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2012年9月1日発行第84号”張湯の検察実務”

平成24年 9月 1日:初稿
横浜パートナー法律事務所代表弁護士大山滋郎(おおやまじろう)先生が毎月2回発行しているニュースレター出来たてほやほやの平成24年9月1日発行第84号「張湯の検察実務」をお届けします。

○例によって教養のない私にとっては、大山先生の日本史、日本文学に限らず、西洋史、中国古典にまで及ぶ博識の情報は大変勉強になります。中世ヨーロッパの「動物裁判」なんて初めて知りました(^^;)。現代の感覚からすると、動物を裁判にかけて何の意味があるのか、何か実益があるのかと不思議に思いますが、ウィキペディアでの解説によると、「史料上確認できる動物裁判は、有罪となったものだけでも合計142件記録されている。この裁判は12~18世紀の時代に見られ、特に動物裁判が活発だったのは15世紀から17世紀の間。その3世紀における裁判は合計122件である。」とのことです。

○3世紀で122件というと大した件数ではありませんが、資料で確認出来るだけだそうですから、資料に残されていないものは相当数あったのでしょう。「17世紀のフランスで、痒みで人を苦しめた南京虫が銃殺刑に。」には、笑ってしまいましたが、その意義については、池上俊一氏の著作で勉強すれば判るのでしょうか。

○帳湯(ちょうとう)なる人物も初めて知りました。これもウィキペディアでの解説では、「前漢の人。杜陵の人。酷吏として有名な人物」なんて解説があり、「酷吏」なる言葉、「原則的には法家主義に則り、法律を厳格に適用する役人を指した」が、「法律を威にかざし、人に罪を被せて処刑する役人への侮蔑的な意味合いを持つ俗称」であることも初めて知りました(^^;)。文字の感じからは、後者の意味がピッタリします。

○大山先生のニュースレターは、不勉強の私に少しは勉強しなさいとの教示を受ける大変有り難いものです。帳湯の話には、中国4000年の歴史の中でも人間の本質は変わらないと言うことをシッカリと教えてくれます。

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横浜弁護士会所属 大山滋郎弁護士作

張湯の検察実務
 池上俊一という西洋中世史の先生に、「動物裁判」という面白い本があります。中世には、動物を被告とする裁判が、日常的に行われていたというのです。たとえば、5才の男の子を殺害して食べたという理由で、母豚が6匹の子豚と一緒に起訴されたなんて記録があります。母豚は死刑判決を受けたが、子豚たちは証拠不十分で無罪になったそうです。(なんのこっちゃ)ネズミの裁判なんていうのもあります。大麦を食い荒らしたという罪で起訴するとともに、裁判所に出頭するようネズミに召還状を出したそうです。

 とまあ、これは中世ヨーロッパの話しですが、今から2000年も昔の中国でも、ネズミの裁判が行われました。史記の酷吏列伝に出てくる張湯(ちょうとう)という人の話しです。張湯が子供のころ、留守番をしていたときにネズミに肉を食べられてしまいます。怒った父親に笞で打たれた張湯は、ネズミを燻し出して捕まえたそうです。中世ヨーロッパのように召喚状を出すより、実務家としてすぐれていますね。

 食べ散らかされた肉の残りも見つけだすと、ネズミを容疑者として告発し、取り調べ、起訴して判決文まで作ったうえで、磔にしました。これらの文書は、非常によく書けていたということです。成長した張湯は、漢の武帝につかえて、検察のトップの地位に着くわけです。当時の中国ですから、検察が起訴するとともに、自分で判決も出しますから、大変に強い権限を持っていることになります。

 この張湯さんですが、武帝のご機嫌をとるのが、大変うまかったんです。史記によりますと、取り調べの際に、武帝が処罰したい相手であれば厳しい担当者を付け、武帝が許そうと思っている相手であれば寛容な担当者を付けたんだそうです。この辺は、現在の検察の実務を考えると、とても面白く感じるのです。検察官にも、厳しい人と、寛容な人がいるわけです。同じ程度の罪を犯した場合でも、検察官によって、起訴される場合と不起訴になる場合って、現代日本でも日常的にあるのです。

 張湯はさらに、法律では罪になると規定されている場合でも、武帝に対して、「律令では罪に当たりますが、皇帝陛下のお裁き次第です」と奏上し、往々にして許された場合があるんだそうです。法律を超える裁量があるということですね。この辺も現在の検察実務と同じなのです。検察官には、たとえ法律に違反していても、起訴しないことができる、非常に強い裁量権が与えられています。この裁量が、どういう基準で使われているのか、私などには疑問があります。現代日本の検察実務は、2000年前の中国と、それほど変わっていないのではという気さえしてきます。

 もっとも張湯は、よく出来た上司だったようです。武帝に間違いを咎められると、「実は自分の部下にも同じことを忠告されていました。それを聞かなかった私の責任です。」と謝罪したそうです。一方、武帝に誉められると、「これは自分の部下の誰それの考えです!」と、部下に花を持たせました。こういう態度が評価されて、張湯は武帝のお気に入りでした。

 この辺は、文書の偽造などを巡って、かつての部下と上司が責任を押し付け合っている現在の検察官僚たちに比べて、はるかに立派に思えてくるのです!

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◇ 弁護士より一言
小学校5年生の娘の夏休みの宿題に、1日1行日記というのがありました。こういうのって、書くことが無いんですね。
「0月0日 今日はこの夏初めて、セミの死体を見ました。」「0月0日今日もセミの死体があり、気持ち悪かったです。」「0月0日 今日は小さなセミの死体が落ちてました。」な、何なんだこれは!

この日記には、「お家の人からの一言」欄もあるんです。そこには、「この夏はセミの死体を沢山見ることができ、良かったと思います。」 あ、あほか!うちの妻は、こういうくだらないことを書くのです。
(鉛筆で薄く、ふざけて書いただけですけど。。。)

皆様のコメントを楽しみにしております。
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