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破産事件受任弁護士財産散逸防止義務を厳しく認めた東京地裁判決紹介2

平成27年 2月28日(土):初稿
○「破産事件受任弁護士財産散逸防止義務を厳しく認めた東京地裁判決紹介1」の続きです。



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(エ) 日割計算超過分の未払報酬
 (原告の主張)
 破産会社は平成23年3月14日に業務を停止しており,D及びEは同月15日から25日まで破産会社に対する職務提供を一切行っていないのであるから,報酬は同月14日までの日割計算により行わねばならず,これを超える額,すなわちDについての24万6886円,Eについての21万0068円の支払は無償行為(破産法160条3項)に該当する。

 (被告らの主張)
 被告らは,日割計算を行っている。
 原告の主張によれば,D及びEに対する未払報酬は取締役としての報酬ということになるであるから,仮に原告の主張の立場に立つとすると,報酬と1日1日の職務とは対価性がはなく,日割計算は必須でないことになる(原告の主張は,この点で矛盾している。)。

(オ) 調整手当
 (原告の主張)
 被告らの原告に対する説明によれば,Fに対する70万円の調整手当は,リーマンショックの頃すなわち平成20年頃に発生した残業代のうち未払のものであるとされているので,仮にそれが存在したとしても既に時効が完成している(労働基準法115条)。
 仮に時効が認められないとしても,残業代請求権は優先的破産債権にしかならない(破産法149条,89条,民法306条2号,308条)ので,その支払は偏頗行為(破産法162条1項1号)に当たる。

(被告らの主張)
 70万円の調整手当は,破産会社の経営が悪化した平成23年1月以降,Fが長時間の時間外労働をしており,それについて,直近の計算可能分に限っても破産申立て時に70万円の未払の残業代があったため,財団債権たる労働債権として支給したものである。したがって,時効は完成していないし,その支払に不当な点はない。

イ 注意義務違反の有無
 (原告の主張)
 被告らは,本件委任契約を受任した代理人弁護士として,上記各支払について,その適否につき法的検討及び精緻な確認を行ったうえで支払うべき共同の注意義務を負っていたのであり,それを怠って漫然と上記のような違法な支払をしたことは注意義務違反に当たる。

 (被告らの主張)
 仮に上記ア(ア)から(オ)までの支払が法的根拠に欠ける支払であったとしても,同(ア)から(ウ)までについては,D及びEの勤務実態等を精査の上で支払ったものであるし,同(エ)及び(オ)については,精密な計算をすることにより,労働者の保護に欠き,破産申立ての迅速性を害することにならないよう,会社担当者の計算を基に支払を行うことは一般的に行われていることであるから,いずれについても被告らに注意義務違反はない。

ウ 損害の有無
 (原告の主張)
 被告らが,破産会社から上記に述べたとおりの金銭を流出させたこと自体が損害に当たるので,上記ア(ア)から(ウ)まで及び(オ)の全額並びに(エ)のうち無償行為となる金額(Dにつき24万6886円,Eにつき21万0068円)の合計額である2345万6954円が損害となる。

(被告らの主張)
 被告らは,もともと財団債権となる労働債権を支払ったに過ぎないから,破産財団に損害はない。また,原告は,上記2345万6954円の全額について債務名義を有しており,回収不能とはなっていないから,損害とはいえない。

(2) 否認に基づく原状回復請求について
 (原告の主張)
 被告らが本件破産事件において行った業務は,破産申立書,同添付資料及びその他各種書面・資料の準備・作成,債権調査,資産調査,債権者対応,従業員の解雇,労働債権の支払等,一般的な破産申立事件において当然予想された業務に過ぎず,被告らは,破産会社について民事再生申立て又はその準備にかかる業務を何ら行っていないのであるから,本件委任契約における報酬としては,日本弁護士連合会の報酬等基準規程(以下「旧報酬規程」という。)によったとしても,多くても660万円が相当であり,それを上回る部分は,被告らの行った業務とは対価性がなく,詐害行為(破産法160条1項1号)又は破産会社の破産申立前6か月内にされた無償行為若しくはこれと同旨すべき有償行為(同条3項)に該当する。それゆえ,原告は,かかる部分につき否認する。

