平成29年 1月27日(金):初稿 |
○「面会を拒否した母に対する慰謝料請求を認めた横浜地裁判決全文紹介2」の続きで、母に対し70万円の支払義務を認めた平成21年7月8日横浜地裁判決(家月63巻3号95頁)判決裁判所の判断部分後半です。 ********************************************* 2 被告が面接交渉に応じないことに相当の理由があるかについて (1) 原告の学校行事への参加について 本件合意において,原告の学校行事への参加については,「将来,前向きにその都度話合いをして決することとする。」旨の合意が成立していたものであるところ,当該合意内容からすれば,原告が学校行事に参加するについては,被告と協議して両者が了解の上で参加すべき旨の合意が成立していたものであった。そして,被告は,本件合意に際して,原告の学校行事への参加については,今すぐということではなく,将来きちんと話し合って決めるという合意であると審判官から説明を受け,将来,離婚が成立するなどして,原告と円満に話合いができる関係になってから実行されるべき合意であり,このような関係が実現するのはずっと先のことであると考えていた。 しかし,本件合意の条項からは,「将来」という語句が被告の認識していたほど先の時期を当然に意味するものと解することはできず,原告が,本件合意の成立後相当期間経過後に,本件合意に基づき,学校行事への参加について協議ができると考え,協議の申入れをしたことについては,本件合意に反する行動とみることはできない。そして,協議が成立していないのに学校行事に参加した点については,本件合意の趣旨に反する行動というべきであるが,一方で,被告が協議自体に応じない態度を取っていたこと,原告の学校行事への参加は,事前に学校側の承諾を取った上で行われ,結果として学校側に迷惑をかけていないこと,及び原告に長女にとって違和感を感じられる行為(参観時に長女の近くに長く佇立し,他ヘ移動しないこと等)があったものの,それ自体が長女の福祉に反する内容のものとはいえない(子の気持ちとして親がいつまでも側にいることについて恥ずかしいとの感情を抱くことは当然に考えられるものの,このような感情を一時的に抱くことによって子の精神的な成長過程に何らかの悪影響が及ぶとは考えられない。)ことを考慮すると,原告の当該行動は,被告の心情を害するものであるとしても,当該行動を根拠として,円滑に継続されてきた面接交渉を中断することを正当化する理由とはならないというべきである。 他方,被告が原告の学校行事への参加に応じられない意向であった以上,当該参加についての協議に応じなかった被告の対応自体を独立して本件合意に反する行為として評価することはできないというべきである。 (2) 面接交渉の頻度等について 被告は,原告が,面接交渉の頻度を増やすこと,被告の立会なく原告と長女の2人のみでの面接交渉を行うことについて約束があったと主張して,これらの実現を要求したことも,被告が面接交渉に応じないこととした理由として主張する。 確かに,本件合意に際して,将来面接交渉の頻度を増やすことや,将来原告と長女の2人のみで面接を認めることについて確定的な約束があったと認めるに足りる証拠はない。 しかし,面接交渉の頻度については,本件合意に至る調停の場において,原告は,週2,3回とすることを求め,被告は月1回と主張していたところ,当面は月1回とし,様子をみて,多少増やせる余地を残す趣旨で,「月1回以上」と表記することとして,本件合意に至ったものである(被告本人)。したがって,将来は,面接交渉の頻度を増加する方向で交渉を行うことが予定されていたものであるから,原告が当該交渉の申入れの際に増加について約束があったと主張したからとして,これを本件合意に反する行為というには足りないというべきである。 また,面接交渉の態様についても,面接交渉を行う親と子の関係に格別の問題がなく,また,面接交渉を行う親が子を連れ去ったりするなどの懸念がない場合には,面接交渉を求める側の親が子の監護をしている他の親の立会なしで子と2人で時間を過ごすという態様による面接交渉が一般的に行われており,原告もこれを望んでいた(原告本人)のであるから,本件合意の際に,原告と被告の間で,面接交渉の態様について,当面は被告が立ち会うこととするが,将来は,原告と長女が2人で会うことを承諾することを被告において検討する旨の了解に至っていたものと推認することができる。 したがって,面接態様に係る原告の要求についても,本件合意に反する行為というには足りないというべきである。よって,面接交渉の頻度や態様に係る原告の要求等は,被告が面接交渉を拒絶することを正当化する理由とはならないというべきである。 (3) その他,被告において,面接交渉を拒絶することを正当化するに足りる事由があったと認めることはできない。 (4) よって,原告による面接交渉の頻度や態様等に係る要求や学校行事への参加が被告の心理的な負担となり,あるいは,被告の感情を害したことが契機となって被告が面接交渉を拒否するに至った経過があるとしても,被告が平成17年×月以降面接交渉を拒絶したことについて,正当な理由があったとはいえないから,被告は,原告に対して,本件合意の不履行について,債務不履行の責任を負うことを免れない。 3 長女の意向について (1) 長女は,調査官面接において,原告との面接交渉について消極的意向を明確に示しているところ,当該調査官面接における長女の原告に対する認識に係る供述はそのまますべてに信用性を認めることはできないとしても,調査官面接における長女の供述内容及び前記1認定の面接交渉の経過からすれば,遅くとも,長女が被告に連れられて転居するころまでには,面接交渉に対する長女の消極的な意向は明確なものとなっていたと認めることができる。