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『小松先生のこうでありたい』との欲

平成21年 2月 4日:初稿
○私のHPを見て時々感想メールを頂く有り難い存在のAさんから、「筋トレ雑感-パワーリフティング界の凄い人たち」を見て「小松先生のホームページを見ると、『小松先生のこうでありたい』との欲がにじみ出ており、嬉しくなります.」とのメールを頂きました。「こうありたい」に続く言葉としては、単なる「欲」ではなく、「意欲」と表現して頂きたかったのですが(^^;)。

○「」をネットの大辞泉で引くと意味は、「欲しがること。むさぼり求めること。また、その気持ち。欲望。欲心。」で、例示として「欲が深い、金銭欲、欲の皮」等が出てきます。これに対し「意欲」の意味は「進んで何かをしようと思うこと。また、その心の働き。」で、例示として「意欲あふれる人材を求める、研究意欲に燃える」等が出てきます。

○「欲」は、「むさぼり求めること」との意味があるように露骨な表現で、何となく下品な感じがしますが、「意欲」は、「欲」をちとオブラートに包んだような何となく洗練された感じを受けます。おそらくAさんは、私の「こうありたい」との場合は、「意欲」よりも「欲」の方が表現がピッタリすると感じて「欲」と記載したものと思います。そこで私の場合、どうして「意欲」よりも「欲」の方がピッタリすると思われるのかを考えてみました。

○私は、人間の欲求の詰まるところは,他の人間から評価されたいとの欲求に尽きるのではと考えており、この欲求は人間が人間たる所以の根源的欲求で人間社会の発展の原動力であると思っています。ただ同じ評価されるでも評価されたい対象は人によって大いに異なります。世の優れた指導者として評価されたい、稼げる人間として評価されたい、異性にもてる男として評価されたい、果ては稀代の極悪人として評価されたい等人によって千差万別です。

○私自身を振り返ると、世の優れた指導者として評価されたいという欲求は、人の上に立ちたいと言う欲求とも繋がりますが,私はこの方面の欲求は殆どありません。仙台弁護士会長等「何とか‥‥長」とつく地位に就きたいとの欲求は全くと言って良いほどありません。異性にもてる男として評価されたいなんて欲求は、諦めの境地で全くありません。仕事の能力が高く稼げる人間として評価されたいとの欲求が多少あります。最も強くあるのは,周りに迷惑をかけずにひっそりと生きていきたいとの欲求で、特に健康面で生家の家族に迷惑をかけてきたので現在の家族に迷惑をかけず時が来たらポックリ死にたいと言う欲求だけです。

○ですから自分としては私自身を「欲」の少ない謙虚で控えめな人間と確信しており、Aさんがどうして露骨な「こうありたい」との「欲」と表現されたのかちと納得できないところがあります(^^;)。敢えて自分なりに分析・反省すると「世のため人のためになる」との公に尽くす気持ちが全く感じられない-実際そんな気持ちはありません-ため人間としての品性に欠けるからかなと思ったりもします。だとすると「欲」と表現されてもやむを得ないかなと思ったりもしているところです(^^)。
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