(被告らの主張)
 破産会社と被告Y1との間で締結された本件委任契約は,契約自由の原則に基づく有効な合意であり,また,被告らは,破産会社から初めて相談を受けた時以来,民事再生申立てや任意再生などを視野に入れながら業務を遂行しており,受注予定を明確化させ,資金繰りをシミュレートし,再生計画を立案し,大口の取引サイト交渉をするなど,そのための準備にかかる業務も数多く行っていた。そのことに加え,被告らは,破産会社の債務約6億8000万円について連帯保証をしていたH(以下「H」ともいう。)の破産手続,亡Cの相続等にかかる業務をも行った。そして,上記報酬内には,交通費,各種印紙代,郵送費用,通信費,その他実費及び消費税60万円も含まれていた。以上の業務内容等を考えれば,1260万円という報酬額は,旧報酬規程から見ても,適正な弁護士費用である。

第3 争点に対する判断
1 不法行為に基づく損害賠償請求について
(1) それぞれの支払が破産財団を毀損したか

ア 基本退職金
(ア) D及びEの労働者性
a 当事者間に争いのない事実,以下に掲記の証拠,証人Hの証言及び弁論の全趣旨によれば,①Dは,破産会社の創業者であり代表取締役であった亡Cの二男であり,破産会社の常務取締役に選任されていたこと(争いのない事実,甲17),②Dは,破産会社が危機に瀕するより前から,同社の本社工場にあった塩化ビニールを用いる機械の製造と装置の組立部門の責任者を務める(甲40)ほか,関連会社である株式会社cの代表取締役にも就任しており(甲42),破産会社では取締役会が開催されていなかったため,それへの出席はなかったものの,危機に瀕した後は,破産会社の今後の方針を決めるための被告らとの面談に少なくとも4回は出席していたこと,③賃金台帳記載のDの「基本給」は,亡Cの長男であるHに次ぐ60万円であり,合計支給額は,残業手当や休日・深夜手当が支給される他の従業員と比べるとやや高い一方,残業手当及び休日・深夜手当は支給されていなかったこと(甲44の1から3まで,甲45の1から12まで)が認められる。

 これらの事実からすれば,Dは,平時から,破産会社の重要な一部門の経営を委ねられ,さらに,同社において取締役会が開催されていた事実は認められないものの,同社の再建を目指すか否かに関する被告らとの重要な面談に参加するなど,同社の重要な経営方針の決定に関与をしていたと評価できる。また,残業手当等の支給を受けていなかったことから考えれば,同人がタイムカードの打刻等によって勤務時間や勤務場所の管理を一定程度受けていたとしても,その程度は弱いものであったと評価できる。

 これに対し,被告らは,Dが,ⅰ株主総会における選任手続を経ていないことから,取締役としての地位を有しないこと,ⅱ代表取締役であった亡Cの指揮命令を受けて業務に従事していたこと,ⅲ勤務場所の拘束を受けていたこと,ⅳ雇用契約から委任契約に切り替える手続を経ていないこと,ⅴ亡C及びHと異なり,雇用保険に加入していたことをそれぞれ挙げて,Dに労働者性が認められる旨主張する。

 しかし,取締役就任時に株主総会における選任決議を経ていないこと(ⅰ)が仮に事実であったとしても,これは,適式な招集手続は経ていないに過ぎず,甲17,18,40及び弁論の全趣旨によれば,破産会社は親族等が主たる株主(亡Cが8割,その妻子を含めると87%を保有していた。)や役員を占めるいわゆる同族会社であることが認められ,このような会社では主要な株主らや取締役らが集まって破産会社の機関的決定を行っていたことが推認されるから,正式な選任決議を経ていないとの一事をもって直ちにDが取締役としての地位を有さないものと見ることはできない。被告らが代理人として行った破産手続開始決定の申立ての際には破産会社の取締役会決議議事録も添付されている(甲5)ところ,これに弁護士である被告らが関わっていることも考慮すると,少なくとも破産手続開始の申立ての直前の時期には取締役会が形骸化し,Dの取締役としての地位が外形上のものに過ぎなかったと解することも困難であり,むしろ,被告らにあって,Dを破産会社の重要な経営方針の決定に関わるべき人物と判断していたことをもうかがわせる。

