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一定の金員を支払えば離婚するとの誓約書を無効とした判例紹介

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平成30年 2月26日(月):初稿
婚姻前に夫婦間で一定の金員を支払えば、夫婦のいずれからも離婚を申し出ることができ、その申し出があれば、当然相手方が協議離婚に応じなければならないとの誓約書について、離婚という身分関係を金員の支払いによって決する内容であることを理由に公序良俗違反で無効とされた事例平成15年9月26日東京地裁判決(新日本法規提供)の関係部分を紹介します。
超高額所得者夫への財産分与請求で妻の寄与割合を5%とした判例紹介」と同じ判決です。

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主  文
1 原告と被告とを離婚する。
2 原告は、被告に対し、10億円及びこれに対する離婚判決確定の日の翌日から支払済まで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、これを2分し、その1を原告、その余を被告の各負担とする。

事実及び理由
第1 請求

(本訴請求)
原告と被告とを離婚する。

(反訴請求)
1 被告と原告とを離婚する。
2 原告は、被告に対し、110億円及びこれに対する離婚判決確定の日の翌日から支払済まで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
1 本訴事件は、夫である原告が、妻である被告に対し、民法770条1項5号の婚姻を継続しがたい重大な事由があるとして、離婚を求めた事案である。
 反訴事件は、被告が原告に対し、民法770条1項1号の不貞行為、同項5号の婚姻を継続しがたい重大な事由があるとして、離婚を求めると共に、別居開始当時の巨額な現有財産の多くを占める預貯金等のほぼ半額を、慰謝料も加味した財産分与として、その分与を求めた事案である。
 原告は、主に、現有財産は、原告がその特有財産を原告の才覚によって増加させたものであるから、財産分与は認められない旨主張して、争っている。
 また、関連して、婚姻届提出前の原被告間で締結されたと原告が主張する将来の離婚に関する約束の成立、効力も争われている。

2 前提事実(後掲括弧内の証拠原因により、容易に認めることができる。)
(1) 当事者
 原告は、昭和6年3月30日生の男性で、現在東証一部上場会社である株式会社ニフコ(以下「ニフコ社」という。)の代表取締役である。原告は、昭和30年1月28日、前妻Cと婚姻届を提出し、昭和56年9月4日Cと離婚届を提出した。原告とC間に、長男D、長女Eがある。

 被告は、昭和16年4月14日生の女性である。被告は、昭和49年7月22日、前夫Fと離婚した。被告とFとの間には、長女G(昭和42年12月15日生)がある。(乙22の1ないし3、乙23の1、2)

(2) 原告と被告の婚姻等
 原告と被告は、昭和58年4月22日、婚姻届出をした。原被告間には、子がない。(乙22の1ないし3)

(3) 誓約書の存在
 昭和57年12月付で、被告名で作成され、原告及び被告が署名押印した体裁である、次のとおりの記載がされた誓約書(以下「本件誓約書」という。)が存在する(原文縦書、なお、甲は被告、乙は原告を指す。)。
   記
 ・・・
一、離婚に対する財産分与について。
将来甲乙お互いにいずれか一方が自由に申し出ることによって、いつでも離婚することが出来る。
(一) 甲の申し出によって協議離婚した場合は左記の条件に従い乙より財産の分与を受け、それ以外の一切の経済的要求はしない。
(イ) 婚姻の日より五年未満の場合 現金にて五阡万円
(ロ) 右同文 十年未満の場合   現金にて壱億円
(ハ) 右同文 十年以上の場合   現金にて貳億円
(二) 尚、乙の申し出によって協議離婚した場合は前項、第(一)項の金額の倍額とする

二、遺産相続について。
 遺産相続は現金で参億円とする。但し遺言によってこれより増額することは出来る。
 従って、民法に定める法定相続分並びに遺留分については、全て放棄する。
 右、誓約いたします。
 ・・・
 (乙6)

(中略)

