令和 1年 5月 9日(木):初稿 |
○3人の子供を引き取って別居した夫に対し、妻が子供の引き渡し求め、奈良家裁の引渡命令を得て、家裁執行官が夫宅に赴いたが、当時9歳の長男は激しく泣き、妻に引き渡されることを拒否し、長男は、妻が申し立てた人身保護請求の審問でも拒否の意思を明確にし、請求を退けられた妻が、引き渡しまで夫に制裁金を課すよう求めていた事案で、妻の申立を却下した平成31年4月26日最高裁決定全文(裁判例情報)を紹介します。 ○最高裁決定は、「本件審判を債務名義とする間接強制決定により,抗告人に対して金銭の支払を命じて心理的に圧迫することによって長男の引渡しを強制することは,過酷な執行として許されないと解される。そうすると,このような決定を求める本件申立ては,権利の濫用に当たるというほかない。」と結論付けています。 ******************************************* 子供が引き渡し拒否、父親へ制裁金認めず、最高裁 2019/05/08 日本経済新聞 朝刊 最高裁第3小法廷(宮崎裕子裁判長)は7日までに、裁判所が子供を母親に引き渡すよう父親に命じたケースで、父親に制裁金を科す「間接強制」を例外的に認めない決定をした。4月26日付。子供が引き渡しを強く拒んでおり、間接強制で父親に心理的圧迫を与えるのは許されないとした。 争っていたのは、3人の子供がいる両親。父親が子供を連れて実家に転居したため、母親は子供の引き渡しを求める審判を申し立てた。家裁は母親を監護者に指定して父親に引き渡しを命じる決定をし、確定した。 裁判所の執行官が父親らの元を訪れたが、長男だけ引き渡しを強く拒んだため、執行不能と判断。母親による人身保護請求も、長男が父親の元で暮らす意思を示しているとして退けられた。母親は、父親が引き渡しに応じない場合に制裁金を科す間接強制を申し立て、家裁が1日につき1万円の支払いを認めた。高裁も判断を維持し、父親が最高裁に許可抗告していた。 第3小法廷は決定で、「子供が引き渡しを拒んでいることは、直ちに間接強制を妨げる理由にはならない」とした上で、長男に悪影響を及ぼさずに引き渡すのは現時点では困難と判断。「間接強制による心理的圧迫で引き渡しを強制することは許されない」とした。 ******************************************** 平成30年(許)第13号 間接強制決定に対する執行抗告棄却決定に対する許可抗告事件 平成31年4月26日 第三小法廷決定 主 文 原決定を破棄し,原々決定を取り消す。 相手方の本件申立てを却下する。 手続の総費用は相手方の負担とする。 理 由 抗告代理人西村英一郎,同山口宣恭の抗告理由について 1 本件は,相手方が,その夫である抗告人に対し,両名の長男の引渡しを命ずる審判を債務名義として,間接強制の申立てをした事案である。 2 記録によれば,本件の経緯は次のとおりである。 (1) 抗告人と相手方は,平成19年6月に婚姻し,平成20年4月に長男を,平成22年10月に二男を,平成25年4月に長女をもうけた(以下,上記の子ら3名を併せて「本件子ら」という。)。 (2) 相手方は,平成27年12月,抗告人に対し,「死にたいいやや。こどもらもすてたい。」という内容のメールを送信した。これを契機に,抗告人は,本件子らを連れて実家に転居し,現在まで相手方と別居している。 (3) 奈良家庭裁判所は,平成29年3月,相手方の申立てに基づき,本件子らの監護者を相手方と指定し,抗告人に対して本件子らの引渡しを命ずる審判(以下「本件審判」という。)をした。本件審判は,同年7月に確定した。 (4) 相手方は,平成29年7月,奈良地方裁判所執行官に対し,本件審判を債務名義として,本件子らの引渡執行の申立てをした。同執行官が,抗告人宅を訪問し,本件子らに対して相手方のもとへ行くよう促したところ,二男及び長女はこれに応じて相手方に引き渡されたが,長男は,相手方に引き渡されることを明確に拒絶して泣きじゃくり,呼吸困難に陥りそうになった。そのため,同執行官は,執行を続けると長男の心身に重大な悪影響を及ぼすおそれがあると判断し,長男の引渡執行を不能として終了させた。 (5) 相手方は,平成29年8月,大阪地方裁判所に対し,抗告人及びその両親(以下「抗告人等」という。)を拘束者とし,長男を被拘束者とする人身保護請求をした。長男は,同年12月,その人身保護請求事件の審問期日において,二男や長女と離れて暮らすのは嫌だが,それでも抗告人等のもとでの生活を続けたい旨の陳述をした。 同裁判所は,長男が十分な判断能力に基づいて抗告人等のもとで生活したいという強固な意思を明確に表示しており,その意思は抗告人等からの影響によるものではなく,長男が自由意思に基づいて抗告人等のもとにとどまっていると認め,抗告人等による長男の監護は人身保護法及び人身保護規則にいう拘束に当たらないとして,相手方の上記請求を棄却する判決をした。この判決は,平成30年2月に確定した。 3 原審は,抗告人に対し,長男を相手方に引き渡すよう命ずるとともに,これを履行しないときは1日につき1万円の割合による金員を相手方に支払うよう命ずる間接強制決定をすべきものとした。 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。 