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相手方を独身と信じたことに過失がないとして責任なしと認めた判例紹介

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平成29年10月25日(水):初稿
○夫は被告に対して一貫して独身と詐称し続けており、被告は夫が既婚者であることを知っていたとはいえず、またそのことによる過失は認められないとして、妻から被告に対する300万円の慰謝料請求を棄却した平成25年7月10日東京地裁判決(TKC)全文を紹介します。




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主   文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求

 被告は,原告に対し,金300万円及びこれに対する平成22年7月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
1 原告は,同人がC(以下「C」という。)と婚姻中にもかかわらず,被告がCと肉体関係を持ちいわゆる不貞関係となったことから,原告とCとの婚姻関係が破綻し,原告が非常な精神的苦痛を被ったとして,被告に対して慰謝料300万円及び不法行為後の日である平成22年7月5日から支払済みまで遅延損害金の支払を請求した。

2 前提事実
(1)原告(昭和40年○○月○日生。当47歳)は,専門学校の同級生として知り合ったC(昭和40年○月○日生。当48歳)と,平成元年,婚姻し,同年,Cとの間に,長女をもうけた(甲1,8)。
(2)被告(昭和49年○月○○日生。当39歳)は,平成22年当時,Cと勤務先を同じくしていたことから,同人と知り合った(甲2,被告本人)。
(3)被告は,平成22年8月頃,被告との同居を開始した(乙5,証人C,被告本人)。
(4)被告は,平成23年○月○日,Cとの間に長男(以下「長男」という。)をもうけ,Cは,同月19日,長男を認知した(甲2)。
(5)原告代理人は,被告に対し,平成23年8月15日付けの通知書と題する書面(以下「通知書」という。)を送付し,同月16日,被告に到達した。同書面には,Cが原告と婚姻関係にある旨の記載がある(甲5の1・2)。
(6)原告とCは,平成24年7月6日,調停離婚した。

3 争点及びこれに対する当事者の主張
(1)被告が,不貞当時,Cに配偶者がいることを知っていたか又は知らないことにつき過失があるか
(原告)
 下記各事実を総合すれば,被告が,不貞当時,Cに配偶者がいることを知っていたことは明らかである。
ア 被告は,Cと勤務先を同じくしていた。
イ Cは結婚指輪をはめていた。
ウ Cの年齢からすれば一般常識として既婚者であると容易に認識できた。
エ Cは,平成22年11月又は12月,被告を同行して,静岡県内のCの姉夫婦のもとを訪れた。この際,Cの姉は,Cに対し,同人が被告と同道していたことから,原告と離婚していないことをたしなめており,これを被告も聞いていた。
オ 被告がCから離婚していると聞いていたとしても,同人が婚姻届の提出を先延ばしにする態度から既婚者であることを察知し得たはずである。
カ 仮に,Cと被告との間の長男の出生までの間,Cが既婚者であることを認識していなかったとしても,同出生後,婚姻届を提出せずに認知だけしたことから、既婚者であると容易に気付くはずである。

(被告)
 否認ないし争う。 

(2)原告とCの婚姻関係が,不貞当時,既に破綻していたか
(被告)
 原告とCは,遅くとも平成22年8月から別居に至っており,さらに,同年11月から,Cは,原告及び長女に対する生活費の支払を止めている。そして,原告は,平成23年1月頃,家事調停に至っている。そうすると,Cと原告の婚姻は,平成22年8月の別居時から,事実上破綻していたといえるから,被告がその後にCと同居することに違法性はない。

(原告)
 否認ないし争う。

第3 当裁判所の判断
1 認定事実

 前提事実,後記各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1)被告は,平成22年2月頃,その勤務先に入社してきた被告と知り合った(証人C,被告本人)。

(2)Cは,被告と知り合った当時から,同人に対し,「自分には妻子がいたが,今は離婚して独身だ。」と虚偽の事実を話していた。勤務先においてもこれを疑う者はいなかった。(乙5,証人C,被告本人)

(3)Cは,被告と知り合って間もなく,同人に交際を申込み,被告もこれを受け容れた。この際,Cは,被告に対し,「αにマンションがあるが,離婚した妻と娘が住んでいる。離婚したので行き先がなく,今はβの友人の家に住んでいる。」旨話していた。被告は,従前,被告や勤務先の者らから聞いていたとおり,Cは独身者であると考えていた。(乙5,証人C,被告本人)

(4)
ア Cは,平成22年4月頃,被告に対し,「一緒に暮らしたい。」「結婚したい。」と話した上,必要欄に記入した婚姻届を示した。被告は,Cの言葉を信じて,結婚を約束した。(乙5,証人C,被告本人)

イ 原告は,「Cは結婚指輪をはめていた。」として,これによりCが既婚者であることを被告が認識し得たと主張し,原告本人尋問においてその旨供述するが,被告はこれを否定する。そこで検討するに,原告は,Cが勤務先等,被告の面前で結婚指輪をはめていたか否かについては認識していないこと,他方,Cは,上記認定にみたとおり,被告との交際を望んでいたのであるから,自らが既婚者であることが被告に認識されないよう少なくとも被告の面前においては同指輪をはずしていたものと推認できることからすると,原告の上記主張はこれを認めるに足りず,その他本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。

(5)
ア Cと被告は,平成22年7月頃,静岡県御殿場市に所在するCの父の墓参りに赴いた。この際,Cと被告は,同市内に居住するCの姉夫婦の家に立ち寄り,同人らと会うなどした。(乙5,証人C,被告本人)

