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平成14年 7月15日(月):初稿 平成16年10月23日(土):更新 |
その後、何故こんなことになったか自分なりに考えました。その結果、この事案は、たとえ敗訴しても裁判を出すべきであったと反省しました。当初考えた理由は自己防衛でした。相手方、母、本人、私の4名だけの示談では、その経緯を立証できない危険があります。後で何を言われても反論資料がありません。和解の席にご本人出頭しての裁判上の和解にすれば、何よりも裁判官という最強の証人を得ることが出来ます。失礼ながらその女性は、被害妄想傾向で問題のある方でした。そのような方は絶対に中途半端な形での和解は避けるべきと結論づけました。これは、単なる自己防衛の考えでした。 しかし、我々はサービス業です。依頼者の方の満足を得るべく最大の努力をするのが最も重要です。この女性は、憎っくき前夫と徹底的に争いたかったのです。それを中途半端な示談で全く納得出来ない不本意な金額で和解したため不満が残り、和解後忽ち後悔したのです。そのため私に何度も電話を寄越し、私を恐怖のどん底に落とし、私に相手にされなくなると、あらゆる相談所という相談所を渡り歩き、不満を残した和解のためその後しばらく怨みの人生を送ったのです。この点、全く非生産的な無駄な人生で、今でも私を恨んでいるはずです。■わら人形 彼女が、無駄な人生を送る羽目になった最大の理由は私が関与した不本意な和解でした。これでは顧客満足を本旨とするサービス業務失格です。私は真摯に反省を迫られました。依頼者の満足、納得を得るためには、中途半端な和解はせず、例え敗訴であっても訴えを提起すべきでした。その後私は、あくまでご本人の納得を得ない限り和解は勧めまいと決めました。正に羮に懲りて膾を吹こうと誓ったのです。 以来、和解の場面では、依頼者に、「決めるのはご本人です。納得出来ないなら和解すべきでありません。」と繰り返しています。但し、「不本意な判決が出ても後悔しないようじっくり考えて下さい」とも付け加えます。ある先輩から、その姿勢は、依頼者の力強い指導の求めに応えないのだから、サービス業者として失格であり、客が増えないよと批判を受けました。客が増えないとの言葉にグサッと来ましたが、私は、ご本人の「納得」が一番重要と考え、この姿勢を崩していません。 しかし肩に力を入れて説得するより、この姿勢の方が結局目指す方向に向かうものであることも悟りました。 ■紛争解決の究極は人の心 以上:992文字
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