令和 2年 1月29日(水):初稿 |
○別居中の夫婦の一方が、生活費に充てる婚姻費用の未払い分の請求を申し立てている間に離婚が成立した場合、請求権が失われるかどうかが争われた裁判で、「権利は失われず、請求できる」とする初めての判断を示した令和2年1月23日最高裁判所第一小法廷決定(裁判例情報)全文を紹介します。 令和2年1月27日日経新聞報道は以下の通りです。 ******************************************** 婚姻費請求権「消滅せず」 申し立て後に離婚でも 社会・くらし2020/1/27 18:37 別居中の夫婦の一方が、生活費に充てる婚姻費用の未払い分の請求を申し立てている間に離婚が成立した場合、請求権が失われるかどうかが争われた裁判で、最高裁第1小法廷(深山卓也裁判長)は23日付の決定で「権利は失われず、請求できる」とする初めての判断を示した。裁判官5人全員一致の意見。 「請求権はなくなり、離婚後の財産分与で未払い分も申し立てる必要がある」との学説もあったが、今回の決定で解釈が整理され、離婚を巡る家裁の実務に影響しそうだ。 決定などによると、北海道在住の女性は、別居状態だった元夫から月15万円の婚姻費用を受け取っていたが、途中から滞るようになり、2018年5月、釧路家裁北見支部に婚姻費用分担の調停を申し立てた。同7月に離婚が成立したため、調停は不成立となり審判に移行した。 家裁支部は同9月、離婚前日までの未払い分約74万円を支払うよう元夫に命令。しかし元夫の即時抗告を受けた札幌高裁は同11月の決定で「婚姻費用の請求権は婚姻の存続が前提。離婚で請求権は消滅した」として、家裁支部の審判を取り消し、申し立てを退けた。 これに対し第1小法廷は「婚姻費用の分担を申し立てている間に離婚しても、離婚前の婚姻費用の請求権まで消滅する理由はない」と判断。高裁決定を破棄し、審理を高裁に差し戻した。 ******************************************** 主 文 原決定を破棄する。 本件を札幌高等裁判所に差し戻す。 理 由 抗告代理人○○○○,同○○○○,同○○○○の抗告理由について 1 記録によれば,本件の経緯は次のとおりである。 (1) 妻である抗告人は,平成30年5月,夫である相手方に対し,婚姻費用分担調停の申立てをした。 (2) 抗告人と相手方との間では,平成30年7月,離婚の調停が成立した。同調停においては,財産分与に関する合意はされず,いわゆる清算条項も定められなかった。 (3) 上記(1)の婚姻費用分担調停事件は,上記(2)の離婚調停成立の日と同日,不成立により終了したため,上記(1)の申立ての時に婚姻費用分担審判の申立て(以下「本件申立て」という。)があったものとみなされて(家事事件手続法272条4項),審判に移行した。 2 原審は,要旨次のとおり判断し,抗告人の相手方に対する婚姻費用分担請求権は消滅したから,離婚時までの婚姻費用の分担を求める本件申立ては不適法であるとして,これを却下した。 婚姻費用分担請求権は婚姻の存続を前提とするものであり,家庭裁判所の審判によって具体的に婚姻費用分担請求権の内容等が形成されないうちに夫婦が離婚した場合には,将来に向かって婚姻費用の分担の内容等を形成することはもちろん,原則として,過去の婚姻中に支払を受けることができなかった生活費等につき婚姻費用の分担の内容等を形成することもできないというべきである。そして,当事者間で財産分与に関する合意がされず,清算条項も定められなかったときには,離婚により,婚姻費用分担請求権は消滅する。 3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。 民法760条に基づく婚姻費用分担請求権は,夫婦の協議のほか,家事事件手続法別表第2の2の項所定の婚姻費用の分担に関する処分についての家庭裁判所の審判により,その具体的な分担額が形成決定されるものである(最高裁昭和37年(ク)第243号同40年6月30日大法廷決定・民集19巻4号1114頁参照)。また,同条は,「夫婦は,その資産,収入その他一切の事情を考慮して,婚姻から生ずる費用を分担する。」と規定しており,婚姻費用の分担は,当事者が婚姻関係にあることを前提とするものであるから,婚姻費用分担審判の申立て後に離婚により婚姻関係が終了した場合には,離婚時以後の分の費用につきその分担を同条により求める余地がないことは明らかである。 しかし,上記の場合に,婚姻関係にある間に当事者が有していた離婚時までの分の婚姻費用についての実体法上の権利が当然に消滅するものと解すべき理由は何ら存在せず,家庭裁判所は,過去に遡って婚姻費用の分担額を形成決定することができるのであるから(前掲最高裁昭和40年6月30日大法廷決定参照),夫婦の資産,収入その他一切の事情を考慮して,離婚時までの過去の婚姻費用のみの具体的な分担額を形成決定することもできると解するのが相当である。このことは,当事者が婚姻費用の清算のための給付を含めて財産分与の請求をすることができる場合であっても,異なるものではない。 したがって,婚姻費用分担審判の申立て後に当事者が離婚したとしても,これにより婚姻費用分担請求権が消滅するものとはいえない。 4 以上と異なる見解の下に,本件申立てを却下した原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原決定は破棄を免れない。そして,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。(裁判長裁判官 深山卓也 裁判官 池上政幸 裁判官 小池 裕 裁判官 木澤克之 裁判官 山口 厚) 以上:2,382文字
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