イ 原告は,「この際,Cの姉は,Cに対し,同人が被告と同道していたことから,原告と離婚していないことをたしなめており,これを被告も聞いていた。」として,被告においてCが既婚者であることを認識した旨主張し,原告の提出する電話聴取書(甲7)には,原告代理人弁護士が,Cの姉から,上記原告の主張に沿う事実を聴取した旨の記載がある。しかしながら,Cの姉については反対尋問を経ておらず,同人の供述につき客観的裏付けも見当たらないのであって,上記記載内容を措信することはできない。これによれば,原告主張の上記事実につきこれを認めるに足りず,その他本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。

(6)Cは,平成22年8月頃,被告と2人で住むため,東京都武蔵野市内のアパートを借り,同居を開始した。これと前後して,被告の妊娠が明らかとなった。このころ,被告は,Cに対し,婚姻届を提出するよう提案したが,Cは,「いい日取りに提出したい。」「新しい戸籍を作ってから入籍したいので待って欲しい。」などと,婚姻届の提出を先にしたい旨言った。被告は,Cの上記言動に特段の疑いをもたず,これを了承した。(乙5,証人C,被告本人)

(7)被告は,平成23年1月頃,出産が近付くのに婚姻届を提出しようとしないCに対し,「なぜ入籍できないの?」「もしかして離婚していないの?」などと言って,いらだちをぶつけた。これに対して,Cは,離婚はしているが,原告との間でマンションの処理をめぐって争いが継続しており,これが終わるまでは入籍するなと義兄から言われている旨言って,その場は収まった。(乙5,証人C,被告本人)

(8)被告は,上記(7)と同様に,平成23年2月頃にも,Cの離婚を疑ったことがあったが,同人は離婚しているとの答えであった。Cは,弁護士から聞いたとして,被告に対し,子が出生したらまず認知して,その後に入籍しても全く問題がないなどと話した。被告は,Cが本当に離婚しているか否か調べる方法がないかも考えたが,実現可能な案は浮かばなかった。(乙5,証人C,被告本人)

(9)被告は,平成23年○月○日,Cとの間の長男を出産した。その前日もなぜ入籍ができないのかCを問い詰めたが,同人からは,上記(7)同様,マンションの件が解決するまでは義兄が反対していて無理だと説得され,被告としては,法律上は入籍が可能だが,Cとしては親族の反対がなくなるまで待っているのだと理解した。(乙5,証人C,被告本人)

(10)Cと被告は,長男の出生後,出生届と認知届を役所へ提出した。被告は,認知の方法に拠ったことに納得がいかず,この際もCの離婚の有無について同人を問い詰めたが,この際もCは従前の同様の回答を続けるに止まった。(乙5,証人C,被告本人)

(11)被告は,平成23年8月16日,原告の代理人弁護士から通知書を受け取り,Cが未だ原告と婚姻関係にあることを知った。被告は,怒りを抑えることができず,通知書をCに示して,離婚していなかったことをなじったが,Cはこれを否定しなかった。(甲5の1・2,乙5,証人C,被告本人)

2 争点(1)(被告が,不貞当時,Cに配偶者がいることを知っていたか又は知らないことにつき過失があるか)について
 上記認定事実によれば,
〔1〕Cは,平成22年2月過ぎ頃,被告に交際を申し込み,同年4月頃には結婚の約束をし,同年8月頃からは同居を開始したこと,
〔2〕Cは,被告との交際当初から,同人との間に長男が出生した後の通知書の送付がされた平成23年8月16日に至るまで,被告に対し,一貫して自己を独身者と詐称し続けていたこと,
〔3〕被告は,少なくとも平成23年1月頃までの間はCが独身者であることを全く疑わなかったこと,
〔4〕被告は,Cとの間の子を妊娠し,その出産が数か月後に迫った同月頃になって,なお入籍を引き延ばそうとするCの態度をみて,同人が離婚していないのではないかと疑うようになり,同人に回答を求めるなどしたこと,
〔5〕しかし,Cは,同事実を否定し,マンションの件が落ち着き,義兄の承諾が得られれば即入籍する旨を被告に言ったこと,
〔6〕被告は,Cが離婚していないか否かについて具体的根拠もなく,調査手段も思い付かない中で,同人の言葉に納得せざるを得なかったこと,
〔7〕その後,通知書を受領した平成23年8月16日に至って,Cが原告と離婚していないことを知ったことの各事実が認められる。

 以上によれば,被告において,Cとの交際開始から通知書を受領するまでの間,Cが婚姻届を先延ばしにする態度に出ていた以外は,同人が既婚者であり離婚していないことを疑うべき具体的事情を認識し又は認識し得べき状況にはなく,Cからは婚姻届を提出することは可能だが反対する親族が納得するまで待って欲しいと言われていた(以下「本件弁解」という。)のであるから,被告がCを独身と信じたことはやむを得ないものというべきである。

 被告は,「仮に,Cと被告との間の長男の出生までの間,Cが既婚者であることを認識していなかったとしても,同出生後,婚姻届を提出せずに認知だけしたことから,既婚者であると容易に気付くはずである。」と主張するところ,被告においても,長男の出産直前までに,婚姻届を提出しないCが本当に独身なのか疑う気持ちが強くなり,同出産後にも,婚姻届を提出せず子の認知のみをしたCの態度をみて,疑いを深めたことは上記認定のとおりであるが,Cとの同居,子の妊娠を経て,出産前後に至ったこの時期に,なおCにおいて本件弁解をしていたことなどを考慮すると,被告においてCが既婚者であると知り又は知り得る状況にあったとは認めるに足りず,その他本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。

 以上によれば,被告につき,不貞当時,Cに配偶者がいることを知っていたとはいえず,また,知らないことにつき過失があるともいえないから,その余の争点を判断するまでもなく,原告の請求は理由がないことに帰する。

第4 よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第1部 裁判官 塚原聡
以上:4,874文字

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