 指揮命令関係(ⅱ)については,甲18によると,確かに発行済み株式総数の8割を亡Cが保有していたことが認められ,乙22及び証人Hの証言中には,Dが亡Cの指揮命令を受けて業務に従事した旨の供述があるが,具体的にDが受けていた指揮命令の程度は証拠上明らかではない上,Dが亡Cの示す方針に事実上従っていたからといって直ち指揮命令関係が認められるものではない。勤務場所の拘束(ⅲ)についても,甲17及び弁論の全趣旨によると,破産会社の有する工場は近距離の2か所にのみ存することが認められることに鑑みれば,決定的な要素と見ることはできない。また,雇用契約から委任契約への切替手続を経ていないこと(ⅳ)については,証人Hの証言によればこれが認められるものの,前記のとおり,破産会社が一族が大半の株式を保有するいわゆる同族会社であるとの事実や,Dの身分及び職制上の地位の変更と職務権限の変化からすれば,黙示的に切替が行われたと見るべきである。さらに,Dの雇用保険への加入(ⅴ)については,破産会社がDを労働者とみなしていたことを窺わせるものではあるが(雇用保険法4条1項参照),それだけで直ちに労働者性を肯定する判断に結び付くものではなく,前記①から③までの事実を併せて考慮すれば,Dが実質的に取締役であったとの認定を覆すには足りない。
 したがって,Dは,労働基準法等の適用上,労働者であるとは認められない。

b 一方,甲17,18,44の1から3まで,45の1から12まで及び弁論の全趣旨によると,①Eは,Dと同様に破産会社の常務取締役に選任されており,破産会社の発行済み株式総数200株のうち10株を保有していたものの,取締役会又はこれに代わるような重要な経営方針を決定する会議等に参加した形跡がないこと,②Eは,就業規則所定の残業手当及び休日・深夜手当の支給を受けており,これが1円単位の端数額まで計算されていることからすると,比較的厳格な勤務時間の管理を受けていたことがそれぞれ認められる。以上からすると,Eについては,破産会社の代表取締役であった亡Cの指揮命令等を受けながら職務を遂行する労働者性が認められる。

 これに対し,原告は,ⅰEに対する報酬が,破産会社の経理上,「賃金給料」とは区別された「役員報酬」として処理されていたこと(甲44の1から3まで,甲45の1から12まで),ⅱ上記のとおり,Eが破産会社の10株の株主であったこと,ⅲEが第2工場で行われていた板金や金物処理等の金属加工部門の責任者を務めていたことを根拠に,労働者性が否定されるべきであると主張する。

 しかし,Eに対する報酬の処理(ⅰ)については,Eが労働者兼取締役でもあっても,「常務」の役付取締役であることから法人税法34条5項,同法施行令71条1項2号に従って経理上は役員報酬として処理したに過ぎず,税法上の取扱から直ちに労働者性が否定されることはないというべきである。また,株式10株の保有(ⅱ)についても,証人Hの証言によれば,実質的な投資をすることもなく形式的に株主となったに過ぎないと認められ,そもそも,株主であるからといって直ちに労働者性が否定されることにはならない。また,管理職であること(ⅲ)は直ちに労働者性を否定する根拠となるわけではない。
 したがって,Eは,労働基準法9条にいう労働者であり,かつ,破産会社の就業規則にいう社員であると認められる。

