平成31年 3月24日(日):初稿 |
○「不動産所有者なりすまし詐欺で司法書士に責任を認めた高裁例紹介1」の続きで、司法書士の責任についての結論部分を紹介します。 ○前件申請の代理人たる弁護士が登記義務者の本人確認など代理人業務の全部を事務員(元弁護士)に丸投げしていること及び前件申請の登記義務者が登記識別情報を有しておらず、その印鑑証明の真正にも疑義があることを知りながら、前件申請代理人との接触及び印鑑証明の真正の確認を怠ったまま連件申請を実行した後件申請の代理人たる司法書士には、注意義務違反があり、売買代金を騙取された買主に対する損害賠償の責めに任ずる(過失相殺5割)としました。 ***************************************** (5)以上を踏まえて、第一審被告の不法行為責任を検討する。 ア 第一審被告は、前記(2)で指摘したとおり、そもそも本件前件申請の違法状態の是正を勧告するか、本件後件申請の代理人を辞任すべきであった。仮にそうでないとしても、違法状態にある本件前件申請には問題が潜んでいる重大な兆候があったというべきであるから、通常の案件よりも警戒のレベルを上げて、本件前件申請にも問題がないか慎重に点検すべき注意義務を負っていた。 イ 第一審被告は、上記(3)で指摘したとおり、自称甲野の本人性に疑義を生じさせる具体的な事情を現に認識し又は容易に認識することができたのであるから、登記手続の専門家として、委任者であるC2及び本件登記申請に重大な利害関係を有している第一審原告に、本件前件申請の却下、ひいては本件後件申請も却下される危険があることを警告する注意義務があったというべきである。 ところが、第一審被告は、生年の異なる二通の印鑑登録証明書を「行政のミスかなというぐらいの感覚で理解」するという全く根拠のない楽観論によって受け流してしまい、本件印鑑登録証明書の住所の末尾の「号」の欠落を漫然と見過ごし、前記(2)の本件前件申請が実質的に無資格者であるTによって行われているという問題点について何の問題意識も抱くことなく、単に形式的に整った登記申請であるという点に安住して、そのまま本件後件申請の代理を行ったのである。第一審被告には、前記注意義務に違反する過失があったというべきである。 ウ 第一審被告は、生年の異なる二通の印鑑登録証明書がある問題については「おかしい」と指摘しており、なすべきことをした旨主張する。 しかし、9月7日事前面談の席上、買主側の立場で出席した関係者らが、生年の異なる二通の印鑑登録証明書が存在するという問題点を指摘した事実は認められるものの、それを超えて、第一審被告が司法書士の立場で具体的な警告等をした事実は認められない。しかも、上記問題点の指摘は、決済日までに新しい印鑑登録証明書を取ってくるというQ4の話で引き取られたはずなのに、決済日までにこの新しい印鑑登録証明書が追完されなかった。 それにもかかわらず、第一審被告は、この点を問題視することなく(本件前件申請代理人のY1等に、新しい印鑑登録証明書が追完されなかった理由、本件印鑑登録証明書で問題ないと判断した理由等を確認した形跡すらない。)、何ら疑問が解決されていない本件印鑑登録証明書を添付書類とする前件登記申請がされるのを漫然と見過ごしていたのである。第一審被告がなすべきことをしたなどと評価することはできない。 エ 以上によれば、本件においては、第一審被告は、Y1との接触を怠り本件前件申請の不備を見落とした点に過失があるというべきである。第一審被告の上記過失行為によって、自称甲野を擁する地面師詐欺グループによる第一審原告の詐欺被害を未然に防ぐことができず、本件送金に係る6億4800万円の損害を第一審原告に生じさせたのであるから、第一審被告は、第一審原告との関係で、不法行為による損害賠償責任を免れない。 (6)第一審被告は、後件登記申請だけを代理する司法書士は、原則として、前件の登記手続資料については前件の登記が受理される程度に書類が形式的に揃っているか否かを確認する義務を負うに止まる旨主張する。確かに、後件登記申請だけを代理する司法書士という立場で、前件登記について登記申請の必要書類の記載事項を超える情報はそもそも与えられないのが一般である。 しかしながら、連件登記の前件申請の代理行為を資格者代理人の名前だけを借りて無資格者が実質的に遂行していることが後件申請代理人たる司法書士に判明したという本件のような場合には、そもそも本件後件申請の確実な実現が保障できないとして後件申請の代理人を辞任すべきである。 まして、前件の登記義務者の印鑑登録証明書の偽造を疑わせる相当な理由が明らかになるなど、その本人性に疑義を生じさせる具体的な事情を偶々把握することができた本件のような例外的な場合にまで、警告も代理人の辞任もしないまま、前件登記申請が却下される危険を看過して漫然と後件登記申請を行うことは、登記手続の専門家の使命に沿うものとはいえない。なお、第一審被告の上記主張自体、「原則として」の留保を付しているところであるから、上記(1)で述べた当裁判所の認識と実質的に異なるものではないと解される。 三 損害及び過失相殺について (1)以上に説示したところによれば、本件送金に係る6億4800万円につき、第一審原告の損害発生及び第一審被告の不法行為との相当因果関係が認められる。 (2)そこで、過失相殺について判断する。 第一審原告は、仲介業者の店頭等における広告・宣伝などの広く買主を募集する方法によらず、限られた情報環境の下で売りに出されていた本件不動産を、ごく短期間の交渉だけで即金決済するというリスクのある方法によって買受けたものである。第一審原告代表者は、不動産業者としての自己責任において、本件不動産の所有者であると自称する甲野の本人性を見極め、取引に踏み切るかどうかを決断する立場にあったというべきである。 しかし、第一審被告の注意義務違反を基礎付ける上記二の(2)並びに(3)のア及びイの事情は、司法書士、弁護士などの資格者代理人の専門的知見に依存せざるを得ない事項であることは否定できないものの、第一審原告代表者においても、現に認識し又は比較的容易に認識することができ、第一審被告に対して問題のないことの確認や注意喚起をすることもできたものである。 それにもかかわらず、第一審原告は、あえてリスクを取って本件の取引を進めたのであり、結果的に詐欺被害に遭った責めを第一審被告に全面的に転嫁させることが相当とはいえない。本件損害賠償額を定めるに当たっては過失相殺を免れず、第一審原告の過失割合は、これまでに認定した諸事情を総合的に勘案して、5割とするのが相当である。 (3)よって、第一審被告は、3億2400万円及びこれに対する不法行為日の翌日である平成27年9月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負うというべきである。 第四 結論 上記のとおり、第一審原告の請求は、主文第一項(1)の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却すべきところ、これと異なり、第一審原告の請求を全部棄却した原判決は失当である。よって、本件控訴は一部理由があるから、原判決を上記のとおり変更することとして、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 野山宏 裁判官 宮坂昌利 角井俊文) 以上:3,061文字
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