令和 1年10月19日(土):初稿 |
○亡Aの非嫡出子であり、亡Aの死後、認知の裁判確定により亡Aの相続人となった原告が、亡Aの摘出子である被告に対し、既に遺産分割を終えていた亡Aの遺産について、以下の民法910条に基づき、価額支払請求として、3110万4374円等の支払を求めました。 民法第910条(相続の開始後に認知された者の価額の支払請求権) 相続の開始後認知によって相続人となった者が遺産の分割を請求しようとする場合において、他の共同相続人が既にその分割その他の処分をしたときは、価額のみによる支払の請求権を有する。 ○これに対し、被告は、原告の法定相続分は民法900条4号適用で6分の1であること、被告が通学した医学部及び医学研究科の学費等は特別受益にならないこと、亡Aの積極財産から消極財産を差し引いた純遺産額が具体的相続分価額となること等を主張して争いました。 ○この事案について判断した平成29年9月28日東京地裁判決(判タ1451号206頁)関連部分を紹介します。判決は、原告の法定相続分は被告と同じ4分の1になるとし、被告の亡A所有建物一部無償使用は、親族間における建物使用権に特段の財産的価値を見いだすことは困難であり、特別受益にはならないとし、原告に支払われるべき価額の基礎となる遺産額の計算において消極財産を控除すべきでないとして原告請求約3110万円の内約2485万円を認容しました。 ********************************************* 主 文 1 被告は,原告に対し,2485万4374円及びこれに対する平成27年3月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用はこれを5分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は,原告に対し,3110万4374円及びこれに対する平成27年3月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 3 仮執行宣言 第2 事案の概要 1 本件は,亡A(以下「亡A」という。)とBとの間の子であり,亡Aの死後,認知の裁判確定により亡Aの相続人となった原告が,亡Aの嫡出子である被告に対し,既に遺産分割を終えていた亡Aの遺産について,民法910条に基づく価額支払請求として,3110万4374円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成27年3月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 (中略) 第3 当裁判所の判断 1 争点①(原告の法定相続分)について (1) 民法900条4号ただし書のうち非嫡出子の相続分を嫡出子の2分の1と定めていた本件規定は,平成13年7月当時において憲法14条1項に違反していたものというべきであるところ,既に関係者間において裁判,合意等により確定的なものとなったといえる法律関係が存在する場合にこれを覆すことは相当でないが,関係者間の法律関係がそのような段階に至っていない場合であれば,本件規定の適用を排除した上で法律関係を確定的なものとするのが相当である(平成25年大法廷決定)。 しかるところ,亡Aの遺産について,本件認知判決により同人の相続人となった原告と従前の相続人である被告,亡C及び同人の相続人であるDとの間に,裁判,合意等により確定的なものとなったといえる法律関係が存在すると認めることはできない。したがって,原告に支払われるべき価額の算定においては,本件規定の適用が排除される結果,原告の法定相続分は被告と同じ4分の1となる。 (2) これに対して,被告は,被告と亡Cとの間で本件各遺産分割協議が成立していたことをもって関係者間に確定的なものとなったといえる法律関係が存在する旨主張する。 しかし,本件認知判決確定後においては,原告との関係においても亡Aの遺産をめぐる法律関係を確定的なものとする必要があり,原告は平成25年大法廷決定のいう「関係者」に該当するところ,原告は本件各遺産分割協議に関与しておらず,同協議の成立によって亡Aの遺産に係る原告の権利義務の内容が確定しないことは明らかである。 したがって,本件各遺産分割協議の成立により,亡Aの遺産につき関係者間に確定的なものとなったといえる法律関係が存在すると認めることはできないから,被告の上記主張は採用することができない。 2 争点②(被告の特別受益の有無及びその額)について (1) 証拠(乙52の1ないし57の2,68,学校法人b大学本部に対する調査嘱託の結果,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,前記前提事実のほかに,以下の事実が認められる。 ア 被告は,亡A及び亡Cの一人息子として昭和28年○月○日に出生し,公立中学校卒業後は東京都立の高等学校に進学し,昭和48年にb大学医学部医学科に入学した。 被告は,b大学医学部に在籍していた昭和48年から昭和55年までの間,亡Aから,同期間における学費として,以下のとおり合計329万8000円を借り入れ,これを同学部に支払った。なお,被告は,第2学年において2回にわたり留年した。 (ア) 第1学年(昭和48年度) 77万2000円 (イ) 第2学年(昭和49年度) 28万円 (ウ) 第2学年(昭和50年度) 30万円 (エ) 第2学年(昭和51年度) 30万円 (オ) 第3学年(昭和52年度) 30万2000円 (カ) 第4学年(昭和53年度) 44万8000円 (キ) 第5学年(昭和54年度) 44万8000円 (ク) 第6学年(昭和55年度) 44万8000円 イ 上記アの学費のほかに,亡Cの母である亡Fから,学校法人b大学に寄付金が支払われた。 ウ 被告は,b大学医学部を卒業後,昭和56年4月から昭和60年3月までの間,b大学大学院医学研究科(博士課程)に在籍した。 当時の医学研究科の学費は年額40万円であり,初年度のみ支払う入学金等を併せて,4年間の学費の総額は200万円程度であった。 他方,被告は,b大学医学部を卒業すると同時に医師免許を取得していたため,同大学大学院入学後,財団法人d,医療法人e病院,f株式会社の朝霞診療所その他の私立病院等において,健康診断医や一般診療医として勤務し,b大学大学院在籍中,上記勤務により年額300万円程度の収入を得ていた。また,被告は,b大学大学院に在籍していた期間,特殊法人日本育英会(現在の独立行政法人日本学生支援機構)から合計342万円の奨学金を受給した。 被告は,上記収入を原資として,b大学大学院の学費を支払った上,奨学金から亡Aに対する上記アの借り入れを返済した。 なお,被告は,b大学大学院在籍中である昭和59年7月7日,Dと婚姻した。 エ 被告は,b大学大学院卒業後,学校法人b大学医学部勤務の有給助手を務めた後,平成元年,本件建物の一部を使用してaクリニックを開設した。被告は,aクリニックの開設費用をDの母であるGからの借り入れによって賄った。 本件建物は,昭和63年に亡Aが建てて所有していた医院との併用が可能な二世帯住宅であり,その敷地利用権は借地権である。被告は,本件建物建築後,同建物に居住しながらその一部でaクリニックを営んでいたが,亡Aに対し,建物の使用料を支払ったことはなかった。 (2) 上記(1)で認定した事実を踏まえて,被告の特別受益の有無について検討する。 ア b大学医学部の学費は,亡Aからの借り入れによって支払われており,その後に被告が受給した奨学金によってこの亡Aに対する借入金も返済されている。そうすると,上記学費について,亡Aから被告に生計の資本としての贈与その他遺産の前渡しとみられる経済的援助があったと認めることはできないから,被告に特別受益は認められない。 寄付金は,その経済的利益が被告に帰属するものではなく,寄付金の支払をもって被告に対する贈与ないし経済的援助が行われたとみることは困難である上,そもそも学校法人b大学に寄付金を支払ったのは亡Aではなく亡Cの母である亡Fであるから,寄付金の支払について,被告に特別受益は認められない。 b大学大学院の学費は,同大学院在籍中における被告の収入によって支払われており,上記学費について,被告が亡Aから生計の資本としての贈与その他遺産の前渡しとみられる経済的援助を受けた事実は認められないから,上記学費についても,被告に特別受益は認められない。 イ 被告は,aクリニックの開設費用をDの母であるGからの借り入れによって賄ったものであるから,上記費用について,被告に特別受益は認められない。 前記認定のとおり,被告は,自宅兼医院として,亡A所有の本件建物の一部を無償で使用していたと認められるが,かかる親族間における建物の使用貸借関係は,人的なつながりを基礎とするものであり,恩恵的性格が強く,このような関係から生ずる建物使用権に特段の財産的価値を見いだすことは困難である。したがって,被告による本件建物の無償使用についても,被告に特別受益は認められない。 (3) 以上によれば,特別受益に関する原告の主張はいずれも理由がない。 これに対して,原告は,死後認知の前訴において提出された被告の陳述書の内容からすると,被告が奨学金から亡Aに借入金の返済をした事実はないと主張する。 そこで検討するに,死後認知の前訴で提出された被告の陳述書には,b大学大学院在籍中の被告の生活について,「既に医学部を卒業して医師の資格を持っているとはいえ,現在の制度とは異なり,有給の研修医を経ずにすぐに大学院入学となっていましたので,生活の基盤は不安定であり,大学院での奨学金と研究や臨床研修の合間に行っていた医師としてのアルバイトで何とか最低限の生活をしていました。また,両親も何かと援助してくれました。」と記載されている(甲10・7頁)。かかる記載からは,当時被告が両親の援助を受けながら慎ましい生活を送っていたことがうかがわれるものの,上記陳述書には当時の具体的な収支は記載されていないため,被告が上記「最低限の生活」の中で,奨学金を亡Aに対する借入金の返済に充てていた可能性は否定し得ないというべきである。加えて,親子である亡Aと被告との間において,学費に係る貸借関係の清算と生活資金の援助とが並行して行われることが必ずしも不自然であるとはいえないことを考慮すると,上記陳述書の内容は,奨学金から亡Aに借入金の返済をしていたとする被告の主張と直ちに矛盾するものとはいえない。 また,死後認知の前訴において提出された被告及び亡Cの陳述書には,いずれも被告の亡Aからの借入れ及びこれに対する返済に係る具体的な事実が記載されていないが(乙9,10),そもそも死後認知の前訴と本件訴訟とでは争点が異なり,前者においては学費の援助に係る被告と亡Aの間における具体的な法律関係は主要な争点とはされていなかったと解され,被告及び亡Cも,この点に関する具体的な事実関係に重点を置いて上記陳述書を作成したものではないと考えられる。