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再転相続人の熟慮期間起算日を財産認識時とした高裁判決紹介

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令和 2年 9月 3日(木):初稿
○「再転相続人の熟慮期間起算日を財産認識時とした地裁判決紹介」の続きでその控訴審平成30年6月15日大阪高裁判決(最高裁判所民事判例集73巻3号312頁)を紹介します。

○控訴審判決も、いわゆる再転相続人である被控訴人は、平成27年11月11日、本件債務名義等の送達を受けた時、自己のために第1次相続が開始したことを知ったのであるから、それから3か月以内である平成28年2月5日にした本件相続放棄は、有効と解することができるとしました。

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主   文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。


              (中略)


第3 当裁判所の判断
1 認定事実

 前提事実(前記第2の2において引用したもの)に証拠(後掲)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。


              (中略)



2 認定事実の補足説明
(1)被控訴人がAの相続人となったことを知った時期について

 控訴人は,Aの妻であるCが,遅くとも平成25年2月6日までには,被控訴人を含むAの相続人らに対して,Aの相続に関して連絡をしていたため,そのころ,被控訴人はAの相続人となったことを知ったと主張する。

 しかし,当時,被控訴人は,A及びその家族と親戚付き合いがなく(被控訴人原審本人),前記1(8)のとおり,Aの死亡やAの子の相続放棄について,Aの家族から直接連絡を受けたことはなかったこと,その頃,Aのその余の兄弟姉妹とも付き合いはなかったため,これらの者から連絡を受けることもなかったことが認められる。

 なお,前記1(8)のとおり,X2は,Cから,Aの死亡等について連絡を受けていたが,前記1(4)のとおり,その頃,X2は,認知症が進行し,まともな会話は成立し難い状態であった。
 そして,X2がCからAの相続や債務について聞きながら,X2も被控訴人も,その後3か月の間に相続放棄の手続をしていないことを併せ考えると,少なくとも,被控訴人が,Aの相続に関する事情(特に,Aに多額の債務があったことや,Aの子が相続放棄をした事実)をX2から聞いていたと認めることはできない。
 したがって,被控訴人が,Aの相続人となったこと,Aの相続財産の存在を認識した時は,平成27年11月11日に本件債務名義等の送達を受けた時と認められる。

(2)BがAの相続人となったことを知っていたか否かについて
 前記1(2),(3)のとおり,Aの死亡後,平成24年9月26日,Aの子2名が相続放棄の申述をし,同月28日,これが受理されたが,Bは,翌月19日に死亡している。
 その後,前記(1)のとおり,CがX2にAの相続や債務について連絡したことからも,Bには,Aの相続等について,特段の連絡がなかったと考えるのが相当である。
 したがって,Bは,自分がAの相続人となったことを知らずに死亡したと認める。

3 本件相続放棄の有効性
(1)はじめに(第1次相続人が自己のために相続が開始したことを知った後死亡した場合の再転相続人の熟慮期間について)

 第1次相続人は,自己のために相続が開始したことを知ったときは,熟慮期間内に,第1次相続の承認又は放棄をすることができるが,これをしないで死亡したときは,第1次相続についての熟慮期間は,第2次相続人が自己のために相続の開始があったことを知ったときから起算する(民法916条参照)。

 民法916条は,第1次相続が開始した後,第1次相続人が死亡するまでの間に経過した時間の長さによっては,残りの熟慮期間では,再転相続人が第1次相続について承認又は放棄の検討をするには不十分である場合があるので,第1次相続の熟慮期間を,第2次相続の熟慮期間まで延長することを認めた規定であると解されている。
 再転相続人が第1次相続の開始を知っている場合,上記の立法趣旨が活かされ,再転相続人は,第1次相続について3か月の熟慮期間を活用することができる。

(2)第1次相続人が自己のために第1次相続が開始したことを知らずに死亡し,再転相続が発生した場合について(両当事者の解釈の違い)
 他方,第1次相続人が,自己のために第1次相続が開始したことを知らないまま死亡する(熟慮期間は進行しないまま,再転相続が開始する。)場合がある。
 その場合,再転相続が開始した時点で,再転相続人も第1次相続の開始を知らないということが多いと考えられる(なお,再転相続人が,第2次相続が開始する前に,第1次相続が第1次相続人のために開始していることを知っている場合もあるが,その場合については,再転相続が開始した時点で,再転相続人が,第1次相続人の選択権を承継し,これを行使すればよいことになる。)。

