平成25年12月 5日(木):初稿 |
○「弁護士の説明義務に関する平成25年4月16日最高裁判決全文紹介2」の続きで補足意見後半です。 ********************************************** イ 債務整理における「時効待ち」の手法と債務者の地位 弁護士が債務整理につき受任する場合,債務者の経済的再生の環境を整えることがその最大の責務であり,専門家としてそれに最も適した債務整理の手法を選択して,それを債務者に助言すべき義務を善管注意義務の内容として負っているものというべきである。 債務者が経済的再生を図るには,債権者からの取立ての不安を払拭し,安心して自らの再生への途を踏む態勢を整えることが肝要であり,債務整理に徒に時間を費やすべきではない。 かかる観点からすれば,債務整理の手段として「時効待ち」の手法を採ることは,対象債権者との関係では,時効期間満了迄債務者を不安定な状態に置くこととなり,その間に訴訟提起された場合には,多額の約定遅延損害金が生じ,又債権者が既に債務名義を取得している場合には,給与債権やその他の財産に対する差押えを受ける可能性がある等,債務者の再生に支障を来しかねないのであって,原則として適切な債務整理の手法とは言えない。かかる手法は,債権者と連絡がとれず交渉が困難であったり,債権者が強硬で示談の成立が困難であり且つ当該債権者の債権額や交渉対応からして訴の提起や差押え等債務者の再生の支障となり得る手段を採ることが通常予測されない等,特段の事情があると認められる場合に限られるべきである。 そして,債権者が上場企業等一定の債権管理体制を備えている企業の場合には,一般に,債権の時効管理は厳格に行われており,超小口債権で回収費用との関係から法的手続を断念することが予想されるような場合を除き,時効まで放置することは通常あり得ないのであって,かかる債権者に対して「時効待ち」の手法を採ることは,弁護士としての善管注意義務違反に該るということができる。 なお,債務整理に関する一部の文献に,債務整理の手法として「時効待ち」の手法が紹介されていることをもって被上告人はその主張の根拠としているが,法的な正当性を欠くそのような文献の存在をもって,安易に「時効待ち」の手法を採用することを合理化する理由とはならず,上記の善管注意義務を免除すべき理由とはなり得ないというべきである。 また,一部の債権者と和解し,一部の債権者に対して「時効待ち」の対応をし,その後破産手続に移行した場合には,当該債権者との和解それ自体が否認の対象となる可能性が生じるのであって,却って全体の解決を遅らせる危険も存する点についても配慮すべきである。 ウ 本件における「時効待ち」の手法の選択の適否 本件では,被上告人は,Dの残債権額について同社との間での確認作業を十分に行わず,被上告人が算定した計算結果(記録によれば,過去の取引履歴からして,取引が二口に岐れ,一口については過払金返還請求権が時効にかかっている可能性があるのにそれを無視して一連計算した結果)に基づいて一方的に示談条件を提示し,Dがそれに応じないからとの理由で「時効待ち」の方針を採用したことがうかがわれるが,かかる方針の採用自体,上述の受任弁護士としての債権者に対する誠実義務に反するものであり,又,Dが上場企業であって,企業としてシステム的に時効管理を行っていることが当然に予測される以上,「時効待ち」によってその債権が時効消滅することは通常予測し得ないのであるから,「時効待ち」の方針を採用すること自体,受任弁護士としての裁量権の逸脱が認められて然るべきである。 (2) 「時効待ち」手法の選択と説明義務について 本件において,被上告人が「時効待ち」の手法の選択をAに薦めるに当っては,Dの債権額についてDの主張する金額と被上告人が算定した金額との差異について,その理由を含めて詳細にAに対して説明し,訴訟を提起される場合に負担することとなる最大額,及び時効の成立まで相当期間掛りその間不安定な状態におかれることについて具体的に説明すべきであり,また,Dが上場企業であって,時効管理について一定のシステムを構築していることが想定されるところから,「時効待ち」が奏功しない可能性が高いことについても説明すべき義務が存したというべきである。 ところが,被上告人は,法廷意見に指摘するとおり,裁判所やDから連絡があった場合には,被上告人に伝えてくれれば対処すること,Dとの交渉に際して必要になるかもしれないので返還する預り金は保管しておいた方がよいことなどの説明はしたものの,記録によれば「時効待ち」方針を採る場合の不利益やリスクについて具体的に説明していないばかりか,仮に裁判所やDから通知があった場合に,被上告人が具体的にどのように対処するのか,その際に被上告人に対して新たな弁護士報酬が発生するのか否か,被上告人が対処することによってAは最大幾何程の経済的負担を負うことになるのか,またそれにどの程度の期間を要するのか等について,説明をしていないのであって,被上告人の説明義務違反は明らかである。 裁判官大橋正春の補足意見は,次のとおりである。 事案に鑑み,法律事務を受任した弁護士の依頼者に対する説明義務に関し,以下のとおり補足意見を述べる。 法律事務を受任した弁護士には,法律の専門家として当該事務の処理について一定の裁量が認められ,その範囲は委任契約によって定まるものであるが,特段の事情がない限り,依頼者の権利義務に重大な影響を及ぼす方針を決定し実行するに際しては,あらかじめ依頼者の承諾を得ることが必要であり,その前提として,当該方針の内容,当該方針が具体的な不利益やリスクを伴うものである場合にはそのリスク等の内容,また,他に考えられる現実的な選択肢がある場合にはその選択肢について,依頼者に説明すべき義務を負うと解される。さらに,受任した法律事務の進行状況についての報告が求められる場合もあるというべきであり,例えば,訴訟を提起して過払金を回収したような場合には,特段の事情がない限り,速やかにその内容及び結果を依頼者に報告すべき義務を負うものと解される。こうした弁護士の依頼者に対する説明義務が委任契約に基づく善管注意義務の一環として認められるものであることは,法廷意見の述べるとおりであり,上記の報告義務についても同様に解すべきであろう。 本件において被上告人が採用した時効待ち方針には,法廷意見が指摘する不利益やリスクがあり,また,他に考えられる現実的な選択肢があったのであるから,これらを説明しなかった被上告人は説明義務違反を免れないものである。更に,弁護士からの受任通知及び協力依頼に対しては,正当な理由のない限り,これに誠実に対応し,合理的な期間は強制執行等の行動に出ることを自制している貸金業者との関係においても,時効待ち方針は,債務整理を受任した弁護士が積極的に採用するものとしてはその適切性に疑問があり,こうした方針を採用する場合は弁護士には依頼者に対しその内容等を説明することがより強く要求される。 弁護士職務基本規程(平成16年日本弁護士連合会会規第70号。以下「基本規程」という。)36条は,「弁護士は,必要に応じ,依頼者に対して,事件の経過及び事件の帰趨に影響を及ぼす事項を報告し,依頼者と協議しながら事件の処理を進めなければならない。」と弁護士の依頼者に対する報告及び説明義務を定めているが,同条はその違反が懲戒の対象となり得る行為規範・義務規定として定められたものであり(基本規程82条2項参照),弁護士と依頼者との間の委任契約の解釈適用に当たって当然に参照されるべきものである。弁護士の依頼者に対する報告及び説明義務については,自治団体である弁護士会が基本規程36条の解釈適用を通じてその内容を明確にしていくことが期待される。 (裁判長裁判官 大橋正春 裁判官 田原睦夫 裁判官 岡部喜代子 裁判官 大谷剛彦 裁判官 寺田逸郎) 以上:3,322文字
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