕の結論に至りました」と記載した。 (3)被告は,平成28年3月26日に,被告の両親や弟らと食事会を開催する際に,両親の勧めもあって,原告を同伴した。もっとも,被告の両親は,被告の親族に医師が多いにもかかわらず,原告が医師ではなく看護師であること,原告に離婚歴があり,前夫との間に息子がいること,原告が被告よりも10歳年上であることなどから,被告が原告と交際することについては強く反対の意思を示した。当時,被告は,法的な婚姻関係を結ばなければ,両親の了解を得る必要はないと考え,原告との交際を続けた。(被告本人) (3)原告の妊娠の診断をした医師は,原告及び被告に対し,中絶手術をするのであれば,妊娠10週ぐらいまでに行った方が母体にとっても安全なので,年内に決断するように求めた。(原告本人) (4)被告は,原告の本件妊娠を聞いたことから,本件妊娠について日誌をつけ始めた。(甲4) (5)被告は,平成29年12月24日の夜,自宅のアパートで,原告とともにクリスマスパーティーを開き,原告に対し,本件カードと妊娠中のボディケアに使用するマザーオイル等のプレゼントを贈った。(甲3,原告本人,被告本人) (4)原告と被告は,本件妊娠による出産が高齢出産に該当することから,羊水検査を受けた上で,異常が出た場合には出産はあきらめることとした。(原告本人,被告本人) (5)原告は,原告の友人に対し,本件妊娠を伝えるとともに,出産を機に被告と入籍する予定であること,結婚式は開かないが,親しい者に対する報告のパーティーを開くことなどを伝えていた。(甲10,13,原告本人) (6)被告は,平成30年1月11日頃,知人の産婦人科医に対し,原告が出産することについて,高齢出産であることを踏まえたアドバイスを求めた。(甲11,14) (7)被告は,平成30年1月20日,原告が切迫流産で入院している病院を訪れ,自らが考えた質問項目に基づいて主治医に質問を行った。質問項目は,破水の有無等,原告及び胎児の状況や,今後の入院予定・退院基準,出生前の検査の実施の可否,今後の出血等があった場合の対応であり,中絶を前提とする質問項目はない。(甲9) (8)被告は,平成30年2月初め頃,被告の父に対して原告が被告の子を妊娠しており,出産予定であることを伝えたところ,被告の父は,原告の出産のみならず,原告と被告の交際についても強く反対し,中絶しないのであれば被告と絶縁するとの意思を示した。(甲2の3,乙2,被告本人) (9)被告は,平成30年2月22日,原告に対し,中絶をするように迫り,原告は,ショックを受けて,被告と同棲していたアパートを出て,東村山市の実家に移った。 (10)原告と被告は,平成30年2月28日,病院で待ち合わせた上で,羊水検査について「異常はない」との結果を聞いた。その後,原告と被告は,カフェで話し合ったが,感情的な口論となり,合意に至らなかった。(乙8,原告本人,被告本人) (11)被告は,平成30年3月3日,原告の実家近くで原告と会い,中絶を求める手紙(甲2の1ないし3)を手渡した。その手紙には, 「『愛し合い信頼し合う2人が子供を授かり周囲に祝福される』(中略)自分が甘かったところもありますが,当初はAとそのような未来を掴めると思っていました。しかし,自分自身の家族とは絶縁寸前になっており,5年間をかけて築いてきたはずのAとの信頼関係も崩れてしまいました。」 「『父母が共にその子供を育てていく』ということが既に実現不可能になっています。」 「経済的問題ももう一度冷静に考えてみましたが,父母2人が共に居られない中では厳しいものとなります。」 「未だ選択肢が残っている今だからこそ,自分の,そして恐らくA自身の将来をも破滅させるような決断を下さないでほしい,とAにお願いしたいのです。」 「自分は海外に出て感染症や医療的危機の現場で活躍したいという夢があります。そのために,救急医療の研鑽を積み,理不尽なことも満載の研究室で4年間を過ごしています。しかし,子供が産まれれば,その子供への責任を果たす為に自分は自分の夢を諦めざるを得ません。」 「妊娠中絶に対して人間として大きな罪悪感を自分も感じています。『子供を殺せない』というAの気持ちも分かります。ただ,34年間生きてきた自分の人生,そして45年間生きてきたAの人生も,今まさに同時に天秤にかかっています。(中略)中絶ではなく妊娠維持を選択することで,Aは34年間生きてきた自分の人生を『殺す』ことになり,おそらく45年間生きてきたA自身の人生をも窮地に導くことになります。もはや信頼関係が崩れてしまったとはいえ,Aは5年間を共に過ごし自分が初めて心より愛したパートナーでした。