平成25年 5月 4日(土):初稿 |
○「弁護士巨額横領事件検証委員会報告書(要約)全文紹介2」を続けます。 この事件についての3項「福川事案の特異性」の記述が目を引きますが、「必ずしも脅されていたというものではなく、かといって同情や憐憫のためでもなく、立替金として100名以上に10億円以上の金員を支払い続けた」との点は、不可思議の極みで,今後の真相究明が待たれます。 ********************************************** (4) 意識改革の必要性 今回の会員の非行は、弁護士会という組織に対するリスクである。なぜなら、弁護士会が、懲戒権を持って所属会員を規制する唯一の団体であるからには、会員の非行は、その規制権能の行使の失敗を意味するからである。社会からは、弁護士会の規制権能が機能不全であると評価されて非難されるであろう。弁護士会も社会的存在である以上、社会一般に求められている透明性の確保・コンプライアンス・良質な品質の管理の要請に応えなくてはならないが、これも極めて不十分だということになる。組織としての信用を失ってしまうからである。 そこで、会は、弁護士法の枠組みの中で、リスク管理として、会員の非行を早期に探知し、有効な対処をすることが必要であり、そのためには個々の弁護士に関する情報をその目で、すなわち懲戒事由の存在というリスクに結び付くものはないかどうかという観点から評価をしなくてはならない。会の役員は会の組織のリスク管理者であるという自覚と責任を持たなくてはならない。 2 制度上の不備 (1) 非行情報管理体制の不備 調査の結果によると、当会が元弁護士の非行を早期に発見できなかった第二の要因は、当会は、会員の非行を前提にしてそれを発見できる体制・制度を考えていなかったことである。会員の非行という組織に対するリスクを想定して、そのために特別な対策を講じてはいなかったのである。 ア 従来の在り方 市民窓口に寄せられる苦情等は、副会長が対応をしてきたが、それはおおむね、苦情を聞きとり、一般的な回答を要するものはその場で回答をし、申出人が望む時は対象弁護士に苦情の内容を伝え、申出人の苦情の趣旨によって紛議調停や綱紀・懲戒の手続を説明し、その申出用紙を送付等するというものであった。過去の苦情については、記録として編綴されているので見ようと思えば見ることが出来た。必要に応じ過去分を見た副会長もあるが、見たことがない副会長もいる。副会長は、任期が1年であるから、任期終了と同時に窓口業務から離れる。当会の副会長は4名であるが、副会長の任務は多岐に及んでおり、一般的に極めて多忙である。そのうえでの市民窓口対応であるから、どの副会長も一様に過重負担と感じていた。 イ 反省すべき点 これまでは非行情報は分散され、会員毎に名寄せをされることや過去からのものが承継されることも少なく、リスク情報としては放置されていた。副会長には過重負担であったのに、制度の改革はしないで、多忙な副会長に窓口対応を任せたままで推移した。蓋然性は極めて低いとはいえ、非行を前提にしたリスク管理という考え方をしていなかった。 (2) 非行情報収集の不備 これまでの当会では、会の役員が、市民窓口・紛議調停・懲戒以外に、会員の不祥事に繋がるような個人的情報を補捉できる機会はそう多くなかった。会員の非行を伺わせる情報は、濃淡の差はあれ会内に存在はするが、これまで当会ではこれを会の役員が知ることが出来るルート・チャンネルは制度化されていなかった。これも福川事件の発見を遅らせた要因である。 (3) 指導・監督権発動の躊躇 会長の指導・監督権の発動は、どういう場合に事実調査が出来るのか、どういう場合に指導・助言できるのか、具体的には何も規定がなくて不明確であった。規定上の根拠も無く会員を指導することは躊躇せざるを得ない。会長が指導・監督権を発動する要件やその方法を具体的に規定していなかったことが会長の指導・監督権発動の遅れにつながった。 3 福川事案の特異性 福川事件の発覚が遅延した理由として、福川事件の特異さも指摘しておかなくてはならない。 元弁護士に対する会内での一般的認識は、民事介入暴力事案に強く、受任事件数はずば抜けて多く安定した経営をしているというものであった。派手な遊興や投資・浪費をしているとのうわさもなく、それらのことを見聞することもなかった。他人の金銭に手を付けざるを得ないという状況は考えられないことであった。また、元弁護士は、大量に事件を抱え、多忙を極めており、通常の事件処理は遅延し、そのため苦情集中しても不思議に思うことはなかった。また、平成22年1月以降の仕事の遅滞とそれに対する苦情は病気と入院のゆえだと副会長の多くは判断していた。 そのうえに、元弁護士が横領に及んだ原因は、元弁護士の依頼者、事件の相手方、元弁護士にまとわりつく人々等に対して立替金と称する金員を長年かつ大量に支払っていたとのことである。その人数は100名を超え、金額も10億円を超えているという。必ずしも脅されていたというものではなく、かといって同情や憐憫のためでもない、という。一般的には想定できないことである。なぜなら、弁護士は、通例、それが依頼者であれ、相手方であれ、立替金などはしないからである。また、他人の預り金は厳重に保管しているからである。 第6 非行の予防、被害拡大防止の方策(提言) 1 序 当委員会は、これまで述べてきたように、福川事件の経過等を検証し、その問題点を分析してきた。その結果に基づき、今後当会が行うべき改革や制度について考えるところを提言する。 ただし、この提言は、当面、当会が行うべきであると思料する短期的改革である。 2 非行情報の評価(危険度評価)手法の導入 評価の重要性と評価基準 当委員会としては、非行の早期発見の一つの方法として、非行情報の評価手法の導入とその制度化について提案をしておきたい。 今回の元弁護士の非行は、前述のように、当会にとっては一つのリスクであるが、リスクに絡む情報は数限りなく存在する。膨大に存在するリスク情報の中から、組織に対して何が重要で何が重要でないかを見定めなくてはならない。非行の早期発見の観点から情報を管理・分析することである。窓口情報等を非行との関連においてその情報の非行への近接度・危険度を測ること、すなわちそのレベルを評価することが必要であろう。 こうした観点から当委員会では以下の5つのレベルを定め、この基準で評価を試みることを提案する。この基準は叩き台である。今後の精緻化を望む。 Ⅰ:誤解・嫌がらせ・無理な要求等寄せられる情報自体に問題があるレベル Ⅱ:好ましくはないが一般的には許容されるレベル Ⅲ:職務基本規程に反しているが懲戒事由とはならないレベル Ⅳ:懲戒事由となるおそれのあるレベル Ⅴ:犯罪を疑わせるレベル 3 危機管理意識への転換 当会では、これまで会員の非行を会に対する危機(リスク)として把握してこれを適切に管理・防止するという意識は欠如していた。そこで意識転換のため次の制度を提言する。 (1) 情報管理責任者の指定 毎年4月新役員が就任すると、同時に、会長は、全副会長同席のうえ、副会長のうち1名を情報管理責任者に指定する。指定は、会内に公表する。 (2) 会務引継事項に明記 4 情報の集積と一元化 非行に関する情報はすべて情報管理責任者の下で一元化して集約する。また、電子化(データーベース化)して過去の情報も含めて全ての情報が容易に個別に検索できるようにする。 以上:3,121文字
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