(イ) 基本退職金支払は破産財団を害するか
a 前提事実(3)アのとおり,本件退職金は,破産会社の就業規則60条,退職金規定に基づいて支払われているものであるところ,同条は,退職金として基本退職金と特別功労加算金を並立させ,そのうち基本退職金については,「社員」を対象に,退職金規定に基づく金額を支払うものとされている。

b 就業規則は,明示的に対象を「社員」に限っており,少なくとも労働者性のない取締役については,これを対象としていないというべきである。前述のとおり,Dは労働者とは認められないから,同条にいう「社員」には含まれない。
 しかし,仮に就業規則中の退職金に関する定めが労働者性のない取締役をも対象とするものであったとしても,労働者性が認められない以上は,かかる基本退職金も取締役の報酬として会社法361条1項の適用を受け,同項に基づく株主総会決議を経ない限り,法律上の根拠のある支払と認めることはできないし,破産会社の実態に鑑みその点を措くとしても,かかる退職金債権は一般破産債権に過ぎないのであるから,破産会社が支払不能に陥っている以上,その支払は偏頗弁済に当たり,他の債権者を害する行為といわざるを得ない。

c これに対しEは,前述のとおり労働者性が認められ,就業規則60条のうち基本退職金にかかる定めの適用を受けることは明らかである。そして,同就業規則では,取締役に対し別途特別功労金が定められていることに照らせば,基本退職金に関する定め(退職金規定を含む。)は,労働者としての地位に基づく給付であることを想定した定めであることは明らかである。

 したがって,Eに対する基本退職金は,その全額が労働者としての退職金に該当し,その総額は破産法149条2項に定める限度を超えないので,全額が財団債権に該当する。それゆえ,これを破産手続開始決定前に支払うことによって,破産財団を害したとはいえない。

イ 特別功労加算金
 特別功労加算金は,破産会社の就業規則60条の規定により支払われるものであり,その対象は「取締役またはこれに準ずる地位にあったもの」とされ,その額は「1000万円を基準」とするものとされている(甲16の1)。破産会社の就業規則上の基本退職金は,勤続年数に応じて額が定められているが,これは30年を上限としており,その額は最高でも311万8000円である(甲16の2)ところ,特別功労加算金は,これを大きく上回っており,特に従業員としての勤続年数や取締役としての在職期間も問うことなく基準額が定められている。

 また,前記1(1)ア(ア)で認定した事実,甲17,18,乙22及び証人Hの証言によれば,実際に,この定めが置かれて以来,破産会社が倒産の危機に瀕するまで,特別功労加算金が支払われたことはなく,破産手続開始の申立てに際して支払を受けた4人(支払前に死亡した亡Cを含む。)は,いずれも破産会社の取締役であり,そのうちEを除く3人は,いずれも労働者性の認められない取締役であったこと,また,支給の事実は他の従業員らには伝えられていなかったことが認められる。

 上記の就業規則の定め及びその運用に関する上記認定の事実によれば,特別功労加算金は,原則としては,取締役を対象に,その地位を理由として支払われるものであると解するべきであり,Hに対するものについては実質的な取締役の報酬として,Eに対するものについても,形式的とはいえ取締役名目の職務にあたった者に対する報酬として支払われたものであると認められる。したがって,会社法361条1項の適用を受け,同項に基づく株主総会決議を経ない限り,法律上の根拠のある支払と認めることはできないし,かかる取締役の退職金債権は一般破産債権に過ぎないのであるから,破産会社が支払不能に陥っている以上,その支払は偏頗弁済に当たり,破産財団を害する行為といわざるを得ない。

ウ 解雇予告手当
 前記ア(ア)aのとおり,Dは労働基準法にいう労働者とは認められないので,同人に対する解雇予告手当はその根拠を欠き,その支払は他の債権者を害する行為に当たる。
 一方,前記ア(ア)bのとおり,Eは労働者に該当するので,破産会社は,解雇に際して解雇予告手当を支払う義務があり(Eに支給された額は,計算上の解雇予告手当の金額(30日分)77万0789円を上回っていない。なお,計算に当たっては,車両手当は実費弁償の趣旨であるから,解雇予告手当の計算の基礎から除外した。),かつ,かかる債権は優先的に弁済することが許されるべきものであるから,これを破産手続開始決定前に支払うことは破産財団を害する行為には当たらない。


以上:6,921文字

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