令和 1年 8月24日(土):初稿 |
○婚姻関係が終了し家庭が崩壊していることと嫡出の推定を受ける子を被告とする親子関係不存在確認の訴えの許否を確認した平成12年3月14日最高裁判決(判タ1028号164頁、判時1708号106頁)全文と上告理由全文を紹介します。 ○平成12年3月14日最高裁判決は、夫と妻との婚姻関係が終了してその家庭が崩壊しているとの事情があっても、子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないので、婚姻関係破綻の一事をもって、嫡出否認の訴えを提起し得る期間の経過後に、親子関係不存在確認の訴えをもって夫と子との父子関係の存否を争うことはできず、これができるのは、妻が子を懐胎した時期に、既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ、又は遠隔地に居住して、夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合に限られると、昭和44年5月29日最高裁判決を踏襲しました。 ○この判決で示された「夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情」が存在しない場合、DNA鑑定で99.999998%父子ではないとの結果が出ていても、法律上は父子関係を継続することは、「DNA鑑定99.999998%父子でなくても法律上は父子とした最高裁判決紹介1」以下で紹介しています。 ○私自身は、いまでも、DNA鑑定99.999998%父子でなくても法律上は父子とした最高裁判決は、法的安定性を重視する余りに具体的妥当性を無視した極めて非常識な判決と確信していますが。 ***************************************** 主 文 原判決を破棄する。 被上告人の控訴を棄却する。 控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。 理 由 上告代理人○○○の上告理由について 一 本件は、被上告人が、戸籍上同人の嫡出子とされている上告人に対し、両者の間の親子関係不存在の確認を求める訴えを提起した事案である。記録によって認められる事実関係の概要は、次のとおりである。 1 被上告人と甲野花子は、平成3年2月2日、婚姻の届出をした。 2 花子は、平成3年9月2日、上告人を出産した。被上告人は、同月11日、上告人の出生の届出をし、上告人は、戸籍上、被上告人と花子の嫡出子(長男)として記載されている。 3 被上告人と花子は、平成6年6月20日、上告人の親権者を花子と定めて協議離婚した。 4 被上告人は、平成7年2月16日、本件訴えを提起した。 二 第一審は、本件訴えを却下したが、原審は、本件訴えの適法性につき次のとおり判断し、第一審判決を取り消して事件を第一審に差し戻す旨の判決をした。 1 民法上嫡出の推定を受ける子に対し、父がその嫡出性を否定するためには、同法の規定にのっとり嫡出否認の訴えによることを原則とするが、嫡出推定及び嫡出否認の制度の基盤である家族共同体の実体が既に失われ、身分関係の安定も有名無実となった場合には、同法777条所定の期間が経過した後においても、父は、父子間の自然的血縁関係の存在に疑問を抱くべき事実を知った後相当の期間内であれば、例外的に親子関係不存在確認の訴えを提起することができるものと解するのが相当である。 2 本件においては、被上告人と花子との婚姻関係は消滅しているのであるから、被上告人と上告人をめぐる家族共同体の実体が失われていることは明らかである。また、被上告人が上告人との間に自然的血縁関係がないのではないかとの疑いを高めたのは、平成7年1月22日に花子からその旨の電話を受けた時であり、被上告人は、その後速やかに本件訴えを提起している。 3 したがって、本件においては、被上告人は、上告人に対し、親子関係不存在確認の訴えを提起し得るものと解すべきであり、本件訴えは適法といえる。 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。 民法772条により嫡出の推定を受ける子につき夫がその嫡出であることを否認するためには、専ら嫡出否認の訴えによるべきものとし、かつ、右訴えにつき1年の出訴期間を定めたことは、身分関係の法的安定を保持する上から十分な合理性を有するものということができる(最高裁昭和54年(オ)第1331号同55年3月27日第一小法廷判決・裁判集民事129号353頁参照)。そして、夫と妻との婚姻関係が終了してその家庭が崩壊しているとの事情があっても、子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないから、右の事情が存在することの一事をもって、嫡出否認の訴えを提起し得る期間の経過後に、親子関係不存在確認の訴えをもって夫と子との父子関係の存否を争うことはできないものと解するのが相当である。 