 前記1,2のとおり,本件は,上述したような場合(第1次相続人も再転相続人も,第1次相続が第1次相続人のために開始している事実を知らずに,第2次相続が開始した場合)に該当する。すなわち,第1次相続人(B)は,第1次相続が自己のために開始した事実を知らないまま死亡し,再転相続人である被控訴人は,自己に相続(第2次相続)が開始したことを知った時点では,第1次相続の開始していることを知らなかった。このため,被控訴人は,第2次相続の熟慮期間(Bの死亡と同時に第2次相続の開始を知ったと認められるので,平成24年10月19日から3か月間)内に,第1次相続についての承認又は放棄をすることがなかった。

 このような場合においても,民法916条の規定が適用されると解すると,再転相続人は,第2次相続の開始時において,第1次相続の開始を知らなかったとしても,第2次相続の熟慮期間中に,第1次相続についても調査した上で,承認又は放棄を決するべきことになる。控訴人は,本件についても,上記のとおり解釈し,第1次相続の熟慮期間は,第2次相続の熟慮期間と同時に終わると主張する(したがって,被控訴人は,第1次相続を単純承認したとみなされる。)。

 これに対し,被控訴人は,上記の解釈を争い,再転相続人である被控訴人が,Aの相続(第1次相続)について承認又は放棄を選択できる熟慮期間の起算点は,被控訴人が,Aの相続に関し,自己のために相続の開始があったことを知った時点であると解するべきであると主張し,仮に,第1次相続についての熟慮期間の起算点を,第2次相続の熟慮期間の起算点と同じであると解するとしても,上記起算点から3か月以内に,被控訴人が,Aの相続に関して相続放棄をしなかったのが,Aに相続財産が全く存在しないと信じたためであり,かつ,このように信じるについて相当な理由がある場合には,第1次相続の熟慮期間については,被控訴人がAの相続財産の一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべかりし時から起算するのが相当であると主張する。

(3)第2次相続における調査の範囲
 第2次相続が開始した際,再転相続人は,第2次相続における相続財産(第1次相続人であるBの相続財産)を調査し,相続を承認するか放棄するかを決することになる。
 第1次相続が開始している以上,既に,第2次相続の相続財産に,第1次相続の相続財産が含まれていることになるから,仮に,再転相続人が,第1次相続の開始を知らなかったとしても,第2次相続の開始を知ったときから,第1次相続の開始の有無や第1次相続における相続財産も調査の対象となるということができる。

 そのような理解のもと,前記(2)の解釈に際しては,控訴人の主張する解釈が行われてきた(法審会決議明治40年5月18日も同旨)。
 また,第1次相続人は,自己に相続の開始したことを知らない以上,同人に対し,第1次相続について調査を開始するよう期待することは困難であるが,再転相続人は,第2次相続の開始したことを知った以上,その調査義務が発生したことを認識しているといえるから,第2次相続に先行する相続が,第1次相続人に発生したか否かについても調査すべきであるし,そのように調査するよう期待することは可能である(第2次相続に先行する相続が第1次相続人に発生しているということは,よくあることである。)。

 直系親族の間での相続が発生する場合は,通常,第1次相続人は,第1次被相続人の相続開始の直後から,その事実を知っていることが多いと思われる。しかし,本件のように,兄弟姉妹が死亡したような場合,特に,その兄弟姉妹に配偶者や子がいる場合は,その者らが相続するのが通常であって,死亡した兄弟姉妹の子が相続放棄をしたとき(さらに直系尊属が既に死亡しているか,相続放棄をしたとき。以下,便宜上,本件の事案に従い,直系尊属は死亡していることを前提とする。)に限り,はじめて,自己(本件では,第1次相続人であるB)のために相続が開始することになる。このような場合,相続放棄の事実を知らない限り,自己のために第1次相続の開始があったことを知ることはない。また,そのような場合を想定して,死亡した兄弟姉妹の子らの相続放棄の有無を確認することを期待することは,必ずしも容易とはいえない。

