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第48回宮城県ボディビル選手権を観て-60歳優勝に感動

平成25年 8月 5日:初稿
○平成25年8月4日は、「第46回宮城県・第38回東北・北海道BB選手権を見て」以来2年ぶりに第46回宮城県ボディビル選手権を観てきました。株式会社健康体力研究所、宮城トヨタグループ等名だたる企業に並んで当事務所も全48社の協賛企業の一つに入っており、招待券を頂いています。全34頁の大会パンフレット31頁の3分1枠に当事務所広告を掲載することで協賛企業になります。

○「RU平成22年2月例会-老後に向かって筋肉を鍛える」記載の通り、平成22年2月16日、宮城県ボディビル・フィットネス連盟会長藤原勤也氏を講師として、筋トレの話しをして頂き、「筋肉を鍛えているお陰で、身体を動かすことが全く苦にならず、むしろ楽しみとなり、例えば重い荷物を運ぶときなど、この動作はこの筋肉のためになると考え、一般に苦役となる筋肉労働も楽しみになる」との貴重なお話を頂きました。このご縁で、平成24年の大会から協賛競業に加えて頂きました。

○平成24年の大会は、20年近く恒例に恒例になっている大津恩師墓参りの時期と重なり観戦出来ませんでしたが、平成25年は私のベンチプレス師匠川上利宏氏が優勝をかけて参加する予定でしたのでなんとしても観戦するため早くから観戦を予定していました。ところが川上氏が体調の関係で平成25年大会には出場しないことになり、また、2,3度筋トレ指導を受けたことがある川上氏の実弟川上政貴氏も平成24年度選手権で優勝したことから参加しません。従って直接知っている方はどなたも参加しないため余り気乗りしない観戦となりました(^^;)。

○ところがパンフレットの出場者名簿を見ると男子一般の部全19名参加者の中に年齢60歳を超えた方が3名も出ています。角田市でドリームジムを経営するボディビル歴43年の菊池正幸氏60歳、マッスルジム所属ボディビル歴3年の小原伸夫氏、スポーツジムGET所属ボディビル歴18年の今野光輝氏です。一般の部参加者は20代5名、30代6名、40代5名、50代0名、60代3名で、20代・30代が中心です。おそらくどこの地区の大会でも同様と思われます。それが60代3名も出ているのですから、宮城の60代は元気が良いな感心しました。

○ところが、この60代の参加者でボディビル歴43年の菊池正幸氏は、パンフレット4頁の宮城県ボディビル選手権歴代優勝者欄を見ると、第8回(1973年)・第9回(1974年)の2回連続、また、第38回(2003年)と計3回も優勝しています。1973年というと昭和48年で私が大学3年の時です。私も大学1,2年と2年間は、X橋のたもとと、どこかのビルの地下に藤原ジムがあった時代に通っていました。当時、仙台にはボディビルジムと言えば藤原ジムしかなく、もしかすると藤原ジムで顔を合わせていたかも知れません。

○この菊池氏、最初の優勝時は20歳、第38回は50歳、第48回は60歳での優勝を目指しての参加と川上氏から聞きました。60歳で一般の部優勝はおそらく全国各地の大会でも余り例がないのではと思われます。しかし菊池氏の40数年の長きに渡って鍛え続け、還暦のためか一人だけ赤いパンツで、より目立つ肉体は正に燻し銀の如くきらめいていると感じさせるものでした。特に背中、広背筋下部の広がりはダントツで物凄いとしか表現出来ません。イベント最後の一般男子順位最終発表は、ハラハラさせられましたが、予想通り菊池正幸氏の名前が告げられたときは、大いに感動しました。

○このボディビル競技、肉体を極限まで鍛え上げ、更に、大会直前数ヶ月で体脂肪を数パーセントレベルまでに落として絞り込む鍛錬は大変な苦しみも伴うものです。60歳で一般の部で20代、30代の若者に伍してどころか、若者を蹴落として優勝する努力は、筆舌尽くしがたいものと思われ、60代に大いなる励ましを頂いた菊池正幸氏に心から敬意と祝意を表します。
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