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実は、負ける側こそ弁護士の腕の見せ所(大切なこと)-全く同感

平成26年10月 6日:初稿
○ブログ・ツイッター・フェイスブック等ネットを通じての情報発信が膨大になされており、その情報は、正に「玉石混淆」です。弁護士自身による情報も「lawyaz-klubのアンテナ」、「弁護士 人気ランキング」等で相当な量の発信がなされています。私自身の当HPでの情報発信は、「石」が殆どですが、他の弁護士の情報発信では希に「玉」も見受けられます。最近、発見した「玉」と評価される弁護士情報として、「弁護士 小川義龍 の言いたい放題平成26年9月17日付「弁護士を志す諸君へ 」と言う記事があります。

○この記事で私が、最も感激したのは、「実は、負ける側こそ弁護士の腕の見せ所(大切なこと)」の中の「社会全体の幸福まで考えたとき、負け筋の事件に対して、依頼者が納得のいく負けさせ方を心得て、それを積極的に引き受ける弁護士こそ社会正義の担い手ではないかと思う。この事件は負け筋だけれども、俺こそが、これを引き受けて社会におかしな遺恨が残るのを阻止するぞと、そういう意気込み。」との一節です。

○私は、交通事故事件が多く、しかも他の弁護士に断られて何人目かに私に相談に来た難しい事件を多く取り扱っています。典型は「追突事故での統合失調症発症との因果関係を認めた判例概要紹介」で紹介した単なる追突事故むち打ち症で統合失調症を発症した事件です。何人もの弁護士に断られ、私のHPを見て先生なら受けてくれるのではと父親と一緒に相談に来ました。

○私がこの事件を引き受けたのは、正に小川弁護士の言う「この事件は負け筋だけれども、俺こそが、これを引き受けて社会におかしな遺恨が残るのを阻止するぞと、そういう意気込み。」でした。交通事故事件では、保険会社側に理不尽な対応を受け、それが被害を拡大する例が結構あります。その理不尽さに義憤を感じたら小川弁護士の言う「実は、負ける側こそ弁護士の腕の見せ所(大切なこと)」を肝に銘じて取り組んでいこうと思っております。

以下、「弁護士 小川義龍 の言いたい放題平成26年9月17日付「弁護士を志す諸君へ 」の一部を紹介します。小川先生、無断引用をお許し下さい(^^;)。

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【とはいえ、腕のいい弁護士は僅差の事件に勝つ】
 常勝は無理でも、五分五分の事案、つまりどちらが勝っても負けてもおかしくないような事件。これこそ優れた弁護士の腕の見せ所かもしれない。

 裁判は、簡単にいえば裁判官に対するプレゼンテーションだから、プレゼンテーション能力に長けた弁護士は勝ちを導きやすい。だから、勝率10割は誤導的と言うべきだが、事件を選り好みせず勝率が6割超えのような、そういう弁護士がいるとすれば、それこそ本当の敏腕弁護士だろう。

 ただ、訴訟は常に判決までたどりついて勝敗が出るわけではない。本当の敏腕弁護士は延々と争って判決で勝敗を付ける前に和解でさらっと実質的な勝ちを獲得してゆく(これを勝訴的和解という)ことも多いから、勝率など計算しようもない。和解に勝ち負けはつけにくいからだ。

 だから、やっぱり、声高に勝率を云々する弁護士は、私には、なんとなく胡散臭い感じがする。

【実は、負ける側こそ弁護士の腕の見せ所(大切なこと)】
 さて、ここから弁護士を志す諸君に、大切なことを言う。今日のブログで私が一番伝えたいことだ。ここまで書いたことは全て前置きだ。

 訴訟事件には必ず勝ち負けがあり、常勝の弁護士はいないと言った。裁判に勝った方が満足するのは当たり前で、これはアホでもできる。

 一方、負けた本人をどう納得させるか。これは腕のよい弁護士でなければできない。腕の悪い弁護士は、負けさせっぱなしだから、結局、負けた本人が負のオーラを社会にまき散らすだけの結果を導く。自分が負けたのは、裁判官が悪い、法制度が悪い、ひいては社会そのものが悪いと感じてしまうことになる。こうなると、結局、社会全体として「悪しきオーラ」の総量が減らない。それでは幸福な社会は実現できない。

 これだけ弁護士が頑張ってくれたのに、結果として負けちゃった、悔しいけれども、ちょっとなんだか裁判官の当たりが悪かった気もするけど、でもやっぱり、これで仕方がない。自分も弁護士も頑張ったから、もうこの件を考えるのはこれでオシマイ。さて、明日は何か楽しいことが待っているかなと、裁判を経てそういう前向きな明日を迎えてくれると、それは弁護士としては、負けてしまって残念ながらも、やり甲斐があったということになる。そしてその時点で、社会に存在していた負のオーラがちょっとだけ消滅する。そしてちょっとだけ社会の幸福度が上がる。はずだ。

 だから、もっぱら弁護士が悪くて負けたと言われないように、研鑽を積むべきなのだ。それこそが敏腕弁護士というもの。

【社会全体の「不満感」を減らすことこそ社会正義の実現】
 事件そのものに勝てばいいというのでは、ただの商売人弁護士だ。せいぜい事件を選り好みして常勝を喧伝すればいい。いや、してもらいたくない。

 むしろ、社会全体の幸福まで考えたとき、負け筋の事件に対して、依頼者が納得のいく負けさせ方を心得て、それを積極的に引き受ける弁護士こそ社会正義の担い手ではないかと思う。この事件は負け筋だけれども、俺こそが、これを引き受けて社会におかしな遺恨が残るのを阻止するぞと、そういう意気込み。

 そのためには、負け筋の事件だからといって、最初からあきらめてしまうのではなく、手抜きをしたりせず、負け筋だからこそ、依頼者と一緒になって最大限頑張るのだ。それが依頼者と自分だけの孤独な闘いであったとしても、最大限闘った上で負けたら、社会に対する不満の総量は、きっと減るに違いない。それこそが弁護士の生きがい。

 どうだろう、弁護士を志す諸君。
以上:2,399文字

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