 しかも,上述したとおり,再転相続人にとっては調査すべき範囲内のことであるとしても,第1次相続人であるBとしては,Aの子が相続放棄をしたということを知らない限りは,第1次相続の開始を知ったことにはならず,熟慮期間の進行も開始することはなく,第1次相続の開始を知った後,相続を承認するか放棄するかの選択をすることが期待されていたといえる。

 このとおり,本来であれば,第1次相続人が,自己のために第1次相続が開始したことを知った後,熟慮期間の進行が開始するはずであったにもかかわらず,本件のように,たまたま,第1次相続人が,自己のために第1次相続の開始があったことを知らないまま死亡して,再転相続が開始した結果,再転相続人である被控訴人にとって,第1次相続の開始を知ることが容易とはいえないために,再転相続人の知らない間に,第1次相続の熟慮期間が経過してしまうというのは,本来の民法916条の立法趣旨と照らし合わせると,バランスを欠いた結論となってしまう。

 そこで,第2次相続の相続財産の中に,第1次相続の相続財産が含まれているとしても,それは,第1次相続人の地位を包括承継したことに基づくものであること,すなわち,第1次相続人が第1次相続の開始を未だ知らなかった以上,そのような状態における地位を包括承継したということに留意しつつ,改めて,上記のバランスに配慮した,民法916条の解釈のあり方を再考すべきであると考える。

(4)民法916条の解釈の再検討
 再転相続があった場合,再転相続人は,第2次相続を承認した上で,第1次相続を承認することも放棄することもできるが,第2次相続を放棄した場合は,第1次相続について承認又は放棄することはできない。これらは,第1次相続人の地位を包括的に承継するか否かによる。

 そうすると,第1次相続人が,自己のために第1次相続が開始したことを知っていた場合は,再転相続人は,そのような第1次相続人の地位を承継する結果,仮に,自らは,第1次相続の開始したことを知らなかったとしても,第1次相続についての熟慮期間は進行を開始することになる(実際は,民法916条によって,第1次相続についての熟慮期間の起算点は,再転相続人が第2次相続の開始を知ったときとなる。もっとも,このように,第1次相続人が,第1次相続の開始を知っていたような場合は,再転相続人もそのような事情を自ら知っていたり,第1次相続人から伝えられたりしている可能性が高いといえる。このため,第1次相続人は,第1次相続の開始を知っていたが,再転相続人は知らず,第1次相続についての熟慮期間を徒過してしまうということが多く生じるとは考えられない。)。

 一方,第1次相続人が,自己のために第1次相続が開始したことを知らなかった場合,第1次相続人は,その後,これを知ったときから3か月間の熟慮期間に承諾又は放棄を選択できるという地位にあったわけで,再転相続人は,そのような第1次相続人の地位を包括的に承継するのであるから,第1次相続についての熟慮期間の起算点は,再転相続人が第1次相続の開始があったことを知ったときと解するべきである(なお,前述したとおり,再転相続人が,第2次相続を放棄した場合は,第1次相続人を承継することがなくなり,第1次相続についての承認又は放棄の選択権を失うことになる。このことから,上記の限度で,再転相続人は,第2次相続の開始を知った直後から,第1次相続についての調査義務を負担しているということができる。)。

 民法916条の「相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したときは」という文言については,相続の承認又は放棄をすることができる状態であること,すなわち,第1次相続が開始したことを知っていることを前提としていると読むべきであり,熟慮期間の起算点に関する上記解釈は同条の文理解釈からも導くことができると考える(第1次相続人が自己のために第1次相続が開始していることを知らずに死亡した場合は,民法916条が適用されるのではなく,第1次相続人の地位を包括承継した再転相続人が,民法915条の規定に則り,第1次相続についての承認又は放棄をすれば足りることになる。)。