3 争点(財産分与の可否及び額)
(1) 本件誓約書の成否及び効力
ア 原告の主張

(ア) 本件誓約書は、被告がその意思に基づいて作成したものである。
 原告は、被告との再婚を決意するにあたり、既に特有財産を形成していたこと、再婚者の離婚時における財産分与について多くのトラブルを目にしていたこと、万一、被告との間で将来離婚問題が生じた場合に、其の混乱と時間の浪費を避けたかったことから、米国で再婚の場合よく実行され、法的にも有効であるprenuptial agreement(婚前契約書)の作成を被告に提案した。当時、被告は、原告と十分に話し合い、その趣旨を十分に納得し、昭和57年12月、原被告は本件誓約書を作成し、署名捺印した。更に、原告は、被告が、原告の死後、原告の実子との間でトラブルを抱えないように、相続の事まで誓約書の内容に言及した。そして、本件誓約書を踏まえ、原告は、昭和58年4月22日、被告との間で婚姻届出を提出した。

(イ) 本件誓約書は被告の意思に基づいて成立したものであるが、本件は協議離婚でなく、裁判離婚であるから、原告が離婚を求め、協議離婚が成立した際に支払うべき4億円も、被告が離婚を求め、協議離婚が成立した際の2億円も支払うべき義務はない。

(ウ) 2億円ないし4億円以上の財産分与が相当と判断される場合の主張

(a) 被告の主張(イ)aは争う。
 本件誓約書の趣旨は、協議離婚が整った場合、或いは、協議離婚が整わなかった場合には、裁判離婚等が成立した場合の財産分与額を定めるものと解すべきである。
 そうだとすると、本件誓約書は、有効である。

(b) 被告の主張(イ)bは争う。
 本件誓約書は、本来被告が認められるべき財産分与額より、高額な財産分与を認めていることからして、この点の被告の主張は理由がない。

(c) 被告の主張(イ)cは争う。
 民法上の夫婦財産契約は、どのような内容を定めても、公序良俗に反しない以上有効である。
 また、条文上、婚姻届出前の夫婦財産契約は有効とされているところ、夫婦財産契約を婚姻届出前に限ったのは、不合理であること、内縁開始時点は不明確であることからすると、内縁開始後の夫婦財産契約の効力を否定すべきとはいえない。
 なお、相続に関する部分は一部無効とすれば足りる。

(d) 被告の主張(イ)dは争う。
 原被告の当時の意思は、協議離婚に留まらず、全ての離婚に適用があるとのものであった。

b 本件誓約書による合意のうち、離婚の際の財産分与の上限額についての合意部分は、何ら公序良俗に関しない部分であるから、有効である。そして、被告は、平成9年12月8日、米国で離婚訴訟を提起したものであり、被告が離婚を申し出たことは間違いないから、被告は2億円を超える財産分与の請求をすることはできない。

c 仮に、原告が離婚を申し出たと解したとしても、本件誓約書による合意によれば、被告は4億円を超える財産分与の請求をすることはできない。

イ 被告の主張
(ア) 本件誓約書の被告作成部分は偽造されたものである。

(イ) 仮に、本件誓約書の被告作成部分が真正に成立したものであるとしても、次のとおり、無効である。
a 本件誓約書第1項柱書の文言は、金銭の支払を条件に、いずれか一方の申し出によって、自由に離婚することを認めた規定であるから、明らかに一方当事者の意思表示に基づく離婚を想定しており、日本法で認められた、協議離婚、調停離婚、審判離婚、ないし裁判離婚のいずれの要件も充たさないものであるから、強行法規ないし公序良俗に反し、無効である。

b 本件誓約書は、220億円を超える共有財産に比して分与額が著しく低額であり、原告が有責である事案であることも鑑みると、相続の場合等に比しても不当であること及び相続契約をその内容に含んでいることからして、公序良俗に反し無効である。

c 民法上の夫婦財産契約の要件を充たすものでないから、無効である。
(a) 民法上の夫婦財産契約は、婚姻前に包括的な夫婦財産関係に対して、婚姻当事者があらかじめ権利・義務関係を決める契約である。したがって、その中には、〈1〉夫婦財産の所有関係に関する規定、〈2〉管理処分関係に関する規定、〈3〉責任関係に関する規定、〈4〉清算関係に関する規定についての定めがなければならない。
 そうであるのに、本件誓約書は、離婚における財産分与と遺産相続について規定しているのみである。
 したがって、民法上の夫婦財産契約に該当しない。

(b) 離婚の際の夫婦財産の清算方法が、夫婦財産契約中に定めることが認められているのは、妻の寄与分が低く見られやすい現状において、夫婦財産契約中に妻の寄与分の割合を定めることによって、妻に応分な寄与分を確保するという積極的な意義が見いだされることによる。
 しかし、本件においては、協議離婚の際に分与される財産のみを定め、かつ、被告の申し出による協議離婚の場合には、原告の保有する巨額な財産額のごく一部しか被告に分与しないとしている。
 これは、妻の応分な寄与を確保するという前記趣旨に反する。
 したがって、民法上の夫婦財産契約に該当しない。