もっとも、民法772条2項所定の期間内に妻が出産した子について、妻が右子を懐胎すべき時期に、既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ、又は遠隔地に居住して、夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合には、右子は実質的には民法772条の推定を受けない嫡出子に当たるということができるから、同法774条以下の規定にかかわらず、夫は右子との間の父子関係の存否を争うことができると解するのが相当である(最高裁昭和43年(オ)第1184号同44年5月29日第一小法廷判決・民集23巻6号1064頁、最高裁平成7年(オ)第2178号同10年8月31日第二小法廷判決・裁判集民事189号497頁参照)。しかしながら、本件においては、右のような事情は認められず、他に本件訴えの適法性を肯定すべき事情も認められない。 そうすると、本件訴えは不適法なものであるといわざるを得ず、これと異なる原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上に説示したところによれば、本件訴えは却下すべきものであるから、右と結論を同じくする第一審判決は正当であって、被上告人の控訴はこれを棄却すべきものである。 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官千種秀夫 裁判官元原利文 裁判官金谷利廣 裁判官奥田昌道) 上告代理人○○○の上告理由 1、原判決には、その結果に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。以下に、その理由とするところを述べる。 2、民法第772条二項は、婚姻成立の日から200日後に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する旨を定め、又、同条は、妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する旨を定めている。 3、上告人の母である甲野花子と被上告人が、平成3年2月2日に届出をおこなって婚姻し、上告人が、右婚姻成立の日から200日以上経過した、平成3年9月2日に右母親から生まれたことは当事者間に争いがないのであって、上告人が、前項の法令の定めによって嫡出推定を受けることは論をまたないところである。 4、そして、本件のごとく嫡出推定を受ける場合においては、夫のみが否認権を有するものであることを、民法第774条は定め、又、同法第775条では右否認権の行使は嫡出否認の訴えによるべきことを定め、さらに同法第777条は、嫡出否認の訴えは、夫が子の出生を知った時から1年以内に提起すべき旨を定めている。 5、以上述べた法の趣旨を、原判決は、その「第三 争点に対する判断」の第二項1号冒頭から10行目までに摘示しているが、上告人も同意見である。 6、さらに、上告人も、形式上嫡出推定を受ける父子関係であっても、例外的に、民法第772条以下の適用を除外され、親子関係不存在確認の訴えにより父子関係の確定を求めうる場合のあることを否定するものではないが、問題は、右の例外を認められるべき範囲である。 7、この点につき、最高裁判所昭和43年(オ)第1184号事件についての昭和44年5月29日第一小法廷判決は、「離婚による婚姻解消後300日以内に出生した子であっても母とその夫とが、離婚の届出に先だち約2年半以前から事実上の離婚をして別居し、まったく交渉を絶って、夫婦の実態が失われていた場合には、民法第772条による嫡出の推定を受けないものと解すべきである」と判示している。 8、「そもそも、嫡出の推定を定め、一定の方法によってのみこれを覆えしうるものとした民法の制度は、妻の婚姻中の懐胎子も夫の子でない場合がありうることを当然に予想しつつも、家庭の平和のため、一応これをすべて夫の子として取り扱い、夫が自ら家庭の秘事を暴露してまでも父子関係を否定しようと欲するときにのみ、これを可能ならしめるとともに、その期間を制限することにより、可及的速やかに父子関係を確定し、身分的法律秩序の安定を図ることを目的としたものと解」(最高裁判所判例解説民事篇昭和44年度上292頁)すべきである。 9、民法第777条が否認権行使期間を1年に制限している実質的理由は、前項に述べたとおり身分的秩序の安定、とりわけ嫡出父子関係をなるべく早急に確定するのが子の利益に合致することにあると解するのが相当であり、父子関係は早期確定による子の利益の確保を最優先に考えるべきが民法の精神である。 