令和 1年 6月11日(火):初稿 |
○「前妻から前夫に対する子の親権者変更申立を認めた家裁審判紹介」の続きで、その抗告審である平成30年5月29日東京高裁決定(判タ1458号186頁)の関連部分を紹介します。 ○相手方が、元夫である抗告人との間の子である未成年者Cにつき、その親権者を抗告人から相手方に変更するよう求めたところ、原審平成30年1月31日千葉家裁市川出張所審判は、未成年者の親権者を抗告人から相手方に変更することが未成年者の利益及び福祉に合致すると認められるとして、未成年者の親権者を抗告人から相手方に変更する審判をしました。 ○そこで元夫の抗告人が抗告したところ、抗告審東京高裁は、 ①抗告人と相手方は、双方が真意に基づいて未成年者の親権者を抗告人と定めて離婚する旨合意していること、 ②その後の抗告人による未成年者の監護状況は、未成年者の福祉に適ったものであること、 ③相手方と未成年者の面会交流についても積極的な対応を行っていて、未成年者も安定した生活を送っていること ④未成年者は3人で生活したいとの意向こそ有しているものの、父母のいずれか一方と生活したいとの意思は持っておらず、現状の生活状況を変更し、相手方の下で生活したいとの意向を有しているとはいえないこと 等から、抗告人と相手方が合意に基づいて親権者を抗告人と定め、抗告人の下で安定した状況にある未成年者の親権者を変更することは相当ではなく、親権者を相手方に変更する必要性は認められないというべきであるとして、原審判を取り消し、相手方の申立てを却下しました。 **************************************** 主 文 1 原審判を取り消す。 2 相手方の申立てを却下する。 3 手続費用は,原審及び当審を通じて各自の負担とする。 理 由 第1 抗告の趣旨及び理由 抗告の趣旨及び理由は,別紙「即時抗告申立書」及び「即時抗告理由書」記載のとおりである。 第2 事案の概要 本件は,相手方が,元夫である抗告人との間の未成年者C(以下「未成年者」という。)につき,その親権者を抗告人から相手方に変更するよう求めるものである。原審が,平成30年1月31日,未成年者の親権者を抗告人から相手方に変更する審判(以下「原審判」という。)をしたため,抗告人がこれを不服として即時抗告した。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実 (1) 本件に係る認定事実は,「申立人」を「相手方」,「相手方」を「抗告人」と読み替え,下記(2)のとおり原審判を補正するほかは,原審判の「理由」の第2の1のとおりであるから,これを引用する。 (2) 原審判の補正 (中略) 2 親権者変更の必要性の有無 (1) 民法819条6項は「子の利益のため必要があると認めるときは,家庭裁判所は、子の親族の請求によって,親権者を他の一方に変更することができる」と定めており,親権者の変更の可否は,子の利益の観点から変更の必要があるといえるかどうかにより決せられることとなる。 (2) 離婚前の未成年者の監護養育の状況 上記引用の原審判の「理由」第2の1(1)(上記補正後のもの)のとおり,相手方は,未成年者の出生以降は専業主婦であり,未成年者の監護養育のほとんどを行っていたといえ,平成27年9月に相手方がパート勤務を行うようになってからは,抗告人が未成年者の監護養育を一定程度行うようになり,平成28年4月以降,相手方が抗告人の休日に未成年者を置いてひとりで外出する機会が増えてからは,その間,抗告人が未成年者の世話をしたりするようになったが,離婚に至るまでの間は,相手方が未成年者の監護養育を主に担当していたものと認められる。 (3) 未成年者の親権者指定の経緯 上記引用の原審判の「理由」第2の1(2)(上記補正後のもの)のとおり,相手方は,抗告人に対し自ら離婚を切り出し,親権者を抗告人とするように申し入れ,抗告人がそれを受け入れる形で未成年者の親権者が抗告人と定められたものであるが,相手方の申入れから,2か月弱にわたり両者の間で面会交流や養育費等を含む離婚に関する条件が調整され,離婚協議書が作成されて,離婚の届出に至ったものであり,抗告人と相手方は,親権者の指定についても,それぞれ熟慮するための期間も,両者で協議を行う期間も機会も十分にあったといえるから,本件親権者指定は,相手方の真意に基づいて行われたものといえる。 