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遺産として預貯金しかない場合の特別受益控除は

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平成24年12月11日(火):初稿
○「預貯金は原則として遺産分割の対象の範囲外」に「裁判所は、預貯金などの可分債権は共同相続人の遺産分割協議を待つまでもなく、相続開始と同時に、当然に法定相続分に従って分割されるとしています(昭和29年4月8日最高裁判決民集8巻4号819頁)」と説明していました。これは可分債権の当然分割説で大審院時代から裁判所が一貫して取る立場です。

○この立場からは、遺産分割調停では、預貯金は含めず行われそうですが、現実の遺産分割調停では殆どの場合、預貯金も含めて遺産分割協議を行います。例えば特別受益がある場合、特別受益者の預貯金取得割合を法定相続分より小さくなることは当然です。ところが、平成14年2月15日東京高裁決定(家月54巻8号36頁)は「預貯金は、当然には遺産分割の対象とするものではなく、相続人間においてこれを遺産分割の対象とする旨の合意があって初めて遺産分割の対象とすることができる。」と述べ、裁判所の立場はあくまで、預貯金を遺産分割対象に含めるのは「相続人間の合意」があったときだけと例外扱いしています。

○しかし私の32年間の弁護士稼業で、相当数の遺産分割調停を経験してきましたが、預貯金についても遺産分割の対象に含めて、調停期間中は例えば多額の相続税の支払等特別の事情がない限りは、預貯金の払戻はしないで調停成立を待つのが常識でした。実際、預貯金については銀行は、訴えを出さない限り、相続人全員の実印押印・印鑑証明付き払戻請求書を提出しないと払戻に応じないので、相続人全員が合意しない限りは、預貯金の払戻は出来ませんでした。

○ところが、最近は、預貯金は相続開始と同時に当然に法定相続分に従って分割されるとの前記最高裁判決に従い、相続人単独での自分の相続分割合だけの払戻に応じる金融機関も出て来ました。割合としては少なく、多くは訴えを提起し、裁判上の和解或いは判決が出て初めて払戻に応じる金融機関の方が多いと思われますが、中には遺産分割調停中に、これを無視して訴えを提起して預貯金の払戻をしてしまう例もあります。

○例えば被相続人Aが預貯金債権7000万円だけ残して死去し相続人が長男B、二男Cの2人だけのところ、相続開始3年前に3000万円を長男Bに生前贈与していた場合、民法第903条第1項は「共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前3条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。」の規定により、3000万円は特別受益に該当しますので、これを持戻し、合計1億円をB・C各2分の1ずつ即ち残された7000万円の預貯金はBが2000万円、Cが5000万円に分けるのが普通です。

○ところが、A相続開始によって当然に7000万円は3500万円ずつに分割帰属するとして、Bが3500万円を金融機関に訴えを提起して払い戻してしまった場合、Cは銀行からは3500万円しか払戻が出来ず、特別受益を考慮した本来の遺産分割金5000万円には1500万円不足します。この場合、Cはどのようにしてこの1500万円を取り戻すかについては、文献での解説は余りありません。

○Bが3000万円の生前贈与を受け、且つ、7000万円の内3500万円を払い戻すと合計1億円の遺産の内6500万円を取得したことになり、民法第903条第2項「遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。」との規定に違反することになります。これが正当とされたのでは、Bは本来の相続分以上の財産を取得し、特別受益の持戻制度の意味がなくなりますので、CはBに対して1500万円の返還請求が出来て然るべきです。

○この場合CがBに1500万円の返還請求をする方法は、「共同相続人甲が相続財産中の可分債権につき権限なく自己の相続分以外の債権を行使した場合には、他の共同相続人乙は、甲に対し、侵害された自己の相続分につき、不法行為に基づく損害賠償又は不当利得の返還を求めることができる」とした平成16年4月20日最高裁判決(判時1859号61頁、判タ1151号294頁等)によれば、7000万円の預貯金債権について、特別受益持戻によりBの取得分は2000万円を超える部分は権限がなくなっているの権限なく払い戻したとして不法行為に基づく損害賠償又は不当利得としてCがBに対し地裁に訴えを提起して請求することになりそうです。
※と記載していましたが、その後色々判例・文献を調べるとこの結論は保留とします。
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