なお,長女が平成19年の離婚確定直後に被告代理人からの意向聴取に際して示した原告に対する否定的な感情は,被告が面接交渉に対して消極的であることを長女が既に認識し,かつ,本件合意が効力を失ったという前提のもとに,被告の依頼した代理人からの意向聴取に対して,示されたものであるから,被告の感情に対する配慮が介入している可能性が大きく,これをもって,長女が同時点からから面接交渉について消極的意向を明確に有していたと認めるには足りない。 面接交渉権は,未成年の子の非監護親の権利として構成されているが,第1次的には未成年の子の福祉に資する目的で行使されるべきものであり,未成年の子が面接交渉を拒絶する明確な意思を有している場合(なお,子が,面接交渉に対して面倒であるとか気が進まないと感じているという程度では直ちにこのような場合に当たるとはいえない。)においては,子の福祉の観点から面接交渉権は制限される。 したがって,平成20年×月の転居以降の本件合意の不履行については,長女の前記意向から,面接交渉権が制限される上記場合に当たると認めることができるので,被告が面接交渉を拒絶するについて正当な理由があり,原告は,被告が長女の面接交渉に応じなかったことについて,転居先の電話番号を連絡しなかったこと等の関連する対応を含め,被告の債務不履行責任及び不法行為責任(原告の面接交渉権を侵害した責任)を主張し得ないというべきである。 (2) ただし,長女が面接交渉について消極的意向を形成するに至った経過において,被告が平成17年×月以降面接交渉に応じていなかったことが相当程度影響を及ぼしているものと考えられる。 長女にとって最も重要でかつ密接な人間関係にある被告の感情や言動は,被告において特に意図しなくても,長女の心理に影響を及ぼすことが当然に考えられる。したがって,被告が本件合意の不履行に際して,長女に対して原告との面接交渉を中断することを説明したり,離婚判決確定後に,長女に本件合意が効力を失った旨説明した行動や,その他,原告から長女に送られてきたプレゼントを送り返したりするなどの行動を取った際に,長女に対して,被告の原告に対する嫌悪感,不信感及び原告が長女と交流することを快く思わない気持ちが,被告の言動から自然に長女に伝わり,長女は,それぞれの機会にわずかながらも忠誠心の葛藤を生じつつ,次第に,より自分にとって重要で密接な関係にある被告の感情への共感を強めていく過程をたどったものと考えられる。 そして,面接交渉が中断されていたために原告と長女との間に十分な交流の機会が与えられなかったことにより,長女に原告に対する共感ないし配慮の心理を十分に形成する機会が与えられなかったことが相まって,長女の意識の中で原告の言動に対する否定的な側面が相対的に強化され,長女の面接交渉に対する消極的な意向を形成することとなったものと考えられる。したがって,長女が原告との面接交渉について消極的な意向を有するに至ったことについても,本件合意に係る面接交渉の不履行が一因となって生じた結果として,被告に,相応の責任があるというべきである。 4 損害額について 以上のとおり,原告は,被告の本件合意の不履行によって,平成17年×月以降長期間にわたり,本件合意に基づく面接交渉の機会を失い,さらには,上記不履行が一因となって長女に原告との面接交渉に消極的な心理が形成されることによって当面面接交渉が困難な状態となる結果を生じさせることとなったものであるところ,このような事態により,原告は,幼少の年代における長女と交流することにより得られたはずの親としての心理的な満足を得る機会を失い,また,今後も当面は長女と面会して同様の心理的な満足を得ることができない状態となり,我が子に会いたいという思いを日々募らせているものと察することができる。このような損失及び心情を考慮すると,原告の被った精神的な損害は軽微なものとはいえない。 他方,面接交渉を円滑に継続するためには,監護親と非監護親との間の面接交渉の実施に向けての協力関係の形成,維持が不可欠であるところ,面接交渉の継続に負担を感じる状態になっていた被告に対して,原告が,繰り返し,面接交渉の頻度の増加や学校行事への参加を要求し,自らの権利の実現をはかったことが契機となって,被告の面接交渉拒絶を招来した経過において,原告にも面接交渉を継続するための協力相手である被告に対して配慮不足があったことは否定できない。 また,被告から面接交渉を拒絶されることとなった後も,平成20年×月ころまでは,原告が被告の居宅等を訪れて長女と面会をしたり,電話による会話を行うことにより限定的ながら長女との交流が継続できていた(なお,このような交流をもって,面接交渉に代替する交流があったと評価することはできない。)ことは,前記認定のとおりである。 以上の事情及びその他本件記録に現れた一切の事情を考慮すると,原告が本件合意の不履行によって被った精神的損害に対する慰謝料額は,70万円と認めることが相当である。 5 不法行為に基づく損害賠償請求について 被告が本件合意に係る面接交渉を拒絶した行為は,原告の面接交渉権の侵害として不法行為を構成する。 しかし,面接交渉権の侵害の観点からみても,前記債務不履行に基づく損害を上回る損害の発生を認めることはできない。 第4 結論 よって,原告の請求は,本件合意の不履行に対する債務不履行による損害賠償として,70万円及びこれに対する平成20年6月16日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから,これを認容し,その余の請求は理由がないのでいずれもこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。(裁判官 中山顕裕) 以上:4,884文字
|