(c) 夫婦財産契約において、相続について規定することはできない。
 しかし、本件誓約書には、その定めがある。
 したがって、民法上の夫婦財産契約に該当しない。

(d) 民法755条は、直接には法律上の婚姻をなした夫婦が、婚姻前に締結した夫婦財産に関する契約についての規定であるが、同条は内縁関係においても準用されるべきである。
 そして、民法755条は、夫婦財産契約は、婚姻前に締結しなければならないとしている。
 そうすると、既に内縁関係にある男女間で締結した夫婦財産契約は効力がないと解するべきである。

d 本件誓約書が有効であったとしても、協議離婚の場合に適用があると解すべきであって、裁判離婚が問題となっている本件においては、適用がないと解すべきである。
(ウ) 原告が、本件誓約書を偽造したことからすると、原告は、被告と婚姻した当初から、被告との婚姻期間が10年以上に渡った場合で、かつ自ら被告に離婚を申し出た場合には、被告に対して、財産分与として4億円の支払をなす意思を有していたと解される。
 したがって、少なくとも、本件において、被告は、原告に対し、4億円の財産分与を請求することができる。

(中略)

第3 当裁判所の判断
1 まず、本件の争点に関連する事実認定をした上、最後に認定された事実を踏まえ、各争点に対する判断をする。また、認定事実ごとに、証拠評価を付加する。
 (中略)

3 原被告が婚姻に至るまでの経緯及び本件誓約書の作成の経緯
 前記前提事実に証拠(甲23、乙79、87、原告、被告各本人及び後掲各証拠)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。
(1) 被告は、昭和16年4月生の女性であるが、前夫Fとの間に、長女G(昭和42年12月5日生)があった。

(2) 原告と被告とは、双方が婚姻中である昭和48年ないし昭和49年に知り合った。被告は、昭和49年7月22日、前夫と離婚し、実家に戻ったが、原告と被告は、その頃、関係をもった。原告は、同年11月までに、被告及びGをニフコ社がゲストハウスを所有していた東京都港区麻布狸穴町のマンションに住まわせ、生活費一切を負担し、そこを訪れるようになった。原告は、同月15日頃には、そこで、被告と共にGの七五三の祝いをした。

 原告は、その母Iや兄夫婦と共に、昭和50年8月10日、11日、被告、Gを箱根の別荘に招き、共に泊まった。原告は、昭和51年12月14日は、被告、Gと共に、ハワイに滞在した。原告は、Iと共に、同年8月7日から12日まで、被告、Gを連れ、北海道旅行をした。
 その頃、被告とGは、原告の費用負担によって、Gの教育などの関係で、数年間渡米するなどして、海外で生活したが、その間原告は、2で認定した、ニフコ社株式の東京証券取引所の上場の前後であったため、本拠を日本に置いており、渡米等する際に、被告とG方を訪れる生活をしていた。
 昭和54年7月23日、Iないし原告の承認の下、被告とIの養子縁組の届出が出され、被告は、A姓となった。その後、その養子縁組が離縁等によって解消されたことを認めるに足りる証拠はない。

 被告とGは、帰国し、昭和55年以降、南千束土地建物で、原告と原告の母と同居するようになった。
 このような経過からすると、原告と被告が実質的に婚姻したのは、昭和50年半ば頃と解されるが、同居して生活を完全に共にするようになったのは、昭和55年以降、南千束土地建物で同居を始めた時点と解するのが相当である。(乙19、20、乙22の3、乙64

 なお、原告は被告との事実上の婚姻関係が発生したのは、Cと離婚が成立した昭和56年9月4日である旨主張し、それまでは、ガールフレンドに過ぎなかった旨主張するが、その点に関する原告人尋問の供述は、昭和55年頃、南千束土地建物で同居して以降であるとするもので、その主張を裏付けるに足りないこと、遅くとも昭和50年には、原告の親族に、原告の実質上の配偶者として扱われていることからすると、その主張は、採用できない。