 したがって,本件では,前記2(1)のとおり,再転相続人である被控訴人は,平成27年11月11日,本件債務名義等の送達を受けた時,自己のために第1次相続が開始したことを知ったのであるから,それから3か月以内である平成28年2月5日にした本件相続放棄は,有効と解することができる。


(5)上記解釈をとったことによる弊害の可能性
ア 第1次相続人が自己のために第1次相続が開始したことを知らずに死亡した場合,その後,第1次相続人の相続人(数次にわたり相続が開始することもあり得る。)において,第1次相続の開始を知らないまま,時間が経過することになると,不安定な状態が長く続くことになるという懸念が考えられる。

 しかし,第1次相続人が自己のために第1次相続が開始したことを知らない以上,同人が死亡するまでの間,不確定な状態が継続することには変わりないし,数次にわたり,相続人が第1次相続のことを知らないまま経過するということ自体,稀であると考える。実際に問題となるのは,本件のように被相続人の債権者が相続人に対し債権を行使しようとする場合が多いと考えられる。そのような場合,債権者の通知行為等によって,相続人に相続の開始があったことを知らせ,その後,3か月以内に,承認するか放棄するかを促すことができる。また,不動産等の積極財産が相続財産である場合,相続が開始した後,長期間が経過し,相続登記をするときになって,相続が確定していないことが判明することも想定できるが,その都度,処理すれば足りるというべきである。

イ 民法916条について前記(4)のとおり解釈すると,再転相続人は,第1次相続人の実際の認識にかかわらず,第1次相続人が自己のために第1次相続の開始があったことを知らないで死亡したことを前提に,第2次相続の承認又は放棄を選択しようとすることが懸念される。また,再転相続人が,第1次相続人の認識を知らないことも多いと思われる。しかし,これらは立証の問題に過ぎない。再転相続人が,第2次相続の開始を知ったときを,第1次相続についての熟慮期間の起算点であると主張しようとする者は,第1次相続人が生前,自己のために第1次相続が開始したと知っていたことを立証することになる。第1次相続人が,自己のために第1次相続が開始したことを知った後、熟慮期間内に自ら相続放棄をする場合,相続開始を知った時期が争われることがあるが,その際の状況と大きな違いはない。

(6)当審における控訴人の主張に対する検討
ア 控訴人の当審における主張(前記第2の3)のうち(1)及び(3)については,原判決の判断に対する批判であるところ,前記(3)及び(4)において述べたとおり,原判決とは異なる理由で,被控訴人の本件相続放棄は有効であると判断する。なお,上記のとおり解釈する以上,第1次相続についての熟慮期間と,第2次相続についての熟慮期間を一致させる必然性はないというべきである。 

イ 控訴人は,第1次相続人が単純相続した上で,第2次相続があった場合,第2次相続人は,第1次相続人に第1次相続のあった事実を調査すべきであるにもかかわらず,再転相続の場合には,第2次相続人は,第1次相続の調査をする必要はなくなってしまうが,僅かな違いでそのような差が生じるのは不合理であると主張する。

 しかし,控訴人の設例のうち単純相続の例は,第1次相続人が,一旦,第1次相続の開始を知った上で3か月経過した直後,第2次相続が発生した場合であり,再転相続の例は,第1次相続人が,第1次相続の開始を知らないまま,3か月が経過する直前,第2次相続が発生した場合である(第1次相続人が第1次相続の開始を知っていた場合は,民法916条が適用されることになるから,再転相続人は,第2次相続における熟慮期間内に,第1次相続の承認又は放棄を選択しなければならず,控訴人のいう不合理は生じない。)。

上記事例は,第1次相続の発生と第2次相続の発生時期との時間的な差が僅かではあるが,第1次相続人が,自己のために第1次相続が開始していたことを知っていたか否か,さらに,相続の開始を知っていた上,3か月の期間が経過したか否かという点において異なっており,これらは,第1次相続人の地位を包括的に承継する第2次相続人にとって,重要な違いというべきである。

4 結論
 以上によれば,被控訴人は,Aの相続人であるとは認められず,被控訴人の請求は理由があるので,これを認容すべきである。これと結論において同旨の原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(大阪高等裁判所第8民事部)

以上:7,409文字

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