平成19年 9月27日(木):初稿 |
○「別れた子との面接交渉は権利というより義務と考えては」で「私は、真実、子に対する愛情があるのであれば、面接交渉とは、義務であって権利ではないと自覚すべきではと思っております。(中略)無理に面会することにより、子の母との生活に事実上支障が生じるような場合は、面会を我慢するのが真実の愛情と思えてなりません。」と述べました。 ○今のでもその考えは変わりませんが、最近は、更に表題の通り、「面接交渉は親の権利ではなく子の権利」と考えるべきと思っております。「面接交渉実施に第3者の介在を命じた事例-判示概要」では、「面接交渉は子供の健全な成長・人格形成のためであれば、その程度・方法には自ずから一定の限度があり、子の心理面、身体面に与える影響、子の意向等を十分配慮する必要」と述べられていますが、面接交渉はあくまで子のための制度であるとの考えが前提にあります。 ○結婚して子が生まれたら、その子が一人前の社会人になるまで育て上げる即ち監護・養育するのが親の最大の責務であることは、言うまでもないことです。子にとっては父・母の二親に育てられるのが理想ですが、現実には父・母の不仲が決定的となり、不幸にも離婚に至る例が数多くあり、今後、離婚に至る割合は増えることはあっても減る方向には行かないように思えます。 ○父・母は、2人で共同で子を一人前に育て上げることが最大の責務と言うことは、子は親に対し一人前になるまで、2人共同して育て上げよとの権利を有していると考えるべきです。不幸にも父・母が不仲が高じて離婚に至り2人共同しての監護・養育が出来なくなることは、これだけで子に対する重大な義務違反を行った即ち子の権利の一部を失わせたと自覚すべきです。 ○この自覚があれば離婚後は、より一層子を一人前にするためにどのように子の養育・監護を行うか真剣に考えるべきなのですが、残念ながら、現実には離婚に至った相手方への恨み・辛みで一杯となり、何が子の養育・監護のために重要かと言うことを考える余裕が無くなるのが現実です。 ○離婚時には父・母双方とも、相手方に対する怨み・辛みで視野狭窄に陥るのが一般であり、我々離婚紛争解決に携わる実務家は、先ず父・母が視野狭窄に陥っていることをある程度の時間をかけて、自覚していただく努力が必要です。 ○特に子供との面会の問題については、表題の「面接交渉は親の権利ではなく子の権利」と考えるべきであることのご理解を頂けるためにはどのような説明が適切かを、あれやこれやと思案を重ねていきます。 以上:1,041文字
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