そのようなAが夢を諦めたり窮地に陥ったりするような未来を選択することは自分にはできません。お願いですから,そのような未来に我々を進ませないでください。」 と記載されていた。 2 争点(1)(婚姻予約の成否)について 原告は,その本人尋問において,以前に妊娠した際にも,被告から,子供が生まれるのであれば入籍して子供を育てていくという話があったこと,本件妊娠に当たっても,被告から,本件カードを渡された際に,「夫になってもいいですか?」と聞かれて承諾しており,これは子供が生まれたときには入籍するという意味であったこと,被告から結婚式についての希望を尋ねられ,結婚式の必要はないが,親しい者を呼んで食事会をしようという話になったことを供述しており,この供述は上記認定事実と符合し,信用することができる。 一方,被告の主張に関し,上記認定の事実によれば,被告は,もともと自分の将来の夢との関係から,家庭を築き,子を持つことについて消極的であったことや,被告の両親が原告との交際そのものについても反対していたことから,積極的に原告との間で子をもうけることを望んでいたものではないことは認められる。 しかしながら,原告から本件妊娠を聞いた際には,積極的に中絶をするように求めておらず,むしろ妊娠を喜ぶ本件カードを送り,原告の出産に備えた準備を行っていることや,原告が以前に稽留流産をした際にも,子供を産み,育てることを容認するメッセージカードを送っていること,被告の両親から原告との交際そのものについても反対されていたにもかかわらず交際を継続していたこと,原告と性交渉を行う際にも特に避妊してはいなかったことから本件妊娠に至ったことからすると,原告が被告の子を妊娠・出産した場合には、原告との間で家庭を築くことも考慮していたものと推認するのが相当である。これは,被告が,本件妊娠を知ったのちも,平成30年2月22日に原告に中絶を求めるまで,中絶に向けた行動をとっていないことからも裏付けられるといえる。 被告は,本件妊娠を知った直後から,一貫して中絶をするよう原告に求めていた旨を主張し,被告本人の供述中にはこれに沿う部分があるが,被告が原告に送った本件カードの記載に反する上,被告が原告に中絶を求めた際には,原告は同棲していた家を出ていることに照らして,信用できない。 また,被告は,原告に強く中絶を求めるに至ったのは,羊水検査の際に羊水が濁っていたことから,自ら医学文献を調べたところ,切迫早産等の危険を上げるとの報告をしている文献があったため,原告の身体的リスクを意識して中絶を選択するべきと判断したからである旨をその本人尋問で供述しているが,被告が平成30年3月3日に原告に渡した手紙(甲2の1ないし3)には,そのような記載はなく,経済的事情や周囲の協力が得られない中で子供を育てることの困難,原告及び被告の両方の将来が困難な状況になるといった将来予測にかかわる事情が書かれているだけであることからすると,上記供述は信用することができず,むしろ,被告が原告に強く中絶を迫ったのは,被告の両親からの絶縁を宣言された状況において,羊水検査の結果異常が認められなかったことにより,原告が自発的に中絶する見込みがなくなったことによるというべきである。 以上によれば,原告の供述が信用でき,被告の供述が信用できないことに照らし,原告の供述に基づき,原告と被告との間で,平成29年12月24日頃に,婚姻の約束が成立したものと認定するのが相当である。 3 争点(2)(損害額)について 1認定の事実によれば,被告の行為により原告が相当の精神的なショックを受け,また,今後,被告の協力を得ることが困難な状況において独力で子育てを行っていかなければならないものといえる。被告は,養育費の負担などを申入れていることが認められるが(弁論の全趣旨),その点を考慮しても,原告が一人で子育てをしていかなければならない状況に変わりはない。その他,本件記録上認められる諸事情を考慮すると,原告の慰謝料の額としては200万円と認定するのが相当である。 4 結論 以上によれば,原告の請求は200万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成30年5月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は棄却することとして,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第31部 裁判官 金澤秀樹 以上:6,281文字
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