相手方は,相手方が十分に熟慮する時間が与えられないまま,子にとって何が最善かについて協議することもできないままで,親権者について判断することを余儀なくされたなどと主張するが,上述のとおり,相手方が自ら親権者を抗告人とするよう申し入れたもので,十分な熟慮の時間も協議の機会もあったから,相手方の主張は採用できない。 また,相手方は,本件親権者指定のときには,相手方が子宮頸がんで闘病生活をしなくてはならず,パートの収入しかなく,相手方一人で未成年者を養育しなくてはならないと考えたものであるが,離婚の後に,がんの疑いが晴れ,正社員となることができることになり,両親や伯母からの監護の補助を受けられることになったもので,ひるがえってみれば,本件親権者指定のときの相手方の考えは誤解に基づくものであったとも主張する。しかし,上記引用の原審判の「理由」第2の1(2)(上記補正後のもの)のとおり,相手方は,本件親権者指定の当時,自己の病状や収入その他の自己を取り巻く状況について何ら誤った認識を持っていたものではなく,いずれも正しく理解していたものであって,当時,相手方に誤解や錯誤があったものとはいえない。相手方は,単に自らの意思で,自らの症状について1か月後の検査の結果が出るのを待つことなく結論を出し,親権者の指定の前に,自らの状況について勤務先に相談することも,未成年者の監護について両親や伯母に相談することもなく結論を出したというだけのことである。 (4) 本件親権者指定直後の事情の変更 ところで,本件においては,上記引用の原審判の「理由」の第2の1(3)アのとおり,相手方と抗告人が真意に基づいて本件親権者指定の合意をし,これを含む離婚の届出をした直後に,相手方の病状や収入,監護の補助に係る事情が変わったことは認められるが,本件親権者指定の当時,相手方の病状は「がんの疑い」であったのであり,それが重篤なものと判明することも,悪性でないと判明することも予想し得たものであるし,また,相手方は収入等について勤務先に相談するなどの何らの方策も講じていなかったのであるが,勤務先に相談するなどの方策を講じて,何らかの打開策を取ることも考えられたのであり,さらに未成年者の監護についても両親や伯母に相談していなかったのであるが,相談等を行い何らかの援助を受けることなどすることも期待できたものであって,結局,これらの事情の変更は予想し得ないものではなかったというべきである。そうすると事情の変更はあったとはいえるものの,真意に基づく本件親権者指定に係る合意があったこととの関係で,これらの事情の変更をそれほど重く考慮することは相当ではない。 (5) 抗告人による未成年者の監護養育の状況 上記引用の原審判の「理由」の第2の1(3)及び(4)(上記補正後のもの)のとおり,抗告人が相手方と離婚して未成年者の親権者となった後,未成年者は,当初,相手方を恋しがり不安定な様子を見せたものの,半年ほど経過して以降は,落ち着きを取り戻し,新しい幼稚園では友だちもできて,卒園後通っている小学校でも安定した生活を送っているといえる。また,抗告人及び抗告人の父母は,未成年者に愛情を注ぎ,未成年者の監護養育のために勤務やアルバイト等の時間を変更するなど未成年者の監護養育を最優先にした生活を送っており,抗告人らによる未成年者の監護養育は,幼稚園教諭からも評価されているもので,子の福祉に適ったものであるということができる。また,同第2の1(3)(上記補正後のもの)とおり,抗告人は,未成年者の相手方への思いを受け入れて,未成年者と相手方との面会交流について,離婚時の取り決め以上の回数,宿泊付きを含めて行うことを認め,このような抗告人の対応が未成年者を安心させ,未成年者の抗告人に対する信頼を育んでいるものである。 この点,相手方は,抗告人の父母が仕事をしていること,抗告人の父に脳梗塞の後遺症があり,毎日飲酒していること,抗告人の母が精神的に不安定であることなどを指摘し,また,未成年者の就寝時間が遅い,栄養が偏っている,風呂に入らない日があるなど清潔さに配慮ができていないなどとして,抗告人による未成年者の監護が不適切であると主張する。 