子の引渡しを命ずる審判は,家庭裁判所が,子の監護に関する処分として,一方の親の監護下にある子を他方の親の監護下に置くことが子の利益にかなうと判断し,当該子を当該他方の親の監護下に移すよう命ずるものであり,これにより子の引渡しを命ぜられた者は,子の年齢及び発達の程度その他の事情を踏まえ,子の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ,合理的に必要と考えられる行為を行って,子の引渡しを実現しなければならないものである。 このことは,子が引き渡されることを望まない場合であっても異ならない。したがって,子の引渡しを命ずる審判がされた場合,当該子が債権者に引き渡されることを拒絶する意思を表明していることは,直ちに当該審判を債務名義とする間接強制決定をすることを妨げる理由となるものではない。 しかしながら,本件においては,本件審判を債務名義とする引渡執行の際,二男及び長女が相手方に引き渡されたにもかかわらず,長男(当時9歳3箇月)については,引き渡されることを拒絶して呼吸困難に陥りそうになったため,執行を続けるとその心身に重大な悪影響を及ぼすおそれがあるとして執行不能とされた。また,人身保護請求事件の審問期日において,長男(当時9歳7箇月)は,相手方に引き渡されることを拒絶する意思を明確に表示し,その人身保護請求は,長男が抗告人等の影響を受けたものではなく自由意思に基づいて抗告人等のもとにとどまっているとして棄却された。 以上の経過からすれば,現時点において,長男の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ長男の引渡しを実現するため合理的に必要と考えられる抗告人の行為は,具体的に想定することが困難というべきである。このような事情の下において,本件審判を債務名義とする間接強制決定により,抗告人に対して金銭の支払を命じて心理的に圧迫することによって長男の引渡しを強制することは,過酷な執行として許されないと解される。そうすると,このような決定を求める本件申立ては,権利の濫用に当たるというほかない。 5 以上と異なる原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,その余の抗告理由につき判断するまでもなく,原決定は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,原々決定を取り消し,相手方の本件申立てを却下すべきである。 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官山崎敏充の補足意見がある。 裁判官山崎敏充の補足意見は,次のとおりである。 私は,法廷意見に賛成するものであり,本件間接強制の申立ては却下すべきものと考えるが,執行手続との関係について若干の意見を付加しておきたい。 間接強制の申立てを受けた執行裁判所は,提出された債務名義に表示された義務についてその履行の有無や履行の可否など実体的な事項を審査することはなく,当該義務の履行があったことや当該義務が履行不能であることなどを理由として申立てを却下することはできないのが原則である。 しかしながら,本件においては,次のような事情が認められる。すなわち,本件審判を債務名義として申し立てられた引渡執行の際,長男が相手方に引き渡されることを頑強に拒絶し身体の不調を示すまでに至ったことから,執行官は,執行を続けると長男の心身に重大な悪影響を及ぼすおそれがあると判断し,引渡執行を不能として終了させた。 次いで,抗告人等を拘束者,長男を被拘束者として申し立てられた人身保護請求につき,裁判所は,長男が十分な判断能力に基づいて抗告人等のもとで生活を続けたいという強固な意思を明確に表示しており,その意思は抗告人等の影響によるものではなく,長男の自由意思であるとし,抗告人等による長男の監護は人身保護法等にいう拘束に当たらないとして請求棄却の判決をした。以上の経過をたどった後,更に間接強制の申立てがされたのが本件である。 以上のような事情に照らすと,本件において,抗告人が,実力により長男をその意思に反して相手方の監護下に移すようなことは長男の心身に有害な影響を及ぼすおそれが大きく,さりとて,長男の意思を変えるための働き掛けをしたとしてもそれが奏功するとは容易に考え難い上,自由な意思により抗告人のもとにとどまりたいと希望する長男に対し,その希望を断念するように強いるとなれば,これまた長男の心身に有害な影響を及ぼすことが懸念される。 そうすると,現時点において,長男の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ長男の引渡しを実現するために合理的に必要と考えられる行為を抗告人において具体的に探り当てることは非常に困難であり,このことは,上記の裁判機関等の判断により明白になっているということができる。 それにもかかわらず,抗告人に対し,長男を相手方に引き渡すことを命ずるとともに,これを履行しないときは1日につき1万円の割合による金員の支払を命ずる旨の間接強制決定をすることは,抗告人を窮地に追い込むものであって,過酷な執行として許されないものといわざるを得ない。本件は,間接強制決定が過酷執行として許されないことが,間接強制の申立てに先行する手続における裁判機関等の判断により明白になっているといえる事案であって,このような場合には,執行裁判所は,例外的にそうした事情を考慮して間接強制の申立てを却下すべきであり,このように解したとしても,執行手続の迅速性を害することはないと考える。 (裁判長裁判官 宮崎裕子 裁判官 山崎敏充 裁判官 戸倉三郎 裁判官 林 景一) 以上:4,548文字
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