したがって,上記各陳述書に被告の亡Aからの借入れ及びこれに対する返済に係る具体的な事実が記載されていなかったとしても,そのことをもって直ちに当該事実が存在しなかったとみることはできない。 さらに,被告は,本件訴訟で行われた本人尋問において,亡Aに対する借入金の返済につき本件訴訟における自らの主張に沿う供述をするところ,原告の反対尋問によっても,本件訴訟における被告の供述内容と死後認知の前訴において提出された陳述書との整合性等について十分な弾劾がされたとは認め難い。 以上の検討によれば,死後認知の前訴において提出された被告の陳述書をもって,被告が奨学金から亡Aに借入金の返済をした旨の被告の供述を排斥することは困難であり,かかる借入れ及び返済がなかったとする原告の主張は採用することができない。 3 争点③(原告に支払われるべき価額の基礎となる遺産額の計算において消極財産を控除すべきか否か)について (1) 民法910条は,その文言上,「相続の開始後認知によって相続人となった者が遺産の分割を請求しようとする場合」における当該遺産分割の対象となる財産についての価額支払請求について定めたものと解されるから,その価額の算定に当たって考慮される財産は,遺産分割の対象となる積極財産に限られると解するのが相当である。 しかるところ,金銭債務その他の可分債務の債務者が死亡し,相続人が数人ある場合に,被相続人の当該債務は,法律上当然分割され,各共同相続人がその相続分に応じてこれを承継するものと解される(最高裁昭和32年(オ)第477号同34年6月19日第二小法廷判決・民集13巻6号757頁参照)。そして,本件訴訟において被告が考慮すべきであると主張する消極財産は,いずれも可分な金銭債務であるから,相続により各共同相続人に法律上当然に分割承継され,遺産分割の対象とはならないものである。 したがって,本件訴訟において被告が主張する消極財産は,いずれも原告に支払われるべき価額の算定に当たって考慮すべき財産とはいえないから,当該消極財産の存否を含む債権額(争点④)について検討するまでもなく,これを控除して価額の算定を行うべきである旨の被告の主張はそれ自体失当であり,理由がない。 (2) ア これに対して,被告は,本件各遺産分割協議において,亡AがDに対して負っていた借入金債務を亡Cが相続することを前提として,亡Aの預貯金の大部分を亡Cに相続させることとしたものであり,原告の価額賠償請求において亡Aの消極財産を考慮しないこととすると,かかる本件各遺産分割協議の前提自体が覆されることとなり,民法910条の趣旨が没却される旨主張する。 しかしながら,民法910条の規定は,相続の開始後に認知された者が遺産の分割を請求しようとする場合において,他の共同相続人が既にその分割その他の処分をしていたときには,当該分割等の効力を維持しつつ認知された者に価額の支払請求を認めることによって,他の共同相続人と認知された者との利害の調整を図るものであり(最高裁平成26年(受)第1312号,同第1313号同28年2月26日第二小法廷判決・民集70巻2号195頁),当該分割等によって形成された権利関係ないし法的安定性の保護のみをその趣旨とするものではない。 そして,原告は,本件各遺産分割協議の成立に関与しておらず,同協議がされた時点において,亡Cが相続することとされた亡AのDに対する借入金の存否を確認し,これを争う機会が与えられていないのであり,このような債権について,被告と亡Cの間で既に本件各遺産分割協議が成立していることを理由に,当然に消極財産として亡Aの遺産額から控除した上で原告に支払われるべき価額を算定することは,原告の利益を不当に害するものであり,民法910条の上記趣旨に照らして相当といえないことは明らかである。 イ 被告は,原告の価額賠償請求において亡Aの消極財産を考慮しないこととすると,法定相続分割合を超えて弁済をした者が改めて原告に対する不当利得返還請求をしなければならず,紛争の一回的解決という点からも問題がある旨主張する。 しかしながら,被告が上記弁済をした場合には,本件訴訟において,上記弁済に基づく不当利得返還請求権を自動債権とする相殺の抗弁を主張することにより,本件訴訟の中で債権債務関係を清算して紛争解決を図ることが可能である。また,被告が消極財産として主張する債権の債権者は,本件各遺産分割協議の内容にかかわらず,亡Aの相続人に対してそれぞれの法定相続分割合に応じた債権額につき権利を行使することが可能であり,かかる権利行使に対して特定の相続人が当該債権の存否を争う場合には,債権者とその相続人の間における紛争として解決を図るのがむしろ適切であるといえる。 ウ したがって,被告の上記ア及びイの主張はいずれも採用することができない。 4 争点⑤(原告の請求の一部が権利濫用に当たるか否か)について (中略) 5 結論 以上によれば,原告に支払われるべき価額は,亡Aの積極財産の評価額合計9941万7498円の4分の1である2485万4374円である。したがって,原告の請求は,2485万4374円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成27年3月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。 よって,主文のとおり判決する(仮執行宣言は相当でないからこれを付なさいこととする。)。 東京地方裁判所民事第45部(裁判官 川﨑慎介) 以上:6,868文字
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