確かに,抗告人の父母が仕事をしていること,抗告人の父に脳梗塞の後遺症があることは抗告人も述べるところであるが,それらが未成年者の監護補助者としての活動に支障となっているとは認められないし,相手方主張の他の各事情は,いずれもこれを認定するに足りる的確な資料は存在せず,相手方の主張は採用し得ない。 以上のとおり,抗告人による未成年者の監護養育は,子の福祉に適ったものであり,現在は未成年者は抗告人の下で安定した生活を送っているということができる。 (6) 相手方による監護養育の予定 相手方は,上記引用の原審判の「理由」の第2の1(5)のとおりの監護養育を行うことを予定しているところ,上記の相手方の述べる監護の予定は,相手方の両親や母方伯母とその夫らによる監護の補助の計画を含め,相手方が離婚前未成年者の監護養育を主に行っていたことや勤務先が育児に協力的であることも考慮すれば,その監護環境は,住居,収入及び監護補助いずれの観点でも子の福祉に適ったものであるということができる。 (7) 未成年者の意向 上記引用の原審判の「理由」の第2の1(3)(上記補正後のもの)記載の調査官調査の際の状況によれば,未成年者は親子3人の生活に戻りたいとの意向を有していると認められ,抗告人と相手方のいずれと生活したいかという点については,むしろ,どちらと生活をするかを選ばされることについて不安を有している状況であると認められ,その意向は,父母のいずれかを選ぶことができないものといわざるを得ない。 相手方は,未成年者が平成29年8月5日の面会交流の際,相手方に対し相手方と住みたいと言って甲7と甲8の書面を作成したこと,その後の面会交流の際にも相手方宅にいたいとかママと離れるのが嫌だと述べていることを挙げて,未成年者が相手方と住みたいとの意向を持っていると主張する。 しかし,未成年者は,他方で,平成29年12月19日には,抗告人の下で抗告人と一緒に居させて下さいといった趣旨の書面(乙9)を作成し,原審判の後には,未成年者は,抗告人と一緒に住みたいと涙していたり(乙11),平成29年10月や平成30年1月の面会交流の際には「ママと一緒に住むことはやめる」と相手方に伝えたり(相手方の原審における主張書面(5)及び同(6))しており,未成年者の相手方と住みたいという言葉も,抗告人と住みたいという言葉も,それぞれ,その時々の未成年者の真の意思なのかについての疑問も残るし,一見相反するこれらの言葉を述べていることをも総合すれば,未成年者は,父母と3人で生活したいとの意向を強く持っていて,父母のいずれかを選ぶことができずに,このような発言をしていると考えるべきである。 (8) 親権者変更の必要性 以上によれば,抗告人と相手方は,双方が真意に基づいて未成年者の親権者を抗告人と定めて離婚する旨合意しており(上記(3)),その後の抗告人による未成年者の監護状況は,未成年者の福祉に適ったものであり,相手方と未成年者の面会交流についても積極的な対応を行っていて,未成年者も安定した生活を送っているといえ(上記(5)),一方,未成年者は3人で生活したいとの意向こそ有しているものの,父母のいずれか一方と生活したいとの意思は持っておらず,現状の生活状況を変更し,相手方の下で生活したいとの意向を有しているとはいえない(上記(7))。 そうすると,相手方が未成年者の出生から抗告人との離婚に至るまで,未成年者の主たる監護者であったといえること(上記(2))や,離婚後,相手方にかねて予想し得るものではあったものの一定の事情の変更があったこと(上記(4)),相手方においても未成年者の福祉に適った監護養育環境を用意できること(上記(6))を考慮しても,抗告人と相手方が合意に基づいて親権者を抗告人と定め,抗告人の下で安定した状況にある未成年者の親権者を変更することは相当ではなく,親権者を相手方に変更する必要性は認められないというべきである。 第4 結論 よって,上記の趣旨と異なる原審判を取消し,相手方による申立てを却下することとし,主文のとおり決定する。 東京高等裁判所第23民事部 (裁判長裁判官 垣内正 裁判官 髙宮健二 裁判官 廣澤諭) 以上:5,340文字
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