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いじめの思い出-子供は、残酷なもの

平成19年 1月12日(金):初稿
○いじめという言葉で思い出すのは、丸山(美輪)明宏氏作詩・作曲・実演「ヨイトマケの唄」の次の一節です。
 子供の頃に小学校で
 ヨイトマケの子供
 きたない子供と
 いじめぬかれてはやされて
 くやし涙にくれながら
 泣いて帰った道すがら
 母ちゃんの働くとこを見た
 母ちゃんの働くとこを見た


○この「いじめぬかれてはやされて」の歌詞は子供のいじめの核心をついています。私の大好きな映画「砂の器」の巡礼シーンの中にも、薄汚れた巡礼服をまとい放浪の旅を続けている時、本浦秀夫が6歳頃ですが、子供達にいじめられるシーンがあります。汚い子供とはやされ、大勢の子供達に囲まれて殴られ、父が助け出すも、子供達は立ち去る父子に石を投げ続けます。

○この「ヨイトマケの唄」の一節、「砂の器」の一シーンは、子供のいじめの実態であり、昔から子供というものは、実に残酷に弱い者をいじめ抜きました。小さい頃から気が弱く、いつも「かあちゃん、かあちゃん」と母の後ばかりついて歩き、母と離れることが出来ないために、幼稚園や保育園にも行くことが出来ないほどの弱虫だった私は小学校に入学しても母と離れて学校に行くのが嫌で嫌で不登校児になりかけました。

○そんな弱虫の私を近所の子供達は、小学校2,3年の頃まで、
きいぼ、○んたま、きでこせた~
さんねん もよおって
ぼっこれかけた

と私を囲んで大きな声で歌っては、正にいじめ抜かれてはやされたものでした。そして私が泣き出して逃げ出すのを喜んで見ていました。

○このいじめ唄の意味は、「亀一は、男のくせに弱虫で、○んたまは、壊れやすい木で出来ているため、3年後には、壊れて無くなってしまった」と言う意味であり、これはおそらくガキ大将が、弱虫の私を揶揄して作詩・作曲した悪口唄であり、私にとっては屈辱の極みの唄でした。

○今思うと実に良くできた歌詞で笑い話ですが、当時はこの唄が出て来ると私は震えが来るほど屈辱で嫌で嫌で堪らないものでした。このような悪口唄を作られたのは私だけではなく、仲良く遊んでいたものが、何かで対立して喧嘩になると、悪口唄ではやされたもので、私がはやす方の立場になったこともありました。

○当時このようないじめを悪いことだとの認識は子供達の間にはなく、お互い様で、日常茶飯事的にあったように記憶しています。今のいじめは、程度が違うのかも知れませんが、子供というのは実は残酷なものだと言うことの認識は必要と思っております。
以上:1,004文字

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