 また、原告は、本人尋問において、被告とIとの養子縁組の届出は、被告が原告ないしIの承認を得ずにしたものである旨供述するが、原告がこの点を被告に抗議したり、それを解消するよう図ったとは認められないことからすると、その供述は不自然で、採用できない。
 他方、Gが作成した陳述書である乙20には、原告、被告、Gは、昭和50年頃、米国に移り住み、そこで同居し、帰国後、昭和55年からは茅ヶ崎建物、昭和56年からは南千束建物において、同居した旨の記載があるが、原告本人のみならず、被告本人とも矛盾すること、昭和50年から昭和54年は、原告はニフコ社の上場の直前であるから、日本を本拠としていたとの原告本人の信用性が高いことからすると、乙20のみからは、上記記載どおりの認定はできない。)

(3) 原告とCは、昭和56年9月4日、離婚届出を提出した。

(4) 原告は、被告との再婚を決意するにあたり、既に巨額の財産を形成していたこと、再婚者の離婚時における財産分与について多くのトラブルを目にしていたこと、万一、被告との間で将来離婚問題が生じた場合に、その混乱と時間の浪費を避けたかったことから、米国で再婚の場合よく実行され、米国においては法的にも有効であるprenuptial agreement(婚前契約書)の作成を思い立ち、当時ニフコ社の社長室長であったJ(以下「J」という。)にその草稿の作成を依頼した。

 Jは、裁判離婚、協議離婚の違いを理解した上で、上司の離婚に関しては、協議離婚に限定するのが穏当であると考え、協議離婚の場合に限定した草稿を作成した。また、原告は、被告に、その作成を提案し、それが結婚の条件であると述べた。被告は、昭和57年12月、Jが作成した草稿を参考にして、修正を加えた上、本件誓約書を作成し、署名、捺印をした。その後、原告も、署名、捺印をした。(甲2、13ないし16(いずれも枝番を含む。)、32、34、乙6、証人J。

 なお、被告は、本件誓約書は偽造されたものと主張し、乙79、87、被告本人には、それに副う記載、供述がある。
 しかし、被告本人の供述は曖昧であること、被告自身が米国において宣誓して供述したものを邦訳した甲13の4において、曖昧ながら、自らが作成したことを認めるともとれる部分もあることに鑑みると、乙79、87、被告本人の上記記載、供述は、これに反する甲23、32、証人J、原告本人に照らし、採用することができない。)

(5) 原告は、本件誓約書を踏まえ、昭和58年4月22日、被告との間で婚姻届出を提出した。

(中略)

8 争点(1)(本件誓約書の成否及び効力)に対する判断
(1) 本件誓約書の成否

 前記認定の事実経過からすると、被告の意思に基づいて本件誓約書が成立したことは明らかである。

(2) 本件誓約書の効力
ア 本件誓約書においては、本文冒頭である第1項に、「将来」原被告「お互いにいずれか一方が自由に申し出ることによって、いつでも離婚することが出来る。」との文言が記載されているところ、その文言の内容、わざわざ別項を設けていること、申出が原被告のいずれかで財産分与額を異にして規定していることからすると、本件誓約書は、定められた金員を支払えば、原被告のいずれからも離婚を申し出ることができ、他方、その申し出があれば、当然相手方が協議離婚に応じなければならないとする趣旨と解される。

 そうだとすると、本件誓約書は、将来、離婚という身分関係を金員の支払によって決するものと解されるから、公序良俗に反し、無効と解すべきである。

イ この点、原告は、予備的に、本件誓約書を、協議離婚、裁判離婚を問わず、最終的に、離婚が定まった場合に、原被告のいずれかが申し出たかによって、将来の財産分与額を定めた婚姻財産契約であるとして、その限度で有効と解すべき旨主張する。
 しかし、そのような解釈は、上記の明確な文言に反するものであって、採用することができない。

ウ また、仮に、本件誓約書を離婚が定まった場合の財産分与額を定めたものと解する解釈が可能で、かつ、他の無効事由が認められないとしても、本件誓約書は、文言上、協議離婚しか想定されておらず、また、その草稿を作成したJも、協議離婚と裁判離婚等のその他の離婚を区別して作成したものであること、米国の婚前契約書のことまで熟知していた原告が日本の裁判離婚と協議離婚の区別がつかなかったとは到底考えがたいことを考慮すると、本件誓約書が、協議離婚の場合しか想定していないことは明らかである。

エ よって、その余の点について判断するまでもなく、本件誓約書は、裁判離婚が問題となっている本件においては、効力はない。
以上:7,326文字

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