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私が霊魂等の存在を確信する理由-盲目の霊能者1

平成19年 8月11日:初稿
○私が、神(絶対者)や霊魂の存在を確信する理由は、物心がついたときから母に受けた洗脳があります。私の父は15歳から漁船乗組員となり、29歳の時に19歳の母と結婚し、2男2女をもうけ、私は父が40歳の時、父の最後の子として出生しました。私が生まれる数年前に長男が皮膚病で夭折しており、私は2人の姉の下の末っ子でした。

○漁船乗組員の収入は漁獲高に比例します。父親が結婚したのは昭和15年でその当時は漁船員の給与の最低保障制度などなく、漁に出ても魚が獲れないと収入は限りなくゼロに近くなります。魚が獲れるかどうかは、当時は魚群探知機なんて便利なものはなく、船頭の漁場勘に左右され、いわば船頭の腕に頼るところが大きく、船頭の責任は重大でした。

○私が生まれた昭和26年当時も同様で父は当時船頭をしており、船頭の家族は漁に出ると、巫女さんと呼ばれた霊能者のところに行って大漁祈願をして貰うの常でした。漁業や農業など大自然を相手にする仕事は、その仕事が成功するかどうかは、自然の恵みを貰う即ち神様に頼ることしか出来ないからです。

○我が家も特定の宗教を信じていたわけではありませんが、特定の部屋に大きな神棚と仏壇があり、母は毎朝神様と仏様に手を合わせて熱心に拝んでいました。おそらく私が物心付く以前から私にも神様と仏様に手を合わせるように指導していたものと思われますが、物心付いた頃の最初の記憶は、兎に角、「とおちゃんが、さかないっぱいとってくるように!」と一生懸命、神様、仏様にお願いしなさいと言う言葉でした。

○仏様は、父や母の先祖であり、私の実兄で幼くして亡くなった長男であり、分家である我が家の仏壇にある位牌と遺影は亡くなった長男のものが置かれていました。私は、幼心に母の言葉を素直に神様や仏様が居るものと信じて、母をまねて懸命に「とおちゃんが、さかないっぱいとってくるように!」懸命にお祈りしたものでした。

○大漁祈願をしてくれる巫女さんは何人か居たように記憶していますが、最も私の記憶に残っている方は、岩手県のある町に住んでいた方です。この方は日本時間昭和35年5月23日04時11分にチリ沿岸で発生したに巨大地震による津波の発生を預言し、且つ、その津波が三陸沿岸大津波となってその町に押し寄せたときもその方の居宅だけ被害を受けなかったと言う伝説の盲目の巫女さんでした。

○幼いときから時々この町の巫女さんの家に大漁祈願に連れて行かれたことを覚えていますが、私も小学校或いは中学校に入り、色々知識を得てくると、神様、仏様を素直に信じること疑問を感じた時期もありました。しかし、最終的にはこの巫女さんの霊能視能力によって科学では測れないものがあることを確信するようになりました。
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