10、民法第四編第四章第二節は、親権の効力として、監護・教育を受ける子の権利(民法第820条)をはじめとする父子関係にもとづく諸々の子の権利を定めているほか、本件の場合のように両親が離婚し、親権者が母親となった場合においても、子には父親の遺産の相続権(民法第887条)や扶養を受ける権利(民法第877条)が認められているのであって、そのことからして、父親の恣意によって右に述べた子の権利が左右されることがあってはならないことは勿論、例外的に親子関係不存在確認の訴えを認められる事由の範囲を考慮するうえでも、可能な限り事由を限定すべしとするのが相当である。 11、よって、少なくとも、本件のごとく未成年者である上告人を代理する母親が、子の意思を代弁して、父子関係の存否に関する実質的な審理を望んでいない(この点は、第一審及び原審の記録上顕著な事実である)場合においては、例外として親子関係不存在確認の請求の実質的審理に入りうるのは、夫が長期間行方不明であったり、又海外出張や服役、さらに第七項に前述した判例の事例のごとく、妻が夫の子を懐胎しえないこと、すなわち父子間に自然的血縁関係のないことが、外観上・客観的に明白な場合に限定されると解さなければならない。 12、しかるに、原審判決は、前項に述べたごとき外観上客観的に明白な場合でなくとも「嫡出推定及び嫡出否認の制度の基盤である家族共同体の実体が既に失われ、身分関係の安定も有名無実となった場合には、少なくとも父子間の自然的血縁関係の存在に疑問を抱かせるべき事実が知られたのち相当の期間内に提起される限り、いわゆる血縁主義・真実主義を優先させ、真実の血縁関係に合致した父子関係の確定のために、例外的に親子関係不存在確認の訴えを許すのが相当であると解される」と判示した(原審判決13頁七行目以降14頁一行目)。 13、前項に述べた原審の判断は、両親が離婚した後においても第10項に既述の子の権利が認められることを定めた民法の規定を無視した考えと言うべきであり、民法第772条の解釈を誤り、誤った適用をしたものであることは明白である。 14、さらに原審の判断が第7項に既述の判例にも反していることも明白である。 15、第10項に既述の子の権利を勘案すると、両親の離婚によって、家族共同体の実体が失われたからと言って、身分関係の安定も有名無実となったとする考えには、論理の飛躍があり、相当でない。 16、次に、原審判決は「父子間の自然的血縁関係の存在に疑問を抱かせるべき事実が知られた」場合に例外的に親子関係不存在確認の訴えを許すべきだとするが(前掲第12項)、右のごとく「疑問を抱かせるべき事実が知られた」場合にまで、例外を認めることになると、心ない第三者の客観的には根拠を欠く告口や噂話などで夫が疑問を抱いた場合などでも右の例外を認めることになりかねないのであって、さように曖昧な場合にまで例外を認めることは、嫡出推定に関連した既述の民法の規定を空文化するもので、不相当な考えと言うべきである。 17、又、原審判決は「家族共同体の実体が既に失われ」た場合に前項の例外が認められるべきだと判示しているが、そうすると子の出生後長期間にわたり平穏な家庭生活が営まれ、父親のみならず子も父親への情愛を積み重ねてきた場合においても離婚後であれば父親の訴えによって一方的に子の情愛が踏みにじられる場合もあることとなり、極めて法的安定性を欠く結果となり不合理である。 18、又、原判決は「親子の情愛が本来自然的な血縁関係に基づくものであり、自然的血縁のある関係こそが真実の親子であるとする国民の感情もあることを考慮すると、保護すべき家庭の平和が実質上も外形上も既に崩壊している場合にも、右感情に反してまで真実に反する親子関係を終生にわたって強制することが妥当であるかどうか疑わしく、またそのような取扱いが子の福祉にも反する結果になる場合もある。」と判示し(原判決12頁10行目から13頁3行目)、例外を広く認めるべきだとする立場に立っている。 しかし、例外を認めるべきとする根拠として述べている右の国民感情が広く国民に理解されるところかどうか極めて疑問である。何故なら、民法は広く養子制度を認め自然的な血縁関係に基づかない親子の情愛を広く認めているし、養子縁組をした夫婦が縁組後離婚しても養父及び養母との養親子関係が当然に解消されるものでないからである。 よって、原判決の判断が根拠を欠くものであることは明白と言わなければならない。 19、次に、原判決は(上告人の母親である)「花子が母子手帳の提出や任意の血液型等の鑑定に応じようとしない」事情があるため「控訴人(被上告人)の疑念は一概に排斥できないものというべきである」と判示する(原判決15頁9行目から16頁1行目)。 しかし、右に述べられている母親の行動は、父子関係の確定を望む心情にいでたものにすぎないのであって、右の母親の行動から上告人と被上告人の自然的血縁関係を疑問視する原判決の判断は理由を欠くと言うべきである。 以上:5,906文字
|